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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第十一章:動き始めた魔王軍編
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story,Ⅴ:殺虫剤の威力




「何っ!? セイレーンが一戦交える前から、早々に倒されただと……!?」


 魔王の配下ルナールは、女占術士の水鏡を覗き込んで、驚愕を露わにした。

 更に、セイレーン率いる有翼モンスター集団も全て倒されたのを知り、彼女は歯噛みした。


「だてに勇者を名乗っているわけでは、ないと言う事か……」


 行き当たりばったりで部下のモンスターを、勇者にぶつけても無駄に部下を減らす一方だと、思い知る。

 しかし魔王に世界を支配してもらう為にも、一刻でも早く勇者を消す必要がある。

 そもそも、あんな弱小種族である人間共が、この世を支配しているのは何故なのか。

 我々モンスターが──と言っても双子は本来、人間なのだが──どうしてこんな肩身の狭い思いで生きねばならないのか。

 よって、モンスター達が堂々と生きていく為にも、魔王様には人間如きを絶滅させ、モンスター達が平和に暮らす世を創ってもらいたい。

 モンスターという理由で駆逐されているが、そんな人間こそが一番の殺戮種族だ。

 自分達より“強い”という理由だけで排除されるのは、納得いかない。

 魔王様は、モンスター達の“救世主”になってもらわねば。

 ルナールは、半ば立腹気味にその場を後にした。

 それを影で覗き見ていた者がいた。

 彼女の双子の弟、クラークだ。

 すっかりルナールがいなくなったのを見届けてから、クラークは占術士の元へと駆け寄った。


「今ルナールが視ていた映像を視せろ」


 彼の命令に、女占術士は無言で水鏡の上を、スイと手の平を滑らせた。

 すると、映像が映し出される。


「ん……? こいつはルナールの部下、セイレーンでは……こ、これは!?」


 映像の様子に、驚愕するクラーク。

 後は黙って、最後まで映像を視ていたクラークだったが、視終わってから彼は口元を歪めた。


「ク……クックック……! ルナールの馬鹿め! 何も知らないうちから勇者どもに部下をぶつけるからだ愚かな!! クハハハハハ……!!」


 クラークは愉快痛快とばかりに、爆笑する。


「俺はこんな失敗は犯さない……頼むぞ。イクトミ……」


 ようやく笑いを治めてから、クラークは勝ち誇った表情を浮かべるのだった。




 一方、そのイクトミはこのカサブランカ島に、とっくに上陸していた。

 そしてセイレーン軍が勇者一行に全滅させられる光景を、目にしていた。

 イクトミがこの島を選んだのは、全くの偶然だった。


「じょ、冗談じゃねぇ! あんな連中をいきなり相手にしちゃあ、こっちまで二の舞だぜ!!」


 そうしてイクトミは、島の影に身を隠していた。

 そんな勇者一行は。


「あれだけヒュドラ戦で剣を振るえば、このダイヤクエストソードのダメージも、大きいよな……」


 剣を目の前にかざしながら、ガルシア・アリストテレスが言った。

 ヒュドラの血液は高度の熱を持っていたので、何度も首を切断した影響でダイヤの刃が全体的に、溶けていた。


「しかし、ダイヤを溶かす血液の熱って一体……」


「ボク達、凄いのと戦っていたんだね」


 レオノール・クインとフェリオ・ジェラルディンが述べる。


「ボク達って……リオはほとんど泣いてばかりだったじゃない」


 兄であるフィリップ・ジェラルディンに指摘されて、フェリオは少し羞恥心を覚える。


「だっ、だってレオノールが死んだりなんかするから!!」


「なんか、とは何だ。なんかとは」


 ムキになって言い返すフェリオの言葉を、今度はレオノールが指摘する。

 フェリオは兄の魔法効果が消滅して、子供体型に戻っている。


「ガルは、もうマリエラさんへの手紙、配達人に渡したの?」


「はい! 早朝すぐに!」


 フィリップから問われ、ガルシアは嬉しそうに首肯する。


「マリエラさんとの再会まで、俺が仙人の種を預かっています!」


「そうかそうか。それは良かった。じゃあ、今回も武器屋に行くぞ」


 レオノールはそう促すと、皆と一緒に武器屋へと向かった。


「大将。この店で一番強い剣をくれ」


 相変わらずレオノールが、先陣切って声をかける。


「あ、はい。今すぐ……!」


 今度の大将は、何とも気弱そうな感じだった。


「こちらですね。破壊者(デストロイヤー)という剣になります」


「いかにも強そうな名前の剣だな……」


「これこそ今のショーンに持たせたい武器じゃない?」


 レオノールとフェリオが述べる。

 両刃になっていて、片刃は紫色、もう片刃は紅色の仕上げになっていた。


「これなら何でも斬れる気がする」


 ガルシアはデストロイヤーを受け取ると、交互に刃を見回しながら言った。

 フィリップが料金を払うと、船を停泊させている海へと向かった。

 するとここで、赤猫ルルガがフェリオの肩から飛び降り、トコトコと岩場の物陰へと歩いて行った。

 そこには、クラークの部下であるイクトミが、身を潜めていた。

 ルルガの存在に気付いたイクトミは、唇に人差し指を当てる。


「シーッ! こっち来るな! 向こう行け、向こう!!」


 イクトミは必死に小声で、ルルガへと声をかける。

 しかし彼の努力も虚しく、フェリオが側までやって来てしまった。


「チッ! しゃあない!」


 イクトミは慌てると、蹲って四足歩行の格好になった。

 すると、そうしたイクトミが蜘蛛の姿になったではないか。

 しかも、手の平サイズの蜘蛛だ。


「ルルガ。そこに何かいるの?」


 フェリオが言いながら、物陰を覗き込んだがそこには黒い、手に平サイズの蜘蛛がわさわさと逃げるように、岩場を登っているところだった。


「何だ。ただの蜘蛛じゃないか。気にせずに、早く船に乗ろうルルガ」


「ニャン♪」


 フェリオに言われて、ルルガはフェリオの肩に飛び乗ると何事もなかったように、その場を後にした。


「フー。危ない危ない。あのニャンコロ、ただのニャンコロじゃねぇな。尻尾も三本あったし。殺されなくて良かった……」


 蜘蛛の姿のまま、イクトミは言うと岩場から、船に乗り込む一行を見送った……。

 一行の船は、本命のゲッケイジュ大陸へ向けて、出航した。

 その船がすっかり見えなくなったところで、イクトミは人間の擬態化になる。


「よぅし……勇者がいなけりゃたかが人間共、恐るるに足らんわ!! 行くぞ野郎共!!」


 彼の掛け声に応えて、どこからともなくウゾウゾと、山のような数の蟲達が湧いて出てきた。


「さぁ! この島民を襲撃じゃあ! 一人たりとも人間共を殺して回れ!! その暁には!! この島はオイラ達蟲属性モンスターの領地じゃあ!!」


 こうしてイクトミ率いる蟲類モンスターは、島民達に襲撃を始めた。

 あちこちで阿鼻叫喚が響き渡ったが、どういうわけか半分の蟲達が人間の手によって、退治されてしまったではないか。


「何だと!? こいつぁ一体、どういうこった!?」


 驚愕を露わにするイクトミ。

 よくよく見ると、人間達の手には殺虫スプレーがあるではないか!!


「おのれ人間風情が!! 蟲属性を舐めるなよ!!」


 やられた蟲達は、比較的小さいものばかりだった。

 なので、中型犬サイズからまたは人間の身長をゆうに超えるものばかりが、残された。


「フッフッフ……愚かな人間共め……ここからが真の地獄じゃあっ!! かかれ蟲共っ!!」


「誰か! バルサン弾を持って来い!!」


 イクトミの号令に、島民も負けていない。


「殺虫バズーカジェットもだ!!」


「殺虫マグナムジェットも用意して!!」


 人間達の連係プレイに、思わずイクトミはポカンと口を開けていた。


「有翼モンスターでは、あんなに恐れて家屋に隠れていた連中が、どうしてオイラ達に対しては好戦的なんだぁ!?」


 すると目の前に立ち塞がっていた大工の親方が、ニヒルな笑みを浮かべた。


「お前らが蟲だからだ! 蟲なんざ恐れるに足りねぇっ!!」


「んだとコルァァ~ッ!! 蟲舐めてんじゃねぇぞ!!」


 これには、さすがのイクトミもキレる。

 しかしあちらこちらで、バルサン弾を受けもがき苦しみ縮み上がって死んでいく、大型昆虫の姿があった。

 飛空する虫達も、殺虫バズーカジェット、マグナムジェットを喰らわされ、ポトポトと落下する。

 その時、何やら音色が聞こえ始めた。

 ざわつく島民達だったが、そこには笛を吹くキリギリスの姿があるではないか。


「おいおい。虫如きが笛を吹いてやがるぞ!」


「こいつぁ、いい! 酒呑みの場の余興をしてもらいたいくらいだ!」


 島民達はドッと笑ったのも束の間。

 バタバタと、そのキリギリス──ココペリの側にいた島民から先に倒れていった。

 ココペリの吹く笛の音は、死をもたらすのだ。


「ちょっと! 笑ってる場合じゃないよ!!」


 島民の女が叫ぶや、そのココペリへ殺虫スプレーを吹きかけた。

 これにより、ココペリは呆気なく死んでしまった。

 ココペリは、イクトミが愛育していた虫だったので、これにイクトミが激昂した。


「よくもオイラの可愛いペットを殺したなぁーっ!!」


「そんだけ大事なら、この戦場の場に連れてくんなよ!!」


 島民の男が、素早くツッコミを入れる。


「こうなったらぁー……っ、出でよ土蜘蛛!! 大百足(おおむかで)!!」


 イクトミが怒声を上げると、地面が大きく盛り上がり、5~6m程の大きさをした巨大蜘蛛が姿を現したかと思うと今度は、山の頂からまるで果実の皮を剥くようにグルグルと、樹木をなぎ倒しながら何者かが下りてきた。

 それは山一つを軽く巻きつく程の圧倒的な大きさをした、大百足が出現したではないか。

 これには、さすがの島民達は戦慄を覚えるも、だからこそ己の最後を確信して開き直った。


「どーんと来いやあぁぁーっ!!」


 島の男共は一斉に、土蜘蛛と大百足へと特攻して行った。

 女達も殺虫剤が空になるまで、一斉にそれらへと噴射する。


「ヒャハーッハッハッハ!! ここの島民を全て根絶やしにしちまえーっ!!」


 土蜘蛛の姿は頭が鬼、胴体が虎、足が女郎蜘蛛だった。

 大百足がその道を通過したしただけで、そこにいた島民達はぺしゃんこに潰されており、一戦交える必要さえなかった。

 とても土蜘蛛と大百足には敵わないと悟った数人の島民が、リーダーであるイクトミへと襲い掛かったが。

 イクトミに辿り着く間もなく、全身が突如バラバラにされてしまった。


「ざーんねん☆ 実はオイラも蜘蛛でね。オイラの出す見えない蜘蛛の糸は鋼のように鋭く、頑丈なのさ♪」


 イクトミは犬のような座り姿勢で片手を口元に、愉快そうに笑った。


「だからだぁ~れも、このオイラには近付けないのさ!」


 まさに憎まれっ子世にはばかる、だ。

 小心者ではあるのだが。

 だからこそ、己の周りには蜘蛛の糸を張り巡らせているのだった。


「ヒッ! ヒィッ!! あたしゃ死にたくないよぅ!!」


 叫びながら、家屋に逃げ隠れる者もいたが、大百足は人々の家をご親切に避けてはくれない。

 何せ山一つ分に巻きつくくらいの巨大さだ。

 家などあってないに等しい。

 逃げ隠れた者もろとも、家を破壊していった。

 土蜘蛛はと言うと、次々と人々を喰らっていく。

 誰もが、勇者一行を旅路へ送り出さなければ良かったと、後悔した。

 そして勇者一行が、引き返してくれる事を祈ったが、彼らが戻って来ることはなかった。

 こうして島内は、ほぼ大百足によって蹂躙され尽くされ、人々は土蜘蛛によって食い尽くされ、またはイクトミの糸で賽の目にされてしまい、最早おそらく生き残った島民はいないと思われた。


「ヒャッハー!! これでこの島はオイラの領地でぇーい! 早速クラーク様へご報告に行かねば♪」


 イクトミは飛び上がって喜びを露わにすると、魔城ラナンキュラスへと向かうのだった。

 カサブランカ島は、最初にモンスターから支配された、占領地となった。




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