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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第十二章:ゲッケイジュ大陸編
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story,Ⅳ:現役の古代遺跡



「王子、そんなお戯れを……! おやめくださいまし!!」


「ホッホホ……もっと僕を愉しませてよ」


「お願いです……! お願いですからどうか、何卒、何卒私の赤ん坊を返してくださいませ……!!」


 城内庭園のガゼボにて、ベンチに腰掛け赤ん坊の片足を掴み、逆さ吊りにしている美男な十代くらいの少年へ、彼より一回りくらい年上であろう母親が地面にひれ伏し、泣いて懇願する。


「だったらこの僕を、愉しませてみてよ。そしたら返してあげるわ」


「そ、そんな……!」


「何? 無理なの?」


「い、いいえ、えっと……では、笑い話で良ければ……」


 女は自信なさそうに言うと、ボソボソと小声で語り始めた。

 これに眉宇を寄せた王子は、手の中の赤ん坊を振り回しながら言った。


「何~? 聞こえなぁ~い! もっと大きな声で話してよねぇ~っ!!」


 堪らず赤ん坊が、泣き声を上げ始める。


「ヒィッ! 私の赤ちゃん!! 申し訳ありません! ですからどうぞ、お静まりくださいませ!!」


 母親の言葉に、少年──王子は、ピタリと手を止める。


「ご覧。お前の赤ん坊の方がよっぽど大きな声を出しているわよ。これに負けないくらいに、大きな声でその笑い話とやらを述べなさい!?」


「はっ! はいいぃぃぃっ!!」


 母親は返事をすると、そのまま続けた。


「今は昔、とある野山に一匹の子狐がおりました!! その子狐には家族はなく、いつも一人ぼっちでしたが最近、面白い遊びを見つけました!! それは人間をからかい、困らせる事です!!」


「……ほぉう? なかなか興味深い話ね。続けよ」


 王子の言葉に、母親は救いを求めるように語り続けた。

 その話は、次の通りだった。


 子狐は、人間に悪戯を繰り返しては困ったり怒ったりする人間の反応が、楽しくて仕方ありません。

 そして自分へ拳を振り上げ追いかけてくる人間の、動きの鈍さが余計に面白く、速さの差が明らかな鬼ごっこをして遊びました。

 

「その悪戯とは、どういったことをしたわけ?」


「は、はい! 例えば干している洗い物を汚したり、魚を獲る為に仕掛けた罠を壊したり、妊婦の真似をしてその大きくフサフサした尻尾を前方に持ってきて腹に抱えてから、その妊婦の前に飛び出し驚かしたり……!!」


 これに王子は、クツクツと喉を鳴らして笑い始めた。


「それはなかなか利口な子狐ね! いいわ! 続けよ!」


 しかし、ある日のこと。

 老女が一人、死んでしまいました。

 それは子狐が犯した悪戯のせいで、満足な食糧を得られず空腹によっての、餓死からでした。

 これを知った子狐は深く反省し、その家に毎日食糧を運んではそっと玄関先に、置き続けました。

 老女の一人息子はこの出来事を不思議がっていましたが、自分の母が死んだのは子狐のせいだと酷く恨んでいました。

 そんな中、男は河原にいる子狐を見つけるや、背後から猟銃で撃ち殺しました。

 これにより、もう悪戯はすっかりなくなり、人間達はまたいつもの生活に戻る事が出来たのでした。

 めでたし、めでたし──。


 全てを話し終えた母親だったが、見ると王子の表情は驚愕で目が見開かれていた。


「お前は……この話を“笑い話”という前提で話したわよねぇ?」


「は、はい!」


 母親はきっぱりと、返事をする。


「お前はその話の、どこが笑えるポイントだと思う?」


「それは……悪戯狐が最終的には退治(・・)され、おかげで人間達がいつもの日常を取り戻した辺りかと……」


 すると王子の双眸がスゥと据わり、手の中にあった赤ん坊を力一杯、地に叩き付けた上に頭も同様に、踏みつけた。

 バキボキメキと、鈍い音が響く。

 頭蓋骨が、粉々に砕けた音だった。


「ああっ!! 私の坊やが!!」


 母親は、痙攣している赤ん坊の元へと駆け寄る。

 これにより、それまで地面でひれ伏していた母親が転がるように、王族しか入ってはいけないガゼボ内へと足を踏み入れたわけだが。


「何ゆえ人間風情が死んだからと、子狐が殺されなければならぬ!? “退治”だと!? 退治されるべき存在は、人間であろうが!!」


 王子は怒りを露わにすると、足下にいる母親の脇腹を力の限り蹴り上げた。


「ギャッ!!」


 短い悲鳴と共に、母親の顔は苦悶に歪む。

 だが次にその母親が見たのは、王子の尻からフサフサの尻尾がある光景だった。


「あら。怒りのあまりつい、尻尾が出てしまったわ」


「あ……うぁ゛、あ゛な、だ、は……!?」


 母親は蹴られた痛みにより、口から唾液を垂らしながらそう訊ねる。

 これに王子は、フンと鼻を鳴らす。


「まぁ、いいわ。どうせ死にゆく輩なわけだし。そうよ。僕も狐よ。しかも、九尾のね!!」


 王子は白状すると共に、母親の首を片手で掴みその握力で、ベキゴキと音を立てて骨をへし折った。

 母親は、糸の切れた操り人形のように、己の赤ん坊の上へ全体重をかけて倒れ込む。


「フン。興醒めだわ。気分悪いったら。反省した子狐の行いを無視してめでたしめでたしって、どれだけ人間が偉いのかって話じゃない! 赤ん坊だけ頂くわ。美味しそうな肉だもの」


 王子は母親の死体を蹴り転がすと、下敷きになっていたまだ痙攣して虫の息である赤ん坊を拾い上げると、腕に噛みついた。

 すると赤ん坊は、精一杯の悲鳴を上げた。


「そうそう。偉いわね坊や。その声も食事を彩る立派なBGMよ」


 王子は言うと、赤ん坊の腕を肩の付け根から喰いちぎった。


「困りますな王子。そうそう城内を、血で汚されては。暇潰しに子持ちの女を連行するよう命令したかと思えば、このザマですか」


 九尾の狐が肉塊と化した赤ん坊に、しゃぶりついている元へ一人の軽鎧を装備した、女騎士がやって来た。


「いいじゃないの。今日はファストフードを食べたい気分だったのよ」


「ハンバーガーみたいな言い方をしないでください」


「あなたも食べたらど~ぉ? 化け猫」


 九尾王子は言うと、赤ん坊の片足をヒョイと彼女へ差し出して見せる。


「結構です。只今任務中なので」


 この彼女の言葉に、九尾王子は噴き出して大笑いした。


「なぁにそれ!? 人間ごっこ、流行ってんの!?」


「貴方を守る為ですぞ王子!」


「クスクス……分かってるわよ。ありがとう化け猫」


 九尾王子は、口の周りを鮮血で汚した顔で、礼を述べるのだった。




「え? 古代遺跡ですって?」


 フィリップ・ジェラルディンに訊ねられ、マリエラ・マグノリアはキョトンとした。


「そう。この街の中にあるらしい事は解かっているけれど、どの辺りにあるのかなって」


 フィリップは小首を傾げながら口にする。


「生憎ながら、私も旅人だから詳しくは解からないわ。まだ地元の人々に訊ねた方が良いと思うけれど」


 もっともな意見を言われ、フィリップは口元を引き攣らせる。


「どうしたのフィルお兄ちゃんらしくない。いつもならもっと詳細な情報を入手しているのに」


 フェリオ・ジェラルディンが、マリエラから出してもらったお茶を飲みながら、述べる。


「いや……宿屋の受付にあったマップを確認してみたけど、それらしい場所が載っていなくって……いざとなったら、このゲッケイジュ大陸全土を足で探すしかないのかな、って思ってさ」


「何言ってんのさフィルお兄ちゃん! その時こそレプレプの出番じゃない!!」


「そう? でも僕、乗りこなせるかなぁ」


「安心しろ。お前だからこそ乗りこなせる」


 レオノール・クインがきっぱりと、フィリップへと断言する。

 裏人格と融合した彼だからこそと、レオノールは言いたいのだろう。


「ちなみにタブレットでは、その古代遺跡の場所はどこになってるの?」


 フェリオに尋ねられ、フィリップはポツリと答えた。


競技場(コロシアム)



 競技場は、腹腔轟く歓声で沸いていた。


「ここなら、何でも建造されて軽く2千年以上にはなるらしいから、ある意味、確かに古代遺跡とも言えるわね」


「はぁ~……木を隠すなら森とはこの事だよ。未だに健在だとは」


「フィルの気持ち、よく分かるぜ。古代遺跡と聞いたら、もう使われていない半壊した建造物のイメージが強いもんな」


 レオノールが、フィリップに同意する。


「ひとまず、入るだけ中に入ってみればいいじゃない」


 ガルシア・アリストテレスの発言に、みんな彼へと顔を向ける。

 暫しの沈黙。


「あれ? 俺なんか変な事言った?」


 ガルシアが開口する。

 これに、フィリップが答える。


「確かに、その通りだなっと思って」


「よし! そうと決まればさっさと行くぞコロシアム!!」


 レオノールが気合い満々で口にする。

 やはり武道格闘家らしく、決闘の騒音に血が騒ぐのだろう。


「でも何でコロシアム……古代遺跡に用が?」


 ガルシアのもっともな発言に、フィリップは柔和に答えた。


「そこに、リオの召喚霊がいるんだよ」


 フィリップの返答に、皆一同に納得した。


「あ~あ!!」


 こうして皆は、コロシアムの入り口へと足を運んだ。

 コロシアムでは、戦士達が決闘を繰り広げていた。


「ひとまずこの一階の通路をチェックしてみよう」


 フィリップに言われるまま、この円形の通路を辿ってみる。

 すると地下へと続くのであろう、階段を見つけた。

 客席の下には、選手達の控え室がある中での発見だった。

 だが不思議にも、五段ほど階段を下りた所で、壁に塞がれてしまっている。


「リオ。壁に向かって下りてみて」


 兄の言葉に、フェリオはゆっくりとした足取りで下りると、そっと壁に片手を当ててみた。

 するとまるで吸い込まれるように、フェリオは壁の中へ姿を消した。


「リオ!?」


 ガルシアが驚いて壁へと駆け寄る。

 しかしガルシアは、壁の中へと入る事は出来ない。


「これは一体、どうなってるんだ!?」


「ガルは知らないだろうけど、召喚術士にしか招かれない場所もあるんだよ」


「はぁ~……そんなもん?」


「うん。そんなもん♪」


 唖然とするガルシアに、フィリップは笑顔で笑顔で答えた。


「でも……変だな。リオはまだ“子供体型”だったから、本来なら条件満たしていないし招かれる筈がないんだけれど」


 フィリップは顎に手をやり、小首を傾げた。


 一方フェリオは。


「わぁっ!!」


 急に壁を通過したので、咄嗟に驚きの声を上げていた。

 そこは黄金に輝く、眩いばかりの部屋だった。


「はぁ~……」


 思わずフェリオから、感嘆の息が漏れる。


「ようやく来たか。召喚術士よ」


 これに声の方へと、フェリオは顔を向ける。

 そこには、見覚えのある姿があった。


「あれ……? 確か、オリーブ大陸のハイビスカス塔の前で会った……」


「然様。我が名は、ベヌウ。生命の復活を司りし者だ」

 

 そこには、一見すると青鷺(あおさぎ)を思わせる風貌の鳥が、まるでピラミッドを思わせる6段上の台座から答えた。

 後頭部に2枚の長い羽毛を持ち、空を思わせる色の青と灰色がかった白い体毛をしている。

 細くて長い(くちばし)と二本の足。


「実に待ち兼ねたぞ。あれからどれだけの時間が経過した事か。よって先に魔王が復活してしまったではないか」


「あ……あの魔王は──」


「存じている。嘗ての主らの仲間であろう。魔王は代々、勇者に憑依して復活する。故に本当の意味での魔王討伐は、不可能なのだ……」


 ベヌウは述べると、どこか憂いを含んだ空気を生み出す。


「そこまでご存知でしたら、どうかボク達に貴方のお力をお貸しください!!」


 フェリオは言うと、ベヌウへピラミッドの下から頭を下げる。


「毛頭、そのつもりだ。しかし条件がある」


「……条件?」


「然様。このコロシアムで、主の仲間と共に一対一の5戦して、連勝したら主らに我が力を貸そう。但し、一度対戦した者はもう参加は不可能だ」


「コロシアムで、戦闘……? 5勝って……ボク達4人しかいないのですが……?」


「手段は問わぬ」


「えぇえぇぇ~っ!?」


 ベヌウの発言にフェリオは頭を抱え、混乱を露わにするのだった。




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