story,Ⅷ:闘獣戦③
スレイプニルには、赫眼と同じ色の隈取が、額から鼻面まで記されてあった。
そして構えるや否や、5m先で向かい合っているレオノール・クインめがけて、スレイプニルは突進した。
レオノールは構えるだけで、逃げようとも何もせずに立っている。
スレイプニルは、そんな彼女へと真っ直ぐ突っ込んだ。
しかし、それを待っていたレオノールは大きくジャンプすると、スレイプニルの頭部に両手を突いて半回転し、スレイプニルから飛び越えたかと思うとその尻に思い切り、蹴りを入れた。
「!? ヒーヒヒヒヒヒヒィン!!」
スレイプニルは悲鳴と共に、背後のレオノールを四本の後ろ足で蹴りを入れる。
レオノールは咄嗟に自分の正面に、両腕を交差してガードしたが、威力は絶大で数m背後にある会場を取り囲む壁まで、蹴り飛ばされた。
よって強か壁に叩き付けられるレオノール。
「チッ! たかがこれくらい!!」
レオノールは立ち上がると、ほざいた。
これにムッとしたであろうスレイプニルが、頭を大きく振りかぶってレオノールへと、めぐらせる。
すると赤い隈取から、赤い煌きが放たれるとそれはあっと言う間に、レオノールを包み込んだ。
「あ……?」
レオノールは怪訝な表情を浮かべる。
直後、ガクリと彼女の片足の膝が曲がる。
「う……っ!?」
レオノールが眉宇を寄せている間に、その煌きはスレイプニルの元へ戻ってその体内へと姿を消した。
これにスレイプニルは、四本の前足を持ち上げて嘶く。
「何か変だ……微妙すぎて解かり辛ぇ……」
レオノールは改めて態勢を立て直す。
スレイプニルは再びレオノールめがけて、突進して来た。
「よぅし……次はこうはいかせねぇ……」
レオノールも改めて、真正面で構える。
そして先程同様、レオノールはスレイプニルを飛び越えたかと思うと、そのままスレイプニルの背へと跨った。
「!? ヒーヒヒヒヒィンッ!!」
スレイプニルは激しい嫌悪感を露わに、暴れ始める。
「いいねぇ、ねーちゃん!!」
「ロデオ見るのは大好きだぜ!!」
「デケェおっぱい揺れまくりじゃねぇか!!」
「ヒャッホーゥ! 興奮するねぇー!!」
観客席から、男共の野次が飛ぶ。
「舌ァ噛むなよ!!」
この野次を最後に、レオノールはスレイプニルの後ろから腕を回し、首絞めにかかった。
「ヒヒーンブルルル……!!」
スレイプニルの嘶きが聞こえたかと思うと、レオノールは再び力が抜けたように感じた。
よって両腕の力が緩んだ隙を見て、スレイプニルは前足を持ち上げて、後ろ足四本で立ち上がる。
おかげでレオノールは、落馬し地面に叩きつけられてしまった。
これをチャンスとばかり、スレイプニルは地面に転がって自分の足下にいるレオノールを、八本の蹄で踏みつけしまくった。
「がが……っ! ぐぅ……っ!!」
約10秒程、スレイプニルはレオノールを堅い蹄で踏みまくったであろうか。
スレイプニルが脚を止めた時には、レオノールはズタボロになりグッタリしていた。
だが微かに、体を震わせる体力は残っているらしかったが、誰の目から見ても虫の息だった。
「ブヒン!!」
スレイプニルは、誇らしげに鼻息を鳴らす。
全身を丸めているレオノールの手元は、誰からも見る事は出来なかっただろう。
審判がやって来て、様子を窺おうとした時。
「……野郎……よくもやりやがったな……!!」
その呻き声が聞こえ、何とレオノールは跳ね起きたではないか。
「覚悟はいいか。てめぇを馬刺しにしてやるぁ」
このレオノールの決め台詞に、大喜びしたのは待機スペースにいたフェリオ・ジェラルディンだけだった……。
言うなり地面に投げ捨てたのは、チューブタイプのプロテインで、HP/MPを全回復する消費アイテムだった。
ちなみに、一試合につき最大三つまで、消費アイテムを使用しても良い事になっている。
勿論、闘獣戦のみだ。
「ブルル……! ブルル……ッ!!」
これに怒り心頭なのは、スレイプニルの方だった。
馬らしき威嚇をすると、改めてスレイプニルはレオノールへと突進する。
「来いやあぁぁあぁーっ!!」
レオノールは怒声を上げるや、再度スレイプニルへと飛び乗った。
しかしこれを待っていたかのようニ、スレイプニルは宙を駆け上がり始めた。
10m以上の高さでスレイプニルは、レオノールを落馬させようともがくが、彼女はしっかりとスレイプニルの黄金のたてがみを掴んで離さなかった。
ついに怒りを露わにスレイプニルは、彼女のしつこさから逃れんとばかり天乃海へと、ダイブした。
しかしながら、5分経とうとも10分経とうとも、レオノールが苦しみもがき溺死する気配すら見せない。
そう。彼女はブリディングキャンディーを口内で舐めていた。
これが溶けてなくなるまでの間は、水中でも呼吸だけでなく会話も可能なのだ。
こんな環境のコロッセオだ。
この天乃海を利用するバトルがないはずはないと、水恐怖症のレオノールはしっかり胸の谷間に忍ばせておいたのである。
よって、逆に苦しくなったスレイプニルは、とうとう先に天乃海から地上へ飛び出してしまう。
しかし無論、その背に跨っているレオノールも一緒だが、彼女が先に背から地上へと飛び降りた。
スレイプニルは地上に到着するなり、他人から見ても分かるくらい神々しいまでの紅蓮のオーラを、全身から立ち昇らせ始めた。
ついに怒りが頂点に達したらしい。
スレイプニルはまるでレーザービームのような赫眼を、レオノールへと向けた。
途端、レオノールはガクンと膝を折り、そのまま雪崩れるように倒れ込んでしまった。
「な……っ!!」
レオノールはこの状況を理解出来ずにいたが、立つ力もなく疲労感もピークに達している事も判った。
よって直後、レオノールは悟った。
スレイプニルが発する紅蓮の光を浴びると、体力をおそらくHP1くらいまで消耗させられるのだと。
スレイプニルが、地を蹄で削る様子が解かる。
今このままスタンピングを受けたら、確実に負ける。
魔人になるのは簡単だが、この国民にモンスターだと知られたら今後の行動に、悪影響を及ぼすだろう。
フェリオの召喚霊入手の条件の為にも、倒れるわけにはいかない。
レオノールは、重々しく感じる腕を震わせながら、豊満な胸の谷間に指を差し入れた。
走り出したスレイプニルが、レオノールの目前まで来た時だった。
「──っらあぁぁっっ!!」
突然跳ね起きた拍子にその足がスレイプニルを渾身の一撃で蹴り飛ばしたではないか。
「ギャヒィン!!」
スレイプニルは8mの高さまで吹っ飛び、3m先へと落下した。
「ぅおう……我ながらメッチャ飛んだ」
レオノールは言うと、軽く口笛を吹く。
「こんな事ならもったいぶらず、もっと早々に使っておくんだったぜ……“完全体の薬”」
完全体の薬──。
それは力・防・賢・速・体が一気にプラス7アップする、レアアイテムである。
無論、一回の戦闘中のみに一度だけであり、以降の持続性はない。
「HPは奪われたが、このアイテムでレベル7分のHPさえ取り戻しゃあ充分よ!!」
スレイプニルは、脚を数本骨折して立ち上がれずにいた。
よって三度、レオノールからHPを奪って回復しようとしたが、気付くとそこにいる筈のレオノールが見当たらない。
スレイプニルはキョロキョロと周囲を見回すが、やはりどこにもいないではないか。
どういう事かと、走馬灯の速さで考えている時だった。
「くぅぅうぅうぅぅらいやがれぇぇえぇえーいぃっ!! フライング・ボディ・プレス!!」
「ゲヒヒーンッ!!」
唐突に己が身に降りかかった強烈な衝撃に、スレイプニルの頭が跳ね上がる。
更に直後。
「味わえファイティングナックル!!」
レオノールはナックルに仕込まれている鋼の爪を、スプリング方式で飛び出させると交差した拳で、スレイプニルの顔面へとクロスした。
「ギャヒンッ!!」
スレイプニルは白目をむくと、そのまま血塗れになった頭を地面に伏してしまった。
審判がそんなスレイプニルへと駆け寄り、様子を窺うとリポーターへと頭を横へ振って見せた。
「第四戦目! VSスレイプニスは、チーム勇者であるレオノール・クインの勝利ーっっ!!」
歓声と怒声の中、レオノールは待機スペースへ戻るや否や、バタリと倒れ込んでしまった。
「ちょ……っ! 大丈夫レオノール!?」
フェリオが駆け寄る。
「バトルが終了したから……“完全体の薬”の効果が切れちまったみてぇだ……今の俺、おそらくHP1……」
言うとレオノールは、力なく口角を上げる。
「この様子じゃ、消費アイテムを咀嚼する力もなさそうだな」
フィリップ・ジェラルディンの言葉に、マリエラ・マグノリアが進み出て来た。
「でしたら、この私が。──エルフマジック“治癒”」
マリエラはレオノールの胸元に両手を当てて述べると、彼女がピンク色に輝いた。
三秒後。
「おお。すっかり元気に」
レオノールは言って、ムクリと上半身を起こした。
「さて。そんじゃあ最後は、フィルさんだな。負けないでくださいね」
ガルシア・アリストテレスの言葉に、フィリップが鋭利な睥睨をよこす。
「負けるなだと……? 貴様、一体誰に物を言っている」
「いや、はい。すみませんでした」
ガルシアはアタフタすると、ペコリと頭を下げた。
「次はどんなのが来るんだろう~? 最後だから覚悟しておいた方がいいかもよ。フィルお兄ちゃん」
妹の発言に、フィリップは平然と答えた。
「心得ている」
「この差な」
ガルシアがボソッと口にした一言に、すかさずレオノールが答える。
「当然だろ~? フィルはリオに対してシスコン以上なんだから」
「……異常?」
「そう。以上」
「そっかー。異常だからかー」
こうして最終的に噛み合わないレオノールとガルシアの会話は締め括られ、フィリップを会場へと送り出した。
ほぼ同時に、頭上から降ってきた水滴でフィリップは、片手を差し出して空を仰いだ。
「雨、か……!?」
その通り、確かに雨だったが、それ以上のモノが降ってきた。
「キュララララッ!!」
ソレはそう鳴き声を発しながら、鋭く湾曲した鷹のようなくちばしをいっぱいに開けて、フィリップへ向かって真っ直ぐ“落下”してきたではないか。
これにフィリップは、冷静沈着に嘆息を吐いた。
「まぁ、そう焦るな」
フィリップは吐き捨てると、ソレが自分へ到達する直前で横っ飛びして避けた。
これにソレは地に両手を突いて着地するや、腕力で跳躍して改めて足で地に着いた。
「カツカツカツ!!」
ソレは先程の第一撃が避けられた事が不愉快だったらしく、威嚇するようにくちばしを鳴らして見せた。
その姿は、頭部は猛禽類、ワニの胴体と尻尾だが、胴体の背の部分だけは羽毛に覆われ翼が生えている腕、二足歩行でその手足には水ヒレがあった。
「……成る程。陸海空ってわけか。抜かりなく本気で挑む必要がありそうだ」
フィリップが呟いたところで、リポーターが声を上げた。
「最後のモンスターは、“バニイップ”だーっ!! このモンスターは全てのフィールドでも活動可能だ!! きっと先程までと、一筋縄ではいかないだろう!!」
「フン。バニイップか。よくもこんな珍獣、捕縛出来たものだな」
フィリップはハッキリした声で述べると、貴賓席の九尾狐王子を見やった。
「きっと貴方も、満足出来るバトルになる筈よ。さぁ、僕を愉しませて頂戴。可愛い坊や」
九尾狐王子は三日月形に目を細めると、ほくそ笑んだ。




