story,Ⅸ:闘獣戦④
ひとまずフィリップ・ジェラルディンは、持参した弓矢を構えるとバニイップへと放った。
しかし呆気なく翼の生えた腕で叩き落されてしまった。
よってフィリップは今度、五本の矢を弓につがえて、放った。
しかしこれも、同様に弾かれてしまった。
「そもそもこういう飛び道具。敵を目の前に使っても、筋道を読まれるから無意味だ。藪にでも隠れない限りは、馬鹿以外には当たるまい」
フィリップはそう吐き捨てると、弓を自分から遠くへと放り投げた。
だがよく見ると、バニイップの腕に一本、矢が刺さっているではないか。
「……五分の一は馬鹿って事か」
フィリップは呟く。
「じゃあお次は杖で」
フィリップは伸縮自在の杖を、腰ベルトから引き抜くと下へ縦に振るった。
カシャコカシャコカシャコ。
50cmだった杖が、1.5mに伸びた。
頭部は銀色の丸い飾りが付いていたが。
フィリップが杖に付いている小さな突起を押すと、その球体から多数の棘が出現した。
「この“アストラル”で様子見だな」
フィリップは呟いてから、杖──アストラルを前方に構えた。
「あいつ……強いは強いが、筋力は俺よりねぇのに打撃で迎え撃つつもりか……?」
待機スペースで、レオノール・クインが口ずさむ。
二足歩行のバニイップは4mと言ったところだった。
「キュラララアァーッ!!」
バニイップは空に向かって叫喚したかと思うと、フィリップへ向かって突進して来た。
「……」
しかしフィリップは、杖を構える事無く突っ立っていた。
皆、怪訝な表情で状況を見守る。
やがてバニイップが、片手を彼に向けて伸ばした時だった。
フィリップは素早く横へと回転して避けるや、背後に回りこみバニイップの後頭部をジャンプと共に力一杯、杖で殴りつけた。
これに前方へよろめくバニイップ。
そこへ、更に第二撃をフィリップは与えた。
「グ、ギュ……ッ! ラル……!!」
バニイップは呻き声と共に、後頭部に両手を回して押さえた。
大量に出血している。
それをチャンスとばかりにフィリップは、更に杖を今度は顔面めがけて振るった。
だがさすがにこれには反応してバニイップは、片手で杖を受け止める。
そしてグッと力を入れたかと思うと、アストラルの杖の棘がある球体が、バラバラと砕けてしまった。
「よし。この杖はもう用はない」
フィリップは言うと、セリフと共にその杖を場内にて投げ捨てた。
「今のところはお兄ちゃんがリードだね」
フェリオ・ジェラルディンが嬉しそうに、待機スペースにて感想を述べる。
「問題はここからだぜ。完全に武器を失ったフィルさんが、どう動くか……」
ガルシア・アリストテレスは言って、息を呑んだ。
「まぁでも、あいつの本業は魔術師及び、だからな。心配はないと思うが」
レオノールが、九尾狐王子の聴覚を意識して曖昧に、口にする。
「そうね。フィルさんは表の魔王、ショーンさんは裏の魔王だと、ガルが手紙で書いていたものね」
唐突なマリエラ・マグノリアの発言に、皆して一斉にガルシアへと顔を向ける。
これにしっかり動揺しつつも、ガルシアは開き直った。
「だって! 本当の事じゃん!!」
直後。
「その通り!!」
レオノールが答えた。
「まぁ、それに対しては反論出来ないよね」
言うや妹であるフェリオは、ケラケラと笑う。
そんな皆の反応に、内心そっと胸を撫で下ろすガルシアだった。
“不敵な笑み”を浮かべるフィリップ。
これにて、プラス10はフィリップの防御率が上がった。
「おっと。絶好のチャンスだ。今、痛みで悶絶しているうちに、矢を射よう」
フィリップは場内に放った弓を拾い上げると、改めて矢を5本つがえバニイップの背中へと射った。
「キュララーッ!!」
バニイップは背中を仰け反らせる。
「よし。ダメージを与えられたな」
フィリップは言うなり、再度ポイと弓を放った。
これに怒りを露わに、バニイップはフィリップへとどしどし突進してきた。
「巨躯だと動きも鈍いもんだ」
しかし目前まで迫ってきたバニイップは、頭を下げたかと思うと、フィリップを掬い上げ自分の背中へ乗せたではないか。
「何のつもりか知らんが、そうやすやすと敵の思い通りに、は──!?」
フィリップは言いながら、バニイップの背中から飛び降りようとした時。
唐突にバニイップは翼を羽ばたかせ、上空へと飛び立った。
これにフィリップは落下しないように、慌ててバニイップの背中にしがみつく。
だが彼が背中を狙ったせいで、バニイップの血でヌルヌルしている。
「ク、クソ……やむを得ん」
フィリップはにじり上げると、バニイップの首に腕を回してしがみつく。
バニイップはある程度の高さまで来ると、突然ギュンギュンと回転し始めた。
今振り落とされたら、即死だ。
フィリップは必死にバニイップしがみつく。
どうやらそう簡単には、フィリップを振るい落とせないと悟ったバニイップは、グングン加速して更なる上空を目指すと、天乃海へと飛び込んだ。
その拍子にフィリップも、バニイップから離れて遊泳する。
海に入水したバニイップの動きは速かった。
鋭い爪で、フィリップを何度も攻撃してくる。
あいにく、フィリップは水中で呼吸も会話も出来る、ブリディングキャンディーを持参していなかった為、呼吸を止めつつ口の中で呪文を唱えた。
「穿て水騎槍」
するとフィリップの両手から水流が発生し、やがては大きく強力な渦を巻きながらバニイップめがけて、突っ込む。
そのスピードから避けきれず、アクアオンはバニイップの右肩を貫き大きな穴を開けた。
そこからの出血に、大型のサメが集まってくる。
ここは一旦引こうと、バニイップは天乃海から飛び出した。
そして気付くと、ちゃっかりフィリップもバニイップの背中に、しがみついていた。
飛翔しようにも、フィリップからやられた右肩の痛みのせいで、上手く飛べずやむを得ずバニイップは、場内へと着地する。
フィリップはバニイップの背中から離れると、懸命に呼吸を整える。
しかしその隙を見逃さなかったバニイップは、四つん這いになっているフィリップを、下から蹴り上げてきた。
「──ガッ!」
フィリップは声を洩らすと、転がる。
──が、一息吐く間も与えず第二撃、バニイップはフィリップを蹴り上げる。
「──グッ!?」
同様にフィリップは転がったが第三撃、バニイップはフィリップを蹴り上げてきた。
“こやつ……この俺様を蹴り転がすつもりか”
「──“身の程を知れぃっ!!”」
フィリップはすかさず、声を荒げた。
直後、第四撃。
しかしフィリップの先程の威嚇により、バニイップの攻撃力が下がっていた。
よって、その分フィリップには余裕が出来、バニイップの足が迫ってきた時、素早く横転して避けたのだが。
「ゥグアァッ!?」
フィリップは呻き声を上げた。
打ち身、打撲及び骨折をしていたのだ。
ひとまずフィリップは、簡単な治癒魔法を唱えた。
「ウォーターライト」
これにて、体力は戻りはしたが、さすがに骨折までは治らない。
今この状況ではおそらく、完全治癒魔法の詠唱が終わらぬ内に、バニイップに邪魔されるだろうと思ったからだ。
だが少しは、動けるようになる。
バニイップは二足歩行スタイルで、翼を羽ばたかせた。
場内の砂が、鋭く細かい刃のように飛散し、フィリップの肌を小さいとは言え切り刻む。
「チッ……さっきから小癪な真似を……!」
フィリップは苛立ちを露わにする。
砂嵐がやんだところでフィリップは、攻撃魔法を仕掛けようと顔を上げた時だった。
バニイップの双眸が赤く光ったのを、フィリップは視野にて確認してしまった。
よってだからなのか、ガクンとフィリップは体制を崩しやがては、地面に倒れてしまった。
どうした事か、フィリップはそのままピクリとも動かなくなった。
「フィルお兄ちゃん!?」
「よせリオ。声をかけたら反則負けになる」
待機スペースにて、兄を心配するフェリオに、レオノールが肩に手を置いて言い聞かせた。
「ウフフフ……バニイップの目から放たれる赤い輝きを見たら最後……全身が麻痺して動けなくなるわ。そのままなぶり殺されてしまいなさい」
貴賓席にて、九尾狐王子がほくそ笑んで喜ぶ。
身動きしなくなったフィリップを確認すると、バニイップはまるで勝利宣言のように鳴き声を上げる。
「キュララララーイィィィ!!」
こうしてゆっくり、ゆっくりとまるで味わうかのように、バニイップは麻痺しているフィリップの元へと歩み寄って行く。
足元まで歩み寄るとバニイップは、足の爪先でフィリップを小突いた。
「クッ……!!」
フィリップは小さく呻く。
「キュルルル……」
バニイップは小さく鳴くと、片足を高く持ち上げてフィリップを、踏み荒らし始めた。
「グッ! ウッ! ガッ! フグゥッ!!」
バニイップが踏み荒らすごとに、フィリップがボロボロになっていくのが見ていて分かる。
本当にこのままだとフィリップは死んでしまうのではないかと、不安になる程。
フェリオが耐え切れず、身を乗り出した時だった。
ふと何やらブツブツと聞こえた気がして、フェリオは動きを止めて耳を澄ませる。
すると聞こえてきたのは。
「生きながらにしてその身を滅せよ……──生者必滅!!」
直後。
「──キュ!?」
バニイップの足が止まった。
いや、動かせなくなっているのだ。
足の先からゆっくりと、バニイップの色が灰色に変わっていく。
フィリップによる、石化呪文である。
「ギュラーッ!! ギュラギュラーッ!!」
バニイップが必死にもがくが、石化の進行は止まらない。
その間再度、フィリップは今度は完全な治癒魔法を口ずさむ。
「天からの使者よ。我に癒しの口づけを──天使の口づけ」
これにて、打ち身打撲骨折等々も治癒された。
フィリップは引き続き呪文を唱える。
その頃バニイップは、胸部まで石化が進行していた。
「消滅せよ麻痺よ。改めて身動き可能な身体に戻れ。麻痺消失」
これでようやく、フィリップは動けるようになった。
「いたぶるのを優先にするから、詰めが甘いのだ」
フィリップは、もう首まで石化しているバニイップの背後から、そう吐き捨てる。
まだ首までしか石化していない為、迂闊に正面から向かい合うとまたバニイップから、目の光線にて麻痺攻撃を受ける可能性が高いからだ。
「ギュララララ……ッ!!」
バニイップは苦しそうに、まるで水面から顔だけを上げたような姿勢で、苦悶の呻き声を洩らす。
「フ……面白い遊びをしよう」
フィリップは言うや、唐突にバニイップの石化した体を蹴り壊した。
よって、石化されていない生首だけが転げ落ちる。
「クックック……もう胴体と切り離したから、その首が石化される事はない……」
「キュイ~ッ! キュララララー!!」
バニイップは、必死に悲鳴を上げる。
フィリップはバニイップの生首に足を乗せる。
「どの道このまま放置していてもいずれ死ぬが……そう簡単には死なせん」
フィリップは言って、バニイップの頭を踏み躙る。
「キュララ! キュルララ!!」
そのバニイップの鳴き声は、助けを求めているようだったが。
「この俺様の相手になったことを、後悔しながら死ね」
フィリップは残酷な笑みを浮かべると、ゆっくりバニイップの頭を踏んでいた足を持ち上げた。
「死ねぃっ!!」
「キュイィン!!」
フィリップの言葉に被せるようにバニイップは鳴き声を上げたが、躊躇いなくフィリップは渾身の力でバニイップの生首を一度、二度と踏みつけた。
メキ、バキ、グチャ……!!
フィリップが六回程踏み荒らした時には、バニイップの頭はすっかり潰されていた。
「結果発表!! 今回の団体戦は、チーム勇者の圧倒的完全勝利ー!!」
これに観客席から歓声が沸き起こるのだった。




