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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第十二章:ゲッケイジュ大陸編
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story,Ⅲ:天空の海



「ホッ、ホホ……惰弱なる人間どもよ。君主を獲りさえすれば、貴様ら如き種族、恐るるに足らぬわ」


 そう述べたのは、玉座に腰掛けるこの世のものとは思えぬほどの美貌なる、一人の若い少年のような男。

 その足下では、一人の初老くらいの女が立ち崩れたかのように、しな垂れている。


「えぇい、足がだるいわ、離れぃっ!!」


 男はヒステリックに叫び、その女を蹴り飛ばしたかと思うと、今度はクツクツと喉を鳴らして笑う。


「ね~ぇ、お妃様。この僕を、どう思う?」


「命を懸ける程に愛する、大切な我が息子です……」


「クス♡ そうよ。それでいいんだよお母様♪」


 そう述べると銀髪の男は、扇子で自分を扇ぎながら、愉快そうに高笑いするのだった。





「これは一体、どうなってるの……??」


 唖然とした様子で述べたのは、フェリオ・ジェラルディンだった。


「常識なんか通じない世界だね……」


 同様に、ガルシア・アリストテレスもそう口にする。


「主はご存知だったのでは?」


 アングラード=フォン・ドラキュラトゥの指摘に、レオノール・クインは首肯する。


「ああ。一応全世界コンプリートしているからな」


「あれ? でも入手していなかったアイテムとかあったじゃない。レアアイテムハンターとして」


 彼女の発言に、フィリップ・ジェラルディンが尋ねる。


「この世界の仕組みとして、アイテムを入手してもまたそことは場所を変えて出現するのが、レアアイテムなんだ。ダンジョンもまた然り」


「へぇ~! そうだったんだ!?」


 ジェラルディン兄妹は、声を揃えて感服する。

 そしてまず、そのフェリオとガルシアが驚愕している理由は、何かと言うと。

 空にマンタが泳いでいるのだ。

 いや、マンタどころではない。

 ウミガメも、ヒレを羽ばたかせるように、まるで空を飛んでいる。

 フェリオとガルシアは口をポカンと開けて、空を見入っていた。


「もしかして……魔法生物??」


「いや。普通の海洋生物だ」


 レオノールはあっけらかんと答える。


「普通なわけないじゃん! だって空を飛んでんだよ!?」


 フェリオが半ば、抗議する。


「見てよ。クラゲも漂ってるよ。幻想的だねぇ」


 フィリップが、うっとりした表情で空を見上げていた。


「空を飛んでる割には、他所では見かけなかったよね」


 ガルシアの言葉に、レオノールが嘆息吐く。


「よぉ~っく、目を凝らして見てみろ」


「……」


 これにフェリオ、フィリップ、ガルシア、アングラードの四人は言われた通りに、目を凝らす。


「──!!」


「そんな!!」


「有り得ない!!」


「これが世界か……」


 驚愕する四人に、心なしかレオノールはホッとした様子だ。


「空じゃなくて、海になってるってこと!?」


「水が空を満たしてる!!」


「一体どうやったらこうなるんだ!?」


「実にマーベラスだ……」


 フェリオ、フィリップ、ガルシアは大騒ぎする中、アングラードだけが冷静に目の前の光景を受け入れていた。


「ここの大陸は大気圏までの3分の2が、重力じゃなく浮力になっていてな。今は満ち潮だが、引き潮になるとあの天乃海(あまのうみ)──そう呼ばれているのだけれど──その下を一般的な普通の雲が流れ始める。その雲は一般的な普通の雨を降らせるんだ。んで、この天乃海はどうやって出来ているのかと言うと、浮力も手伝って蒸発した地上の海水がこれを築いているらしい」


 レオノールの説明を聞いた四人だったが、いまいち腑に落ちない反応をする事しか、出来なかった。

 だがそれでも、確実に今目の前にしているのだから、疑う余地はない。

 目の前に突き付けられた事実を、説明する確固たる答えを見出せずにいた。

 しかしこれが、口では説明出来ない幻想世界たる現実だろう。


「しかしこれは……実に美しい」


 レオノール以外、皆口を開けて天乃海を眺めている中で、そう述べたのはアングラードだった。


「ちなみに夜は、夜光虫が天乃海を演出してくれる」


「夜光虫??」


「海に住む微生物だ。波間の刺激を受けて、青色に輝くのさ」


 疑問を呟くフェリオへ、レオノールが答える。


「へぇ~! それは夜が楽しみだね!」


 フィリップが満面の笑顔を見せた。

 これにフェリオも同様に応える。


「うん! そうだね!」


「何つーか……おめでた兄妹って感じ……」


 ガルシアがボソリと小声で呟くのを、拾う者は誰もいなかった。


 ──ゲッケイジュ大陸。

 その上空はこの大陸全てが、天乃海に覆われていた。

 一行はこの大陸にある港へと停泊し、改めて下船する。


「ちなみにここは?」


 フィリップが、レオノールへと尋ねる。


「ああ。ここはゼラニウム国だ」


「ゼラニウム国……」


 フェリオは呟き、街の方へと目を向ける。

 そこはありとあらゆる建物の壁がオレンジ色をしていて、屋根は黄色であった。

 地面は、白砂で舗装されている。


「天乃海だけじゃなくて、街並みも綺麗だね」


「ゼラニウム国は、又の名を“情熱の国”とも呼ばれているんだ」


「情熱の国……マーベラス!!」


「てめぇはテンション上げてねぇで、白隼に変化しておけ! モンスターだとバレたらこの国では生きていけんぞ!!」


「承知した」


 レオノールから叱られ、アングラードは素直に聞き入れる。


「そんなに油断出来ない国なの?」


 フィリップの疑問に、レオノールは答えた。


「この国を守っているのは“騎士”だからだ」


「ふぅ~ん……」


 白隼になったアングラードは、フィリップの肩に止まる。

 主であるレオノールは肩がむき出しになった衣装なので、その鋭い鉤爪で彼女に止まるわけにはいかないと、アングラードなりに考えたらしい。

 ちなみに、男であるガルシアではあったが彼の衣装も同じく、肩をむき出したデザインだった。


「じゃあ、行こうか」


 フィリップの一言に、皆は歩を進め港を後にした。



 ゼラニウム国の街中へと足を踏み入れると、この街がいかに賑やかで活気付いているのかが、肌身に沁みて解かった。

 どこかしこから聴こえてくる、賑やかな音楽や歌声。

 客寄せする店主の掛け声。

 子供達のはしゃぎ声。

 どこからともなく響く観客達の歓声。


「凄いよフィルお兄ちゃん! 街全体が盛り上がってる!!」


「本当だね。僕らみんなもこの街を楽しもう!!」


 ジェラルディン兄妹は、すっかり街の雰囲気に喜びを露わにする。


「ひとまず宿屋に移動してからだ。はしゃぎたいのならな」


 レオノールが溜息混じりで指摘した。

 この街ならではらしく、宿屋も大きく豪華な造りの五階建てだった。

 五階の部屋をあてがわれて一行は、エレベーターに乗り込み五階へと移動する。

 エレベーターを降りると、そこにはとても長い廊下が伸びていた。


「うわぁ~! 凄く長い! 100m走出来るよきっと!!」


「しなくていい」


 はしゃぐフェリオへ、冷静にレオノールが止める。

 皆はそれぞれ割り当てられた部屋へと入って行き、荷物を降ろす。

 ジェラルディン兄妹は同じ部屋へ。

 レオノールは一人。

 そしてガルシアの部屋へ白隼姿のアングラードを一緒にさせた。

 勿論、赤猫ルルガは兄妹の部屋である。

 太陽が天乃海を通して、照っている。

 なので窓から見る景色は、薄っすらと水の影が揺らいでいた。


「綺麗だね~。これだけ美しい街は初めてだよ」


「本当にね」


 子供体型のフェリオが窓際に椅子を置き、座って窓枠に肘を突きうっとりと眺めている所へ、フィリップも窓へと歩み寄って答える。


「こんな世界が存在するなんて、僕もびっくりだよ」


 そう言ってフィリップは、フェリオの背後から覆い被さるような姿勢で、窓枠に両手を着いた。


「何だか、こんなにロマンチックな風景だと、ボク思わず……」


「……僕とロマンチックなキスでもしたくなった?」


 見事に図星を差されて、フェリオは思い切り動揺する。


「でっ、でもでも今のボクは、子供体型だし……っ!!」


「僕は構わないよ。成人だろうが子供だろうが、リオはリオだもの……」


「フィルお兄ちゃん……」


 フィリップは身を屈めると、自分を見上げているフェリオの口唇に、自分の口唇を重ねた。

 しばらく口づけを交し合っていると。


「──まぁ事情を知っている者では問題なくとも、知らねぇ奴にしてみりゃ明らかなロリコンだろうよ。そんな窓際で堂々とキスを交わしてちゃあな」


 突然の別の言葉に、兄妹は飛び上がって驚く。

 ドアの前には、レオノールが立っていた。


「なななっ、何だ、レオノールか!」


「何だ、じゃねぇ。少しは周辺の目を気にしろ。室内だからと油断したいのなら、窓から離れる事だ」


 安堵しつつも動揺は隠し切れないフェリオへ、レオノールは半ば冷ややかに言うと室内へと足を踏み入れ、ベッドに腰を下ろす。


「どうしてそんな警告を?」


 フィリップが尋ねる。


「ここ、ゼラニウム国は今まで訪れた地域とは、気質が違う。一度何らかの違いを怪しまれると、騎士殿が黙っちゃいねぇってこったよ」


「騎士?」


「ああ、そう言えば下船した時でも、騎士がどうとか言ってたね」


 小首を傾げるフェリオに、返答するフィリップ。


「ああ。何らかの生物に騎乗した剣士が、騎士と呼ばれているのは解かるよな? 一種の職業だ。これだけ高い位置からなら、窓からでも確認出来るだろう」


 レオノールに促され、兄妹は地上を見下ろす。


「……あ! あれってトプトプ!? ヒマワリ大陸のプルメリア街にいた……」


「でも大きさも違うし、トプトプはプルメリアにしかいないって、言ってたよね?」


 フェリオに続いて、フィリップも同様に尋ねる。


「ああ。“トプトプ”はな。あれは今度、“レプレプ”」


「れぷ……」


「れぷぅ~!?」


 フィリップとフェリオは声に出す。

 プルメリアのトプトプはロバ程の大きさの一見、恐竜のような二足歩行の生き物であったが、こちらのレプレプはサラブレッドくらいの大きさをしている。

 外見のカラフルさや鶏冠などはまるで一緒ではあるのだが、大きさ以外に鳴き声も若干違い、亜熱帯に生息する鳥のような声音でコロコロと啼く。

 トプトプ同様、普段はとてもおとなしいが凶暴化するとやはり、同様の攻撃を繰り出す。

 体の大きさもあって、攻撃力はこちらの方が強力だ。


「だけどこの……レプレプってのは、車を引いていなくて直接人が、跨っているんだね」

 

 フィリップの発言に、レオノールは首肯する。


「そっちの方が、いざと言う時でも行動しやすいからな」


「だけど……その“騎士”って、よく見るとあちらこちらにいるよ?」


 今度はフェリオが、疑問を口にする。


「そりゃそうだ。このゼラニウム国は、国なだけあってしっかり国王や妃が存在していて、騎士はそれらを守護する役目を担っているんだよ」


 レオノールの言葉に、兄妹は声を揃えて納得した。


「へぇ~!!」


「理解したならガルの部屋に行くぞ。長い間、この国にマリエラさんを待たせてっからな」


 レオノールに言われて、思い出した表情をする兄妹なのだった。



 ガルシアと一緒に、マリエラ・マグノリアが宿泊している宿屋へ向かった。

 彼女がいる宿屋は、マンスリータイプである。

 白隼姿のアングラードをフィリップの肩に乗せて、マリエラの部屋を訪ねた。

 マリエラはドアを開けると、驚愕を露わにして口に手を当てると、言った。


「ガル。しばらく見ない間に、とても逞しい体つきになりましたね……!」


「はい……毎日鍛えられていますから……」


 ガルシアは言いながら、引き攣った笑みを浮かべる。


「格好良くなりましたね」


 マリエラのこの言葉に、ガルシアは胸が高鳴る。


「お師匠様……」


 だが束の間、ガルシアの恋心は現実に引き戻された。


「では早速だけど、仙人の種を渡してくれるかしら」


「え、あ、はい」


 ガルシアは懐を探ると、仙人の種を彼女へと渡した。


「ああ……! 本当ね。これで間違いないわ! よく見つけてくれたわねガル。ありがとう」


 マリエラは言って、自分よりまだ身長の低いガルシアへと少しだけ身を屈めたかと思うと、彼の頬へとキスをした。

 これにより、ガルシアの全身は硬直する。


「マリエラさんも酷な事しやがる……」


 レオノールの言葉と共に、ガルシアは顔面紅潮させてそのまま後ろへと、倒れこんでしまうのだった。




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