story,Ⅵ:闘獣戦
「引き続き午後の部、二回戦になりますのは何と! 団体戦になっております! では、入場せよ! チーム勇者!!」
進行役の発言に、九尾狐王子と化け猫女騎士が眉宇を寄せる。
「……勇者ですって……?」
進行役に促され、勇者一行が入場してくる。
観客達もざわめく。
それまで、先の剣闘士二人の屍をバリバリと喰らっていたヘラジカ犬が、彼らの気配に気付いて振り返る。
「よぉモンスター。俺らの目の前で人間喰らってる事を、とくと後悔させてやらぁ」
レオノール・クインが、拳を手の平に打ちつけながら告げる。
「ちょ、ちょっとよして頂戴クインさん! 初っ端はこの私なのよ!? そんなに煽らないで!!」
マリエラ・マグノリアは半ば顔を青褪めながら、ガルシア・アリストテレスの褐色肌である腕にしがみ付いてくる。
それが、ガルシアにとって夢心地であった。
「どうやらこの試合、適当にあしらうわけにはいかないみたいだね。フィルお兄ちゃん」
フェリオ・ジェラルディンは言いながら、兄の顔を見上げると。
「──当然だ」
彼はそれまでの穏やかなものから、すっかり残忍な表情に変わっていた。
入場して行くと、王子の視線が一行を凝視していた。
これに、フィリップ・ジェラルディンが怜悧な視線を投げかける。
そして悠然と笑みを湛えて、王子へ見せ付ける。
勿論、彼はまだ王子の正体がモンスターである事は、知らない。
「フフ……いいわ。彼らが本物の勇者かどうか、ここで見極めましょう。僕達があいつらをぶっ潰すかは、それからよ」
「御意」
九尾狐王子の言葉に、化け猫女騎士は軽く頭を下げて応えた。
「さぁ、出番だマリエラ」
「ででででもでも」
落ち着き払ったフィリップの言葉に、マリエラはあからさまに動揺している。
「あんなデカブツに、こんなちっぽけなナイフでどう立ち向かえって言うのよ!?」
「必ず弱点がある。そこを狙えばいいんだよ」
マリエラが片手に持った数本のナイフを、ヒラヒラ揺らして見せるのを、レオノールが言って彼女の肩をポンポンと優しく叩いた。
「しかもいざとなったら、魔法も使ってOKみたいだし」
ガルシアの発言に、マリエラはキッと鋭い睥睨を彼へと向ける。
これにガルシアは、胸元の高さで小さく両手の平を彼女へ見せる。
「大丈夫だって! ボク達がいるから死んじゃったりしないよ! さぁ、いってらっしゃい!!」
フェリオは明るい声で言うと、マリエラを会場内へと突き飛ばしたではないか。
「あっ!?」
彼女が声を上げた時には、ニ~三歩程場内へ足を踏み入れてしまっていた。
「おっと! 次の対戦者は、これまた美しい手足のか細いお嬢さんだぁ!! 果たして見応えのあるバトルになるのだろうかぁ!?」
進行役の発言に、会場がドッと沸く。
「頑張れネェちゃーん!!」
「俺はあんたが勝つ方に100ラメー賭けるぜぇ!?」
「そんな金額、賭けになんねぇだろう!!」
再度、ドワハハと会場が笑いに包まれる。
これにムッと来たマリエラは、表情が険しいものに変わった。
そして澱みなく口走る。
「“かの者を地上20mまで浮上させ、地上へ落下させよ!”──エルフマジック!!」
途端にヘラジカ犬が上空へ見えない力にて持ち上げられたかと思うと、彼女の呪文通り20mの高さから一気に地上へと落下した。
この衝撃で、側頭部にあった両方のヘラ角が無残にも折れてしまった。
「ホーワン! ホーワン! ヒーッヒャッヒャッヒャ! ヒャッヒャヒャ!!」
ヘラジカ犬のハイエナ頭が、まるで笑い声のような鳴き声を上げると、馬の右前足で地上を引っ搔く仕草をしたかと思うと、突進して来た。
これにマリエラは素早く数本のナイフを指の間に挟むと、ヘラジカ犬めがけて投げ放つ。
その数本のナイフは全て、ヘラジカ犬の眉間に深々と突き刺さった。
「……ダーツやらせたらパーフェクトだね……」
フェリオがボソボソと呟く。
「ヒーッヒヒヒヒ!! ヒャハッ! ヒャハハッ!!」
ヘラジカ犬は悲鳴を上げると、その場に倒れこんでピクリとも動かなくなった。
これに審判が恐る恐る近付いて、ヘラジカ犬の様子を窺ってから声を上げた。
「ヘラジカ犬死亡により、勇者チームの勝利!!」
ざわつく観客の声を背に、マリエラはツンとそっぽ向いて待機席にいる皆の元へ戻って来た。
「スゲェじゃねぇかマリエラさんよぉ! ほぼ瞬殺だぜ!!」
レオノールが褒めちぎる。
「格好良かったよマリエラさん!!」
「さすが師匠です!!」
フェリオとガルシアも、声を弾ませる。
しかし。
「……嫁にはしたくねぇ女だな……」
ボソッと呟いたのは、フィリップだった。
「何ですって!?」
「別に」
キッと睥睨をよこすマリエラに、フィリップはその一言だけ呟いてから、そっぽ向いた。
だがよくよく見ると、マリエラの手足は小刻みに震えている。
それだけ本人にとっては恐怖であり、必死だったのだ。
「お疲れ様です師匠。もうこれで出番は終わりましたから、ゆっくりしていいですよ」
「え、ええ。そうさせてもらうわ……」
マリエラは言って壁に寄りかかると、そのままズルズルと蹲ってしまった。
ヘラジカ犬の躯は、6人がかりで会場の外へと運び出されて行った。
「次はボクの番だね! どんな奴でもかかって来いやぁっ!!」
フェリオが数歩、会場内へ進み出ると静まり返った場内が再度、大爆笑に包まれた。
「おいおい、あんな子供をパーティに入れてるのか! 勇者一行は!!」
「大丈夫でちゅかボクちゃん? 帰ってママのおっぱい恋しくなっちゃいないかなぁ?」
観客からのひやかしに、フェリオは思いの外冷静だった。
「ま、こんな野次は想定範囲の内」
フェリオは後頭部で腕を組み、口笛を吹く。
「引き続き二回戦は! ヘラジカ犬が倒されてしまったので新たなモンスターを導入します! 出でよ、コロコッタ!!」
進行役の掛け声後、西門の鉄のドアが開くとしばらくしてからのっそりと、新たなモンスターが進み出てきた。
その姿は、約2m前後の大きさをした、あらゆるイヌ科生物が混合した獣だった。
口元は、まるでハイエナのように口角が引き上がっていて、真っ白い歯が見えている。
しかしその歯は、よく見ると数本の歯並びではなく、全ての歯が一つにまとまっており奥へ向かって、鋭い剃刀のような一枚歯が三列並んでいる。
更に、その歯は歯茎の中を、出たり入ったりしていた。
「キャハハ! キャハ!!」
コロコッタが鳴き声を上げる。
先程マリエラが倒したヘラジカ犬同様、ハイエナのような鳴き声だ。
大きさは2mではあるが、子供体型である今のフェリオにとっては、とても大きく感じる。
そこへ、野次が飛んでくる。
「おいおい。あんなチビの相手で大丈夫か」
「超大型犬とチビのバトルとか、長閑じゃねぇか」
「チビが負けてあの犬に喰われるのは見ていられんな……」
これについぞフェリオが、怒りを露わにする。
「チビチビ言うなぁぁぁーっ!!」
暫しの沈黙。
三秒後、観客席がドッと笑いに沸いた。
「威勢のいいガキだ!!」
「せいぜい殺されるなよ坊主!!」
“坊主”呼ばわりにまで、カチンと来るフェリオ。
「レディー、ファイトッ!!」
賑やかな場内の様子を無視して、審判がバトルスタートの声を上げた。
「ヒャーッハハハハ!! キャヒキャヒ!! ホーワン! ホーワン!!」
コロコッタは鳴き声を上げて、前後ステップを踏みフェリオの出方を窺う。
フェリオは手に持っていた鞭を頭上で回転させてから、コロコッタめがけて叩きつける。
これに、コロコッタは悲鳴を上げる。
「痛イッ!!」
「え?」
フェリオが動きを止める。
「ヨくもよクモ、ヤッたな、たナ!?」
「言葉……喋ってる……?」
フェリオはキョトンとする。
「喰ッテ、喰って、やるぞヤルゾ!! デもあンナチビで、食べ応えアルかな、かな……?」
「お前までこのボクをチビ呼ばわりか!!」
「ヒャヒキャキャキャ!! ハヒャヒャ!! ホーワン!!」
怒りに任せてフェリオは、コロコッタへと再度鞭を振るう。
直後。
「凝視!!」
途端、ピタリとフェリオの動きが止まる。
「ヨシ、止マッた止まっタ! 食うゾ食うぞ!!」
そうしてコロコッタはフェリオめがけて、突進する。
しかし三秒後、フェリオは動けるようになり目前まで迫っていたコロコッタから、間一髪大きく横跳びして避けた。
引き続きフェリオは、素早く呪文を唱える。
「かの者の情報を与えよ──予知調査」
すると彼女の手の平の上に、小さなモニターが浮かび上がる。
そこにはコロコッタの画像と共に、情報が記載されていた。
「成る程。あいつは相手を凝視すると、三秒間だけ動きを止める事が出来るのか」
他、生物の鳴き真似と人間の言葉を発する事も可能と、記されていた。
「ってことは、こいつの目を見ない方がいいから、鞭使用も制限されちゃうな……」
フェリオは言いながら、鞭を丸めて腰フックに引っ掛けた。
「じゃあ、以降は魔法で……っと、うわぁっ!!」
気付くと同時に背後から、コロコッタが歯をむき出しに突進して来たではないか。
「よそ見厳禁!!」
フェリオは跳び箱宜しく、大きくジャンプしてコロコッタを股下に潜らせる。
コロコッタは勢いそのまま、突き当たりの壁に備えられていた幅10cmある分厚い板を、噛み砕く。
「チビだけニ、身ガ軽イ奴ダな」
チビの言葉に、フェリオがピクリと反応する。
「一度ならず二度までも……! こうなったら、さっさと片付けちゃうよ! ……生ける者へ死の裁きを──怨獄惨死!!」
直後、コロコッタの目の中に、漆黒のフラッシュが焚かれる。
「ギャヒヒン!!」
コロコッタはビクリと大きく全身を弾ませると、ゆっくり地面に倒れたっきり身動きしなくなった。
審判が用心深く、コロコッタの様子を窺う。
「──コロコッタ死亡により、勇者チームの勝利!!」
「ヤッタ! 即死魔法が初めて一発でキマッた!!」
フェリオは、飛び上がって喜びを露わにする。
そして待機スペースへと戻り、嬉々として兄へ報告をしたフェリオの頭に、フィリップはポンポンと優しく手を載せる。
「よくやった。お前のレベルが上がった証拠だ」
言うとフィリップは、口角を引き上げた。
「んじゃ、次は俺の出番だな」
ガルシアは言いながら、立ち上がる。
そこへマリエラが、彼へと声をかけた。
「ガル。エルフマジックを有効に使いなさい」
「え?」
「エルフマジックは使い方さえ理解すれば、とても便利でバトルでも凄く役立つ魔法よ」
「……? はい。でも、どうやって……」
キョトンとするガルシア。
「常にエルフマジックを意識していれば、いずれ解かってくるわ。さぁ、いってらっしゃい。くれぐれも大事無いよう、気をつけてね」
マリエラは言うと、ガルシアへフワリと優しく微笑んだ。
「──はいっ!!」
マリエラからの微笑に、ガルシアは気を良くすると張り切って、場内へと飛び出して行った。
「引き続き三回戦は! コロコッタが倒されてしまったので新たなモンスターを導入します! 出でよ、フェンリル!!」
「え? フェンリル??」
リポーターのアナウンスに、それまで浮かれていたガルシアは我に返る。
腹の底から轟く唸り声。
暗闇の中から踏み出された、ガッシリとした逞しく野太い前足。
少しずつ、少しずつ会場内に浮かび上がる、その姿。
青銀色をした体毛。
朱金色の双眸。
何よりも、その5mはあろうかという体躯。
黒い爪に、真っ白に並んだむき出しの牙の羅列。
それは、ゆっくりと息を吸い込んだかと思うと、高々と遠吠えしたではないか。
「青い……巨狼……」
ガルシアは息を呑む。
フェンリルの遠吠えは、会場中の空気をビリビリと振るわせた。
「ウフフ……本番は、これからよ♡」
九尾狐王子が、全身を悦びでゾクゾクさせながら言った。
フェンリルの閉ざされている口の隙間からは、炎の筋が漏れ出ている。
「……俺、マジでこんなのを一人っきりで相手しなきゃなんねぇの……?」
ガルシアは、口元を引き攣らせながら言った。
「レディー! ファイトッ!!」




