story,Ⅳ:新たなる召喚霊
アイテム屋に到着すると、丁度店じまいをしているところだった。
「すみません! 買い物したいのですが、まだ時間いいですか!?」
「何さ? いくら勇者一行でも、もう店閉めないと、こっちも夕飯の支度があるんでねぇ」
中年の女性が、迷惑そうに振り返る。
「そこを何とか! どうしても必要なんです!!」
ガルシア・アリストテレスが、その女店主へと詰め寄る。
彼の剣幕に、女店主は嘆息を吐く。
「安い買い物したら、承知しないよ。で、何が欲しいんだい」
投げやりに言うと、女店主は腕組みをした。
「ここに、“仙人の種”があると聞いて──」
「えっ!? まさかそれが目的かい!?」
「は、はい……」
驚愕する女店主に、ガルシアは戸惑う。
「あんな物、本当に買う気かい!?」
「あんな物って……?」
「“仙人の種”は高額だけど、そのせいかなかなか買い手がなくてねぇ。レアアイテムと言うから仕入れてみたものの、もうかれこれ10年は売れないものだから……」
するとこれに、フィリップ・ジェラルディンが進み出てきて、言った。
「それはこれまでその必要がないほど、平和だったからです。魔王が復活した今、どうしてもその種が欲しいのです」
「あんな種、一体何の役に立つんだい?」
今度はガルシアが答える。
「調合に必要なんです。今手元に、いくつありますか?」
その言葉に、女店主は顎に手をやり、首を捻った。
「確か……五つだったかしら?」
「それっ! 全部ください!!」
「ええっ!?」
ガルシアの発言に、女店主は更に驚愕する。
「本当に全部買うのかい!? 1つ10万ラメーはする代物だよ!?」
「50万ラメーか……フィルさん、支払えますか?」
ガルシアは、おずおずとフィリップに尋ねる。
「うん。大丈夫だよ」
幽霊船かと思って乗り込んだら、そこにたんまり金銀財宝があってそれが実は、ショーンの前世であるルートヴィヒの物だったわけだしと、内心思いながらフィリップは微笑んで見せた。
よって、金には困らないのだ。
「じゃあ、ちょっと待っててちょうだい。今、奥から取り出して来るから」
女店主はそう言い残して、店の中へと入って行った。
「何か、すみません。こんな高い買い物させちゃって」
「気にしないで。仲間じゃない」
改めて頭を下げてきたガルシアに、フィリップは柔和な口調で答える。
「でもその“仙人の種”は、マリエラさんに頼まれていた素材でしょう? どうやって彼女に渡すの?」
「はい。もし見つけたら、手紙を送ってくれればそちらへ出向くって、言われているんです」
「そっか。じゃあ、次の目的のゲッケイジュ大陸に向かうから、そこへ来るように伝えれば、僕らは彼女の到着を待つよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
ガルシアは顔を輝かせると、改めてフィリップへと頭を下げた。
──五分後。
「あったあったよ。戸棚の奥に入れていたから、取り出すのに時間かかってね。待たせてごめんよ」
女店主がようやく戻って来た。
「それじゃあ、50万ラメーね」
女店主に要求され、フィリップはポケットから財布を取り出すと、50万ラメーを支払った。
「確かに。それじゃあこれ、仙人の種5個ね」
女店主から袋に入った品物を、ガルシアは受け取る。
中身を確認すると、桃の種くらいの大きさをした丸い赤茶色の種が入っていた。
「うん。間違いなくこれだ。マリエラさんから見せてもらった本に載っていたのと、同じだから」
「それじゃあ、お時間頂きありがとうございます」
フィリップは女店主へ、軽く頭を下げる。
「ああ、そう言えば」
はたとフィリップは思い出したような表情をする。
「この島には、パワースポットとかありますか?」
「パワースポットかい? ああ、あるよ。渓谷の先にある洞窟さ。せっかくここに来たのだから、行ってみるといいさ」
「分かりました」
「じゃあ、毎度あり」
そうして二人は、アイテム屋を後にした。
食事処へ戻ると、すっかり酔っ払ってるレオノール・クインと、まだ食事中のフェリオ・ジェラルディンの姿があった。
「じゃあ俺、宿屋に戻って、早速マリエラさんへの手紙を書きます」
「了解」
フィリップがそう一言口にすると、ガルシアは宿屋へと戻って行った。
「リオ。今から召喚霊を入手しに行くよ」
「ええ!? 明日じゃダメなの!?」
「今お前は成人体型だから、今でないとダメだ。言ったろう。魔法の効果は24時間だけだと。つまり明日の朝には、子供体型に戻るという事だ。召喚霊入手は、これまで通り成人体型でなくてはいけない」
「でもボク、まだ食べて──」
「腹八分だ。行くぞ」
フィリップは言うと、まだ食べているフェリオの腕を掴んで半ば強引に、食事処から連れ出した。
「何だ何だぁ~!? 俺も連れてけよー」
食事処から、酔っ払ったレオノールが追いかけてきた。
「それは構わんが、目的地に到着する頃には、その酔いも醒めるぞ」
「平気平気ィ~! それじゃあ早速、出発だぁ~!」
こうして三人は、渓谷へと向かった。
空はもう、紺碧色に染まっていた。
「ライトボール」
フィリップが口にすると、光の球体が頭の高さに出現し、浮かび上がった。
渓谷に到着すると、吊り橋がかかっていた。
渡り始めた三人だったが、中盤まで差しかかった時、レオノールが呻き声を洩らした。
「ヤベェ。吊り橋の揺れで、吐き気が……」
「下に向かって勝手に吐いてろ。俺達は先に行く」
「レロロロロローッ!!」
フィリップの言葉が終わらない内に、レオノールは吊り橋から頭を出して、嘔吐していた。
「ったく。汚らわしい」
フィリップは呆れ果てる。
彼女の嘔吐が済んだところで、改めて三人は前進する。
時々レベルの低いモンスターが出現したが、その度に酔いの醒めたレオノールが一撃で倒していった。
「大したボディーガードだな」
尚もフィリップは、相変わらず呆れ果てていた。
先を進むと、夜の帳が下りている中ポッカリと黒々しく口を開けたような、洞窟が現れた。
「お兄ちゃんボク……この中を一人で行くの……?」
フェリオが不安げに、フィリップの腕にしがみつく。
「ライトボールを付ける。頑張って行って来い」
フィリップに背中を押され、フェリオはビクビクしながら中へと入って行った。
「一体どこまで進めばいいんだよぉ……」
中は、鍾乳洞になっていた。
静寂に包まれる鍾乳洞の中、フェリオの言葉が小さく響く。
「あの……っ、誰かいますか……?」
フェリオが小声で洞窟内に、言葉をかける。
しかし、相変わらず静寂が漂う。
「何もなかったって、フィルお兄ちゃんに嘘言って、戻ろうかな……」
思わず心の声が、言葉に出てしまう。
そうして歩いた先は、突き当たりになっていた。
「ほら! やっぱり何もなかった! 帰ろ帰ろっ!!」
その時だった。
「──シー……ッ」
「え?」
これにフェリオはギョッとして、周囲を見回す。
するとすぐ目の前に、白く透明な姿の女が唇に人差し指を当てて、立っていた。
「ギ……ッッ!!」
思わず、大絶叫を上げそうになった自分の口を、慌てて両手で塞ぐ。
するとその女は、腰まで長いゆるやかなウェーブヘアを揺らしながら、手話で語りかけてきた。
そのまさかのコンタクト手段に、フェリオはギョッとしたが、魔法使いは手話も必要なので解読出来た。
“私ノ名ハ、イヴ。貴方ハ?”
これに、フェリオも手話で返した。
“初めまして。ボクはフェリオ・ジェラルディンと申します”
“ソウデスカ。フェリオ、貴方ニハコノ私ガ見エテイテ、手話ガ可能ト言ウ事ハ、召喚術士デスネ?”
“はい。そうです。この度は、貴女の力をお借りしたくて、参りました”
“私ハ、大シタ力ハ持ッテイマセンヨ? 貴方ノオ役ニ立テルトハ、思イマセンガ……”
“それでもボクは、貴女の力が必要なのです。ボクにとっては貴女の力が役に立つと、思っているから……”
すると、突然イヴがポロポロと涙を零し始めたではないか。
“ど、どうかしたのですか!?”
“本当ニ? 本当ニ信ジテモヨロシイノデスカ? コ、コンナ私デモ役立ツト……”
イヴは手話で述べると、その場に泣き崩れた。
“私ハ確カニ召喚霊デスガ、利用価値ガ無イト、使用ハ愚カ、フェリオノ様ニ契約ニスラ来テモラエナクテ……”
“利用価値がないとは……それは酷いですね。ちなみに効果能力を尋ねても構いませんか?”
途端、イヴは涙を拭うと、そっぽ向いた。
“言イタクナイ!!”
“え?”
彼女の反応に、キョトンとするフェリオ。
“契約ガ済ムマデ、言イタクアリマセン!!”
“では、契約しても良いですか?”
“勿論デストモ!”
イヴは喜び勇む。
“デハ、代償ニ声ト音ヲ頂キマス”
イヴは告げると共に、指で三角を作ってフェリオへ向けた。
すると三角形の魔法陣が出現し、フェリオの全身を通過した。
“コレデ貴女ハ私トノ契約ガ成サレマシタ……私ハ静寂ヲ司リシ者。今後トモヨロシクネ”
“はい。こちらこそ!”
するとイヴは微笑を見せてから、その場から姿を消した。
一方、洞窟の外では襲い来るゴブリンや、コボルトなどの低級モンスターと、フィリップとレオノールは戦っていた。
「すっかりモンスターが凶暴化してるな」
「やはりショーンの魔王復活と関係しているのだろう」
モンスターを殴り倒していくレオノールの言葉に、フィリップも答えながら魔法石のはまった杖で、軽々と低級モンスターを倒していく。
そこへ、洞窟内からフェリオが出てきた。
「リオ! 召喚霊は無事入手出来たのか!?」
レオノールが笑顔で出迎える。
「うん! 入手出来た☆」
「うむ、良し」
フィリップも、背後から飛びかかってきたゴブリンを、見もせずに肩越しに杖で一発撃破しながら、首肯した。
「どんな召喚霊だった?」
三人は元来た道を戻りながら、レオノールが訊ねてきた。
「それがビックリなんだけど、泣き虫な召喚霊だったんだよ」
「泣き虫~?」
「うん。自分はあまり必要とされていない召喚霊なんだって!」
するとフィリップが述べる。
「確かに属性によっては、使用しない存在もあるからな。俺みたいな、攻撃タイプだとかは」
「じゃあ、ボクはなるべく意識して、召喚するようにしなきゃだね」
「へぇ~。召喚霊の中にも面白ぇタイプなのがいるんだな。しかも積極的に召喚を望むとか、珍しいぜ」
「だけど、夜の洞窟は本気で怖かった……召喚霊が出現した時、悲鳴上げそうになったもん」
フェリオは言うと、嘆息吐く。
「よし! じゃあ戻ったらまた呑み直しだ!!」
レオノールが拳を天へと突き上げる。
「来る時に戻したのに、また呑むの?」
「ああ。おかげで酔いが醒めちまったからな」
フェリオに問われ、レオノールはケロリと答える。
「そんじゃあ、ボクも食べ直そうっと!!」
「俺はそっちの方が驚きだぜ……」
便乗するフェリオに、改めてレオノールが口にする。
そんな女二人の会話に、フィリップこそが呆れ果てるのだった。
「やれやれだな……」
こうして人里に戻ると、食事処で呑み食べを再開を始めたフェリオとレオノールを置き去りにして、フィリップは宿屋に戻り魔法書を開いた。
妹の呪い一時解除が可能となったところで、今度はレオノールの“ベルセルク化”の魔法を入手する為だった。
体力が減って死にかけたら、ベルセルク化暴走されると、味方の区別もつかなくなる危険を避ける為の、解除方法も入手するのが最大の目的でもあるからであった。




