story,ⅩⅢ:哀れな犠牲の元に
人狼に変化したアングラード=フォン・ドラキュラトゥは、ゆうに3mはあった。
フランケンよりも大きい。
「俺とリオはこのフランケンを! フィルとガルはそのモスキート野郎を相手しろ!」
言うとレオノール・クインは、フェリオ・ジェラルディンと一緒にフランケンへと向かい合う。
「てめぇ、俺の奈落おとしでよく意識を取り戻せたなぁ!?」
レオノールはニヒルな笑みを浮かべる。
「リオ。こいつは傷つけるな。血液が酸性になってる」
「了解!」
フェリオはレオノールの言葉に、杖を構える。
「ガル。こいつはさっきみたいに切断の着脱可能だから、さっさと頭を落とすぞ!!」
「はいっ!!」
ガルシア・アリストテレスも、フィリップ・ジェラルディンの言葉に“破壊者”と“勝利の剣”の二刀流になって、剣を構える。
「グゥウ……ガァウッ!!」
アングラードが威嚇の咆哮を上げる。
これにガクリと、二人は一瞬脱力する。
「こいつ……こちらの防御力を落としてきたか。甘いわ!! 身の程を知れ!!」
するとまた力が漲る。
フィリップが防御力を上げたのだ。
「切り裂き!!」
アングラードは言ったかと思うと、鋭い爪をガルシアへと振り下ろしてきた。
咄嗟にガルシアは、二本の剣を交えて防御する。
ギギギン!! ──甲高い音を立てて、剣は爪からの攻撃を防ぐ。
「よーっし! じゃあこっちも行くよ~!」
ガルシアの様子に感化されたかのように、フェリオも改めてフランケンへと向き直る。
「生ける者へ死の裁きを──怨獄惨死!!」
すると目に見える、紅い衝撃が五つ、フランケンの体躯へ撃ち放たれる。
フェリオは即死魔法を発動したのだ。
「グオォウ!!」
これにより、フランケンは後ろへと吹っ飛んだが、しばらくしてゆっくりとした動きで起き上がる。
「あれ!? 死なない! まだそこまでのレベルに──」
「違うぞリオ。こいつは元々死んでるんだよ」
「ええぇっ!? そうなの!?」
レオノールに指摘され、驚愕するフェリオ。
「まぁでも、ダメージは与えられたよね」
フェリオは前向きに捉えることにした。
「先程はどうも、ご主人様。よくぞこの私めを傀儡化してくれた……礼をせねばな! 人狼になっても光は受け付けんのか、試してやろう! ──光よ、我に力を!!」
「よせバカ! 受け付けぬわぁっ!!」
アングラードは口走ったが既に遅く、直線状の太くて黄色の光が真っ直ぐ放たれて、腹部に穴を開けた。
「ぐふぅ……っ!!」
土手っ腹に穴を開けられ、アングラードはよろめくのだった。
「リオ、次は俺の番だ」
レオノールは言ってフランケンの前へと飛び出すと、彼を正面から突如抱え込みつつ後ろへと倒れこんだ。
「地獄車!!」
これによりフランケンは、正面へと回転し吹っ飛ばされたかと思うと、アングラードめがけて突っ込んだ。
「ゲハッ!!」
この衝撃に更にアングラードもダメージを受け、二人揃って倒れ込む。
「くっ! は、早くどけ! この木偶の坊!!」
アングラードは、フランケンを蹴り飛ばす。
それによりフランケンは、勢い良く元いた場所に転がった。
「グウゥ……」
「酷い! 主なら手下にもう少し、優しくしてやりなさいよ!!」
フェリオは言うと、咄嗟に倒れこんでいるフランケンへと歩み寄り、頭を優しく撫でてやった。
「リオ、一体何を……!!」
レオノールが声をかけるのを受け流し、フェリオは優しくフランケンへと声をかける。
「よしよし。嫌な主だね。せっかく頑張ってるのに……」
すると、フランケンの脳裏に電流が走った。
ハッとするフランケン。
そして、無意識に涙がポロポロと雨の様に、零れ落ちた。
「な……こいつ、泣いてる……?」
レオノールが驚愕する。
「何だこのバカ! こんな時に泣き出すとか正気か!? さっさとこいつらを片付けろこのバカ!!」
アングラードは苛立たしげに、フランケンへと怒鳴った。
「本当はこんな事、したくないんじゃないの……? したくなければしなくても、いいんだよ……?」
フェリオは更に、フランケンの頭を撫でる。
「ぉ……で……俺……」
「ん? こいつ、喋ろうとしてるのか?」
「……こいつは使えるかも知れんぞ。その調子だリオ!」
レオノールの反応に、フィリップが妹へと声をかける。
「そうはいくか! 早くやれこのバカ!!」
「貴様は黙らせる必要がありそうだな」
改めてフィリップは、アングラードへと向き直ると。
何と土手っ腹に開けた風穴が、塞がっているではないか。
「チッ! しまった。こいつ再生するのか!? 時間を与えすぎた!」
「いえ、正確には再生ではなく、回復です。切断した腕もくっ付けて回復させたのだから」
ガルシアが訂正する。
「成る程……じゃあ、四肢を同時に切断したらどうなるのか……試してみよう。クックック……」
「フィリップさん、魔王化してます」
“魔王”の言葉にビクリとする、アングラード。
「同じ手は食わん! ──闇の烙印!!」
アングラードは言うや、フィリップに向けて片手を突き出した。
しかしガルシアが飛び出してきて、フィリップを突き飛ばす。
黒い光が、ガルシアを包む。
「む……!?」
これにアングラードは、眉宇を寄せる。
「!? ガル!! 大丈夫か!!」
「……」
無言のままのガルシア。
「クックック……今のは、貴様にかけた“凝視”よりも更に強力な支配魔力だ。決して死ぬまで私に逆らわない……」
人狼姿のアングラードが優越感に浸っていると。
「誰がてめぇの支配下だって……?」
その声は、ガルシアだった。
「何っ!?」
「てめぇはさっきまで、何を見ていたんだ……俺はデックアールヴ……つまり闇の精霊王なんだよ。闇魔法が俺に効くかよ」
「は……っ! しまった!!」
アングラードは思い出したように、目を見張る。
「そういえば……ルルガがいないね」
「またどっかで何か余計な物でも喰ってんだろう。すぐフラリと戻ってくるさ」
このバトルの最中、フェリオははたと思い出して口にしたのを、レオノールが軽い口調で返答する。
その間、フランケンの脳裏には生前の思い出が、走馬灯のように駆け巡っていた。
「俺は生ぎでだ頃……木こりだっだだ……」
「ん……?」
「え?」
レオノールとフェリオは、フランケンへと顔を向けた。
「ある日倒れでぎだ木で俺は下敷ぎになっで俺は死んでしもだだ……」
「身の上話か」
「聞いてあげようよ」
レオノールの言葉に、フェリオが答える。
背後では、人狼姿のアングラードとフィリップ、ガルシアが戦っていた。
「闇の精霊王が何だと言うのだ! 私には魔王様がいる!!」
「フン。やはり、背景にはショーンがいたか」
フィリップが口角を引き上げる。
「まぁ、正確にはウォルフガンク様だがな。我々を動かしているのは……」
「ウォルフガンク……?」
眉宇を寄せるガルシアに、アングラードは自慢げに言う。
「魔王様の側近だ」
「まさか……ショーンさんは魔界のお飾りでしかないのでは……」
ガルシアが小声で、フィリップへと尋ねる。
「それは一理あるかも知れんが……魔王には変わりない」
刹那、黙考してからフィリップは、そう締め括った。
「喰らえ! 八つ裂き!!」
アングラードは叫ぶや、横から両腕を振るった。
それをガルシアが腕をクロスさせ、二刀流で防御する。
ギィンと甲高い音が響く。
「ならば、これはどうだ! 炎を生みし爪!!」
振り下ろされた爪をガルシアは弾き返すと、その瞬間、炎が発生した。
だがガルシアは、焼ける事無く平然としている。
彼には、魔法攻撃無効の指輪が、装備されているので平気なのだ。
「では、お次はどうかな……? ──氷を生みし爪!!」
アングラードは再度、ガルシアへと爪を振り下ろした。
「俺は頭悪ぐでみんながおでを、バカにしだだ……でも、動物や植物はおでをバカにしない……んだからおでは、動物や植物が大好きだっだだ……そんなおでが木こりなんがになっだがら……木は怒っで……おでの上に倒れて殺しぢまっだだ……だからおでは仕方ないと思っで、悔いはない中で死ねるで、思っだだ……唯一の心残りは家で飼っでだ犬ど猫ど小鳥達だ……あいづら、今も元気しでっがなぁ……」
フランケンは、もつれる言葉で一生懸命に話した。
その話に耳を傾けていた、フェリオとレオノール。
その時だった。
「ワン! ワンワン!!」
「ミャウ! ミャオゥ~ン!!」
「チチチチ! チュンチュン!!」
「!?」
これにフランケンは起き上がった。
そこには、一匹の犬と猫、小鳥の姿があった。
その後ろから、ルルガがゆっくりと歩いて来た。
「ルルガ!? お前がみんなをここへ連れて来てくれたの!?」
「ニャン♪」
フェリオの掛け声に、機嫌良くルルガは鳴いて応えた。
「ムギ、ココ、ピーちゃん! おでが死んでも元気しでだがが!? 会いだがっだ! 会いだがっだだよお前達!!」
フランケンは改めて涙を流しながら笑顔を見せると、それらを優しく腕に包み込んだ。
すると何やら気配を感じて、ルルガを抱き上げていたフェリオがふと横を見ると、レオノールが深く俯き小刻みに震えているではないか。
「レオ……ノール……?」
フェリオがそっと、彼女の顔を覗き込むと、目から光る粒が滴り落ちていた。
そして急に立ち上がると、レオノールは涙目で人狼姿のアングラードを指差し、がなり立てた。
「こいつをこうしたのはお前かああぁぁぁーっ!!」
「……だから、そう言ったではないか」
アングラードがキョトンとする。
「赦せねぇ……赦さねぇ……!! てめぇだけは、絶対にだ!!」
レオノールは声を荒げると、アングラードへ向かって駆け出した。
「フハハハハッ!! 飛んで火にいる夏の虫だ!! 掛かってくるが良い!!」
勝ち誇ったように、アングラードは両手を広げてみせる。
「操る奴に利口は不要! バカな奴の方が都合が良いものだよ!!」
「てめぇーっ!!」
レオノールが殴りかかろうとした時。
「いけない!! モンスターでも命は大事だだ!!」
フランケンは言うや、レオノールとアングラードの間に立ち塞がった。
「お前……」
そんな彼に、レオノールは拳を治める。しかし。
「自我を取り戻した貴様にはもう、用はない!!」
アングラードは声高に叫ぶと、フランケンの背中へと爪を振り下ろした。
「雷を生みし爪!!」
その攻撃を受けフランケンは、全身に激しい雷が流れると口から煙を出し、白目になってゆっくりと前のめりに倒れた。
「おい! お前! 大丈夫かしっかりしろ!!」
レオノールがフランケンへと駆け寄る。
「最後に……友達に会えで……良がっだ、だ──」
フランケンは擦れた声で言うと、涙を流しながら絶命した。
彼が飼っていた犬と猫と小鳥が彼の元に寄り添い、悲しそうに鳴いた……。
「貴様……自分を庇ってくれたこいつを、よくも……!!」
涙目でレオノールは、キッとアングラードを睥睨する。
「正義など要らぬ! 必要なのは残酷さよ!!」
「貴様ァァアァアァァーッ!!」
「やはり粋の良い女は悪くない! 先にお前の血を頂いてやろう!」
自分へ立ち向かってくるレオノールを、アングラードは歓迎するように振りかぶってきた彼女の手を掴み、牙を剥いた。
「ブラッディーファング!!」
そうしてレオノールの腕に噛みついた。
「ぅぐっ!! クソ……ッ!!」
アングラードは、そこから吸血する。
そして手を離すと、満足そうに述べた。
「やはり粋の良い女の血は美味……」
すると、レオノールが肩を揺らし始めた。
「クックック……俺の血を、吸ったな? このモスキート野郎……」
「ああ、如何にもだが?」
「これが俺の狙いだった……もう貴様は俺に逆らえねぇ……」
これにアングラードだけでなく、みんなが疑問の表情を浮かべる。
「俺は魔人だ。その血を毒にも薬にも変化出来る……さぁ、選べ! 生か死かを!!」
「な……っ!?」
直後、アングラードの心臓が大きく脈打つ。
「う……っ!? く、苦、しい……っ!!」
アングラードは喉に手を当てて、床に跪く。
「どうする? 早く選ばねぇと、死ぬぜ?」
彼女の言葉に、アングラードはブルブルと大きく震え始めた。
「こ、こんな、はずじゃあ……!! 死に、たくない……!! 死にたくない!!」
「今まで何人が同じ懇願を、貴様にした……?」
「助、けて……助けてくれぇぇ……っ!!」
「ククク……良いだろう。ではこれにて、バトル終了だ」
こうして皆が唖然とする中、実に呆気なくアングラードとのバトルに幕が下りるのだった。




