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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第十一章:動き始めた魔王軍編
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story,Ⅷ:嘗て人間だったモノ



 こうして改めて、成人体型延長の魔法を兄からかけられたフェリオ・ジェラルディンは、24時間成人体型を保てるようになった。


「あれ? でもどうしてボク、成人体型延長されたの? 子供体型だと黒魔法が使える意味では、バトル向けだろうに」


 フェリオはそう言って、フィリップ・ジェラルディンへと振り返る。

 妹に貸していたマントを、身にまとい直していたフィリップは、サラリと答えた。


「だって、いざとなったら召喚霊の方が最強でしょ。子供体型では召喚術使えないじゃない」


「それもそうだ」


 レオノール・クインも納得する。


「この島一つ分を占拠しているモンスター達と渡り合うのなら、確かに召喚霊の力が必要そうだね」


 ガルシア・アリストテレスも賛同する。


「しかし問題はもう一つある。ここまで戦ってきた感じだとこの闇……おそらく対峙するモンスターのほぼ全てが、死人系だ。リオ、それでもお前は大丈夫か」


 レオノールが、鋭くフェリオの弱点を指摘する。

 これに思わず、ついフェリオはビクリとする。


「が、ががが……頑張る……」


「……その様子じゃ信用出来ねぇな……」


 レオノールは言うと、自分の荷物から一冊の黒いファイルを取り出した。

 そして、ペラペラとページをめくっていくと、クリアポケットの中から、一枚の青い札を取り出した。


「こいつはな。“乗り越えし札”っつって、その人の弱点を24時間だけ、克服させる事が出来る。これをお前に、使用する。いや、使用させてくれ! でないとバトルの足手まといになるからな」


「すみません。お願いします」


 レオノールの懇願めいた言葉に、フェリオも察して素直に頭を下げた。

 レオノールはフェリオの、衣服ががら空きになっているウエストの地肌に、ペタリと貼り付けた。


「……こんなんでボク、死人への恐怖心、克服出来たの?」


「まぁ、次エンカウントした時に実感出来るだろうよ」


 何も変化を感じないフェリオへと、レオノールは荷物へファイルを片付けながら答えた。


「それじゃあ、先へ進もうか」


「目標はどこですか?」


 フィリップの言葉に、ガルシアが尋ねる。


「ないよ」


「えっ!?」


「突き進むだけ突き進んで、この島内のモンスターを全滅させればきっと、本命のボスが出て来るのを、目標にするかな」


「なら、長期戦になりますね」


「いや。そうならないようにする。だってリオの成人体型の効果時間が24時間しかないからね」


 そう言ったフィリップの穏和な表情が、冷酷なものに変わった。


“あ、魔王ヴァージョンの顔だ……この人なら本当にやれそう”


 内心密かに、ガルシアは思うのだった。



 二つのバスケットボール大のライトボールに照らされながら、暗闇を割いて行く。

 軽く13㎡の広さはある明るさだ。

 仮に不意打ちでモンスターから襲われても、この明るさなら充分離れた位置から気付く事が出来るし、間合いに入り込まれる心配もない。

 前進していると、呻き声と共に何かを引き摺る音が、聞こえてきた。


「またゾンビかぁ!? あいつら腐敗して蛆虫湧いてるから、苦手なんだよな」


 ガルシアが言いながら、剣を構える。

 しかし光の中に入ってきたのは、全身を包帯に巻かれている──ミイラだった。

 これへ咄嗟に、フェリオが叫んだ。


「大して変わらーんっ!!」


 そうして兄から渡されていた杖のヘッドで、渾身の一撃をミイラの頭に放ちかっ飛ばした。


「おお。クリティカルヒット」


 感心するレオノールの言葉と共に、そのミイラは頭を失ったせいもあり立ち崩れて、動かなくなった。

 するとそれを合図のように、次々と数多くのミイラが光の中へとなだれ込んできた。


「唸れ烈火!!」


 咄嗟に呪文不要の火属性魔法を、フィリップが放つ。

 これにより、前列にいた5~6体のミイラが火だるまとなり、もがき暴れてやがてくず折れる。


「こいつら、集団行動が好きみてぇだな。喰らえ! 電光石火!!」


 レオノールは言うと、ミイラの隙間を縫うようにして、目にも留まらぬ攻撃を与えていった。


「暗殺斬り」


 ガルシアもそう口にして剣──“破壊者(デストロイヤー)”を振るう。

 一振りしただけで、一気に横一列のミイラ複数体をなぎ払う事が出来た。


「この私にぃ~……っ、さぁわるなぁーっ!!」


 フェリオは怒声を上げながら、杖のヘッドを振り回す。

 その度にミイラの頭部や顔面などがもげたり、陥没して倒されていった。


「レオノールさん。あの札、弱点克服でしたよね? 何か、リオいつも以上にパワーアップしてません?」


「多分……非力と言う弱点までもがプラスに働いちまってっかなぁ~?」


「俺は戦力にさえなれば、それでも一向に構わん」


 ガルシアとレオノールの会話に、フィリップが口を挟む。


「後々、筋肉痛が心配なだけだな」


 レオノールは半ば、愉快げに言った。

 


 そして向かい来るミイラを全て倒しきった頃。


「いったたたた……」


「何だ。もう早速、筋肉痛かよ」


「うん……みたい。全身の筋肉が、バッキバキ」


 フェリオは、レオノールへと答える。


「魔攻を使えば良かったものを」


 ガルシアが指摘する。


「確かにそう言われると、そうなんだけどとても冷静じゃいられなくて……戦闘願望みたいな感じ?」


「何だその結婚願望みたいなニュアンスは」


 フェリオの返答に、ガルシアがツッコミを入れる。

 一行は再び、あてどもなく暗黒の島内を彷徨うように、歩き始める。


「ほらリオ。これでもお食べ」


 フィリップが、オールドフルーツ(体力全回復)のグラノーラを一袋、フェリオへと差し出した。


「ありがとぉ~! フィルお兄ちゃん……!!」


 フェリオは兄からそれを受け取ると、半ば感涙しながらそれを食べ始める。


「腹減ってたんだな」


「何せ大食いだしね」


 レオノールとガルシアが述べる。


「もちろん、レオノールとガルもね」


 そう言ってフィリップは、二人へスティックバータイプのオールドフルーツを手渡した。

 二人は、フィリップも含めてだが、フェリオが召喚霊入手中に大多数のスケルトンとも戦っているのだ。

 疲弊して当然だった。

 皆はオールドフルーツを食し、すっかり体力全回復したところで、村なのか町なのか、数多くの家屋が立ち並ぶ場所へと出た。


「ねぇ、もしかしたら誰か、生き残りとかいるかも知れないよ!?」


 フェリオが笑顔を見せる。


「うーん……でも、そう安直に楽観視して良い物かどうかは(いささ)か、疑問だなぁ僕」


「ああ。俺も同意だ。まるで生者の気配が感じられない」


 フィリップの言葉に続いて、レオノールもそう返答する。


「何せ島全てが暗闇だから、そうだとしても判断しづらいだろうなぁ」


 ガルシアがそう口にした時、ライトボールが照らす光の先、境界線付近の薄暗さの中で、こちらへと背を向けて蹲っている者がいた。

 何やら、モゾモゾと動いている。


「あれって、ゾンビかな……?」


 訊ねるフェリオに、フィリップは微笑を返すとそれに向かって、声をかけた。


「すみませーん! この島の人ですかぁー?」


 すると、彼の声にピクリと反応して何やらゴソゴソと動くと、一行へと振り返った。


「はい。そうです」


 そう答えたのは、若い女性だった。


「ほら! 声をかけて良かったでしょ!? 生存者だよ!!」


 フェリオは飛び上がって喜ぶと、その人物へと駆け寄った。


「大丈夫ですか!? ボクらが来たからには、もう安心して……あ、お怪我をしていますね。口元に血が……」


 フェリオに指摘され、女は慌てて服の袖で口元を拭った。


「あれ? 怪我はしていな、い……」

 

 その拍子に、ボトリと女の背後に回していた手から、何かが足元へ落下する。

 見ると、人の腕だった。


「え……?」


「下がれリオッ!!」


 同時に、フィリップが地を蹴って妹の元へ駆け寄ると、フェリオを自分の背後へと隠す。


「お前は何者だ。本当にここの島民か!?」


「ええ、そうよ。確かにあたしはここの住民よ」


 女はケロリと答える。


「じゃあ、この人間の腕はどうした!? ここで何をしていた!!」


「何よガミガミうるさいなぁ! あたしはただ、食事をしていただけじゃない!!」


 女は反抗的な態度で落下した腕を拾い上げると、改めてかぶりついた。


「リオ。こいつから離れてろ」


 フィリップからの言葉に従い、フェリオはレオノールとガルシアの元へと、駆け戻った。


「貴様はグールだな……!? 詳細な事情を説明してもらおうか」


「解からない」


「何だと……!?」


「朝目を覚ましてから、強烈な空腹を感じて、気が付いたら墓地にいた。埋葬されている死肉を食べようと思って。でももう既に込み合っていたから、あたしは宿屋に泊まっている旅人を殺して、その肉を……なぜ普通の食糧を受け付けなくなったのか、まるで解からないのよ……食べないと、体中が激しく痛むの。我慢出来ないくらい……だから──お前もあたしに喰われろおおぉぉーっ!!」


 女は叫ぶと、フィリップへと襲い掛かった。


「凍れ氷結拷問(フローズン)


 フィリップは冷静に、自分へと飛びかかってきた瞬間の女を、魔法で凍死させた。

 女はそのままの体勢で凍りつき、命尽きていた。


「感謝するんだな。これでも穏便に済ませてやった事を。本当なら苦痛を永らえさせる為に、焼き殺しても良かったがそれを妹に見せるのは心に毒だからな。じゃあな」


 フィリップは言うと、人差し指で凍った女を押し退ける。

 すると凍った女は倒れた拍子に、バラバラに砕け散ってしまった。


「厄介な事実がこれで判明したな。この島を乗っ取ったモンスターのボスは、ここの島民を殺すだけじゃなく、モンスターにしている。おそらくは、今まで倒してきたゾンビやスケルトンもそうだったのかも知れない」


「フィルお兄ちゃん……グールって、確か……」


「ああ。知っての通りだ。死人でも生者でもない……人間の死肉か生者の肉を喰らわなければ、全身に激痛が走るという、扱い辛いモンスターだ」


「つまり、人としての理性が残っている、ゾンビみたいなものか……」


 レオノールも腕を組んで、ふむと黙考する。


「でも、人を喰らう意味では妥協も同情も出来ないしなぁ……」


 ガルシアが片腕を組み、頬杖を付く。


「ボク……ボク出来ない……グールを倒すなんて……だって元々ボクらと同じ人間でしょ……?」


「甘いぞリオ。今言ったように、これまで倒してきた死霊やゾンビ、スケルトンにミイラも元を辿れば全て人間だ」


「……そう、だけど……理性がある意味では、やっぱり向き合い方が違うよ……」


「ハァ~……ったく。やれやれだな。そうなると俺は、お前のガード役に回るしかないだろう」


 フィリップは頭を片手で抱える。

 これにレオノールがケロリと言った。


「大丈夫だ安心しろ。お前がいなくても俺らだけで充分戦える」


「あ~あ。それは何より」


 レオノールの無神経な発言に、フィリップは呆れ果てながら吐き捨てた。

 グールは人間を喰らう以外は、極々普通の人間──いや、グールだ。

 洗濯や掃除、排便、趣味などを、普段は行う種族だ。 

 だからこそ、余計にやりにくいのだった。

 ここに来て初めてフェリオは、バトルへの意気込みが湧かなかった。


「ガルの言った事、忘れるな。グールに妥協も同情も禁物だ。でなければいずれそれが跳ね返って、自分に戻ってくる。よぉく、覚えておけ」


「……」


 兄の厳しい言葉に、フェリオはしょげ返る事しか出来なかった。

 ひとまず前進すると、通りの右手に広い墓地があり、人が──いや、グールが10人前後群がっていた。

 すると、その中の一人がふいに頭を上げた。

 クンクンと、空気の臭いを嗅ぎ始める。


「臭う……臭うぞ。生者の臭いだ……」


「え? 生者の……!?」


「死肉よりも生者の肉の方が、全身の激痛がしばらく治まる……どこだ。どこにいる!?」


 集団は、周囲を見渡して100m先にいる一行に気付くや、疾駆して立ち向かって来た……。




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