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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第十一章:動き始めた魔王軍編
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story,Ⅵ:闇に呑まれし島




 自分の部屋で食事をしていたクラークに、一報が入ったのはその日の正午の事だった。


「クククク、クラーク様っ! クラーク様ァァァァァァーッ!!」


 白を基調としただだっ広い部屋のど真ん中に置かれた白いテーブルに着いていたクラークだったが、遠くから何かが聞こえてきたかと思うと、4mもあるドアを叩き開けて転がり込んできたのは、イクトミだった。


「ノックくらいしろ騒々しい。今俺は、食事中だ」


「取ったんですよ!!」


「取ったとは?」


「だから! 人間の領地を取る事に成功したんですよぉ~! もうクラーク様の言った通り、そこはオイラの占領地ですからね!!」


「何だと……!?」


 しっかり喜びで興奮しているイクトミに、クラークは食事をする手を止めると、立ち上がり執務机の壁にある地図に手を叩きつけて述べた。


「どこだ!? 一体どこを占領した!?」


 これにイクトミは、首を傾げた。


「こんなイラストを見せられても……オイラの馬鹿な頭では、理解出来ねぇですよ」


 これにクラークは、額に手を当ててからしばらく思案する。


「でもオイラが来た時に丁度セイレーンの首が落とされた所だったッス」


「……何だと……?」


「それから有翼タイプモンスター集団がたちまち次々と倒されていき……勇者だとか、言ってましたッス」


 その言葉に、クラークの目に鋭利な光が宿った。


「それならきっと……このカサブランカ島だ」


「ああ! そこッス! 島民らがそう言ってたッス!!」


 クラークの言葉に、イクトミは飛び上がって反応した。

 そうと分かって、クラークは喉を鳴らして笑い声を洩らした。


「クックックック……そうかイクトミ。よくやったぞ。では約束通り、このカサブランカ島はお前の占領地として与えよう」


「ホントッスか!? ヤッターッス!! ありがとうございまッス!! んじゃ、失礼するッスよ~!!」


 イクトミは双眸をキラキラ輝かせると、たちまちその場を後にした。


「これを知ったらルナールの奴、きっと腹の底から悔しがるぞ……クックックック……!! アーッハッハッハッハ!!」


 だだっ広い室内に、彼の高笑いが響き渡るのだった。





「──何か妙な気配がする」


 そう口を開いたのは、フィリップ・ジェラルディンだった。


「ああ。邪気をあちこちから感じるな」


 レオノール・クインも、そう述べた。


「少々目的地を変更したいがガル、構わないか?」


「はい。大丈夫です。俺が来るまで、マリエラさんは指定地で待機してくれるという約束をしていますので」


「すまんな。では、この南部にあるガーベラ島に行き先を変更する」


 フィリップは言うと、タブレットに目的地を打ち込み直した。


「カサブランカの島民のみんな、凄く優しい人ばかりだったねぇ~!」


「お前は単純に、好きなだけ飯が食えたからなだけだろうが」


 すっかり島が見えなくなったなった方向を眺めながら述べるフェリオ・ジェラルディンへ、呆れ果てながらレオノールが指摘する。


「そのガーベラ島って、どれくらいで到着するの?」


「何、すぐそこだ。一日あれば到着する」


「何しに寄り道するのか、聞いてもいいですか?」


 妹へ答えるフィリップへ、今度はガルシア・アリストテレスが訊ねる。


「ショーンが……いや、魔王軍が動き始めている……この世に存在する召喚霊を入手してしまわなければ、手遅れになってしまう。だからだ」


「召喚霊の力を借りなければ、魔王の力が覚醒したショーンにはおそらく、勝てねぇだろうからな」


 返答したフィリップの言葉に、レオノールが述べた。


「そういうのも……解かるの?」


 おずおずとレオノールへ訊ねるフェリオへ、彼女は答える。


「まぁ……魔人の力が覚醒したからにゃあな……大体は」


 暫しの沈黙の後。


「そもそも俺の男の体と魂にうちのファラリス(クソ親父)が憑依しているのが、気に食わねぇっ!! ショーンから、さっさと引っぺがさねぇと!!」


 レオノールは声を大にして言うと、拳を震わせ胸の高さまで持ち上げながら、握り締めた。


「確かに、彼氏に父親の一部が乗っ取っているかと思うと、何かと(・・・)支障をきたすだろうな……何かと」


「珍しい……フィルお兄ちゃんが共感するなんて……」


 フェリオが唖然となる。


「同情の範囲内だからだ。俺にとっても()父親だからな。ショーン……いや、ルートヴィヒは」

 

 再度、暫しの沈黙の後、フィリップとレオノールは同時に嘆息吐く。


「複雑だね……」


「うん。複雑……」


 フェリオとガルシアはそれぞれ、口にするのだった。




 ──「クックックック……」


「ヒィ……ッ! お願い、やめてぇ……っ!!」


「素晴らしい……お前の恐怖は、私を歓喜に満たしてくれる……!!」


 一人の青白い肌の男が、戦慄している女へと歩み寄り彼女の口に両手を突っ込み、上顎と下顎に添えた。


「アガガ……ッ!」


 女はもがくが、どうにも出来ない。


「だが最も美しいのは、鮮血の赤とくずおれた屍よ……!!」


 男は言うなり、その手に力を入れて女を口から引き裂いた。

 脳や心臓に直接的なダメージがなかったからなのか、その女の肉体は引き裂かれてもビクンビクンと跳ねるように動き、大きく痙攣していた。


「マーベラス!! 実に美しい!! 今宵はこの鮮血で沐浴しよう……!!」


 男はその肉塊を抱き上げると、まるで血を絞り出すかのように抱きしめて、そしてまだビクビク動いている引き裂いた肉塊の片割れに、感極まり鋭い牙を突きたてた。




 翌日の正午過ぎに、船はガーベラ島に到着した。

 が、しかし。


「ねぇフィルお兄ちゃん……何でこの島だけ、夜のように暗いの?」


「それはきっと、もうこの島は魔族に乗っ取られちゃったからかなぁ?」


「えっ!? こっ、こんなんでボク、召喚霊入手しに行くの!?」


「大丈夫だよ。僕達も一緒だ」


 怯えるフェリオへ、フィリップが優しく声をかける。


「ライトボール」


 フィリップの言葉に合わせて、バスケットボール大くらいの光の球体が出現する。

 これにフェリオも慌てて、同じ物を出現させた。

 少しでも暗闇を明るく照らした方が、フェリオにとって安心するからだ。

 しかしこれは同時に、モンスターに各々の位置を知らせる事になる。

 よって、不気味な呻き声が近付いてくるのが解かった。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛……」


「オオオォォォ……」


「ウウゥウゥゥ……」


 一体や二体ではない。

 数体はいる感じだ。

 フェリオは慌てて腰に下げている鞭を取り出し、四方八方と落ち着きなく構える。

 おかげで呼吸も荒い。

 フェリオは恐怖心に支配されると、混乱して見る物全てに渾身の一撃をなりふり構わず、与えてしまうのだ。


「リオ、落ち着いて」


「ヒグ……ッ!!」


 兄の声かけに、フェリオはビクリと全身を弾ませながら、動きを止めたがそれでも目は忙しなくギョロギョロと動いている。

 すると闇の中から、光の方へ何者かが侵入してきた。

 それは腐敗した人間らしき者──ゾンビだった。


「ギャアアァァアァァーッ!!」


 フェリオの絶叫が響き渡ったかと思うと、手に持っていた鞭を振るった。

 鞭はゾンビの顔を、斜めに一閃する。

 これに一閃したゾンビの顔がずれ落ち、ブルンと脳みそをむき出しにしながらも倒れる事無く、寧ろ両手を伸ばして再度そのゾンビは一歩足を踏み出してきた。


「ヒィアアァァァーッ!!」


 これにフェリオはむちゃくちゃに鞭を振るい始めたので、他の三人はそれに当たらぬようその場から少し離れて改めて周囲を確認すると、数十体ものゾンビに囲まれているではないか。

 三人は身構えると、もれなく攻撃を開始した。

 ガルシアは剣を振るい、レオノールは鋼の爪があるナックルを振るい、フィリップは弓矢を放つ。

 これにより、次々とゾンビは倒れていく。

 フェリオはまるでカウボーイ宜しく、鞭を弧に振るうのでちょっとした間合いの結界が出来ていて、近付くゾンビは次々と首を落とされ、そして頭を砕かれながら倒されていった。

 フィリップは持参した矢を、全て使い果たしてしまう。


「チッ……! どれだけいるのか判らんな。貴様ら! 限がないから前進しつつ、モンスターを倒すぞ!!」


「了解!!」


 フィリップの言葉に、レオノールとガルシアが声を揃える。


「でもリオはどうするの!? 我を失っちゃってるけど!!」


 ガルシアがゾンビに剣を振るいながら、フィリップへと尋ねる。


「俺が引っ張って行く!!」


 フィリップは荷物の中に入れていた、伸縮可能な杖を取り出すとそのヘッドで、ゾンビの頭をかち割り、殴り飛ばしていきながら隙を見て、素早くフェリオの手から鞭を取り上げた。


「うわああぁぁぁーっ!?」


「ったく、世話が焼ける」


 頼りだった鞭を奪われ、更に混乱しているフェリオの首根っこを捕まえるとフィリップは、レオノールとガルシアが切り開いていくゾンビの躯の道を、突き進んでいく。


「ちなみにどこに行けばいいんだ!?」


 レオノールが訊ねる。


「先に進むと、白亜の神殿がある」


「白亜の神殿ですね!? 分っかりましたぁっ!!」


 ガルシアがゾンビを剣でなぎ払いながら、答える。

 そうこうしている内に、段々とゾンビの数が減っていった。


「ヒギャアッ!! ヒイィィッ!!」


 しかしながら、まだ悲鳴を上げているフェリオを、フィリップは自分の方へ向かせるとパァンと頬を、平手打ちした。


「ギャヒッ!?」


「いい加減、我に返れリオ」


 妹の胸倉を掴んでフィリップは、今度はガクガクと前後に振るった。

 これにフェリオがおとなしくなる。

 しばらくすると。


「……フィルお兄ちゃん……」


 ポツリとフェリオが呟いた。


「ボクは一体……?」


「フン。分かりきった事だ。把握しろ」


 フィリップは妹の胸倉から手を離すと、プイとそっぽ向いてスタスタと前進して行った。


「あ……ボク、錯乱しちゃってたんだね……」


「バトルの世話が焼けるから、いい加減恐怖を克服しろ」


 レオノールが指摘する。


「ごめん……」


 フェリオはしょげ返る。


「ま、まぁでも、リオも錯乱しながら充分敵を倒していたわけだしさ! 今度から気をつけてくれれば……!」


 珍しく、ガルシアがその場をフォローする。


「うん……極力、心がける……」


 そう答えたフェリオは、すっかり落ち込んでいた。

 先を進んでいると、闇の中から輝くばかりに神々しい、白亜の神殿が姿を現した。


「どうやらこの神殿は自ら放つ結界から、この闇に呑み込まれてはいないようだな」


「おそらくは、この神殿にゃあモンスターも近付けねぇんだろうな」


 フィリップとレオノールが述べる。


「来い、リオ」


 兄に呼ばれて、後方にいたフェリオが進み出て来る。


「何だ。さっきの叱責に、まだ落ち込んでいるのか」


「だって……」


 フェリオは薄っすらと、涙ぐんでいる。


「次からは気をつければいい。もう気持ちを切り替えろ。今からお前は一人で、次の召喚霊を入手するんだぞ」


「うん……分かった」


 フェリオは言いながら、涙を拭う。


 フィリップは自らのマントを外すと、妹の肩へとかける。


「心の準備はいいか」


「うん」


 兄に問いかけられ、フェリオは首肯する。


「じゃあいくぞ」


「うんっ!!」


 フェリオは再度首肯すると、兄へと向き直った。

 これを確認してから、フィリップは呪文を唱え始めた。


「闇を照らし光よ。今も構わずかの者に光を──月下照光(ムーンライト)


 すると周囲の闇を切り開くように、子供体型のフェリオの頭上から月明かりが降り注いだ。



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