story,Ⅹ:VSヴァンパイア
「ただ単純に血だけ吸ってばかりいる、モスキート野郎とは違うって訳か」
暗闇の中から、知ってる声が述べた。
レオノール・クインだ。
「ククク……強がっていられるのも今のうちよ……」
別の、今度は知らない声だ。
皆、必死に視覚を集中させる。
しかし、何やら鈍い音と共に、短い悲鳴が聞こえた。
「魔人である俺にゃあ闇の暗さなんざ無意味だが、その他三名様にゃあそうはいかねぇからな。──ほらよっと!」
レオノールの言葉と共に、突然地面が煌々と光り始めた。
見ると地面に、“灯光の札”が貼られていた。
その光は、次々とあちらこちらで光り始めたのは、レオノールが移動した先でその札を貼って回っているからだ。
しかし、ジェラルディン兄妹が繰り出す白魔法のライトボールと違い、この札の光は本当にただの“光”だ。
人工的な、蛍光灯のような存在みたいなものだ。
ヴァンパイアへの悪影響は、皆無だった。
「お前らの目が見えるようになったからって、俺達を倒せることなど──」
「うるさいゴチャゴチャと。黙りやがれモスキート野郎」
あっさりと一体の男のヴァンパイアが、ガルシア・アリストテレスから剣で首を落とされてしまった。
しかしその頭は、耳が蝙蝠の羽になったかと思うと、生首で飛び回り始めた。
更に頭を失った肉体も起き上がり、何事もなかったかのようにガルシアに襲い掛かってきた。
「うわマジか! 超絶ウゼェ!!」
ガルシアは言いながら、今度は袈裟懸け斬りに身体の左肩から、剣を振り下ろす。
「さぁ、俺達の厄介ぶりが解かったのなら、おとなしく血を吸われ──」
生首が言いながら、一行へ襲い掛かろうと下りてきた所で。
「じゃがましいぃぃぃーっっ!!」
フェリオ・ジェラルディンの杖によるホームランが炸裂し、生首の顔面は原形もない程に陥没し、そして光の外へ抜け暗黒の闇の空高く飛んでいってしまった。
「今のはもう、再生不可能だな。よし、次」
あっさりと述べるレオノール。
よくよく見渡すと、勇者一行の周辺には、五十体前後のヴァンパイアが取り囲んでいるではないか。
直後。
「キャアッ!?」
フェリオの悲鳴が上がり、三人がそちらを見るとそこには三体の男女のヴァンパイアが、フェリオを捕らえていた。
「この上物の女は、アングラード様への手土産にするぜ……」
フェリオは両手を頭上で、締め上げられている。
「でも……その前に毒見してみなぁ~い?」
女のヴァンパイアが、フェリオの肩にかかっているピンク色の髪を背後へとそっと払い除けると、赤い舌先を伸ばし剥き出しになったフェリオの首筋を、ぺロリと舐め上げた。
「よさないか。アングラード様に与えるのなら、鮮度を落とすような真似はするな」
もう一人の男のヴァンパイアはそう言いながら、フェリオのミニスカートから伸びている生の両足に、己の両腕を絡み付けて逃走を防いでいた。
が。──ブチッ!!
「……ん? 今何か、聞こえなかった??」
ガルシアが言いながら、左右を見渡す間に、それが何かすぐに勘付いたレオノールが素早く動いて、その三体のヴァンパイアからフェリオを引っぺがし、彼女を連れて戻って来た頃にはもう、フィリップ・ジェラルディンの呪文が早々に唱えられている所だった。
「反転せよそして覆せ邪悪なる存在を導いてゆけ──聖域天界」
すると金と銀の棒状の線が出現したかと思うと、それはビームとなって不規則な動きで目にも留まらぬスピードにて、フィリップを中心にグルリと数周、回った。
しばらく間を置いて、粘着質な音と共にまずは一行の目の前にいたヴァンパイアの体が、目元と胸部と足の付け根との三箇所が斜めに切断され、ずり落ちた。
当然そのヴァンパイアは即死して、ボンと灰となり塵に消える。
「な……、これはイったぃ……!?」
状況をまだ把握しきれない別のヴァンパイアが、そう口にしたが発音がずれているように思われたと同時に、そのヴァンパイアももれなく全身を数箇所切断されていて、やはり先程と同様に灰化して消滅した。
「キャアッ!? あたしまだ死ニタくナい……ッ!?」
残った、フェリオを捕らえていた女のヴァンパイアだったが、逃れられる事無く灰と消えた。
「俺の女に手を出した報いだ……!!」
フィリップはこの上なく冷酷な表情で吐き捨てると、片手を頭上に掲げてからパチンと指を鳴らした。
すると周囲から声にならない短い悲鳴が聞こえたかと思うと、五十体前後のヴァンパイアが一斉に贓物や血肉片をぶち巻きながら、バラバラになって灰化して風と散った。
「スゴ……ッ! 一気にこの場にいたヴァンパイアを全滅させた……!!」
ガルシアは、フィリップが使用した魔法の威力に、愕然となる。
「あいつをキレさせると標的以外、何も視えなくなるからな。気を付けねぇとてめぇまで殺られちまうぜ」
「……肝に銘じておきます……」
フェリオを片手に抱いたまま、そう述べたレオノールの言葉に改めて畏怖を覚えた、ガルシアなのだった。
「まぁ、この様子だと今回のボスまでは、すぐ目の前なのは確かだな」
レオノールが、フェリオをフィリップへと手渡しながら、口にする。
「フィルお兄ちゃん……ありがとう♡」
「フン。礼には及ばん。当然のことをしただけだ」
「はいはい仲良し兄妹、ここに極まり。本命ボスはあの丘の上にある教会だろうから、さっさと行くぞこのリア充野郎共」
兄妹のやり取りを後目に、レオノールは言いながら先を進み始めたが、兄弟どちらへともなく言葉を荒げた。
「だからさっさとライトボール出せよ!!」
「へぇへぇ、女王様の仰せのままに」
フィリップは言いながら、ライトボールを新たに出現させた。
これにもれなく、フェリオも続く。
「リオ。このロイヤルティーのキャンディータイプをお食べ」
ロイヤルティーは、消費したMPを全回復させる。
「ありがとうお兄ちゃん」
フェリオはキャンディーを兄から受け取ると、口の中へと放る。
フィリップも同様に、キャンディーを口に含んだ。
そして一行は丘を登ると、教会を前にした。
「いよいよこの中にいるボスとご対面か」
ガルシアが述べると、レオノールが拳を作って関節を鳴らす。
「どんな奴なのか、楽しみで腕が鳴るぜ……!!」
教会へ静かに入ると、案の定手下のヴァンパイアが襲撃してきた。
そんなヴァンパイアに、フィリップが訊ねる。
「君達は元々何者なの? まさかここの島民ではないよね!?」
すると一人のヴァンパイアが答える。
「フン。こんな小島の住民なわけないだろう。生まれながらの血統種ヴァンパイアだよ!!」
「成る程、そう……だったら遠慮は要らないね……」
言うとフィリップはまるで天使のように、フワリと笑顔を浮かべた──直後開いた双眸が鋭利な光を宿すや、ゆっくりとした口調で述べ始めた。
「汝、祝福されし者。いざ崇高ある魂を召さん。来たれよ聖なる地へ。天は歓迎なされた──聖地への門」
するとアーチ型をした、天使などの彫刻が施された門が床板を破って地面から出現すると、観音開きをした門から黄金の光が放たれる。
これにヴァンパイア達は顔面蒼白になると、次々と逃走を図ったが黄金の触手が無数に伸びてきたかと思うと、その場にいたヴァンパイア達を絡め取り門の中へと引きずり込んだ。
あれだけ絶叫を上げていたヴァンパイア達だったが、門を通過するなりその悲鳴も一緒に飲み込んで、再び門は地中へ沈んでいき何事もなかったかのように静まり返った。
「……みんなどこに……」
唖然とするガルシアへ、フィリップが答えた。
「聖地だよ。良かったねぇ、幸せが約束されたようなものだよ」
「……“魔”属性ヴァンパイアにとっては地獄以上に等しいけどね……」
フェリオが苦笑いをする。
「善か悪かは、天が判別すりゃいいさ。さっさと先に進もうぜ」
レオノールは平然と述べると、歩き始める。
教会を入って右奥に、螺旋階段があった。
「どうせこの上を登りゃあ、そこで気取って待ってやがるぜ」
「でも待ってよレオノール。この階段、地下にまで続いてるよ?」
「ゲッ、マジだ」
下降口を覗き込むフェリオと一緒に、ガルシアも同じく下を覗き込む。
「……どっちが正解だと思う」
レオノールが誰ともなく訊ねると、それに答えたのはフィリップだった。
「さてな……馬鹿と天才は高い所を好むらしいが、何せヴァンパイアって言うなら地下に潜っていてもおかしくはない」
「……二手に分かれてみたら、どう……かな?」
そう言い出したのは、フェリオだった。
「だったら近距離と長距離攻撃をコンビで行かせるぞ?」
レオノールが訊ねる。
「うん。だから、ボクとガル。そしてフィルお兄ちゃんとレオノールで、いいんじゃないかな?」
「何だと……!?」
ピクリと小さく反応するフィリップ。
「問題はどちらが上下を行くか、ですね……」
「俺達が下を行く。お前らは上を行け」
「いきなり先陣切って意見してきましたね……」
「文句があるのか!?」
「いや、全然ありません!!」
「命を懸けてリオを守りきれ。もしリオに何かがあったら、その時は俺が貴様を──いててててっ!!」
「じゃ! お互い健闘を祈るぜ! 後に無事再会をしようぜ!」
レオノールはフィリップの水色の長髪を鷲掴みにし、引っ張りながら言うと階段を下りて行った。
「じゃ、ガル。ボク達も早速行こう!!」
「ああ!!」
フェリオとガルシアは声を掛け合うと、階段を上って行った。
先頭を進んでいたガルシアの頭を、何かが掠めた。
見ると、それは中型犬くらいの大蝙蝠だった。
フェリオの階段を上る足元を照らしていたライトボールが、役目を確認してスイとガルシアの頭上へと移動する。
見るとそこは部屋になっていたが、見渡す限りそこには数匹の大蝙蝠と、ローブを羽織ったスケルトン──リッチがいた。
「この島を占拠しているモンスターのボス、ヴァンパイアって言ってたよね!?」
「ああ。俺はそう聞いてるぜ!!」
フェリオの問いに、ガルシアは剣を構えて答える。
「あの大蝙蝠がそれかな……」
「そのつもりで行こう。油断は禁物だしな」
「じゃあ、それぞれの役割りでよろしく!」
「任せておけって!!」
こうしてフェリオとガルシアは動いた。
フェリオはリッチを、ガルシアは大蝙蝠の相手として。
「たかが小娘一人で我らの相手が出来るかな……?」
「カタカタカタ……」
「我々三人で長々と、この小娘を苦しめて遊ぼう」
そう。リッチは三体いた。
リッチは見る限りスケルトンだが、普通のスケルトンと何が違うかと言うと、言葉を喋り、知情意を持ち、尚且つ魔法を使う、厄介なスケルトンだった。
「へぇ、このボクと渡り合おうってぇの!? 面白いじゃん。三体まとめてかかっておいで!!」
フェリオはリッチ達へ啖呵を切ると身構えた。
「喰らうがいい! 燃え上がれ炎渦!!」
「受け取れ水砲撃!!」
一体のリッチが叫んだ直後、もれなくフェリオも叫んだ。
二人の間で炎と水がぶつかり合い、熱せられた水蒸気となって消えた。
「やるな小娘……」
「こんなの使えて当然っしょ」
売り言葉に買い言葉だ。
「カタカタカタ……」
三対のうち一体は、喋る事無く歯を鳴らすのをその代わりとしているようだ。
なので突然、氷の刃が発生したのに気付くのが一拍遅れて、フェリオは慌てて炎属性魔法を放った。
「燃え上がれ炎渦壁!!」




