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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第十一章:動き始めた魔王軍編
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story,Ⅶ:六体目の召喚霊



 月明かりに包まれたフェリオ・ジェラルディンの体が、ムクムクと大きくなっていったかと思うと、弾けた光の中から成人体型の彼女が姿を現した。


「成る程。こうして成長するわけか」


 ガルシア・アリストテレスは言いながら、物珍しそうにフェリオを見回す。


「ちょ……っ、ガル、あんまり見つめてこないでよね!」


「え? 何で」


 フェリオの言葉に、ガルシアはキョトンとする。

 そんな彼に、レオノール・クインがポンと肩に手を置いて言った。


「それはな。今のリオのマントの下は、半裸姿だからだ」


「半、裸……ああ! だからフィリップさん、リオにマントを被せたのか!」


「理解出来たなら、俺の妹からさっさと目を背けろ小僧」


 フィリップに威嚇され、ガルシアは慌てふためきながらフェリオから、視線を逸らした。

 そして、再度ガルシアは改めて呟く。


「リオが半裸の女体……」


 直後。


「おいガル。お前鼻血垂れてんぞ」


 レオノールに指摘されガルシアは、鼻を拭うとべったりと手の甲に血が付いていた。


「貴様っ! 一体何を想像した!!」


「リオの半裸の女体姿を……いや、そのっ! あわわわ……!!」


 こうして大股で歩み寄られたフィリップから、ガルシアは頭にゲンコツを喰らうのだった。


「さぁ、行って来いリオ」


 兄から送り出されてフェリオは、神殿へと一歩踏み出してからクルッと背後を振り返ると、一言吐き捨てた。


「ガルのエッチ」


 そうしてフェリオは、神殿の中へと姿を消した。

 それを見送ってから、フィリップとレオノールは改めてガルシアを見やると、更に彼の鼻血の量が増えていた。


「ガル、貴様……っ!!」


「まぁまぁ、フィル。分かってやれ。ガルは今、お年頃なんだ」


 拳を振るわせるフィリップへ、レオノールが宥める。


「チッ……このムッツリスケベが」


「だっ! 誰がムッツリですか!!」


 フィリップの言葉に、ガルシアが反論した時だった。

 ガシャ、ガシャ、という音が近付いて来た。

 三人は意識を集中させる。

 すると暗闇の中から、全身骸骨が姿を現した。


「今度はスケルトンか」


 フィリップが嘆息吐く。


「こいつらは、しつこいから嫌いだ」


「確かに」


 レオノールの発言に、ガルシアも鼻血を拭いながら、同意する。


「ひとまず、粉々に砕くまで!!」


 フィリップの掛け声に合わせて、レオノールとガルシアも攻撃を開始した。

 それぞれの関節を折るだけでは、スケルトンは倒せない。

 またすぐに、関節を繋げて復活してくるからだ。

 よって目標は、完全なる複雑骨折。

 フィリップは杖で、レオノールはナックルで、ガルシアは剣で、スケルトンへと挑みかかるのだった。


 


 両脇には、パルテノン神殿のようなコリント式の柱が並び、そこを抜けると壁のないタイルのみが地面に敷かれた通路。

 そしてようやく、神殿の入り口を前にする。

 まずは6段、そして踊り場を進み次に14段の階段を上って、高みにある神殿の中へと入った。

 手前には三角形、奥の方はドーム型の天井をしている。

 中も、両脇に柱が並んでいて、アーチ型の壁を支えている。

 思った以上に、長距離な神殿を進んで行くと、10段程の階段を上がる。

 そこには、白亜の女神像があった。

 アーチ状の窪みの中で、片足を屈折させ左手は胸元に、右手はまるで頬杖するかのような姿勢の、佇まいをしていた。

 フェリオは手を伸ばし、そっと女神像に触れてみた。

 するとそこが温かくなり、色が拡がっていった。


『私を、呼びましたか』


 台座から、石像だった女性がフェリオへと、穏和な口調で声をかけてきた。

 これにフェリオは、姿勢を正す。

 彼女はキトーン衣服を身にまとい、眩いばかりの美しい白金髪(プラチナブロンド)を尻より下まで長く、伸ばしている。


『貴女は、召喚術士ですね……もう長い事、頼りにされた事はありませんでしたが』


「私はまだ召喚術士として未熟なので、選択してくれているのは兄です」


『そう……お兄様が。どうして、この私を』


「それは……解かりませんが、意味はあると思います」


『解から……な、い……』


「……はい」


『貴女は解からないのに、この私を迎えに……いえ、“入手”しに来たのですか』


「……はい」


 すると、彼女の顔から笑みが消えた。


『貴女にきっと、私は必要ありません』


「え?」


『誰かに言われて召喚霊を入手する理由なら、私は貴女に馴染まないでしょう』


「え!?」


『私は、本当に心から自分を必要としてくれる召喚術士にしか、心を開きません』


「ええっ!?」


 彼女は言って腕組みをし、プイとそっぽ向いてしまった。

 そんな彼女の反応に、フェリオは驚愕する。


“どどどど、どうしよう……っ! 機嫌を損ねてしまった!!”


 フェリオは焦燥感に駆られる。


「あっ、あの!!」


 フェリオの声かけに、彼女は視線だけを冷ややかに向ける。


「あの……あ、の……えっと……」


 声をかけたまでは良かったが、フェリオは“彼女”の名前すら知らなかった。

 これに彼女はフンと鼻を鳴らして、再度フェリオから視線を外してしまった。


“ヤバイ……ヤバイ!! このままじゃ新たに召喚霊を入手出来ない!! せめて名前だけでも……!! そうだ、予知調査の魔法をかければ……!!”


 フェリオは必死に脳内を廻らせると、呪文を唱えた。


「かの者の情報を与えよ──予知調査プレディジオネリチィルカ!」


『……』


 これに彼女は、更に冷ややかな視線を向ける。

 シンと静まり返る室内。


「あ、あれ? 何も起きない!!」


『全く……貴女は本当に召喚術士なのですか? 知識が初心者以下ですね』


 彼女は呆れ果てながら、冷たく吐き捨てた。


『召喚霊の“間”では、魔法類は一切使用出来ないのですよ』


「ええっ!? そうなの!?」


 更に驚愕するフェリオ。


『その程度でこの私を入手しようだとは言語道断!! 出直していらっしゃい!!』


 彼女はピシャリと言い放つと、再び石像に戻ってしまった。


「ああっ! そんなぁ~っ!!」


 まさかの、召喚霊入手失敗。


「マズイ……多分、フィルお兄ちゃんに怒られる……!!」


 外での、激戦の様子がこの静寂に包まれている神殿の中まで、響いている。

 今戻っても、バトルの足を引っ張るだけだ。

 自分でどうにかしないと。

 そうだ。荷物だ。あの中に兄の“召喚霊図鑑”があった。

 でも、荷物は神殿の外へ置いてきた。

 まずい。早くしないとこの“ムーンライト”の魔法効果も解けてしまう。

 バトルの邪魔をしなければ……ただ、本を取りに行くだけなら。

 フェリオは顔を上げると、神殿の外へと即行走った。

 そして外へ飛び出すと、兄フィリップの荷物を鷲掴みにし、スケルトンとのバトル中の皆を後に、再度神殿の中へと飛び込む。

 その様子に気付いたフィリップは、無言で妹を見送りバトルに専念した。

 フェリオは中へ戻ると、荷物の中から“召喚霊図鑑”を引っ張り出した。

 そしてパラパラとめくりながら、視線を忙しなく動かす。


「あった! これだ!!」

  

 フェリオは“彼女”のイラストのページを見つけると、視線を走らせてから図鑑を閉じて、改めて神殿の奥へと突き進んだ。

 そして首にかけていたネックレスの指輪をチェーンから外すと、指にはめた。

 フェリオは石像に戻った“彼女”の顔を見上げて、その手をそっと当てる。


「──目覚めよ」


 フェリオの手の温もりを通して、再度“彼女”も温もりと色を取り戻す。


『まだ私に、何か用ですか』


 相変わらずの、冷ややかな態度。


「先程は大変申し訳ありませんでした。貴女の情報を得て参りました。美の女神“ヴィーナス”」


『ほう……ようやく私の名前が解かりましたか』


「はい。そして、役割りも」


『どうやら、学んだようですね。それで? その上でまだ貴女は、この私が必要だと?』


 ヴィーナスは台座から冷ややかにフェリオを見下しながら、腕組みをする。


「はい。とても必要です。私の名はフェリオ・ジェラルディンです。どうかこんな私ですが、一緒にモンスターと戦ってください」


 フェリオは腰を曲げて頭を下げると、先程指輪をはめた手のみを高々と、ヴィーナスへと差し出した。


『……それは召喚の指輪……確か──ローザが持っていた……』


「はい。私はローザの娘です」


『ローザの、娘……でしたか。その割りには、無知が過ぎましたね、フェリオ』


「は、はい……申し訳ありませんでした」


『ならば、ローザに免じて、貴女に仕えましょうフェリオ』


 ヴィーナスは述べると、片手を上から下へとゆっくり、振り下ろした。

 すると○の下に十字がついた魔法陣が、フェリオの全身を通過した。


『では、よろしくお願いしますよフェリオ。も、もしもこの私を召喚しなかったら、承知しませんからね!!』


 ヴィーナスはそれだけを言い残すと、再度石像へと戻った。

 



 フェリオが神殿を出ると、スケルトンを倒しきった三人がその場に座り込んで、くつろいでいた。


「お疲れみんな!」


「お~う、リオ~! どうだったか?」


 フィリップの荷物を手に戻って来たフェリオへ、レオノールが胡坐を掻き片手を上げて応えた。


「今までと違って、突然のツンデレだったから戸惑ったよ……」


 フェリオは言って、ガックリと肩を落として見せる。


「知識を与えていなかった僕も、悪かったね」


 フィリップの優しい言葉に、フェリオは顔を上げる。


「どうしてそれを……」


「いや、だって僕らがバトル中に大慌てで僕の荷物、持ってったでしょ」


 フィリップは言いながら、妹がまだ手にしている自分の荷物を、指差した。


「その中には、“召喚霊図鑑”が入ってるから、多分それが目的で僕の荷物が必要だったのかなーって、思って」


「うん……ビンゴです……名前も知らない奴の力にはなれないって、言われちゃって……」


「へぇ~! 本当にヴィーナスはツンデレだったんだね!」


 妹の話に、フィリップは興味深そうに声を上げた。


「え? フィルお兄ちゃん、知らなかったの?」


「当然でしょ。だって僕はヴィーナスを入手してないから、その図鑑に記載されている知識だけだよ」


「はぁ~、メチャクチャ焦ったんだから。一度拒否されて。今度から、ボクも情報収集にあの図鑑に、目を通させてよね」


「了解」


 フェリオのくたびれ方を見て、フィリップは愉快そうにクスクス笑った。


「さて。それはそうと、どうする? このガーベラ島。モンスターから救って行くか、さっさと見捨てて船の戻るか」


 レオノールが立ち上がると、言った。


「やっぱり、モンスターに支配されていたのか。この闇は」


 彼女の言葉に、ガルシアが口にする。


「うーん……この様子だとおそらく、島民の生き残りはいなさそうだけどね」


 フィリップが、刹那思考する。

 ──が、即答したのはフェリオだった。


「そんなの、助けるに決まってるじゃん!!」


「でも、人間は誰もいないんだぜ?」


 ガルシアがそう投げかける。


「それでも! モンスターに支配させて生息エリアを拡げるよりかは、マシでしょ!?」


 フェリオは言いながら、自分の荷物を漁る。

 そして、成人用の衣装を引っ張り出した。


「何だよ。衣装持ってたなら、それに着替えて召喚霊入手に行きゃあ良かったのに」


「だって、ガルがいたから。でも今からモンスター退治に赴くのだったら、長くなりそうだし着替えなきゃでしょ。だからガル! あっち向いてて!!」


「はいはい」


 フェリオから言われて、ガルシアは彼女へと背を向ける。


「長くなりそうなら、もうそろそろムーンライトの効果も切れそうだし、魔法を上書きしておかなきゃね」


 着替え終わったフェリオが、マントを兄へと返す。


「もういいよ、ガル」


 フェリオの許可に、ガルシアは向き直る。


「じゃあ、いくよリオ。……宵闇の中で煌き輝く月光よ。時選ばずして優しく対象に降り注ぎたまえ──月煌輝優(シャイニングムーン)




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