story,Ⅱ:光と闇の間のグレー
「うん、あのね、お前もコウモリや狼、霧に変身出来るだろう? だから、リオの子供化は大して驚きでも何でもないじゃないか。まぁ、大食漢はともかく」
食後もショックを隠しきれていないアングラード=フォン・ドラキュラトゥへ、フィリップ・ジェラルディンが諭す。
「し、しかしもう私はそれらに変化は出来なくなっている筈だ。何せ属性反転されているのだから」
「ああ、確かにそうだよね。でも、イコールで考えてみてよ。別の何かに変化したのかもよ? ちょっと試してみようか」
デッキにて、ビーチチェアに身を委ねた姿勢でフィリップは、蒼狼姿のアングラードと一緒だった。
「しかしもし“何かに変化”したのであれば、この狼姿も……反転したのなら、猫にでもなりそうな気がするが……」
「まぁ、理屈はいいからやってみてよ。今までみたいにさ」
フィリップは軽やかな口調で述べた。
「貴方がそう言うなれば……」
アングラードは口ずさむ。
「ではまず、コウモリのつもりで変化致す」
そう付け加えて、アングラードは身を捻った。
すると、そこに現れたのは……。
「凄い凄い! 全然コウモリじゃないよ!?」
はしゃぐフィリップへ、アングラードが訊ねる。
「鏡がないゆえ、如何なる姿なのか自分では、判りかねるなぁ」
「知りたい?」
「無論」
「うーん、どうしよっかなぁ~」
「もったいぶらないで頂きたい!!」
焦らすフィリップに、アングラードは若干苛立ちを見せる。
これにフィリップは、愉快そうに短く笑うと、言った。
「鳥だよ」
「……うん。それは何とな~く、判る」
フィリップの短い答えに、アングラードは素っ気なく答える。
「種類も知りたいの?」
「そりゃあ、鳥と言ってもそれから更に、ジャンル分けされるゆえ……」
「クスクス……だよねぇ。じゃあ言うよ。そ・れ・はぁ~……」
「マジでもったいぶらなくていいから」
これにまたしても、フィリップは愉快そうに手を叩いて笑った。
そして少ししてから途端、真顔になると一言、述べた。
「白隼」
「……白、隼!?」
オウム返しするアングラードに、フィリップは無言でコクリと大きく首肯する。
「白隼って……あの神々しい鳥?」
更に確認を促すアングラードに、再度フィリップは同様に首肯する。
「マジか! コウモリから白隼って、光属性どんだけよ!?」
「口調乱れてるから」
アングラードの驚愕振りに、フィリップは真顔を崩す。
「じゃあ次は、霧になってみるぞ?」
「OK~♪」
アングラードの発言に、返事をするとフィリップは指でOKサインにして丸の形の指に、自分の頬肉を掴んで見せ、おどける。
「では、次!」
そう合図してアングラードは、白隼の姿で身を捻った。
途端。
彼の姿が消えたではないか。
「……アングラード? どこだい?」
フィリップは眼球を、しきりに動かす。
「ここだ」
「ここ? ここってどこだよ?」
「いや、だからここなんだってば!」
直後、フィリップの長いスカイブルーの髪が、横へと靡いた。
「……今のは君の仕業かい? アングラード」
「そうだ。今、私が君自身へ“通過”したのだよ!」
「通過……? もしかして……霧の反転は、“風”って事か……?」
「風!? 今の私は、風になっているのか!?」
「うん、そう言う事になるね……これは面白い。じゃあ最後に、狼に戻ってみて」
「ああ」
アングラードが返答の後、突如目前に蒼い狼が姿を現した。
「……アレ?」
「どうした? 何か変化があったか!?」
これにフィリップは小首を傾げる。
その時、二人の元へとガルシア・アリストテレスが船内から、姿を現した。
「おーい! 男共~! 俺っぽっちにしないで欲しいよ……! おかげでいつもより余計に、レオノールさんから筋トレ加算されちゃったじゃん! もうマジきつい!!」
フラフラした足取りで、二人の元へやって来るとガルシアは、フィリップの向かいにあるビーチチェアへと身を投げた。
暫しの沈黙。
「ん? 二人して俺を見つめて、どうかした??」
ガルシアが頭を上げて、フィリップとアングラードを交互に見やる。
「いや、えっと」
フィリップの口元が引き攣る。
「そなたには、今の私が何に見える??」
アングラードが、ガルシアへと訊ねる。
「ん? 今も変わらず、蒼い狼だよ??」
「何ですと!?」
アングラードは驚愕する。
「コウモリは白隼に、霧は風に変化したのに、狼だけは変わらない……!?」
「それなんだよねぇ~。何でだろう?」
アングラードの反応に、フィリップも再度小首を傾げる。
「あのー……何の話?」
ガルシアがキョトンとする。
「うん。君がこいつにかけた属性反転の話だよ。闇から光になったからには、変化術も闇から光に転換したんじゃないかって、二人で試していたんだよ」
「あ~あ! 成る程ねぇ~!」
ガルシアは利を得たとばかりに、ポンと手を打った。
「なら、簡単ですよ」
ガルシアがケロリとした表情で述べる。
「要は、象徴の姿です」
「象徴の姿ァ~!?」
フィリップとアングラードが、声を揃える。
「はい。属性が形になって、象徴に生かすんですよ。確か……うん、そうだったと思います」
「どうしてそれが、解かったの?」
フィリップが、ガルシアへ訊ねる。
「幼い頃、母様から聞いた事があるのを、今思い出したんです。一度だけですし、漠然とした記憶だから、真偽は定かではないのですが」
ガルシアも言いながら、小首を傾げる。
「ふーむ……でもそう言われると、そうなのかも? アングラードは……──あー、名前長い! 今からは“ラード”って呼んでいい!?」
フィリップから訊ねられ、アングラードは咄嗟にコクンと首肯した。
「じゃあ、今からお前の愛称はラードね! んで、ラードはどうやってこの世に誕生したの? 元々人間から? それとも……」
「純血だ」
「生まれながらのって事か。じゃあ、次は本来の姿である、吸血鬼になってみてよ」
「元の姿に戻るのか。お安い御用だ」
アングラードは力強く言うと、狼の姿で身を捻った。
蒼い狼は捻った直後に渦となり、その動きが止まると変化した姿が確認出来るのだが──。
「……ん?」
「へ……?」
フィリップとガルシアは、目が丸くなる。
「どうしたかね? 改めて私の優美なる姿に惚れ直したか?」
アングラードは言うと、一房垂れ下がっている紫色の前髪を、ピンと軽く払う。
「うーん……確かに優美と言われれば、そうなのだろうけど……それを更に超えていると言うべきか……」
「見聞きした事のある姿だな。何だっけ? この姿」
ケロリと述べたガルシアの発言に、みるみるアングラードの顔は青褪めていった。
そして慌てて両手を裏表にして、確認する。
「な……何だねこの、斑点模様は! まさか、豹!? 私は豹の姿になってしまっているのか!?」
「正確には、人の姿に豹柄が付いちゃってる……いや、ケモ耳に尻尾も付いてるね」
「この闇の貴族たる、美しい私が……!!」
すると再度ガルシアが、ポンと手を打った。
「“オセ”だよ、これ! オセの外見にそっくりだ!!」
「オセって……あの地獄の長官と言われている、悪魔?」
アングラードを指差し述べるガルシアの言葉に、フィリップが訊ねる。
「はい! そのオセです!!」
「何と……! この私が悪魔にまで進化してしまったと言うのかね!?」
「フラウロスの可能性も捨てきれないな」
「オセもフラウロスも両方、豹だもんね」
思いがけない“進化”に、感極まるアングラードの言葉は聞き流して、フィリップとガルシアは言葉を交わしていた。
「でもさぁ、属性反転した筈なのに、どうして本性だけが“悪”のままなのさ? 寧ろ進化しちゃってるし」
「それは……多分おそらくですけど、俺が未熟な状態で初めてエルフタイムを使用した、全ては中途半端な結果じゃないでしょうか……」
フィリップに指摘されガルシアは、頭に手をやり申し訳なさそうに述べた。
「きっと本当は、“進化した光属性”姿の本性になる予定だったのかも知れません」
「よっぽど獣化の方に、この“豹”を入れて欲しかったよね」
「それはどうもすみません……」
フィリップの意見に、つい謝罪せずにはいられないガルシア。
そんな彼の気持ちすら露知らず、アングラードはハイテンションになっていた。
「マーベラス!! 実に喜ばしい!! そなたには感謝致そうダークエルフの少年よ」
声高々にアングラードが、気取って声をかけるとガルシアには気に障ったらしく、キッと鋭い目付きで睨まれ、言い返された。
「──うるさいっ!!」
「ええっ!?」
これに衝撃を受けるアングラード。
だがここで、更に別の声が飛び込んできた。
「それでもてめぇがこの俺の使い魔である事を、しっかり肝に銘じてろよ。死にたくなけりゃあな」
それはレオノール・クインだった。
「大丈夫! その時はうちのルルガに食してもらうから♪」
フェリオ・ジェラルディンも一緒だ。
肩に、しっかり赤猫ルルガが乗っている。
「そいつはオセにもフラウロスにもなりきれねぇ、半端者だがら大した事ねぇよ。立派なのは見てくれだけだ」
「使える? コレ」
フェリオがアングラードを指差して、述べる。
「何。どんなに屈強で恐ろしい獣でも、鞭打ちゃ従うものだ。なぁ? アングラード」
「は、はい、マスター!!」
レオノールを前に、アングラードの態度が一変する。
「何て奴だ……」
そんな彼の反応に、ガルシアは呆れずにはいられなかったが。
「俺こそ、もし何か機嫌を損ねる事があったら、灼熱の太陽の下でエルフタイム使用して、また吸血鬼に戻してやるからな」
──ほぼ脅迫である。
「でもそういえばさぁ、どうしてアングラードは……面倒だから“ラード”って呼ぶね」
……さすがは兄妹……言う事が同じだ。
内心、アングラードは苦笑いする。
すると。
「ラードか」
「了解」
レオノールとガルシアも賛同した。
そして二人同時にアングラードへ顔を向けると、声を揃えて言った。
「じゃあ今からラードで」
「はいはい」
これにアングラードは更に、今度は表面に露わにして苦笑いするのだった。
「んで、どうしてラードは、教会や十字架が平気だったの?」
「ん? ああ……それは──」
そう言葉を発すると、一拍於いてクツクツと愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「誰がそんなデマを広めたかは知らないが……まぁ、おそらくは人間からヴァンパイアにされた者達の大袈裟な反応から来ているのではと推測も出来るとは言え、そもそもヴァンパイアにそれらは全く、効果がないのだ」
「ええぇえぇぇえぇぇっ!!」
アングラードの告白に、驚愕を露わにしたのはフェリオは勿論、レオノールもだった。
「いや、魔人。そこであんたまで驚いてどうする」
ついアングラードはツッコミを入れてしまった。
「だって知らなかったんだもん」
レオノールはケロッとした表情で述べる。
「俺は光と違って、モンスター扱いされる闇だからこそ、知ってた」
ガルシアは平然と口にする。
「僕も10代の頃、父さんから受けた教育で知ってた」
フィリップも然りだった。
「じゃあじゃあ、にんにくも平気なの!?」
身を乗り出して、無邪気に尋ねてきた子供体型のフェリオからの質問に、アングラードは首肯した。
「もっとも私の場合は、あの独特な臭いが苦手だから嫌いでは、あるのだがね」
「じゃあ、苦手なのは太陽だけなんだ!?」
「いや、他にもう一つ。聖水がある。小さなお嬢さん。しかしながら属性反転のおかげもあって、太陽も聖水も私は克服した。太陽の下はこれ程までに美しい世界が広がっているとは、実に感動的だよ。感謝するよダークエルフの王子よ」
「でもそんなんで、お前は今までの手下を操作出来るのかよ」
ガルシアに指摘され、アングラードはニッと口角を引き上げる。
「そなたの中途半端なエルフマジックのおかげで、人狼にはなれるみたいだからな。その時のみになるが、闇属性である“死人使い”を使用出来る」
アングラードからの悪意のない皮肉を言われ、ガルシアは心の底から、今後しっかりエルフマジックとダークエルフ語を学習しようと、固く心に誓うのだった……。




