story,ⅩⅡ:思いがけない出会い
直後、フィリップ・ジェラルディンの視界から脳内へと、紫色の髪であるアングラード=フォン・ドラキュラトゥの赫眼が直接、意識化に飛び込んできた。
これに、全身が硬直するフィリップ。
彼の背後では、レオノール・クインがフランケンの酸性血液に触れないよう、殴打足蹴での攻撃を繰り出していた。
が、いきなり強い衝撃を背後から受けて、レオノールは前のめりによろめきフランケンの足元へと倒れ込んでしまった。
「な……?」
フランケンの動きを意識しながらレオノールは、背後を振り返る。
するとそこには、後ろから彼女を蹴り飛ばしたであろう、片足を上げた状態のフィリップが立っていた。
「まさか俺を蹴ったのか? フィル」
だがしかし、フィリップは無言のまま、次にレオノールへと殴りかかってきたではないか。
しかし目の端で、同時にフランケンも上から拳を振り下ろしてきたのが見え、レオノールは咄嗟に前転してフランケンの股を潜って避ける。
これによりフランケンの拳は床に穴を開け、フィリップの拳はフランケンの頬へと炸裂する。
「グオォウッ!!」
これにフランケンが、フィリップへと拳を振り上げたが、即座にアングラードが声を発する。
「よせ! そいつは今、私の傀儡だ! 仲間だと思えフランケン!!」
「グウゥ……」
主からの言葉に、フランケンは拳を引っ込める。
「へぇ、成る程なぁ。伊達にヴァンパイアというわけじゃあ、ねぇって事か……」
フランケンの背後から、レオノールが答える。
「ああ。そうだとも。これでお前は3対1ってわけだ。果たして我々を、そして味方をお前は倒せるかな……?」
「チ……こんな事なら、日頃からこいつに憎悪を抱いておくべきだったぜ……」
レオノールは、ニヒルな微笑を浮かべた。
「……震えろ寒氷印」
フィリップが氷属性魔法を口ずさんだかと思うと、下から上へ片手を振り上げたと同時に、シャーベット状の霧氷がフランケンの股越しへ放たれた。
これをレオノールは身を捻って避けると、その勢いのままフランケンを蹴り飛ばした。
おかげで、見事フランケンに魔法が当たり、先程レオノールが鋼の爪で付けた傷口の上へと霧氷が張り付き、太腿の表面が凍り付いた。
「ウグゥッ!!」
フランケンは一吠えすると、太腿に力を込める。
すると表皮を覆っていた氷が砕けた。
だがこれにより、流れていた酸性の血液が止まった。
「こいつは一旦フィルを気絶させて眠ってもらうしかねぇかぁ~!?」
レオノールは厄介そうに述べる。
するとまるでその言葉に従うようにして、更にフィリップが魔法を繰り出してきた。
「誘われろ夢の世界へ──シャボンドリーム」
今度はフィリップが突き出した片手の平から、シャボン玉のシャワーが噴き出してきた。
「おっと、そうはいくかよ」
レオノールは豊満な胸の谷間へと、指を突っ込んだかと思うと一枚の白い札を素早く取り出して、シャボン玉のシャワーへと放った。
「雪乙女の溜息!!」
これは氷属性攻撃の魔法札だ。
魔法札はふと掻き消えると、空中にある全てのシャボン玉を凍らせた。
それらは霜状態になると、重さでフワフワとゆっくりだが、床へ舞い落ちた。
「悪いがフィル。ひとまずお前には眠ってもらうしかない──」
レオノールが言い終わらないうちに、気付くと彼女は横へと吹っ飛んでいた。
フランケンから殴られていたのだ。
「ぐあっ!!」
レオノールは数m先の壁に、叩き付けられる。
「かは……っ!!」
刹那、彼女の視界が真っ白になる。
そして数mの高さから、落下した。
「クククク……! ほらほら、反撃したまえ。早くしないと、死んでしまうぞ?」
アングラードは革張りのソファーに、ゆったりと身を任せていた。
「チ……ッ! 面倒臭ぇな……やはり最初はフランケンを倒すべきか……!?」
しかしその間にも、フランケンがドスドスと足音を立てながら、レオノールへと迫って来る。
レオノールはよろめきながら立ち上がると、何と真正面からフランケンを受け止めたではないか。
「おっと……潰れてしまったかな……?」
アングラードが、身を乗り出す。
だが、フランケンを頭で支えて抱え上げたレオノールが天井まで、大きくジャンプしたではないか。
「バカな……! あの巨体をいとも簡単に……!?」
レオノールは空中で上下逆に回転すると、天井を力一杯蹴ってから逆さまに床へと、頭から落下した。
「──奈落おとし!!」
当然ながら、図体のでかいフランケンの頭が先に着地したかと思うと、床板を貫き地面に頭からめり込んだ。
「ンガ……ッ」
ズズンと、振動を起こしながら体躯は倒れ伏す。
それっきり、フランケンはピクリとも動かなくなった。
フランケンの巨体の影から、レオノールが跳ね起きる。
「よし。これで煩わしさは消えたかな──」
「ポセイドンスピア」
手の平をパンパンと払いながら述べる、レオノールの言葉の語尾に重なってフィリップが、その一言を述べた。
すると彼の人差し指から、渦巻きの水流が出現するや、レオノールの右肩を貫いた。
「痛つ……っ!!」
これによりレオノールは、体勢を斜に向ける。
しばらくしてから、彼女の肩から真っ赤な鮮血が溢れ出た。
思わずアングラードが、ゴクリと喉を鳴らす。
その時、5mある螺旋階段を、フェリオ・ジェラルディンとガルシア・アリストテレスが駆け下りて来た。
「上はもう倒してきたよ!!」
「こっちはどうだ!?」
すぐにレオノールが声を発す。
「来るな二人とも!! こっちが本星だった!!」
彼女の言葉に、二人は階段の途中で足を止める。
「おやおや……これはこれは。また随分と愛くるしいお嬢さんが、いるじゃあないかね……」
アングラードはフェリオを見て、舌なめずりする。
「あの娘を捕らえよ」
フィリップに、アングラードが命ずる。
これにフィリップが無表情で、螺旋階段をゆっくりとした足取りで上り始める。
「クソッ! フィルの奴……!! 逃げろリオ! 今のフィルはこのヴァンパイアに操られている!!」
「え……?」
戸惑うフェリオ。
そうしているうちに、フェリオは手首をフィリップに掴まれてしまった。
「フィルお兄ちゃん……? まさかお兄ちゃんに限ってそんな事……」
「……」
しかしフィリップは無言で、妹の手を引っ張った。
「そんな……フィルお兄ちゃん!?」
「ガル! フィルを止めろ!!」
「えっ、は、はい! この……その手を離せ!!」
ガルシアは戸惑いながらも、そう口走る。
だがフィリップは、ギロリとガルシアを睥睨した。
「こっ、怖いぃぃぃ~!!」
ガルシアはつい怯まずにはいられない。
その間にも、フィリップはフェリオを肩に担ぎ上げると、階段を下りてアングラードの前までフェリオを、連れて行ってしまった。
「フィルよせ!!」
レオノールが駆けつけようとすると、ふいに足を掴まれる。
見ると、目を覚ましたフランケンだった。
「クソッ! 意識が戻ったかこいつ!! えぇい、放せっ!!」
レオノールは何度も、フランケンの顔面に蹴りを入れる。
「よしよし、いいぞ。この娘は私が惜しむ事無く愛情を──」
アングラードは言いながら、フェリオへと手を伸ばした時。
「触るなぁーっ!!」
怒声と共に、アングラードが伸ばした腕が、切断されてしまった。
そこには、剣を振り下ろしたガルシアがいた。
「ク……ッ!! 小僧風情が……!!」
「フィルさん、すみません!!」
先に謝っておいてから、ガルシアはフィリップの頬を力一杯引っ叩いた。
「目を覚ませ!!」
パァンと甲高い音が響く。
暫しの沈黙。
──後、ガルシアはゴンと、フィリップからゲンコツを喰らってしまった。
「い、痛い……」
ガルシアの目尻に涙が滲み、頭を抱えた。
アングラードは床に転げ落ちた腕を拾い上げると、それを切断面にくっ付ける。
すると糸状に細胞が伸びて再度、腕が接着されたではないか。
「小僧……、この事を、後悔させてやる。殺れ」
アングラードは述べると、改めてフィリップへと命じた。
レオノールは、フランケンからようやく足を解放されると駆けつけてフェリオの腕を取り、一旦その場から離れ自分の背後に彼女を匿う。
「リオ。この間にも、何か手はねぇか」
「あるよ」
「よし。じゃあそうしてくれ」
「うん!」
レオノールに言われて、フェリオは力強く首肯した。
「フィルさん、やめましょうよこんなの……!! 俺はあんたと争いたくはない……!!」
ガルシアは剣すら構える事無く、向かい合う。
「そういやお前、その肩と太腿の血はどうした」
「うん。やられたけど、自分で治癒魔法かけて治したから大丈夫」
レオノールに肩越しから訊ねられ、フェリオは答える。
するとふと、聞き覚えのある詠唱が聴こえてきた。
「天空より光に導かれし者よ……」
「!? お兄ちゃん、召喚魔法を使う気だ!」
「ガルに向けてか!? まずい!」
「古来より在りし輝ける精霊の御名に於いて……」
「ガル、逃げろ!!」
「え?」
レオノールの声に、ガルシアが彼女へ顔を向ける。
「リョースアールヴフレイ──ユングヴィ!!」
モタモタしている間、ついにフィリップは最後まで詠唱を終えてしまった。
直後、目が開けられない程の眩い光が輝いた。
「ぐあぁぁぁ……っ!!」
アングラードは悲鳴を上げると、黒マントで自分を頭から覆い隠す。
そして光の中から、光のエルフが現れた。
「ユングヴィ……」
これに反応したのは、ガルシアだった。
「……闇のエルフの息子か……」
剣を構えていた手を下ろす、ユングヴィ。
彼は光のエルフだ。
「お主か。わしの孫娘を連れ去ったのは」
「……」
申し訳なさそうに、ガルシアは俯く。
「マリエラは元気にしているか」
「はい……とっても」
「そうか。ならば、良し。しかしながら、召喚されたからにはわしはお前の相手をせねばな」
ユングヴィは言うと、剣を構えた。
これに慌てて、ガルシアも剣を構えたが、スッと下ろした。
「どうした。デックアールヴの王子よ」
「マリエラさんの哀しむ顔を、見たくないから……」
「クックックック……マリエラがお主を助けただけはある。デックアールヴはひとえに、下品で野蛮なだけだとは、限らんらしい。──これをそなたに、授けよう。持っていくが良い」
そうしてユングヴィは、手にしていた片手剣──『勝利の剣』をガルシアへと突き出した。
「そんな……! よろしいのですか!?」
「ああ。そなたの心が常に正しければ、この剣を使いこなせるだろう。受け取るが良い」
「あ、ありがとうございます!!」
ガルシアは片膝を突くと、両手でその剣を受け取った。
ユングヴィは、フィリップへと振り返る。
「申し訳ないが、召喚術士よ。ゆえにわしは武器を失った。よって戦力もない。これにてそなたとの契約は解消だ。さらばだ」
ユングヴィはそう言い残すと、姿を掻き消した。
静けさが周囲を包み込む。
「……こう言う事もあるものだな」
ふいに口を開いたのは、フィリップだった。
「フィルお兄ちゃん!? 正気に戻ったの!?」
「ああ。みたいだな」
「一体いつから……!」
「ユングヴィを召喚した時の光を、このヴァンパイアが浴びてからだ」
見ると、アングラードはまだ黒マントを覆って、震えていた。
「よくも、よくもこの私を……!!」
ゆっくりとマントから姿を現したアングラードの全身の皮膚が、爛れていた。
「いやいや、俺はただ貴様の命令に応じて、召喚したら偶然貴様にダメージを与えてしまった、云わば事故みたいなものだぞ?」
フィリップは、あっけらかんに答える。
「こうなったら、覚悟しろ!!」
すると、みるみる全身を毛が覆い、鼻面が伸び耳が大きくなったかと思うと、二足歩行の灰色の狼と化した。
「人狼か」
「これが私のバトルモードだ! 覚悟するがいい! 行くぞフランケン!!」
「ぐぉうっ!!」
そうして、それまでまだ倒れこんでいたフランケンも、頭に手を当てブルブルと横に振りながら立ち上がった。
「ククク……ッ! どうやら本番はこれかららしい……行くぞみんな!!」
「おう!!」
フィリップの掛け声に、フェリオ、レオノール、ガルシアは揃って応じた。




