story,Ⅸ:救世主からの鎮魂歌
「フィルお兄ちゃん、逃げよう!!」
「……駄目だ」
「ヤダよ! ボクあの人達を殺したくない……!!」
「ならお前はそこで見ていろ。いいかリオ。楽にしてやるという、優しさもある」
フィリップ・ジェラルディンは妹へ諭すように言うと、レオノール・クイン、ガルシア・アリストテレスと共に武器を構えて立ち向かって行った。
グール達は、持っている斧やスコップを振り上げて襲い掛かり、勇者一行とぶつかり合った。
フェリオ・ジェラルディンは顔を両手で覆い、見ないようにそちらから背を向けた。
するとその方向の、3m程離れた所に一人の少年が、立っていた。
これにビクリと体を弾ませるフェリオ。
しかしその少年の目からは、大粒の涙が溢れていた。
「ど……どうか、した……の……?」
おそるおそる、フェリオは少年へ声をかける。
少年は自分の上腕を掴んでいて、その体勢のまま返答してきた。
「体中が、痛くて……」
「あ……」
彼の言葉に、フェリオは気まずさを覚える。
「でも僕は、人肉を食べたくないんだ……今までは死肉を食べて凌いできたけど、君達が姿を現してから全身の痛みが更に激しくなってきて……生者の肉を食べれば楽になるのだろうと、こうして君の背後にそっと忍び寄ってみたけど……やっぱり僕には出来ない」
そう。
理性が残っているというのは、こうした残酷さがあるということだ。
「だから君に頼みたい……お願い。どうか僕を、殺して……」
少年の発言に、フェリオはハッと息を呑む。
「全身が、物凄く痛いんだ……どうか僕を、楽にして欲しい」
これにフェリオは首を横に振りながら、一歩、後ずさる。
「そんな……出来ないよ……」
フェリオは小さな声で述べる。
「お願いだよ……! 何度も試みたけど、体が頑丈になっていて自分では、死ねないんだ……だから君に頼むしか……」
「出来ないよ! だって君は生きて──」
「でも僕はグールだ! 人間を殺してその肉を喰らう!!」
少年の怒声に、フェリオまで大粒の涙を、ポロポロ零した。
「ぅぅぅ……体が、体が痛い……痛いんだ……どうか僕を、助けて……」
少年は両腕で自分を抱き締めると、よろめきながらフェリオへと、歩み寄って来る。
そして、ドシャッと地面にへたりこむと改めて、懇願した。
「こんなに頼んでいるのに! 救済してくれないならお前なんか善人なんかではなく、悪人だ!!」
「悪、人……」
「こんな辛い思いを受け続けるのなら……よっぽど生者を喰らった方が、マシだ!!」
少年は怒鳴ると立ち上がり、フェリオへと向かって来た。
「……死した者の魂を戻し、命を蘇らせたまえ──鎮魂歌」
俯いたままフェリオは、ふいにその魔法の呪文を口走っていた。
白銀の煌きが、少年の全身を包み込む。
「え? ──あ……」
少年が走る速度を緩めて、フェリオの目前で立ち止まった。
「消えた……」
「え……?」
少年の様子に、フェリオは顔を上げる。
「痛みが消えた……! 痛くない!! 人肉への欲求も消えてる!!」
「ホ、本当!?」
「うん!! 君の魔法のおかげだよ!! さすがは勇者ご一行だ!!」
これにフェリオは背後を振り返り、声の限りに叫んだ。
「みんな待ってーっ!! その人達を助けられる!! 助けられるんだーっ!!」
フェリオの悲鳴に近い言葉に、三人は戦う手を止める。
彼女の言葉に、もれなく彼らを相手にしていたグール達さえも、動きを止める。
「え……? 助けられる……?」
「私達を……?」
グール達が口々に言う。
「今みんなを助けるから!!」
フェリオはみんなの元へと駆け込んで来ると、改めて一人ずつにレクイエムの魔法をかけた。
これに今しがたまでグールであった島民達が、至極喜悦を露わにする。
「痛みが消えた……!」
「普通の人間に戻れたって事……?」
「これでもう、人肉を喰らわずに済む……!!」
「ありがとうお嬢さん……!」
「こんなに嬉しい事はない……!!」
人々は歓喜に満ちていた。
「よくやった、リオ」
フィリップは言うと、フェリオの頭にポンポンと優しく手を置く。
これにフェリオは悦に入った。
「あなたは、我々の救世主だ……!!」
「ありがとう、救世主のお嬢さん!!」
人々は皆、フェリオと固い握手を交わす。
「勇者と救世主か。良かったなリオ」
レオノールも笑顔でフェリオの肩を、優しく二度叩いた。
「どうしてか、自然とこの魔法の呪文が脳裏に浮かんだから、口走ってみたら成功出来て、だから偶然だよ~!」
今度は照れながら、フェリオは述べる。
「喜ぶのはいいが、そうと分かったのなら一人でも多くのグールを助けるぞ。ミス救世主」
兄の言葉に、フェリオは胸を張って首肯した。
「うん!!」
こうして改めて、フィリップとレオノールとガルシアの三人と共に、住宅地の奥へと歩を進めた。
「すみませーん! グールの皆さーん! いたら出てきてくださーい!!」
フェリオが通りを歩きながら、大声で呼びかける。
するとザワザワと、家屋から次々にグールが出て来た。
「人肉……」
「人肉の臭いだ……」
「お前らの肉を、喰わせろーっ!!」
姿を現した数人のグール達に、思わず怯むフェリオ。
「ヤバイ! 一気に来た!! 一人ずつでしか対応出来ないよ!!」
フェリオは焦る。
「呪文の範囲を広げてみろ!!」
「範囲……!? えっと、えっと……!!」
フィリップに怒鳴られ、必死にフェリオは頭脳をフル回転させると、唱え始めた。
「死した皆の魂を戻し全ての命を蘇らせたまえ──全能なる鎮魂歌!!」
するとフェリオを中心に、超広範囲に白銀の光が放たれた。
漆黒の闇を、聖なる輝きが劈く。
その光は、数々の家屋の窓にも差し込んだ。
勇者一行へ向かって来ていたグール達も、その眩しさに腕で目元を覆って顔を背ける。
光は川の流れのように、帯となってそれぞれの通りを駆け抜けていく。
──レクイエム。
それは“生命復活”の魔法だった。
完全に肉体を失っている相手には無駄だが、グールのような存在であれば、効果は抜群だった。
「凄いボク……こんな高レベルの白魔法、使えるようになってる……!!」
「さすが救世主」
白銀に光り輝きながら、己の高度な魔法成功に驚愕するフェリオへ、冷静沈着にフィリップが述べる。
「これだけの効果なら、この町全てのグールを助けられるかも!?」
少し興奮気味で発言するガルシアに、レオノールも続く。
「いや、もう一息だ。フィル、お前も同じ魔法を繰り出して加勢しろ」
「了解、女王様。……死した皆の魂を取り戻し全ての命を蘇らせたまえ──全能なる鎮魂歌」
これにより今度は、フィリップも白銀の光を放って、町中にそれを流出させる。
よってこの町全てが暗闇の中、真昼のように光り輝いた。
家屋から次から次へとグール達が、驚愕しながら飛び出してくる。
そしてまるで貪るかのように、皆々は自然と光を全身に浴び始めた。
「ジェラルディン兄妹……まさに神々しいな」
レオノールが静かに呟く。
気付くと、町のグール……いや、もう人間に戻った人々、皆が皆全て一斉に兄妹へと跪き、指を組み合わせていた。
「おかげで飢餓感が消えました……!」
「あんなに生きた人肉が食べたいという欲求も、嘘のようになくなった……!!」
「全身の痛みも消えた……まるで初めからグールになどなっていなかったかのように……!!」
「ありがとう! ありがとうございます……!!」
「あなた方は本当に本当に、我々にとって救世主だ……!!」
「感謝してもしきれません!!」
「あなた方は一体、何者なのですか!?」
レクイエムの光が収まった頃には、勇者一行の周囲はぐるりと町の人々跪き、手を組んで取り囲んでいた。
これに、レオノールが一歩前に進み出て声高らかに、述べた。
「このダークエルフの少年は、勇者だ!!」
これに皆、驚愕と感謝でざわめく。
「そしてこの二人はこの度新たに、救世主となった兄妹だ!!」
レオノールは言うと、ガルシア、フェリオ、フィリップを一歩前へと、突き出した。
「おお……!!」
「我らが勇者よ……!!」
「救世主よ……!!」
「感謝致します……!!」
こうして人間に戻った人々へと、レオノールが改めて述べた。
「この闇はまだ明けない! よって、家屋で火を焚いて少しでも灯りを、広場では巨大篝火を焚いて、火を絶やさぬようにしろ!!」
そうして改めて、先へ進もうと歩き出した一行を、一人の人物が呼び止める。
「あなた方は、次はどこへ……?」
「この島を占拠しているであろう、モンスターのボスの所へ行く」
フィリップが答える。
「どうかご無事で……!」
「ああ」
フィリップはその一言だけ、ぶっきら棒に述べてから再度、前進を開始した。
「アングラード様!!」
「一体何だ、騒々しい」
教会にて、鮮血の沐浴中である男へ、一人の手下が駆け込んできて跪いた。
「はっ! それが、グールにした島民達が皆、人間に戻っております!!」
「……何故解かる?」
「町の周辺全てが篝火で包囲して、モンスターの侵入を受け付けなくしておりまして……グールであればこのような行為は決して行わないゆえ……!」
「ふむ。それは確かに」
アングラードは首肯すると、ザバリと鮮血のバスタブから立ち上がった。
「何者の仕業なのか確認次第、報告しろ」
「は!」
手下は頭を下げると、その場を早々に後にした。
「フィルお兄ちゃん! レクイエム魔法使えたのなら、どうして早く使用しなかったんだよ!?」
フェリオが立腹顔で、兄へと詰め寄った。
「だって、僕は元来、黒魔法使いだからね。白魔法を新たに発案出来るのはリオ、お前にしか出来ないんだよ」
フィリップが平然と述べる。
「え? そうなの??」
「そう。だから僕は、レクイエムの複数系の発案をせかしたでしょ? そして僕は、お前が発案した白魔法の呪文を頼りに、そこで初めて使用可能になるの」
「あ……そうだったんだ……」
フェリオの中で膨らんでいた、堪忍袋がみるみるしぼんでいった。
「確かに僕と同化した本来の裏人格ではあるけれど、簡単に人間を殺す程残忍ではないよ。だってこの主人格である僕から生まれた人格なのだからね」
「ごめん……お兄ちゃんに不審抱いちゃって……」
「理解出来たのなら、別に構わん」
フェリオの言葉に、フィリップは裏人格口調で言い返してからニコリと、柔和に微笑んだ。
そんな中で、ガルシアが口を開く。
「あの丘にある建物は何だろう?」
ライトボールの光でかすかに闇の中、浮かび上がっている建物を指差す。
「そうだな。行ってみるか」
レオノールが述べた時、どこからともなく声が聞こえてた。
「その必要はない」
「お前らはここで人間、やめるのだから」
「何も気にしなくていい」
複数の言葉に、四人はすぐさま戦闘態勢に入る。
「クックク……なかなか美味そうな人間達じゃないか……」
「ダメダメ……私達が味わう前に、アングラード様にご提供しなければ」
「お前達は何者だ!!」
ガルシアが声を大にして訊ねる。
「我々は……ヴァンパイアだよ」
闇の中からの、勝ち誇った調子の言葉。
暫しの沈黙。
「──だったら恐れる必要ないよ。このライトボールは白魔法で、太陽と同じ意味合いも兼ねてるから、ね……──」
フィリップが笑顔で述べていると直後、そのライトボールがパンと音を立てて消滅してしまった。
「我々の力量を安々と舐めないでもらおうか」
そう闇が、語りかけてきた……。




