story,Ⅲ:カサブランカ島
セイレーンはすぐに、状況を理解出来ずにいたが、自分の視界に映る首のない見覚えのある肉体──。
それは自身の物だと把握する。
「よくも……よくも妾をこんな目に……! 思い知るが良いわ!!」
首だけとなったセイレーンは、歯噛みするとこの上ない甲高い声を奏でた。
「アー……ッ!!」
するとしばらくして、たくさんの有翼モンスターが群れを成して、集まってきたではないか。
「後悔するが良い……! これらを貴様一人で相手にする事を」
「阿呆か。てめぇさえいなけりゃ、後は仲間と一緒にこいつらを退治するだけの事だ」
「何!? 他に仲間が……!?」
「話は終わりだ。じゃあな」
驚愕の表情を見せたセイレーンの頭を、レオノール・クインはまるで猛禽類のような足でグシャリと踏み潰した。
そして周辺を見渡すと、恐怖に怯えた島民の姿や家があるではないか。
「チッ……このまま終いにしてとんずらは出来ねぇな……」
レオノールはもう、すぐ目の前まで来た船に飛び乗ると、三人にそれぞれ声をかけて回った。
これにようやく耳から手を離し、デッキに出てきた三人は、空を飛び交う有翼モンスターの存在に驚く。
フィリップは波打ち際に倒れている、カラフルな翼の首のない躯を見て、状況を理解した。
「セイレーンがいたわけか。納得だ」
「詳細は後だ。島民を見捨てる訳にはいかねぇ。よろしく頼まぁ」
レオノールに言われて、三人は武器やアイテムを持って、船を下りる。
「よーし、任せとけ! 今こそ愛銃の出番だ!」
ガルシア・アリストテレスが、腰にあるホルダーから二丁拳銃を取り出す。
「タイミング悪ぅ~。ボク今、成人体型なんだよ。白魔法しか使えないじゃん」
そう述べる、フェリオ・ジェラルディン。
「攻撃タイプの白魔法を使え」
フィリップ・ジェラルディンが、妹へ声をかける。
ざっと見る限り、軽く100体はいそうだ。
「一気に行くぜ野郎共!!」
レオノールは空から声をかけると、身近なモンスターへ攻撃を開始した。
「かまいたち!!」
レオノールはクロスさせた両腕を振り払うと、出現した風の刃が5~6体を切り刻んだ。
「喰らえぃ!!」
ガルシアは叫ぶと、有翼モンスターへ銃を連射する。
銃撃を受けたモンスターは落下し、その衝撃も加わって絶命する。
「迸れ稲妻走電」
フィリップが片腕を横へ振り払うと、天から赤い落雷が出現して10体前後のモンスター達がこれを受け、落下する。
「行われよ。神々の宴!!」
次にフェリオが両手を前に突き出して、ギュッと拳を握る。
すると天空から数々の光の輪が出現し、モンスターを潜ると強力に締め付けた。
これにモンスター達はもがくが、光の輪は更に締め付け、ついには上半身と下半身を切断した。
これで10体前後のモンスターが、フェリオの光属性魔法により倒される。
この調子で、軽く半分のモンスターを倒した。
よく見ると、中にはインキュバスやグレムリンもいる事が確認出来た。
「まだまだぁ~っ!!」
ガルシアは吠えながら、空を飛び交うモンスターへ射撃していく。
「ガル! どっちが多く倒したか、競争だぁ!!」
「望む所です!!」
空からそう声をかけてきたレオノールへ、ガルシアが返答する。
「全く。バトルはゲームではなかろうに」
フィリップが呆れていると、突然背後で悲鳴が上がった。
振り返ると、フェリオがインキュバスから覆い被されていた。
そして彼女の豊満な胸を、揉みしだいているではないか。
「ヤァッ!! やめてっ!!」
更に、片足の膝をフェリオの股へ押し付けて、開脚させていた。
「嫌よ嫌よも好きのうち。良いではないか、良いではないか」
これにフィリップの怒りの沸点が、限界突破する。
「おのれ貴様ァッ!!」
フィリップは、インキュバスへ掴みかかる。
羽の根元を鷲掴みにすると、その背から引きちぎった。
「ギャアッ!!」
インキュバスは短い悲鳴を上げて、フェリオから離れる。
召喚士で魔法使いであるフィリップの、どこにそんな力があるのかと、つい驚愕させられる。
「俺のっ! 女にっ! 何をっ! 晒しているっ!?」
フィリップは、拳でインキュバスの顔をまるでサンドバックのように、叩き込んでいく。
この扱いに、インキュバスも怒りを露わにする。
「人間の分際でぇぇーっ!!」
「モンスターの分際が! 身の程を知れぃぃっ!! たっぷり恐怖に慄きながら死ねぃっ!! ──死への階段!!」
すると、インキュバスに黒いフードマント姿の大鎌を持った骸骨が、傍らに現れた。
「フン。死神など恐るるに足らんわ! 消えろ!!」
インキュバスは吐き捨てて、手を死神へと振るう。
しかし、インキュバスの振るった拳は、死神をすり抜けた。
「何だって……!?」
驚愕を覚えるインキュバス。
「俺様は貴様なんかよりもずっと強い。その俺様のかけた呪いを、そう容易く貴様如きが解除など出来んわ!!」
そう怒声を上げたフィリップの双眸は、紅い赫灼を放っていた。
「すご……っ、フィリップさんこそ魔王っぽい……!!」
ガルシアがそれを見て、愕然とする。
「主人格も裏人格も妹の事になると、我を忘れるくらいにキレるからな……融合している今、ダブルの感情が重なってステータス値4倍くらいになってんじゃね?」
空から、レオノールが答える。
フィリップの呪いの魔法をかけられたインキュバスは、じわじわと与えられる苦しみにもがき暴れていたが、ついにカウントが来て死神からスッパリと大鎌を振るい下ろされて、絶命した。
「助けてくれてありがとう。フィルお兄ちゃん」
「礼には及ばん。当然の事だ」
駆け寄って来たフェリオに、フィリップは平然と述べる。
しかしまだその怒りを鎮める事が出来ず、半ば八つ当たりでフィリプは空に向かって最強魔法を放った。
「そこを退けレオノール!! ……宇宙より飛来し敵を穿て──星屑落流!!」
すると数々の星屑が降り注ぎ、空を飛んでいるモンスターを貫き、たちまち全滅に追いやった。
「だから、こういうの持ってたら初めから使えって……」
レオノールは嘆息吐いた。
セイレーンが呼び寄せた100体前後のモンスターは、これにより全滅した。
レオノールも地上に降りて、背中の羽を体内に収納する。
「せっかくここに来たんだからさ! このまま立ち寄ってみようよ!」
フェリオが嬉々として言う。
「どうせお前の目的は、地元飯だろう」
レオノールが述べる。
「俺もここで探し物がしたいね。ついでなら」
ガルシアも賛同する。
「僕はリオが急がないのであれば、別に構わないよ」
フィリップも柔和な微笑みを浮かべる。
「さっきまでの悪鬼が嘘の様に、仏と化してる……」
「慣れろ。それしかない」
愕然とするガルシアの発言に、レオノールがそう言って後ろから彼の肩に、ポンと手を置いて諭した。
海岸から内陸に進むと、家々が見えてきた。
しかし、人の姿が見当たらない。
「え……まさかここも、オリーブ大陸であった、ホウセンカ村みたいな廃墟じゃないよね……!?」
フェリオが不安げに呟く。
一行は周辺を見渡す。
「いや……窯の火が燃えてるし、洗濯物も干されてあるし、生活の痕跡は見受けられるから、廃墟ではない筈だよ……」
ガルシアの言葉に、レオノールも首肯する。
「ああ。俺が一足早くこの島に上陸した時、島民がいるのをこの目で確認してるし、実際今も建物内から物音が聞こえる」
するとフィリップが、大声を上げた。
「すみませーん! 旅の者ですが、誰かいませんかー!?」
これに、しばらく間を置いて、コソコソとドアや窓の隙間から、住人が顔を覗かせた。
「怪しい者ではありません! 僕らは偶然ここの島に船が流れ着いた、旅人です!」
再びフィリップが声を上げる。
またしばらくして、今度はガタゴトとドアや窓が開いた。
「あんたら……本当に旅人かね……?」
一人の老人がドアの前まで進み出て来る。
見た様子から、どうにも戦慄しているのが分かった。
「海辺が騒がしいと思い、近くまで見に行ったら……無数のモンスターが空を覆っていたんじゃ……。お前さん達はその中で、一体どうやってこの島に上陸出来たんだね?」
するとガルシアが一歩進み出て、言った。
「モンスターを全て、ぶっ倒して来ました」
そんな一行に、老人は瞠目する。
「僕達が、完膚なきまでにやっつけましたよ。ですから、どうぞご安心ください」
フィリップが悠然と述べる。
「あれだけの数のモンスターを……!? あ、あんた達は、一体何者かね?」
老人は今だ懐疑心を解く事無く、訊ねてきた。
その様子に、一行は老人の気持ちを忖度し、謙遜的に自己紹介を始めた。
「僕はフィリップ・ジェラルディン。魔法使いをしています」
「ボクはフェリオ・ジェラルディン。彼の妹で、同じく魔法使いです」
「俺はレオノール・クイン。武道格闘家をしている」
「俺はガルシア・アリストテレス。剣士及び銃使いです」
これらを前に、老人はゆっくりと首肯した。
「あれだけのモンスターを倒したのが本当ならば、是非歓迎せねば」
「ちなみにこのガキの称号は、勇者だ」
「ええっ!!」
レオノールが、ガルシアを引き寄せて重ねて述べると、突然家々から驚愕の声が響き渡った。
「まさかの勇者ご一行か!?」
「よくぞカサブランカ島へ!」
「あれだけのモンスターを倒せたのは勇者ご一行だったからであるのなら、合点がいく!!」
周囲から、こぞって島民達が家屋から外へ出てくる。
「この島を守ってもらったからにゃあ、大いに歓迎せねば!!」
これに思わず、ガルシアは戸惑っていると、レオノールが背中を叩いた。
「ショーンから受け継いだ勇者の称号だ。もっと自信を持て」
「は、はい……!」
彼女からの激励に、ガルシアは改めて自信を抱くのだった。
──「魔王復活を機に、凶暴化したモンスターとの遭遇率が増加して、その駆逐に苦労していまして……」
「そんな中での今回の大群に、我々では手に負えないと家屋に息を潜めて隠れていたと言う訳です……」
島民の発言に、フェリオとフィリップは目を合わせて、彼ら兄妹の父が犯した行いに慙愧の念を覚える。
父の過去への懐古心から、別世界に転生して新たな人生を謳歌していたショーンを召喚した事により、彼の肉体に封印されていた魔王が蘇ったのだから。
それを悲嘆したショーンが、その流れを断ち切る為に召喚士の村を、焼き払ったのだ。
ショーンが好きでやったわけではない意味では、彼は哀しみの魔王とも言えた──。
フェリオとフィリップだけが、こんな気持ちを抱いているわけではない。
レオノールは勿論の事、ガルシアもまた然りだった。
本当の意味で、この長い“勇者と魔王の戦い”を終わらせなければ──彼等の魔王討伐は、その気持ちが強かった。
「さぁ皆さん。今宵は大いに飲んで食べてください!」
一行は島民達からのもてなしを受けていた。
今までは“魔王討伐”と言うと“時代遅れだ”と笑われたものだが、今では歓迎されている。
何とも皮肉な話だ。
だがしかし、そんな事など物ともせずにフェリオは、食べるのに夢中だ。
レオノールもガブガブ麦酒を流し込んでいる。
ガルシアはまだ、一応未成年なのでソフトドリンクだ。
「ホント……うちの女達ときたら……」
半ばそんな具合の二人に呆れるガルシアに、フィリップは苦笑いを浮かべながら言った。
「これが僕らの恒例でしょ。そろそろ慣れなきゃだよ」
「何か必要な事があれば、いつでも言ってくださいね」
食事処のウエイトレスが、笑顔で声をかけてきた。
そこで、ガルシアはダメ元で彼女へと、訊ねてみた。
「あの俺、“仙人の種”を探しているのですが、心当たりはありませんか?」
「仙人の種ですか? それならうちのアイテム屋に売られていますよ。大変高額ですし、数も少ない貴重アイテム扱いではありますが……」
これに、ガルシアの表情が晴れ渡る。
「本当ですか!? フィリップさん! 仙人の種、購入しても構いませんか!?」
「え? うん、別に構わないけど」
「じゃあ早速買いに行きましょう!!」
ガルシアはフィリップの手を取ると、半ば引き摺るようにして外へと連れ出す。
こうして男二人は、食事処を一旦後にした。




