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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第十二章:ゲッケイジュ大陸編
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story,Ⅸ:闘獣戦④



 ひとまずフィリップ・ジェラルディンは、持参した弓矢を構えるとバニイップへと放った。

 しかし呆気なく翼の生えた腕で叩き落されてしまった。

 よってフィリップは今度、五本の矢を弓につがえて、放った。

 しかしこれも、同様に弾かれてしまった。


「そもそもこういう飛び道具。敵を目の前に使っても、筋道を読まれるから無意味だ。藪にでも隠れない限りは、馬鹿以外には当たるまい」


 フィリップはそう吐き捨てると、弓を自分から遠くへと放り投げた。

 だがよく見ると、バニイップの腕に一本、矢が刺さっているではないか。


「……五分の一は馬鹿って事か」


 フィリップは呟く。


「じゃあお次は杖で」


 フィリップは伸縮自在の杖を、腰ベルトから引き抜くと下へ縦に振るった。

 カシャコカシャコカシャコ。

 50cmだった杖が、1.5mに伸びた。

 頭部は銀色の丸い飾りが付いていたが。

 フィリップが杖に付いている小さな突起を押すと、その球体から多数の棘が出現した。


「この“アストラル”で様子見だな」


 フィリップは呟いてから、杖──アストラルを前方に構えた。


「あいつ……強いは強いが、筋力は俺よりねぇのに打撃で迎え撃つつもりか……?」


 待機スペースで、レオノール・クインが口ずさむ。

 二足歩行のバニイップは4mと言ったところだった。


「キュラララアァーッ!!」


 バニイップは空に向かって叫喚したかと思うと、フィリップへ向かって突進して来た。


「……」

  

 しかしフィリップは、杖を構える事無く突っ立っていた。

 皆、怪訝な表情で状況を見守る。

 やがてバニイップが、片手を彼に向けて伸ばした時だった。

 フィリップは素早く横へと回転して避けるや、背後に回りこみバニイップの後頭部をジャンプと共に力一杯、杖で殴りつけた。

 これに前方へよろめくバニイップ。

 そこへ、更に第二撃をフィリップは与えた。


「グ、ギュ……ッ! ラル……!!」


 バニイップは呻き声と共に、後頭部に両手を回して押さえた。

 大量に出血している。

 それをチャンスとばかりにフィリップは、更に杖を今度は顔面めがけて振るった。

 だがさすがにこれには反応してバニイップは、片手で杖を受け止める。

 そしてグッと力を入れたかと思うと、アストラルの杖の棘がある球体が、バラバラと砕けてしまった。


「よし。この杖はもう用はない」


 フィリップは言うと、セリフと共にその杖を場内にて投げ捨てた。


「今のところはお兄ちゃんがリードだね」


 フェリオ・ジェラルディンが嬉しそうに、待機スペースにて感想を述べる。


「問題はここからだぜ。完全に武器を失ったフィルさんが、どう動くか……」


 ガルシア・アリストテレスは言って、息を呑んだ。


「まぁでも、あいつの本業は魔術師及び、だからな。心配はないと思うが」


 レオノールが、九尾狐王子の聴覚を意識して曖昧に、口にする。

 

「そうね。フィルさんは表の魔王、ショーンさんは裏の魔王だと、ガルが手紙で書いていたものね」


 唐突なマリエラ・マグノリアの発言に、皆して一斉にガルシアへと顔を向ける。

 これにしっかり動揺しつつも、ガルシアは開き直った。


「だって! 本当の事じゃん!!」


 直後。


「その通り!!」


 レオノールが答えた。


「まぁ、それに対しては反論出来ないよね」


 言うや妹であるフェリオは、ケラケラと笑う。

 そんな皆の反応に、内心そっと胸を撫で下ろすガルシアだった。

 “不敵な笑み”を浮かべるフィリップ。

 これにて、プラス10はフィリップの防御率が上がった。


「おっと。絶好のチャンスだ。今、痛みで悶絶しているうちに、矢を射よう」


 フィリップは場内に放った弓を拾い上げると、改めて矢を5本つがえバニイップの背中へと射った。


「キュララーッ!!」


 バニイップは背中を仰け反らせる。


「よし。ダメージを与えられたな」


 フィリップは言うなり、再度ポイと弓を放った。

 これに怒りを露わに、バニイップはフィリップへとどしどし突進してきた。


「巨躯だと動きも鈍いもんだ」


 しかし目前まで迫ってきたバニイップは、頭を下げたかと思うと、フィリップを掬い上げ自分の背中へ乗せたではないか。


「何のつもりか知らんが、そうやすやすと敵の思い通りに、は──!?」


 フィリップは言いながら、バニイップの背中から飛び降りようとした時。

 唐突にバニイップは翼を羽ばたかせ、上空へと飛び立った。

 これにフィリップは落下しないように、慌ててバニイップの背中にしがみつく。

 だが彼が背中を狙ったせいで、バニイップの血でヌルヌルしている。


「ク、クソ……やむを得ん」


 フィリップはにじり上げると、バニイップの首に腕を回してしがみつく。

 バニイップはある程度の高さまで来ると、突然ギュンギュンと回転し始めた。

 今振り落とされたら、即死だ。

 フィリップは必死にバニイップしがみつく。

 どうやらそう簡単には、フィリップを振るい落とせないと悟ったバニイップは、グングン加速して更なる上空を目指すと、天乃海へと飛び込んだ。

 その拍子にフィリップも、バニイップから離れて遊泳する。

 海に入水したバニイップの動きは速かった。

 鋭い爪で、フィリップを何度も攻撃してくる。

 あいにく、フィリップは水中で呼吸も会話も出来る、ブリディングキャンディーを持参していなかった為、呼吸を止めつつ口の中で呪文を唱えた。


「穿て水騎槍(アクアオン)

 

 するとフィリップの両手から水流が発生し、やがては大きく強力な渦を巻きながらバニイップめがけて、突っ込む。

 そのスピードから避けきれず、アクアオンはバニイップの右肩を貫き大きな穴を開けた。

 そこからの出血に、大型のサメが集まってくる。

 ここは一旦引こうと、バニイップは天乃海から飛び出した。

 そして気付くと、ちゃっかりフィリップもバニイップの背中に、しがみついていた。

 飛翔しようにも、フィリップからやられた右肩の痛みのせいで、上手く飛べずやむを得ずバニイップは、場内へと着地する。

 フィリップはバニイップの背中から離れると、懸命に呼吸を整える。

 しかしその隙を見逃さなかったバニイップは、四つん這いになっているフィリップを、下から蹴り上げてきた。


「──ガッ!」


 フィリップは声を洩らすと、転がる。

 ──が、一息吐く間も与えず第二撃、バニイップはフィリップを蹴り上げる。


「──グッ!?」


 同様にフィリップは転がったが第三撃、バニイップはフィリップを蹴り上げてきた。

 

 “こやつ……この俺様を蹴り転がすつもりか” 


「──“身の程を知れぃっ!!”」


 フィリップはすかさず、声を荒げた。

 直後、第四撃。

 しかしフィリップの先程の威嚇により、バニイップの攻撃力が下がっていた。

 よって、その分フィリップには余裕が出来、バニイップの足が迫ってきた時、素早く横転して避けたのだが。


「ゥグアァッ!?」


 フィリップは呻き声を上げた。

 打ち身、打撲及び骨折をしていたのだ。

 ひとまずフィリップは、簡単な治癒魔法を唱えた。


「ウォーターライト」


 これにて、体力は戻りはしたが、さすがに骨折までは治らない。

 今この状況ではおそらく、完全治癒魔法の詠唱が終わらぬ内に、バニイップに邪魔されるだろうと思ったからだ。

 だが少しは、動けるようになる。

 バニイップは二足歩行スタイルで、翼を羽ばたかせた。

 場内の砂が、鋭く細かい刃のように飛散し、フィリップの肌を小さいとは言え切り刻む。


「チッ……さっきから小癪な真似を……!」


 フィリップは苛立ちを露わにする。

 砂嵐がやんだところでフィリップは、攻撃魔法を仕掛けようと顔を上げた時だった。

 バニイップの双眸が赤く光ったのを、フィリップは視野にて確認してしまった。

 よってだからなのか、ガクンとフィリップは体制を崩しやがては、地面に倒れてしまった。

 どうした事か、フィリップはそのままピクリとも動かなくなった。


「フィルお兄ちゃん!?」


「よせリオ。声をかけたら反則負けになる」


 待機スペースにて、兄を心配するフェリオに、レオノールが肩に手を置いて言い聞かせた。


「ウフフフ……バニイップの目から放たれる赤い輝きを見たら最後……全身が麻痺して動けなくなるわ。そのままなぶり殺されてしまいなさい」


 貴賓席にて、九尾狐王子がほくそ笑んで喜ぶ。

 身動きしなくなったフィリップを確認すると、バニイップはまるで勝利宣言のように鳴き声を上げる。


「キュララララーイィィィ!!」


 こうしてゆっくり、ゆっくりとまるで味わうかのように、バニイップは麻痺しているフィリップの元へと歩み寄って行く。

 足元まで歩み寄るとバニイップは、足の爪先でフィリップを小突いた。


「クッ……!!」


 フィリップは小さく呻く。


「キュルルル……」


 バニイップは小さく鳴くと、片足を高く持ち上げてフィリップを、踏み荒らし始めた。


「グッ! ウッ! ガッ! フグゥッ!!」


 バニイップが踏み荒らすごとに、フィリップがボロボロになっていくのが見ていて分かる。

 本当にこのままだとフィリップは死んでしまうのではないかと、不安になる程。

 フェリオが耐え切れず、身を乗り出した時だった。

 ふと何やらブツブツと聞こえた気がして、フェリオは動きを止めて耳を澄ませる。

 すると聞こえてきたのは。


「生きながらにしてその身を滅せよ……──生者必滅!!」


 直後。


「──キュ!?」


 バニイップの足が止まった。

 いや、動かせなくなっているのだ。

 足の先からゆっくりと、バニイップの色が灰色に変わっていく。

 フィリップによる、石化呪文である。


「ギュラーッ!! ギュラギュラーッ!!」


 バニイップが必死にもがくが、石化の進行は止まらない。

 その間再度、フィリップは今度は完全な治癒魔法を口ずさむ。


「天からの使者よ。我に癒しの口づけを──天使の口づけ(クスデスエンゲルス)


 これにて、打ち身打撲骨折等々も治癒された。

 フィリップは引き続き呪文を唱える。

 その頃バニイップは、胸部まで石化が進行していた。


「消滅せよ麻痺よ。改めて身動き可能な身体に戻れ。麻痺消失(パルテテツパラリシィ)


 これでようやく、フィリップは動けるようになった。


「いたぶるのを優先にするから、詰めが甘いのだ」


 フィリップは、もう首まで石化しているバニイップの背後から、そう吐き捨てる。

 まだ首までしか石化していない為、迂闊に正面から向かい合うとまたバニイップから、目の光線にて麻痺攻撃を受ける可能性が高いからだ。


「ギュララララ……ッ!!」


 バニイップは苦しそうに、まるで水面から顔だけを上げたような姿勢で、苦悶の呻き声を洩らす。


「フ……面白い遊びをしよう」


 フィリップは言うや、唐突にバニイップの石化した体を蹴り壊した。

 よって、石化されていない生首だけが転げ落ちる。


「クックック……もう胴体と切り離したから、その首が石化される事はない……」


「キュイ~ッ! キュララララー!!」


 バニイップは、必死に悲鳴を上げる。

 フィリップはバニイップの生首に足を乗せる。


「どの道このまま放置していてもいずれ死ぬが……そう簡単には死なせん」


 フィリップは言って、バニイップの頭を踏み躙る。


「キュララ! キュルララ!!」


 そのバニイップの鳴き声は、助けを求めているようだったが。


「この俺様の相手になったことを、後悔しながら死ね」


 フィリップは残酷な笑みを浮かべると、ゆっくりバニイップの頭を踏んでいた足を持ち上げた。


「死ねぃっ!!」


「キュイィン!!」


 フィリップの言葉に被せるようにバニイップは鳴き声を上げたが、躊躇いなくフィリップは渾身の力でバニイップの生首を一度、二度と踏みつけた。

 メキ、バキ、グチャ……!!  

 フィリップが六回程踏み荒らした時には、バニイップの頭はすっかり潰されていた。


「結果発表!! 今回の団体戦は、チーム勇者の圧倒的完全勝利ー!!」


 これに観客席から歓声が沸き起こるのだった。




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