story,Ⅴ:殺虫剤の威力
「何っ!? セイレーンが一戦交える前から、早々に倒されただと……!?」
魔王の配下ルナールは、女占術士の水鏡を覗き込んで、驚愕を露わにした。
更に、セイレーン率いる有翼モンスター集団も全て倒されたのを知り、彼女は歯噛みした。
「だてに勇者を名乗っているわけでは、ないと言う事か……」
行き当たりばったりで部下のモンスターを、勇者にぶつけても無駄に部下を減らす一方だと、思い知る。
しかし魔王に世界を支配してもらう為にも、一刻でも早く勇者を消す必要がある。
そもそも、あんな弱小種族である人間共が、この世を支配しているのは何故なのか。
我々モンスターが──と言っても双子は本来、人間なのだが──どうしてこんな肩身の狭い思いで生きねばならないのか。
よって、モンスター達が堂々と生きていく為にも、魔王様には人間如きを絶滅させ、モンスター達が平和に暮らす世を創ってもらいたい。
モンスターという理由で駆逐されているが、そんな人間こそが一番の殺戮種族だ。
自分達より“強い”という理由だけで排除されるのは、納得いかない。
魔王様は、モンスター達の“救世主”になってもらわねば。
ルナールは、半ば立腹気味にその場を後にした。
それを影で覗き見ていた者がいた。
彼女の双子の弟、クラークだ。
すっかりルナールがいなくなったのを見届けてから、クラークは占術士の元へと駆け寄った。
「今ルナールが視ていた映像を視せろ」
彼の命令に、女占術士は無言で水鏡の上を、スイと手の平を滑らせた。
すると、映像が映し出される。
「ん……? こいつはルナールの部下、セイレーンでは……こ、これは!?」
映像の様子に、驚愕するクラーク。
後は黙って、最後まで映像を視ていたクラークだったが、視終わってから彼は口元を歪めた。
「ク……クックック……! ルナールの馬鹿め! 何も知らないうちから勇者どもに部下をぶつけるからだ愚かな!! クハハハハハ……!!」
クラークは愉快痛快とばかりに、爆笑する。
「俺はこんな失敗は犯さない……頼むぞ。イクトミ……」
ようやく笑いを治めてから、クラークは勝ち誇った表情を浮かべるのだった。
一方、そのイクトミはこのカサブランカ島に、とっくに上陸していた。
そしてセイレーン軍が勇者一行に全滅させられる光景を、目にしていた。
イクトミがこの島を選んだのは、全くの偶然だった。
「じょ、冗談じゃねぇ! あんな連中をいきなり相手にしちゃあ、こっちまで二の舞だぜ!!」
そうしてイクトミは、島の影に身を隠していた。
そんな勇者一行は。
「あれだけヒュドラ戦で剣を振るえば、このダイヤクエストソードのダメージも、大きいよな……」
剣を目の前にかざしながら、ガルシア・アリストテレスが言った。
ヒュドラの血液は高度の熱を持っていたので、何度も首を切断した影響でダイヤの刃が全体的に、溶けていた。
「しかし、ダイヤを溶かす血液の熱って一体……」
「ボク達、凄いのと戦っていたんだね」
レオノール・クインとフェリオ・ジェラルディンが述べる。
「ボク達って……リオはほとんど泣いてばかりだったじゃない」
兄であるフィリップ・ジェラルディンに指摘されて、フェリオは少し羞恥心を覚える。
「だっ、だってレオノールが死んだりなんかするから!!」
「なんか、とは何だ。なんかとは」
ムキになって言い返すフェリオの言葉を、今度はレオノールが指摘する。
フェリオは兄の魔法効果が消滅して、子供体型に戻っている。
「ガルは、もうマリエラさんへの手紙、配達人に渡したの?」
「はい! 早朝すぐに!」
フィリップから問われ、ガルシアは嬉しそうに首肯する。
「マリエラさんとの再会まで、俺が仙人の種を預かっています!」
「そうかそうか。それは良かった。じゃあ、今回も武器屋に行くぞ」
レオノールはそう促すと、皆と一緒に武器屋へと向かった。
「大将。この店で一番強い剣をくれ」
相変わらずレオノールが、先陣切って声をかける。
「あ、はい。今すぐ……!」
今度の大将は、何とも気弱そうな感じだった。
「こちらですね。破壊者という剣になります」
「いかにも強そうな名前の剣だな……」
「これこそ今のショーンに持たせたい武器じゃない?」
レオノールとフェリオが述べる。
両刃になっていて、片刃は紫色、もう片刃は紅色の仕上げになっていた。
「これなら何でも斬れる気がする」
ガルシアはデストロイヤーを受け取ると、交互に刃を見回しながら言った。
フィリップが料金を払うと、船を停泊させている海へと向かった。
するとここで、赤猫ルルガがフェリオの肩から飛び降り、トコトコと岩場の物陰へと歩いて行った。
そこには、クラークの部下であるイクトミが、身を潜めていた。
ルルガの存在に気付いたイクトミは、唇に人差し指を当てる。
「シーッ! こっち来るな! 向こう行け、向こう!!」
イクトミは必死に小声で、ルルガへと声をかける。
しかし彼の努力も虚しく、フェリオが側までやって来てしまった。
「チッ! しゃあない!」
イクトミは慌てると、蹲って四足歩行の格好になった。
すると、そうしたイクトミが蜘蛛の姿になったではないか。
しかも、手の平サイズの蜘蛛だ。
「ルルガ。そこに何かいるの?」
フェリオが言いながら、物陰を覗き込んだがそこには黒い、手に平サイズの蜘蛛がわさわさと逃げるように、岩場を登っているところだった。
「何だ。ただの蜘蛛じゃないか。気にせずに、早く船に乗ろうルルガ」
「ニャン♪」
フェリオに言われて、ルルガはフェリオの肩に飛び乗ると何事もなかったように、その場を後にした。
「フー。危ない危ない。あのニャンコロ、ただのニャンコロじゃねぇな。尻尾も三本あったし。殺されなくて良かった……」
蜘蛛の姿のまま、イクトミは言うと岩場から、船に乗り込む一行を見送った……。
一行の船は、本命のゲッケイジュ大陸へ向けて、出航した。
その船がすっかり見えなくなったところで、イクトミは人間の擬態化になる。
「よぅし……勇者がいなけりゃたかが人間共、恐るるに足らんわ!! 行くぞ野郎共!!」
彼の掛け声に応えて、どこからともなくウゾウゾと、山のような数の蟲達が湧いて出てきた。
「さぁ! この島民を襲撃じゃあ! 一人たりとも人間共を殺して回れ!! その暁には!! この島はオイラ達蟲属性モンスターの領地じゃあ!!」
こうしてイクトミ率いる蟲類モンスターは、島民達に襲撃を始めた。
あちこちで阿鼻叫喚が響き渡ったが、どういうわけか半分の蟲達が人間の手によって、退治されてしまったではないか。
「何だと!? こいつぁ一体、どういうこった!?」
驚愕を露わにするイクトミ。
よくよく見ると、人間達の手には殺虫スプレーがあるではないか!!
「おのれ人間風情が!! 蟲属性を舐めるなよ!!」
やられた蟲達は、比較的小さいものばかりだった。
なので、中型犬サイズからまたは人間の身長をゆうに超えるものばかりが、残された。
「フッフッフ……愚かな人間共め……ここからが真の地獄じゃあっ!! かかれ蟲共っ!!」
「誰か! バルサン弾を持って来い!!」
イクトミの号令に、島民も負けていない。
「殺虫バズーカジェットもだ!!」
「殺虫マグナムジェットも用意して!!」
人間達の連係プレイに、思わずイクトミはポカンと口を開けていた。
「有翼モンスターでは、あんなに恐れて家屋に隠れていた連中が、どうしてオイラ達に対しては好戦的なんだぁ!?」
すると目の前に立ち塞がっていた大工の親方が、ニヒルな笑みを浮かべた。
「お前らが蟲だからだ! 蟲なんざ恐れるに足りねぇっ!!」
「んだとコルァァ~ッ!! 蟲舐めてんじゃねぇぞ!!」
これには、さすがのイクトミもキレる。
しかしあちらこちらで、バルサン弾を受けもがき苦しみ縮み上がって死んでいく、大型昆虫の姿があった。
飛空する虫達も、殺虫バズーカジェット、マグナムジェットを喰らわされ、ポトポトと落下する。
その時、何やら音色が聞こえ始めた。
ざわつく島民達だったが、そこには笛を吹くキリギリスの姿があるではないか。
「おいおい。虫如きが笛を吹いてやがるぞ!」
「こいつぁ、いい! 酒呑みの場の余興をしてもらいたいくらいだ!」
島民達はドッと笑ったのも束の間。
バタバタと、そのキリギリス──ココペリの側にいた島民から先に倒れていった。
ココペリの吹く笛の音は、死をもたらすのだ。
「ちょっと! 笑ってる場合じゃないよ!!」
島民の女が叫ぶや、そのココペリへ殺虫スプレーを吹きかけた。
これにより、ココペリは呆気なく死んでしまった。
ココペリは、イクトミが愛育していた虫だったので、これにイクトミが激昂した。
「よくもオイラの可愛いペットを殺したなぁーっ!!」
「そんだけ大事なら、この戦場の場に連れてくんなよ!!」
島民の男が、素早くツッコミを入れる。
「こうなったらぁー……っ、出でよ土蜘蛛!! 大百足!!」
イクトミが怒声を上げると、地面が大きく盛り上がり、5~6m程の大きさをした巨大蜘蛛が姿を現したかと思うと今度は、山の頂からまるで果実の皮を剥くようにグルグルと、樹木をなぎ倒しながら何者かが下りてきた。
それは山一つを軽く巻きつく程の圧倒的な大きさをした、大百足が出現したではないか。
これには、さすがの島民達は戦慄を覚えるも、だからこそ己の最後を確信して開き直った。
「どーんと来いやあぁぁーっ!!」
島の男共は一斉に、土蜘蛛と大百足へと特攻して行った。
女達も殺虫剤が空になるまで、一斉にそれらへと噴射する。
「ヒャハーッハッハッハ!! ここの島民を全て根絶やしにしちまえーっ!!」
土蜘蛛の姿は頭が鬼、胴体が虎、足が女郎蜘蛛だった。
大百足がその道を通過したしただけで、そこにいた島民達はぺしゃんこに潰されており、一戦交える必要さえなかった。
とても土蜘蛛と大百足には敵わないと悟った数人の島民が、リーダーであるイクトミへと襲い掛かったが。
イクトミに辿り着く間もなく、全身が突如バラバラにされてしまった。
「ざーんねん☆ 実はオイラも蜘蛛でね。オイラの出す見えない蜘蛛の糸は鋼のように鋭く、頑丈なのさ♪」
イクトミは犬のような座り姿勢で片手を口元に、愉快そうに笑った。
「だからだぁ~れも、このオイラには近付けないのさ!」
まさに憎まれっ子世にはばかる、だ。
小心者ではあるのだが。
だからこそ、己の周りには蜘蛛の糸を張り巡らせているのだった。
「ヒッ! ヒィッ!! あたしゃ死にたくないよぅ!!」
叫びながら、家屋に逃げ隠れる者もいたが、大百足は人々の家をご親切に避けてはくれない。
何せ山一つ分に巻きつくくらいの巨大さだ。
家などあってないに等しい。
逃げ隠れた者もろとも、家を破壊していった。
土蜘蛛はと言うと、次々と人々を喰らっていく。
誰もが、勇者一行を旅路へ送り出さなければ良かったと、後悔した。
そして勇者一行が、引き返してくれる事を祈ったが、彼らが戻って来ることはなかった。
こうして島内は、ほぼ大百足によって蹂躙され尽くされ、人々は土蜘蛛によって食い尽くされ、またはイクトミの糸で賽の目にされてしまい、最早おそらく生き残った島民はいないと思われた。
「ヒャッハー!! これでこの島はオイラの領地でぇーい! 早速クラーク様へご報告に行かねば♪」
イクトミは飛び上がって喜びを露わにすると、魔城ラナンキュラスへと向かうのだった。
カサブランカ島は、最初にモンスターから支配された、占領地となった。




