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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第十一章:動き始めた魔王軍編
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story,Ⅸ:救世主からの鎮魂歌




「フィルお兄ちゃん、逃げよう!!」


「……駄目だ」


「ヤダよ! ボクあの人達を殺したくない……!!」


「ならお前はそこで見ていろ。いいかリオ。楽にしてやるという、優しさもある」


 フィリップ・ジェラルディンは妹へ諭すように言うと、レオノール・クイン、ガルシア・アリストテレスと共に武器を構えて立ち向かって行った。

 グール達は、持っている斧やスコップを振り上げて襲い掛かり、勇者一行とぶつかり合った。

 フェリオ・ジェラルディンは顔を両手で覆い、見ないようにそちらから背を向けた。

 するとその方向の、3m程離れた所に一人の少年が、立っていた。

 これにビクリと体を弾ませるフェリオ。

 しかしその少年の目からは、大粒の涙が溢れていた。


「ど……どうか、した……の……?」


 おそるおそる、フェリオは少年へ声をかける。

 少年は自分の上腕を掴んでいて、その体勢のまま返答してきた。


「体中が、痛くて……」


「あ……」


 彼の言葉に、フェリオは気まずさを覚える。


「でも僕は、人肉を食べたくないんだ……今までは死肉を食べて(しの)いできたけど、君達が姿を現してから全身の痛みが更に激しくなってきて……生者の肉を食べれば楽になるのだろうと、こうして君の背後にそっと忍び寄ってみたけど……やっぱり僕には出来ない」


 そう。

 理性が残っているというのは、こうした残酷さがあるということだ。


「だから君に頼みたい……お願い。どうか僕を、殺して……」


 少年の発言に、フェリオはハッと息を呑む。


「全身が、物凄く痛いんだ……どうか僕を、楽にして欲しい」


 これにフェリオは首を横に振りながら、一歩、後ずさる。


「そんな……出来ないよ……」


 フェリオは小さな声で述べる。


「お願いだよ……! 何度も試みたけど、体が頑丈になっていて自分では、死ねないんだ……だから君に頼むしか……」


「出来ないよ! だって君は生きて──」


「でも僕はグールだ! 人間を殺してその肉を喰らう!!」


 少年の怒声に、フェリオまで大粒の涙を、ポロポロ零した。


「ぅぅぅ……体が、体が痛い……痛いんだ……どうか僕を、助けて……」


 少年は両腕で自分を抱き締めると、よろめきながらフェリオへと、歩み寄って来る。

 そして、ドシャッと地面にへたりこむと改めて、懇願した。


「こんなに頼んでいるのに! 救済してくれないならお前なんか善人なんかではなく、悪人だ!!」


「悪、人……」


「こんな辛い思いを受け続けるのなら……よっぽど生者を喰らった方が、マシだ!!」


 少年は怒鳴ると立ち上がり、フェリオへと向かって来た。


「……死した者の魂を戻し、命を蘇らせたまえ──鎮魂歌(レクイエム)


 俯いたままフェリオは、ふいにその魔法の呪文を口走っていた。

 白銀の煌きが、少年の全身を包み込む。


「え? ──あ……」


 少年が走る速度を緩めて、フェリオの目前で立ち止まった。


「消えた……」


「え……?」


 少年の様子に、フェリオは顔を上げる。


「痛みが消えた……! 痛くない!! 人肉への欲求も消えてる!!」


「ホ、本当!?」


「うん!! 君の魔法のおかげだよ!! さすがは勇者ご一行だ!!」


 これにフェリオは背後を振り返り、声の限りに叫んだ。


「みんな待ってーっ!! その人達を助けられる!! 助けられるんだーっ!!」


 フェリオの悲鳴に近い言葉に、三人は戦う手を止める。

 彼女の言葉に、もれなく彼らを相手にしていたグール達さえも、動きを止める。


「え……? 助けられる……?」


「私達を……?」


 グール達が口々に言う。


「今みんなを助けるから!!」


 フェリオはみんなの元へと駆け込んで来ると、改めて一人ずつにレクイエムの魔法をかけた。

 これに今しがたまでグールであった島民達が、至極喜悦を露わにする。


「痛みが消えた……!」


「普通の人間に戻れたって事……?」


「これでもう、人肉を喰らわずに済む……!!」


「ありがとうお嬢さん……!」


「こんなに嬉しい事はない……!!」


 人々は歓喜に満ちていた。


「よくやった、リオ」


 フィリップは言うと、フェリオの頭にポンポンと優しく手を置く。

 これにフェリオは悦に入った。


「あなたは、我々の救世主だ……!!」


「ありがとう、救世主のお嬢さん!!」


 人々は皆、フェリオと固い握手を交わす。


「勇者と救世主か。良かったなリオ」


 レオノールも笑顔でフェリオの肩を、優しく二度叩いた。


「どうしてか、自然とこの魔法の呪文が脳裏に浮かんだから、口走ってみたら成功出来て、だから偶然だよ~!」


 今度は照れながら、フェリオは述べる。


「喜ぶのはいいが、そうと分かったのなら一人でも多くのグールを助けるぞ。ミス救世主」


 兄の言葉に、フェリオは胸を張って首肯した。


「うん!!」


 こうして改めて、フィリップとレオノールとガルシアの三人と共に、住宅地の奥へと歩を進めた。


「すみませーん! グールの皆さーん! いたら出てきてくださーい!!」


 フェリオが通りを歩きながら、大声で呼びかける。

 するとザワザワと、家屋から次々にグールが出て来た。


「人肉……」


「人肉の臭いだ……」


「お前らの肉を、喰わせろーっ!!」


 姿を現した数人のグール達に、思わず怯むフェリオ。


「ヤバイ! 一気に来た!! 一人ずつでしか対応出来ないよ!!」


 フェリオは焦る。


「呪文の範囲を広げてみろ!!」


「範囲……!? えっと、えっと……!!」


 フィリップに怒鳴られ、必死にフェリオは頭脳をフル回転させると、唱え始めた。


「死した皆の魂を戻し全ての命を蘇らせたまえ──全能なる鎮魂歌レクイエムオールマイティー!!」


 するとフェリオを中心に、超広範囲に白銀の光が放たれた。

 漆黒の闇を、聖なる輝きが(つんざ)く。

 その光は、数々の家屋の窓にも差し込んだ。

 勇者一行へ向かって来ていたグール達も、その眩しさに腕で目元を覆って顔を背ける。

 光は川の流れのように、帯となってそれぞれの通りを駆け抜けていく。

 ──レクイエム。

 それは“生命復活”の魔法だった。

 完全に肉体を失っている相手には無駄だが、グールのような存在であれば、効果は抜群だった。


「凄いボク……こんな高レベルの白魔法、使えるようになってる……!!」


「さすが救世主(メシア)

 

 白銀に光り輝きながら、己の高度な魔法成功に驚愕するフェリオへ、冷静沈着にフィリップが述べる。


「これだけの効果なら、この町全てのグールを助けられるかも!?」

 

 少し興奮気味で発言するガルシアに、レオノールも続く。


「いや、もう一息だ。フィル、お前も同じ魔法を繰り出して加勢しろ」


「了解、女王様。……死した皆の魂を取り戻し全ての命を蘇らせたまえ──全能なる鎮魂歌レクイエムオールマイティー

 

 これにより今度は、フィリップも白銀の光を放って、町中にそれを流出させる。

 よってこの町全てが暗闇の中、真昼のように光り輝いた。

 家屋から次から次へとグール達が、驚愕しながら飛び出してくる。

 そしてまるで貪るかのように、皆々は自然と光を全身に浴び始めた。


「ジェラルディン兄妹……まさに神々しいな」


 レオノールが静かに呟く。

 気付くと、町のグール……いや、もう人間に戻った人々、皆が皆全て一斉に兄妹へと跪き、指を組み合わせていた。


「おかげで飢餓感が消えました……!」


「あんなに生きた人肉が食べたいという欲求も、嘘のようになくなった……!!」


「全身の痛みも消えた……まるで初めからグールになどなっていなかったかのように……!!」


「ありがとう! ありがとうございます……!!」


「あなた方は本当に本当に、我々にとって救世主だ……!!」


「感謝してもしきれません!!」


「あなた方は一体、何者なのですか!?」


 レクイエムの光が収まった頃には、勇者一行の周囲はぐるりと町の人々跪き、手を組んで取り囲んでいた。

 これに、レオノールが一歩前に進み出て声高らかに、述べた。


「このダークエルフの少年は、勇者だ!!」


 これに皆、驚愕と感謝でざわめく。


「そしてこの二人はこの度新たに、救世主となった兄妹だ!!」


 レオノールは言うと、ガルシア、フェリオ、フィリップを一歩前へと、突き出した。


「おお……!!」


「我らが勇者よ……!!」


「救世主よ……!!」


「感謝致します……!!」


 こうして人間に戻った人々へと、レオノールが改めて述べた。


「この闇はまだ明けない! よって、家屋で火を焚いて少しでも灯りを、広場では巨大篝火を焚いて、火を絶やさぬようにしろ!!」


 そうして改めて、先へ進もうと歩き出した一行を、一人の人物が呼び止める。


「あなた方は、次はどこへ……?」


「この島を占拠しているであろう、モンスターのボスの所へ行く」


 フィリップが答える。


「どうかご無事で……!」


「ああ」


 フィリップはその一言だけ、ぶっきら棒に述べてから再度、前進を開始した。




「アングラード様!!」


「一体何だ、騒々しい」


 教会にて、鮮血の沐浴中である男へ、一人の手下が駆け込んできて跪いた。


「はっ! それが、グールにした島民達が皆、人間に戻っております!!」


「……何故解かる?」


「町の周辺全てが篝火で包囲して、モンスターの侵入を受け付けなくしておりまして……グールであればこのような行為は決して行わないゆえ……!」


「ふむ。それは確かに」


 アングラードは首肯すると、ザバリと鮮血のバスタブから立ち上がった。


「何者の仕業なのか確認次第、報告しろ」


「は!」


 手下は頭を下げると、その場を早々に後にした。




「フィルお兄ちゃん! レクイエム魔法使えたのなら、どうして早く使用しなかったんだよ!?」


 フェリオが立腹顔で、兄へと詰め寄った。


「だって、僕は元来、黒魔法使いだからね。白魔法を新たに発案出来るのはリオ、お前にしか出来ないんだよ」


 フィリップが平然と述べる。


「え? そうなの??」


「そう。だから僕は、レクイエムの複数系の発案をせかしたでしょ? そして僕は、お前が発案した白魔法の呪文を頼りに、そこで初めて使用可能になるの」


「あ……そうだったんだ……」


 フェリオの中で膨らんでいた、堪忍袋がみるみるしぼんでいった。


「確かに僕と同化した本来の裏人格ではあるけれど、簡単に人間を殺す程残忍ではないよ。だってこの主人格である僕から生まれた人格なのだからね」


「ごめん……お兄ちゃんに不審抱いちゃって……」


「理解出来たのなら、別に構わん」


 フェリオの言葉に、フィリップは裏人格口調で言い返してからニコリと、柔和に微笑んだ。

 そんな中で、ガルシアが口を開く。


「あの丘にある建物は何だろう?」


 ライトボールの光でかすかに闇の中、浮かび上がっている建物を指差す。


「そうだな。行ってみるか」


 レオノールが述べた時、どこからともなく声が聞こえてた。


「その必要はない」


「お前らはここで人間、やめるのだから」


「何も気にしなくていい」


 複数の言葉に、四人はすぐさま戦闘態勢に入る。


「クックク……なかなか美味そうな人間達じゃないか……」


「ダメダメ……私達が味わう前に、アングラード様にご提供しなければ」


「お前達は何者だ!!」


 ガルシアが声を大にして訊ねる。


「我々は……ヴァンパイアだよ」


 闇の中からの、勝ち誇った調子の言葉。

 暫しの沈黙。


「──だったら恐れる必要ないよ。このライトボールは白魔法で、太陽と同じ意味合いも兼ねてるから、ね……──」


 フィリップが笑顔で述べていると直後、そのライトボールがパンと音を立てて消滅してしまった。


「我々の力量を安々と舐めないでもらおうか」


 そう闇が、語りかけてきた……。




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