story,ⅩⅠ:BATTLE─教会にて─
フェリオ・ジェラルディンが放った火属性魔法により、リッチが放った氷属性魔法は一瞬で水蒸気となって消えた。
が、数本の氷のクナイがフェリオの身体に突き刺さっている。
肩に一本、太腿に二本だ。
「リオ! 大丈夫か!?」
「大丈夫、これくらい……!! どうって事ない……っ!!」
心配するガルシア・アリストテレスへ、フェリオはしっかりした口調で答える。
そして続けて口走った。
「イリュージョン」
それは、魔法攻撃を無効化する魔法だった。
一方でガルシアはと言うと。
「く……っ! 何故だか分かんないけど、剣を持つ手が上がんない……っ!!」
必死に持っている愛剣と、苦戦していた。
なのでまだ一度も、大コウモリへ攻撃を与えられずにいた。
大コウモリは、ガルシアの頭上を飛行しながら、時々彼に掠めて皮膚を切り裂いてきた。
しかし、傷口は浅い。
それでも流血させながら、ガルシアは歯噛みする。
大コウモリが、超音波を使用しているのは、ダークエルフであるガルシアの耳には聴こえていた。
だがそれが、ガルシアの剣を振るう筋力が発揮出来ないよう、神経に作用させているとは思いもよらなかった。
「射出せよ! 水砲撃!!」
三体のリッチが一気に同時攻撃魔法をフェリオへと向けて、放ってきた。
それをフェリオは、呪文省略魔法にて反撃する。
「来たれ雷の龍!!」
リッチが放った水属性魔法を、雷属性魔法が龍を形取った姿となって、打ち消した。
「ほぉう? なかなかやりおるな。人間の娘よ」
「ふん!」
フェリオは氷のクナイが刺さった箇所の痛みを感じながらも、鼻を鳴らして強がった。
「では、これでどうだ──立ち防げ針尖土壁」
またしても、三位一体でリッチは同時同様の魔法を、フェリオへと繰り出す。
それは土壁の表面に鋭い突起がある、土属性魔法だった。
当然、これにフェリオも反撃する。
「風の気まぐれ!! 吹けよ嵐!!」
何とほぼ同時に、二つもの風属性魔法を繰り出した。
リッチが発生させた土属性魔法は、これにより呆気なく瓦解した。
「こうなったら──!!」
リッチが声を荒げて、次なる魔法攻撃体勢に入った。
──ガシャン!!
ガルシアの、剣を握っていた手からついに、剣が離れてから床へ落下する。
これに大コウモリは、まるで猿のような鳴き声を上げた。
だが、ガルシアのオッドアイである双眸に、怜悧な光が宿る。
「俺の腕前をなめるなよ……武器は何も、剣だけとは……──限らない!!」
そうして腰に下げていたホルダーから、二丁拳銃を取り出すと素早い動きで大コウモリへと、射撃した。
頭に一発、胸部に一発。
大コウモリは何が起きたか解からぬまま、床へと落下し絶命した。
「大概なら、しつこい!! そっちが三体まとめて一斉攻撃すると言うのなら!! こちらとて黙って引き受けちゃあいないからね!!」
フェリオは三体のリッチに取り囲まれたまま、呪文を口早に唱えた。
「かの者は黙して語らず。発する声に封印を。現れ出でよ静寂なる存在──その者の名は、イヴ!!」
すると、周辺一帯から一切の音が消えたかと思うと、緩やかなウェーブヘアを揺らしながら薄くて白い半透明の、女が出現した。
それはとても静かで、何とも言えない摩訶不思議な空間を広げていた。
イヴは、三体のリッチ達へと肉薄すると、人差し指を唇に当てて口ずさんだ。
「シー……ッ」
直後、リッチ達は刹那、硬直した。
だがイヴはそのままニコリと微笑を浮かべてから、フイと姿を消した。
するとゆっくりした時の流れと共に、“音”が戻ってきた。
しかし、リッチ達はカタカタと歯を鳴らすばかりで、一切の声も言葉も発せられなくなってしまっていた。
「はは~ん。沈黙のイヴって事か。凄く役に立つじゃん!」
フェリオは、イヴとの契約を交わした時を思い出して言うと、悪意ある笑みを浮かべる。
「魔法が使えないからには、リッチも所詮はただの……雑魚スケルトンじゃーいぃぃっ!! オルアァーッ!!」
フェリオは勝機を得るや、持っていた杖のヘッドでリッチの頭蓋骨を順々にバッター宜しく、渾身の力で打撃していき殴打されたそれらは、窓ガラスを割って遠く空の彼方へ飛んで行ってしまった。
「……リオ。お前、ベースボール打者の才能、あると思うよ……」
それを見ていたガルシアが、唖然としながらそう呟いた。
ちなみに頭を失った白骨体の方は、そのまま立ち崩れてしまっていた……。
「ま、この様子だから、こっちはハズレだな。すぐさまフィルさんとレオノールさんのいる地下へ急ごう、リオ」
「うん!!」
ガルシアに促されて、フェリオは大きく首肯するや、急ぎ足でガルよりも早く螺旋階段へと走るのだった。
地下では、とてもそうとは思えないくらいにゴシック調をした、美しい作りの部屋になっていた。
「……ふ。どうやらここがビンゴらしいな」
フィリップ・ジェラルディンが静かに、口ずさむ。
広々とした地下空間。
階段を下りてすぐに、左手側へ大量の鮮血に塗れた浴室。
その入り口前には人間の、屍累々の肉塊。
軽く10人以上の死体が転がっている。
その隣の部屋には、一つの棺が置かれていて、向かいの部屋には小ぢんまりしたダイニングルームになっていた。
その隣は、紫色に灯されている怪しい部屋だ。
それら四つの部屋に挟まれる形で、ど真ん中の広々とした通路の奥には、黒々とした革張りのソファーが備えられていた。
しかし、この部屋の主が見当たらない。
見当たらないが、あからさまに人間サイズのコウモリが、そのソファーのあるリビングの天井から静かに、逆さまでぶら下がっていた。
「……もう静観しなくていいから、さっさと下りて来いよ」
レオノール・クインが5m程の高さがある天井のコウモリへと声をかける。
すると身体に羽を巻きつけていたコウモリが答えた。
「フ……、気の強い女は嫌いではない……」
そう述べたかと思うと、羽の中から頭を出した。
「人面コウモリかよ」
レオノールは口端を引き上げると、冷淡な微笑を浮かべる。
「だが、しおらしい女も好みだ。どちらから先に喰らうか……」
「んあ!?」
レオノールが怪訝な表情を浮かべる。
「粋の良い方を最後に取っておこう。まずは、しおらしい女から──!!」
人面コウモリは羽を広げるや、縦に旋回しながら──フィリップへと襲い掛かったが。
「誰がしおらしい“女”だド阿呆。俺は男だ」
彼はその長い足からハイキックを放つと、そのままの流れで床へと叩き落した。
「ゲフッ!!」
人面コウモリは間抜けな声を洩らして、床へとへばりつく。
「おや、これは失礼……男であったか……しかしまぁ、女と見紛う程の美しさ……そういう意味では、男も嫌いではない──」
「そういう、とはどういう意味だこの変態が」
四つん這いで起き上がろうとする人面コウモリから、人体へと戻り始めている吸血鬼をフィリップは腕組みしたまま遠慮なく、ゲシゲシと何度もスタンピングする。
「おや。これこれ、女ならまだしも男から暴力を受ける程、私は変態ではない──」
「女なら構わんと言う事かこの変態」
「よし、だったら後は俺に任せろ」
動きを止める事無く足蹴し続けるフィリップへ、もれなくレオノールがその後を引き継ぐ。
「これこれ、やめたまえ。それだと、育ちや教育が知れると言うもの──」
「俺は生まれながらにして、育ててくれる親は一人もいなかったしな。教育もクソもあるかボケ」
「そうかそうか。じゃあもうそろそろ、やめたまえ」
「えー、何で? ヤダ」
レオノールは拒否するや、更に面白がって足蹴を続けると。
「ええーいっ! やめろ!! やめんかいい加減!! このバカ!!」
吸血鬼は羽から黒のマントに変化させると翻しながら、立ち上がった。
「お。キレたキレた!!」
レオノールは、乱れた紫色で顎まで長いウェーブの前髪を整える吸血鬼を指差して、愉快そうに笑う。
「全く……下品な娘だ」
「褒め言葉と受け取っておくぜ」
一旦笑いを治めてからレオノールは、改めてニタリと笑みを浮かべた。
「さぁ、そんな事よりも、始めようか。殺し合いを」
引き続き今度は、フィリップがニタリと笑みを浮かべる。
「おやおや……これは恐ろしい。どちらが悪役なのか分からんな」
吸血鬼は心なしか、口元を引き攣らせた。
「貴様のような見た目の男、こちらが負けるとは到底思えん」
「そうだな。そなたは美しいが、屈強そうに見える……故に、私は下僕に相手をさせる」
「プライドの欠片もねぇヴァンパイアだな」
レオノールは嘆息を吐いた。
「遅ればせながら自己紹介を。我が名はアングラード=フォン・ドラキュラトゥ。死する前にしかと私の名を記憶するが良い。この私の手に係り殺される事を、光栄に思いながら。あの世にてとくと自慢したまえよ」
「その前に、俺らがてめぇの手下にやられなければな」
レオノールが余裕綽々に答える。
「フフフフ……余程我が下僕に会いたいと見える……では呼び出そう──出でよフランケン!!」
暫しの沈黙の後。
背後から気配を感じて、フィリップとレオノールは素早く振り返ると、先程二人が下りてきた螺旋階段の裏から、ゆうに2m以上を超えるであろう巨体の男がゆっくりとした動きで、進み出てきた。
「……まるで気配を感じられなかったが……こんな間近にいたのか」
フィリップがつい、愕然とする。
「どうだね。こやつは私が生み出した最高傑作でね。あらゆる死体の屈強な部分のみを繋ぎ合わせた、自慢の人造人間だ」
「自慢ねぇ……じゃあ、すぐに絶望させてやんよ」
レオノールは言ってナックルから鋼の爪を出現させると、軽く前後にステップを踏む。
フィリップはそんな彼女の背後に立つと、そちら側に立っているアングラードへと向き直る。
フィリップとレオノールは今、アングラードとフランケンに挟まれている形だ。
「どうするレオノール……二人で一体ずつ倒すか、それぞれが一体ずつ倒すか……」
「俺は後者でも構わねぇぜ。寧ろお前は大丈夫かフィル」
「なめるなよ。俺を甘く見てもらっては困る」
「面白ぇ……じゃあ勝負と行こうぜ」
「果たして勝負になるかな?」
「そうかよ。じゃあ俺には、ステータス補助魔法も要らねぇぜ」
フィリップとレオノールが悠然と話していると、アングラードから怒声が飛んだ。
「随分な余裕だな! 我々を勝負の対象にした事を後悔させてやろう!! 行けフランケン!!」
この言葉を合図に、四肢の縫い目と肌の微妙な色違いをした、フランケンが吠えた。
「ウォアアァァアァーッ!!」
フランケンは腕を上げて力瘤を作る。
そしてドスドスと重々しい足音を立てて、レオノールへと向かって来た。
「上等だこのデカブツつぎはぎ野郎!!」
レオノールはナックルの鋼の爪を構えると、自分の目線の高さより少し低い太腿へと、振り下ろした。
すると。
ジュウウウゥウゥゥ……!!
激しい蒸発音と共に、レオノールの鋼の爪が溶融したではないか。
「何……!?」
レオノールは目を疑う。
「クハハハ……!! どうだ。驚いたかね? そいつの血液は酸性なのだよ」
「おい。よそ見してご丁寧に説明している場合か? 貴様の相手はこの俺だ」
フィリップはアングラードへ声をかけると、不敵な笑みを浮かべた。
これにより、彼の防御力が上がる。
更に彼は続ける。
「手ほどき願おう──聖人の知恵」
今度は魔力が上がる。
「小癪な足掻きを。この私の目を見るがいい!!」
その言葉に、アングラードをなめてかかっていたフィリップは軽く挑発に乗って、その目を見ると。
「凝視!!」
アングラードは声を大にして言った……。




