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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第十二章:ゲッケイジュ大陸編
83/172

story,Ⅴ:剣闘士



「──と、言うわけなんだ」


 コロシアムの一階通路にて、壁に塞がれた地下から一旦戻って来たフェリオ・ジェラルディンが、皆へベヌウから与えられた試練について伝えた。


「んー、まぁ四人はともかくとして、問題は五人目だよなぁ」


 レオノール・クインが、顎に手をやる。


「しかし、ここでベヌウに当たるとは。道理で子供体型のリオを受け入れた訳だよ。ベヌウはお前の事情を知っているからね」


 兄のフィリップ・ジェラルディンが、あっけらかんと口にする。


「子供体型だから、どうせ入れないだろうと油断してたらスムーズに入って、ボク驚いちゃったよ」


「それはその、指輪のおかげでもある」


「指輪……?」


 兄からの言葉にフェリオは、ネックレスに下げている母親の形見の指輪を、手の中に掬い取る。


「その指輪は母さんからの、召喚術士の証拠になる認証が込められているんだ。今まで本来ならそう簡単に入れない召喚霊の聖域などに入っていけたのも全て、その指輪のおかげ。それでも本来なら、成人体型でなくちゃ入れないんだけどね」


「お母さん……ありがとう」


 フェリオは呟くと、その指輪に口づけをした。


「ひとまず、五人目を確保しないと」


 ガルシア・アリストテレスが述べる。

 暫しの沈黙。

 皆して、黙考していた。

 そして四人して顔を上げると、互いにそれぞれの顔を見合わし四人してコクリと無言で首肯する。

 どうやら考える事は四人とも、同じだったようだ。

 皆……いや、勇者一行の視線はもれなく、一緒にここまで案内がてら付いて来たマリエラ・マグノリアへと注がれる。


「──え? 私が??」


 途端にマリエラが、挙動不審になる。


「そのフィリップさんの、肩にいる元ヴァンパイアの白隼じゃ駄目なの!?」


「どうしてそれが?」


「分かったのかって? 光のエルフを甘く見ないで頂戴。その白隼からは死と血の臭いがプンプンするもの!」


 フィリップの疑問へ、マリエラが答える。


「これでも“光”属性に変換したんだけどなぁ」


 頭に手をやり、己の技術がやすやすと見破られた事にぼやくガルシア。


「詰めが甘いわよガル。このエルフマジックあなたにしか、かけられないものね」


「ぅぐ……っ」


 師匠に指摘され、ガルシアは言葉を詰まらせる。


「それが、擬人化すると豹柄が出現するからきっとすぐに、人間から魔族だとバレちゃう危険があって、無理そうなんだよね」


 フェリオが述べる。


「全く……ダークエルフ王家の血族ともあろう者が、満足にエルフマジックが使えないなんて、他に知られないようにしないとマズイわよ、ガル」


「はい……仰る通りです……」


 再度、師匠に指摘されてガルシアは、肩を落とす。


「しっかりなさい。ダークエルフの王子……先代王はもういないの。残されたあなたが、次期王よ」


「俺が……ダークエルフの王……」


「そうよ。自覚出来たなら、今後もそれを意識した言動を取る事ね。それじゃ」


 そうして何事もなかったように、その場を立ち去ろうとするマリエラの手首を、素早くレオノールが掴む。


「おいおいおい。まだあんたには用事があるんだ。誤魔化そうたってそうはいかねぇぜ」


「あら……そうなの? って言うか、私はバトルに参加しませんからね!」


「でもそうしたら、ボク達の旅はここで終わっちゃうんだ……」


 俯くフェリオへ、顔を向けるマリエラ。


「お願いマリエラさん……ボク達を助けると思って……」


 そうして顔を上げたフェリオの眼差しは、まるで捨てられた子犬をマリエラには彷彿とさせた。


「リオ……もう、仕方ないわね。でもハッキリ言っておきます。私はとても戦力にはなりませんからね!」


「!! 参加してくれるの!? ありがとうマリエラさん!!」


 フェリオは飛び上がって喜ぶと、彼女の腰に抱きついた。

 子供体型なのでマリエラの身長からだと、フェリオの高さがこのくらいなのだ。

 しかしこれに、ガルシアが敏感に反応する。


「おいリオ! 図々しく師匠に抱きつくな!! 俺ですらまだ許されていないのに──!!」


 ガルシアの発言に、今度はフィリップとレオノールが反応する。


「“俺ですら(・・)──”」


「“まだ(・・)許されていないのに”?」


 途端、ガルシアは一気に顔面を紅潮させた。


「ハハァ~ン、成る程」


「ガルも隅に置けないねぇ」


 レオノールとフィリップは笑みを浮かべる。

 一方で、そのマリエラは自分の腰に抱きついてきたフェリオとの、他愛ないやり取りを交わしていてこれらのやり取りに、気付いてはいなかった……。




「──暇ね」


「はい?」


 九尾狐の王子の言葉に、側近の化け猫女騎士が眉宇を寄せる。


「ちょっと外へ遊びに出ない?」


「遊びですか」


 ハンモックから勢い良く上半身を起こす九尾狐の王子の言葉に、半ば素っ気なく答える化け猫女騎士。


「ここは確か、コロッセオがあったわよね」


「……こちらでは“コロシアム”と呼ばれております」


「どっちでもいいわよ通じれば! 一緒に行ってみましょう♡」


 こうして半ば強引に化け猫女騎士は、九尾狐王子にコロシアムへと同伴させられた。

 そしてコロシアムに到着して、勇者一行が訪れるよりも前に、貴賓席でバトルを観ていて大きな嘆息を吐いた。


「何コレ。ただの人間同士の喧嘩じゃない」


「喧嘩と言いましても、一応手足を失ったり死亡したりもするのですが……」


 九尾狐王子の発言に、化け猫女騎士が静かに述べる。


「僕はもっと、白熱したバトルが観たいの! 白熱したバトルをね! いいわ。化け猫、数頭ほど“獣”を投入して」


「成る程。確かにその方が、見応えはありますね。了解しました。では早速。一旦ここを、失礼します」


 九尾狐王子の意見に、結局は騎士を気取っていても所詮は同じモンスターである化け猫女騎士は、首肯するとその場を後にした。




「ベヌウは一対一を希望しているから、どの順番で行く?」


 参加申し込み会場へ向かいながら、後頭部に回した腕を組んだ姿勢で、フェリオが口を開く。


「そりゃあ当然、弱い方からに決まっているわ。だから、最初は私からね」


 マリエラが自己主張する。


「じゃあ二番手はリオ。その次がガル。次にレオノール、最後に僕だね」


「異論なし」


「同意」


「了解~♪」


 フィリップの意見に、レオノール、ガルシア、フェリオの順で答えた。


「マリエラさんの武器は何だ?」


 レオノールに尋ねられ、マリエラが答える。


「私はナイフよ。投げも出来るわ」


「よし。じゃあよろしく」


 レオノールは言うと、そのまま一行は参加申し込み会場へ足を踏み入れるのだった。

 


 参加申し込みが終わると、順番が来るまでの間、観客席で見物と言う話になったが、様子も確認したいのでひとまず皆で、コロシアムバトルがどんな物か、見物がてらに様子を見ようと入退場口の袖で控えていた。

 コロシアムは会場だけでも軽く、300人は収納出来る広々とした場内だった。

 観客席はすり鉢状になっていて、こちらではおそらく1000人以上は収納出来るのではないだろうか。

 すると丁度出番らしい、筋肉隆々の男二人がやって来た。


「おい、そこで何しているんだお前ら?」


「もしかしてバトルに参加するつもりか? そのか細い兄ちゃん姉ちゃん如きが」


 この言葉に、もう一人の男が哄笑する。


「言ってろよこの筋肉ダルマ。俺らのバトルを見りゃあ、顎が外れるぜ」


 レオノールが挑発に応えると、男二人は顔を見合わせて更に、哄笑した。


「そいつは愉しみだ!!」


「その時は応援してやるぜ。俺らがな」


 丁度、入場アナウンスが入ったので男達はそう言い残してから、場内へと入って行った。


 それぞれの手には、長槍と斧が握られていた。

 

 東口から彼ら二人が入場して来ると、大歓声と共に大盛り上がりする観客席に、男二人は拳を天へと突き上げて見せる。

 次に西口の入退場口の鉄のドアが開く。

 その暗がりから、ゆっくりと姿を見せたのは、獣だった。

 これに二人の男は、キョトンとする。

 だが全身が丸見えになった時には、男二人は驚愕した。

 大きさは2mはあろうか。

 ハイエナのような頭とその側頭部にはヘラジカの立派な大角に、馬の四肢をしている。


「ここここ、こいつは……ヘラジカ犬だ!!」


「何だ!? 俺らに怪物退治でもしろって言うのかよ!?」


 観客達もプログラムにない内容に、どよめいている中で貴賓席から、声が響いた。


「ええ、そうよ坊や達! そのモンスターを倒してこの僕を愉しませて頂戴!!」


「あれは……王子だ!!」


「チィッ! 王子の差し金かぁ!? こいつは逆らわずに倒すしかあんめぇよ!!」


 しかし、その巨大な角だけでも片方、3mくらいはする。


「クルルル! クルルル!!」

 

 ヘラジカ犬はまさにハイエナのそれと同じく、甲高い威嚇の唸り声を上げてから相手の出方を待つかのように、円形の場内をゆっくりと横歩きする。

 これに男二人も、同様の動きを取る。

 警戒心を露わに、ソロリソロリと身を低く屈めての、横歩き……カニ歩きだ。

 だがこれに、辛抱しきれずヘラジカ犬は頭を大きく横へ振るった。

 これに男一人が3mもあるヘラ角で、激しく叩き払われてしまった。

 鈍い音と共に、彼が咄嗟に防御で構えた腕の骨が砕ける。

 しかし、男は剣闘士だ。

 これくらいの負傷は覚悟の上なので、短く呻きはしたものの、怪我を強調するかのような悲鳴を上げる、愚かな行動には出ない。

 負傷した男は斧を投げたが、角で弾き飛ばされてしまった。

 観客達は初めは戸惑ったものの、これが本日の──闘獣士(・・・)の演目だと勘違いし、歓声を上げ始めた。


「いいぞー!! やれぇ!!」


「今夜はジビエ料理かぁー!!」


 本来なら、闘獣の場合もっぱら気性の荒い家畜である。

 モンスターを出場させる事は、絶対にない。

 だが観客達の声に、これは新たな闘獣スタイルなのだと彼等も思い始めて、改めて拳を突き上げて観客達へと吠えた。


「ウオォォオォオオォォーッ!!」


 そして、槍を持った男はヘラジカ犬へと、長槍を投げる。

 だが、その大きく立派な角で、簡単に折られてしまった。

 ふと気付くと、フィリップがいない事に、フェリオは気付く。

 マリエラは、この光景に若干震えているのを、ガルシアが宥めていて、レオノールは真摯の眼でこの戦闘を食い入るように見ていた。

 5分程経過した時点で、剣闘士の男二人がギャアギャア騒ぎ始めた。

 武器も効果なく、勝ち目がないと悟ってギブアップを求め始めたのだ。

 これに審判が、貴賓席にいる王子へと顔を仰いだが、王子は冷酷な笑みで言った。


「どちらかが死ぬまで続けよ」


「──ファイトッ!!」


「そっ、そんな!!」


「誰か! 誰かせめて新しい武器を!!」


 基本、このコロシアムでの試合では、武器は許されているが魔法は禁止だ。

 それもあって、こうして参加を希望する戦士達は肉弾戦や武器戦を主にし、魔法などまるで出来ない輩ばかりであり、例外なくこの男二人もそうだった。

 更にこれでもこの男二人は、5敗15勝という戦歴を持つ、剣闘士だった。

 そうこうしている内に、気付いた時にはヘラジカ犬の顔が一人の男へと肉迫していた。

 よって時既に遅し。

 斧を持つ男の喉笛を、ヘラジカ犬は喰らいついていた。

 喉笛を裂かれ血飛沫を上げる相方を目の前にして、長槍を持っていた男は顔面蒼白となる。

 逃げようとするが腰が抜けて、ただその場をジタバタともがく事しか出来ず、呆気なく彼もヘラジカ犬の餌食となってしまった。

 これに震え慄くマリエラだったが、次の九尾狐王子の発言に、気力を振り絞る事になる。


「戦いに敗れた者はその代償として、勝った方のモンスターの餌食となる事を心せよ!!」


 これに観客達がざわめく。


「それはやり過ぎなのでは……」


「残酷過ぎる」


 これらの観客達の言葉に、九尾狐王子は鼻で笑い飛ばす。


「あなた達人間だって、同じ事するじゃない。その逆だと思いなさい。その代わり、武器・魔法は自由に使用しても構わないわ」


「おっと。こちらが出向く前に王子自ら許可を出したか」


 戻って来たフィリップが、悠然と述べた。




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