story,Ⅶ:六体目の召喚霊
月明かりに包まれたフェリオ・ジェラルディンの体が、ムクムクと大きくなっていったかと思うと、弾けた光の中から成人体型の彼女が姿を現した。
「成る程。こうして成長するわけか」
ガルシア・アリストテレスは言いながら、物珍しそうにフェリオを見回す。
「ちょ……っ、ガル、あんまり見つめてこないでよね!」
「え? 何で」
フェリオの言葉に、ガルシアはキョトンとする。
そんな彼に、レオノール・クインがポンと肩に手を置いて言った。
「それはな。今のリオのマントの下は、半裸姿だからだ」
「半、裸……ああ! だからフィリップさん、リオにマントを被せたのか!」
「理解出来たなら、俺の妹からさっさと目を背けろ小僧」
フィリップに威嚇され、ガルシアは慌てふためきながらフェリオから、視線を逸らした。
そして、再度ガルシアは改めて呟く。
「リオが半裸の女体……」
直後。
「おいガル。お前鼻血垂れてんぞ」
レオノールに指摘されガルシアは、鼻を拭うとべったりと手の甲に血が付いていた。
「貴様っ! 一体何を想像した!!」
「リオの半裸の女体姿を……いや、そのっ! あわわわ……!!」
こうして大股で歩み寄られたフィリップから、ガルシアは頭にゲンコツを喰らうのだった。
「さぁ、行って来いリオ」
兄から送り出されてフェリオは、神殿へと一歩踏み出してからクルッと背後を振り返ると、一言吐き捨てた。
「ガルのエッチ」
そうしてフェリオは、神殿の中へと姿を消した。
それを見送ってから、フィリップとレオノールは改めてガルシアを見やると、更に彼の鼻血の量が増えていた。
「ガル、貴様……っ!!」
「まぁまぁ、フィル。分かってやれ。ガルは今、お年頃なんだ」
拳を振るわせるフィリップへ、レオノールが宥める。
「チッ……このムッツリスケベが」
「だっ! 誰がムッツリですか!!」
フィリップの言葉に、ガルシアが反論した時だった。
ガシャ、ガシャ、という音が近付いて来た。
三人は意識を集中させる。
すると暗闇の中から、全身骸骨が姿を現した。
「今度はスケルトンか」
フィリップが嘆息吐く。
「こいつらは、しつこいから嫌いだ」
「確かに」
レオノールの発言に、ガルシアも鼻血を拭いながら、同意する。
「ひとまず、粉々に砕くまで!!」
フィリップの掛け声に合わせて、レオノールとガルシアも攻撃を開始した。
それぞれの関節を折るだけでは、スケルトンは倒せない。
またすぐに、関節を繋げて復活してくるからだ。
よって目標は、完全なる複雑骨折。
フィリップは杖で、レオノールはナックルで、ガルシアは剣で、スケルトンへと挑みかかるのだった。
両脇には、パルテノン神殿のようなコリント式の柱が並び、そこを抜けると壁のないタイルのみが地面に敷かれた通路。
そしてようやく、神殿の入り口を前にする。
まずは6段、そして踊り場を進み次に14段の階段を上って、高みにある神殿の中へと入った。
手前には三角形、奥の方はドーム型の天井をしている。
中も、両脇に柱が並んでいて、アーチ型の壁を支えている。
思った以上に、長距離な神殿を進んで行くと、10段程の階段を上がる。
そこには、白亜の女神像があった。
アーチ状の窪みの中で、片足を屈折させ左手は胸元に、右手はまるで頬杖するかのような姿勢の、佇まいをしていた。
フェリオは手を伸ばし、そっと女神像に触れてみた。
するとそこが温かくなり、色が拡がっていった。
『私を、呼びましたか』
台座から、石像だった女性がフェリオへと、穏和な口調で声をかけてきた。
これにフェリオは、姿勢を正す。
彼女はキトーン衣服を身にまとい、眩いばかりの美しい白金髪を尻より下まで長く、伸ばしている。
『貴女は、召喚術士ですね……もう長い事、頼りにされた事はありませんでしたが』
「私はまだ召喚術士として未熟なので、選択してくれているのは兄です」
『そう……お兄様が。どうして、この私を』
「それは……解かりませんが、意味はあると思います」
『解から……な、い……』
「……はい」
『貴女は解からないのに、この私を迎えに……いえ、“入手”しに来たのですか』
「……はい」
すると、彼女の顔から笑みが消えた。
『貴女にきっと、私は必要ありません』
「え?」
『誰かに言われて召喚霊を入手する理由なら、私は貴女に馴染まないでしょう』
「え!?」
『私は、本当に心から自分を必要としてくれる召喚術士にしか、心を開きません』
「ええっ!?」
彼女は言って腕組みをし、プイとそっぽ向いてしまった。
そんな彼女の反応に、フェリオは驚愕する。
“どどどど、どうしよう……っ! 機嫌を損ねてしまった!!”
フェリオは焦燥感に駆られる。
「あっ、あの!!」
フェリオの声かけに、彼女は視線だけを冷ややかに向ける。
「あの……あ、の……えっと……」
声をかけたまでは良かったが、フェリオは“彼女”の名前すら知らなかった。
これに彼女はフンと鼻を鳴らして、再度フェリオから視線を外してしまった。
“ヤバイ……ヤバイ!! このままじゃ新たに召喚霊を入手出来ない!! せめて名前だけでも……!! そうだ、予知調査の魔法をかければ……!!”
フェリオは必死に脳内を廻らせると、呪文を唱えた。
「かの者の情報を与えよ──予知調査!」
『……』
これに彼女は、更に冷ややかな視線を向ける。
シンと静まり返る室内。
「あ、あれ? 何も起きない!!」
『全く……貴女は本当に召喚術士なのですか? 知識が初心者以下ですね』
彼女は呆れ果てながら、冷たく吐き捨てた。
『召喚霊の“間”では、魔法類は一切使用出来ないのですよ』
「ええっ!? そうなの!?」
更に驚愕するフェリオ。
『その程度でこの私を入手しようだとは言語道断!! 出直していらっしゃい!!』
彼女はピシャリと言い放つと、再び石像に戻ってしまった。
「ああっ! そんなぁ~っ!!」
まさかの、召喚霊入手失敗。
「マズイ……多分、フィルお兄ちゃんに怒られる……!!」
外での、激戦の様子がこの静寂に包まれている神殿の中まで、響いている。
今戻っても、バトルの足を引っ張るだけだ。
自分でどうにかしないと。
そうだ。荷物だ。あの中に兄の“召喚霊図鑑”があった。
でも、荷物は神殿の外へ置いてきた。
まずい。早くしないとこの“ムーンライト”の魔法効果も解けてしまう。
バトルの邪魔をしなければ……ただ、本を取りに行くだけなら。
フェリオは顔を上げると、神殿の外へと即行走った。
そして外へ飛び出すと、兄フィリップの荷物を鷲掴みにし、スケルトンとのバトル中の皆を後に、再度神殿の中へと飛び込む。
その様子に気付いたフィリップは、無言で妹を見送りバトルに専念した。
フェリオは中へ戻ると、荷物の中から“召喚霊図鑑”を引っ張り出した。
そしてパラパラとめくりながら、視線を忙しなく動かす。
「あった! これだ!!」
フェリオは“彼女”のイラストのページを見つけると、視線を走らせてから図鑑を閉じて、改めて神殿の奥へと突き進んだ。
そして首にかけていたネックレスの指輪をチェーンから外すと、指にはめた。
フェリオは石像に戻った“彼女”の顔を見上げて、その手をそっと当てる。
「──目覚めよ」
フェリオの手の温もりを通して、再度“彼女”も温もりと色を取り戻す。
『まだ私に、何か用ですか』
相変わらずの、冷ややかな態度。
「先程は大変申し訳ありませんでした。貴女の情報を得て参りました。美の女神“ヴィーナス”」
『ほう……ようやく私の名前が解かりましたか』
「はい。そして、役割りも」
『どうやら、学んだようですね。それで? その上でまだ貴女は、この私が必要だと?』
ヴィーナスは台座から冷ややかにフェリオを見下しながら、腕組みをする。
「はい。とても必要です。私の名はフェリオ・ジェラルディンです。どうかこんな私ですが、一緒にモンスターと戦ってください」
フェリオは腰を曲げて頭を下げると、先程指輪をはめた手のみを高々と、ヴィーナスへと差し出した。
『……それは召喚の指輪……確か──ローザが持っていた……』
「はい。私はローザの娘です」
『ローザの、娘……でしたか。その割りには、無知が過ぎましたね、フェリオ』
「は、はい……申し訳ありませんでした」
『ならば、ローザに免じて、貴女に仕えましょうフェリオ』
ヴィーナスは述べると、片手を上から下へとゆっくり、振り下ろした。
すると○の下に十字がついた魔法陣が、フェリオの全身を通過した。
『では、よろしくお願いしますよフェリオ。も、もしもこの私を召喚しなかったら、承知しませんからね!!』
ヴィーナスはそれだけを言い残すと、再度石像へと戻った。
フェリオが神殿を出ると、スケルトンを倒しきった三人がその場に座り込んで、くつろいでいた。
「お疲れみんな!」
「お~う、リオ~! どうだったか?」
フィリップの荷物を手に戻って来たフェリオへ、レオノールが胡坐を掻き片手を上げて応えた。
「今までと違って、突然のツンデレだったから戸惑ったよ……」
フェリオは言って、ガックリと肩を落として見せる。
「知識を与えていなかった僕も、悪かったね」
フィリップの優しい言葉に、フェリオは顔を上げる。
「どうしてそれを……」
「いや、だって僕らがバトル中に大慌てで僕の荷物、持ってったでしょ」
フィリップは言いながら、妹がまだ手にしている自分の荷物を、指差した。
「その中には、“召喚霊図鑑”が入ってるから、多分それが目的で僕の荷物が必要だったのかなーって、思って」
「うん……ビンゴです……名前も知らない奴の力にはなれないって、言われちゃって……」
「へぇ~! 本当にヴィーナスはツンデレだったんだね!」
妹の話に、フィリップは興味深そうに声を上げた。
「え? フィルお兄ちゃん、知らなかったの?」
「当然でしょ。だって僕はヴィーナスを入手してないから、その図鑑に記載されている知識だけだよ」
「はぁ~、メチャクチャ焦ったんだから。一度拒否されて。今度から、ボクも情報収集にあの図鑑に、目を通させてよね」
「了解」
フェリオのくたびれ方を見て、フィリップは愉快そうにクスクス笑った。
「さて。それはそうと、どうする? このガーベラ島。モンスターから救って行くか、さっさと見捨てて船の戻るか」
レオノールが立ち上がると、言った。
「やっぱり、モンスターに支配されていたのか。この闇は」
彼女の言葉に、ガルシアが口にする。
「うーん……この様子だとおそらく、島民の生き残りはいなさそうだけどね」
フィリップが、刹那思考する。
──が、即答したのはフェリオだった。
「そんなの、助けるに決まってるじゃん!!」
「でも、人間は誰もいないんだぜ?」
ガルシアがそう投げかける。
「それでも! モンスターに支配させて生息エリアを拡げるよりかは、マシでしょ!?」
フェリオは言いながら、自分の荷物を漁る。
そして、成人用の衣装を引っ張り出した。
「何だよ。衣装持ってたなら、それに着替えて召喚霊入手に行きゃあ良かったのに」
「だって、ガルがいたから。でも今からモンスター退治に赴くのだったら、長くなりそうだし着替えなきゃでしょ。だからガル! あっち向いてて!!」
「はいはい」
フェリオから言われて、ガルシアは彼女へと背を向ける。
「長くなりそうなら、もうそろそろムーンライトの効果も切れそうだし、魔法を上書きしておかなきゃね」
着替え終わったフェリオが、マントを兄へと返す。
「もういいよ、ガル」
フェリオの許可に、ガルシアは向き直る。
「じゃあ、いくよリオ。……宵闇の中で煌き輝く月光よ。時選ばずして優しく対象に降り注ぎたまえ──月煌輝優」




