story,Ⅶ:闘獣戦②
「ひとまずは、遠距離からっと!!」
ガルシア・アリストテレスはタッと地を蹴って後退しながら、腰元にあるホルダーから二丁拳銃を取り出すと、フェンリルに向かって二発撃ち込んだ。
弾丸はフェンリルの、野太い首に被弾する。
「グルルル……」
これにフェンリルが悠然と、ガルシアへと視線を向ける。
「……まだまだぁっ!!」
更にガルシアは怯む事無く、二丁拳銃で──ピースメーカーとリーサルウェポン──それぞれ二発ずつ射撃すると、銃弾はフェンリルの頭に四発、命中した。
だが、ゆっくりとした動きで再度、ガルシアを睥睨する。
すると、フェンリルの頭へとめり込んだ筈の弾丸が四つ、弾痕から排出され地に落下したではないか。
「そんだけの図体だけに、やっぱ銃は効果ねぇってか!! だったらこいつでおまけしてやるよ!!」
ガルシアは叫ぶと、銃弾をフェンリルへと撃ち込んでから、銃を素早くホルダーに収納すると、今度は素早く剣を構えた。
「頼むぜぇ~、破壊者……!」
ガルシアは剣名を口ずさむ。
赤と青の両刃が、鋭利に輝く。
フェンリルは吸気したかと思うと、口から蒼白の炎を吐き出した。
「マジかよ!!」
5mの巨体から吐き出された炎から、簡単に逃れられそうになかった。
「くっそおおぉぉぉおぉぉーっ!! ──エルフマジック“バリア”!!」
するとグリーン色の球体がしゃがみ込んだガルシアを包み込み、炎から彼を守ったではないか。
「……師匠が言っていたエルフマジックを常に意識しろって言うのは……こう言う事なの、か……?」
直後、メキメキと音が聞こえ、顔を上げるとそこには巨大な獣の足が、肉球が球体バリアに乗っかっていた。
フェンリルは、バリアを踏み割ろうとしているのだ。
ついぞ甲高い音と共に、バリアが砕け散った。
同時に、ガルシアは側転してフェンリルの足から逃れる。
ガルシア側の席に座っていた観客達は、しっかりフェンリルの蒼白の炎から避難していた。
「チッ……! クソが……っ!! そう簡単に負けるかよおおぉぉぉぉぉーっ!!」
ガルシアは叫喚すると同時に、バリアを踏み割った目前にある巨大な前足の甲へ、深々と剣を突き刺した。
フェンリルはその前足を、突き刺した剣にしがみついているガルシアごと持ち上げると、ブンと振り払う。
ガルシアは決して剣から手を離さずにいた為、やがてフェンリルの前足から剣がすっぽ抜けて彼ごと宙を舞う。
だがフェンリルは、やがて地上に着地した彼へと地面めがけて、アタックした。
強烈な力で、地面に叩き付けられるガルシア。
「ガハ……ッ!!」
ガルシアは一度バウンドすると、地面に伏す。
「クスクスクス……もっと頑張りなさいよ坊や!!」
貴賓席にいる九尾狐王子が、野次を飛ばしてきた。
「クゥ……ッ、お言葉に……お答えして……エルフマジック“治癒”」
ガルシアが唱えると、体内の損傷がたちまち治っていくや、ガルシアは勢い良く跳ね起きたではないか。
「……あいつ、さっきから呪文唱えてるけど、エルフとか言ってなぁい?」
九尾狐王子は元来、獣なだけに耳が良いのだ。
無論、化け猫女騎士も同様だ。
「はい。確かに……よく見ると、特徴的な耳の形もしていますしね」
「へぇ~……あのガキ、エルフなんだ。しかもあの肌色……闇のエルフね。生け捕りにすれば双子の配下殿と側近殿の誰かに喜ばれるんじゃないのかしら?」
「そうかも知れませんね」
「ではひとまずこの団体戦をあの闇エルフが突破するのを見届けましょう。戦力なければただの雑魚で不要だから」
「は! かしこまりました」
王子の意見に、化け猫女騎士は即座に受け入れた。
しかし耳が良いのは何も獣だけではない。
噂の当事者である笹穂耳のエルフにだって、しっかり聞こえていた。
“そうは行くかよバーカ”
ガルシアは腹の中で思いながら、右肩をグルグル回す。
「吠えろ我が銃! ピースメーカー、リーサルウェポン!!」
ガルシアは再度、二丁拳銃を取り出すと、それをフェンリルの顔面向けてぶっ放した。
二つの弾丸は、真っ直ぐフェンリルの両眼に命中した。
「グオアァァアァーッ!!」
相変わらずフェンリルの声は腹に轟く。
しかしガルシアは怯む事無く、今度は片手剣“破壊者”を鞘から抜くや、フェンリルへと突撃した。
「喰らえ我が剣、デストロイヤー!!」
そうしてガルシアは、フェンリルの右首の付け根から袈裟懸けに斬ると、刃の向きを変えて今度左の首の付け根から同じく袈裟懸けに斬り付けた。
片手剣が放つ余波によって、剣の切り口に合わせて更に損傷は深いものとなる。
「ギャオォン!!」
これにはさすがのフェンリルも悲鳴を上げて、前のめりに倒れる。
前足の腱を切断されたからだ。
「よし。この調子で……!!」
直後、キンと何やら金属音が鳴り響く。
ガルシアがそちらへ目を向ける必要もなかった。
フェンリルの青銀色の体毛が、鋼の如く毛羽立っているのが判ったからだ。
フェンリルはガルシアへ、鋼の体毛を飛ばしてきた。
「エルフマジック“バリア”!!」
だがそのバリアも、フェンリルの鋼の体毛には、耐久力が遠く及ばなかった。
バリアは砕け割れ、数本の鋼の体毛がガルシアの肩や腕に、突き刺さる。
「チィッ!!」
ガルシアは舌打ちすると、叫んだ。
「頼むぜデストロイヤー! 耐えてくれ!! エルフマジック“マグマ剣”!!」
これに応え、ガルシアの剣は灼熱の白っぽい紅蓮に染まる。
先程ガルシアが撃ち抜いたであろうフェンリルの両眼は、もう回復していた。
そして鋼の体毛を飛ばすも、ガルシアのマグマ剣で到達する前にその超高熱にて溶かされていく。
「大概図体のデケェ奴って、そのバカデケェ図体に甘んじて、特別な能力とか持たねぇんだよな」
彼の言っている意味を理解したのか、フェンリルは怒りを露わにするとガルシアに向けて、大口を開けて迫ってきた。
「飛んで火に入る夏の虫! いらっしゃいませぇ~い!!」
ガルシアは声を大にして言うと、フェンリルの上顎と下顎に片手剣をつっかえ棒にした。
「!? ゴアアァァァァーッ!!」
「体内から喰らいな! ピースメーカー&リーサルウェポン!!」
ガルシアは言うや、二丁拳銃をフェンリルの喉奥へと乱射した。
「ギャヒヒヒヒヒーッ!!」
堪らずフェンリルが上半身を仰け反らせる直前で、ガルシアはつっかえ棒代わりにしていた片手剣デストロイヤーを抜き取り、フェンリルの口元から脱出する。
刃が当たっていた上顎は、マグマ剣の影響で黒く焼け爛れ、すり鉢のように陥没していた。
見るからに痛々しい。
フェンリルはもがき苦しみながら、口から大量の吐血をする。
「そんなに身悶えする程旨いか犬っころ? 実はその弾丸にもマグマのマジック、かけておいた。飯が冷めねぇ内に食わせる事が出来て、料理人たる者こんな光栄な事はない」
ガルシアはその余裕から、ヨヨヨと泣く真似をしてふざけてみせる。
しかし次の瞬間、ガルシアは横から重々しい殴打を喰らっていた。
その衝撃でガルシアは真横に吹っ飛び、壁にぶち当たっていた。
今度はガルシアが吐血する番となる。
「クソ……こうなったら……!!」
ガルシアは地面に四つん這いの状態で、口元の血を腕で拭う。
その間、フェンリルはのっしのっしとガルシアへ、口から血を垂れ流しながら歩み寄って来る。
そんなフェンリルへ向かって、ガルシアも走った。
やがて互いにぶつかる様に、フェンリルは持ち上げた前足を彼へ向かって振り下ろし、そんなフェンリルの前足の肉球側から地を蹴って大きくジャンプすると、拳を殴りつけた。
「エルフマジック“浮力”!!」
そのままガルシアは、着地する。
一方フェンリルは、プカリと宙を浮き始めたではないか。
そこへ更にガルシアが畳み掛ける。
「行ってきやがれシュノーケリングゥゥーッ!!」
ガルシアは二丁拳銃で、真下からフェンリルを乱射する。
銃に押しやられるように、フェンリルは上空へと上がって行ったかと思うと、天乃海へとフェンリルはダイブしてしまった。
フェンリルはもがき海から出ようとするが、ガルシアのかけた魔法によって、天乃海の深みに嵌まる一方で海から出る事すら敵わない。
必死に海中で呼吸が出来ずに苦しんでいたフェンリルだったが、ついにはとうとう溺死してしまったフェンリルを、大型鮫が群がった。
「何ですって……!? あのフェンリルをあの小僧、鮫なんかに食わせた……!!」
「予想外でしたね」
九尾狐王子はこの事に愕然となる。
「実にいい地形だな。おかげで勝てたぜ」
ガルシアは言うと、二丁拳銃をクルクルと回してホルダーにスマートに収納した。
「やるわねあの子……是非我が魔王軍に欲しい人材だわ」
「後で勧誘してみましょう。魔王軍には、ダークエルフ国も傘下に入っていますしね」
「でも……どうしてダークエルフのガキが勇者一行と一緒なのか、謎だわ……」
九尾狐王子は言うと、小首を捻った。
「でかしたぞ小僧。よくぞ頭を使った」
待機スペースにて、フィリップ・ジェラルディンが戻って来たガルシアへと声をかける。
「……褒められてんのか、貶されてんのか、分かり辛い……」
ガルシアはフィリップの言葉に、口元を引き攣らせる。
「ガル! よくぞエルフマジックを理解したわね。賛美に値するわ」
「師匠……! はい!」
マリエラ・マグノリアの言葉で、素直に喜びを露わにするガルシア。
「いらっしゃい。傷を癒してあげるわ」
マリエラの誘いに、ガルシアは嬉しそうに歩み寄った。
「ガルの態度はあからさまなのに対して、マリエラさんは……わざとスルーしているのか、単純に鈍感なのか」
フェリオ・ジェラルディンがそんなエルフコンビに、そう呟くのだった。
「ここまで勝利が続いたからには、俺も負けちゃいられねぇな」
レオノール・クインは言いながら、指の関節を鳴らす。
「その前に、ちょっといいかな」
ガルシアが皆を自分の元へ集合させる。
「あの王子……信用しない方がいいよ。さっきから胡散臭い会話をしてる。警戒しておいた方がいい」
「ええ。それなら私にも聞こえたわ」
マリエラの言葉に、レオノールも首肯する。
「俺にも聞こえた。会話の内容的に、魔王軍寄りだ。要警戒だな」
勇者一行は輪を作り、小声で言い合った。
「じゃあおそらくこの国は、あの王子を始め魔王軍に乗っ取られていると、思った方が良さそうだな」
フィリップが口にする。
「しかもこの様子だと、他の国民はそれに気付いていないみたいだよ」
フェリオも述べる。
「ひとまずここは、俺らもまだ何も気付いていないフリをしておくべきだ。王子の様子を見張りつつ、な」
レオノールの言葉を締めに、皆バラバラになって待機スペースでそれぞれ身を委ねる。
丁度タイミング良く、リポーターが声を上げた。
「フェンリル死亡により、新たなモンスターを搬入します。引き続き4回戦目! 出でよスレイプニル!!」
しかし西門をしばらく見ていても、モンスターが出てくる気配がない。
すると頭上から、馬の嘶きが聞こえて、そちらを見ると漆黒の馬が上空を駆け下りて来た。
よくよく見ると、足が八本ある。
前足、後ろ足それぞれに四本ずつといった具合だ。
翼はなく、その多数足で空を滑空しているらしい。
スレイプニルはやがて地上に降り立つと、前足を持ち上げて改めて嘶く。
そしてレオノールへと頭をめぐらすと、その全眼を真っ赤に光らせた双眸で、彼女を見据えた。
「おっと。お馬さんか。にんじんでも与えりゃ、余裕で不戦勝取れそうだな」
レオノールは悠然と笑みを浮かべると、改めて指の関節を鳴らしながら会場内へと歩を進めた。
これに応えるようにして、スレイプニルは四本の前足で、地面を引っ搔く。
体高は2m。
体長は4mであろうか。
漆黒の体躯でありながら、たてがみと尻尾は黄金色に美しく輝く魔馬だった。
「この俺が、てめぇを乗りこなしてやるぜぃ!!」
レオノールは意気込んで我鳴ると、攻撃態勢に身構えるのだった。




