story,Ⅰ:渦潮から船を守れ
朝──グラグラと、船が大きく揺れた。
「また巨大モンスター!?」
フェリオ・ジェラルディンが飛び起きた拍子に、その上で丸くなって寝ていたルルガが、ベッドから弾き落とされる。
気付くと、隣で一緒に寝ている筈の兄、フィリップ・ジェラルディンの姿がない。
と、言うより、いつもの如く兄の部屋へ寝惚けたフェリオが彼のベッドへ潜り込んでいるので、ここはフィリップの部屋なのだが。
「あれ? フィルお兄ちゃんがいない……」
その間にも、船はグラグラ揺れている。
「とりあえず早くバトルに参加しなくっちゃ!!」
フェリオは急いで部屋を飛び出し、デッキに向かうと。
船の外には、青い海が広がるだけで何もいない。
海鳥が鳴いていて、平穏な限りだと思えたが、ふと操縦席を見るとフィリップとガルシア・アリストテレスが必死で舵を、取っている所だった。
「そうしたの!?」
訊ねながら海面を見ると、先の方に巨大な渦が巻いているではないか。
「この渦に吞み込まれたら、この船は木っ端微塵だ!!」
ガルシアが声を大にして言う。
巨大渦はいくつもあって、その先には何やら島があるように見える。
どうやらその島を守るかのように、グルリと周辺に渦を巻き、まさに上陸者を拒んでいるようだった。
この渦に吞み込まれることなく、何とか通過してゲッケイジュ大陸を目指さなければならない。
「あの島には、何があるの!?」
「あの島がヒイラギ島でな。魔城ラナンキュラスの真下にある、ありとあらゆるモンスターの巣窟みたいなもんだ」
突如レオノール・クインが船室内から姿を現して説明すると、うんと大きく背伸びをした。
この説明に、フェリオは空を仰ぐがそこには、真っ白く大きな雲に覆われて、ラナンキュラス城を確認する事は出来なかった。
「無理だぜ。地上から魔城を見ることは、出来ねぇ。常に雲の中だからな。しかも性質の悪いことに、ラナンキュラスは常々このだだっ広い空の中を、あちこちに移動する。あのヒイラギ島の真上が拠点ではあるが、特別な事がない限りはここには戻らない。……ショーンを出迎えた時ァ、戻って来たんだろうがな……」
「え!? じゃあ一体どうやって魔城ラナンキュラスを見つけるの!?」
「どうにかして、だ」
フェリオの疑問に、レオノールはあっさりと答えた。
「本当にそれで、大丈夫だよね!?」
「任せろ。俺ァ伊達にあのファラリスの血は引いちゃいねぇんだ。魔人体になってからは、魔城との繋がりが嫌ってくらいに判らぁ。さ、そうと分かったら、朝飯だリオ」
途端に、それまで不安げな表情を浮かべていたフェリオが、一気にその顔を輝かせる。
「ヤッター! 朝ご飯♡」
「勘違いするなよリオ。今日は一日、俺らが調理担当だ。お前と俺が、今から飯を作るんだぜ」
それはフェリオにとって、地獄の一日になると言う事だった。
餌を前に待てをされている、犬と同じだ。
極力、“つまみ食い”もせずに、料理を完成させねばならないのだから。
「味見はしてもいいよね?」
「ダメだ」
「え、でも味見しなきゃ味が──」
「俺がするから大丈夫だ」
そんなこんなで、船室内の厨房へと彼女達の声が消えていく中、フィリップとガルシアの男衆は、必死で舵を取っていた。
「ガル、パンジー海流に上手く船を乗せれば、もう後は楽だから頑張って!」
「か、海流って、どうやって目視するんですかぁ!?」
「水面と、海水の色の違いを見るんだよ」
「そんなの、絶対無理ぃ!!」
ガルシアは、渦の流れに逆らうのに必死だ。
「ほら、左手を見てご覧。あの、右へ向けて水面が筋のような模様が出来ているのが判る? あれを“水の綾”って言うんだ。そして更に色が違っているのが判る? 微妙だけれど、コバルトブルーから、アクアブルーになってる一本の道、あれが海流だよ」
「とにかくこの渦から脱出すればいいんですよねぇ!?」
「ま、要はそういうことだね」
フィリップは、半泣き気味のガルシアにクスクス笑いながらも、面舵をいっぱいに回すのだった。
「モンスターバトルも大変だけど、この大自然こそも母なるモンスターを相手にしているようだよ!」
「でもその分、大自然からは学ばされる事が多いでしょ? 特に、ダークエルフであれど森の精霊と謳われているのなら」
「確か、に!!」
渦に持っていかれそうになる舵を、必死に回すガルシア。
「これも剣の腕前を上げる訓練だと思って」
フィリップは言って、余裕げにニッコリと笑顔を見せた。
「フィリップさんは、余裕ですね……」
「まぁね♪」
そう言ったフィリップのポケットの中には、“四神の札”なる四種類の札が五枚ずつ、計二十枚入った一冊の札帳で、その中の一種“白虎の札”を密かに使用していた。
白虎の札は、使用中のみ“力強が上がる”作用がある、一種のレアアイテムである。
魔法をメインにしているフィリップは、男とは言えそれ程の力量がないので、アイテムを使用したわけだ。
ちなみに、“玄武の札”は防体が、“朱雀の札”は賢速が、“蒼竜の札”は体値が上がる。
さすがにこの大渦から面舵いっぱいに回して、逆進させるのはガルシア一人では無理そうだとフィリップは思った。
レオノールに頼もうかとも思ったが、逆に面舵を壊してしまいそうだったので、やめておいた。
妹フェリオは、戦力外なので初めから、数に入れていない。
万が一の時はルルガがいるが、何らかの代償を支払う羽目になりそうなので、最終候補にしている。
「さっさと海流に乗って、朝食にしようね☆」
「簡単に言わないでくださいいいぃぃいぃぃーっ!!」
「アッハッハッハー♪」
顔面真っ赤にしているガルシアを見て、フィリップは軽やかに高笑いするのだった。
一時間後。
「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ!! あー、しんど!! マジ死にたくなるくらい、しんど!! 途中、何度もいっそ殺してくれって思ったし!!」
デッキでガルシアが、大の字になって倒れていた。
「ガル、ご苦労様」
フィリップは悠然と傍らにしゃがみこみ、声をかける。
船は無事、パンジー海流に乗り、渦潮から逃れる事が出来た。
後半、力尽きかけている時に、渦潮の中央からおそらくクラーケンのものであろう、白く吸盤のある触手が伸びてきた決定的瞬間を目撃してから、ガルシアは無我夢中で面舵を全力で回し始めたおかげなのもあった。
大渦とクラーケン両方を相手にしていたら、それこそ船どころか一行さえも海の藻屑となった事だろう。
しばらくすると、フェリオの元気な声が届いた。
「朝ご飯出来たよぉー! ダイニングに下りておいでー! じゃあないとボクが全部、食べちゃうよ~!!」
「ほら、朝食だって。一緒に行こう!」
「ハァ、ハァ、……はい、行きましょう……」
少しは落ち着いたものの、肩で呼吸しながら体を引き摺るように立ち上がると、半ばフラフラしながらフィリップと一緒に、ダイニングへと下りた。
そして、テーブルに並んでいる料理を見て、ガルシアはげんなりとなった。
ただ蒸かしただけのジャガイモ。
茹で上げただけのトウモロコシ。
そのままレタス。
ゆで卵(殻付き)
半分にカットされただけのプチトマト。
そのまま厚切りベーコンブロックに、マヨネーズをかけただけのもの。
黄身が崩れた目玉焼き。
種ごと半分にカットされた、皮付きのままのアボガド。
丸皿に盛られた、ビスケット。
青バナナを炒めたらしいもの。
チーズブロック等々。
「こ……これは……料理のうちに入る、の……か……??」
愕然とするガルシア。
「少なくとも、毒消しは入っていないのは、確かだ」
レオノールが腕組みをして、自信満々に述べた。
「どれも美味しそうでしょ?」
フェリオも当然の如く、満面の笑みだ。
「本当に。兄妹だけで旅していた頃を思い出すよ」
フィリップも優しく微笑みながら、何気にチクリと嫌味を口にしたが、彼の性格上誰もそんな事には気付く者はいなかった。
「うちの女どもには期待出来ねぇな」
ガルシアが椅子に座りながら、ボソリと呟く。
「あんっ!? 何か言ったかこのクソガキ!!」
それをしっかり聞き逃さなかったレオノールが、ドスの利いた声で訊ね返す。
「いえ、何でもございません!!」
これにガルシアは慌てる。
「胃の中入ればみな一緒って言うし、リオはこの仕上がりに満足してるんでしょ?」
「うん!!」
元気の良い妹の返事に、フィリップは笑顔で首肯した。
「だったら僕も構わないよ」
「バトル以外だと、まるで仏のようだね。フィリップさんは……」
ガルシアは改めて感心しながら、蒸かし芋にかぶりつくのだった。
食後──。
「さて、リオ。昨日僕が言っていた、魔法の実験を始めようか」
フィリップの言葉に、フェリオが改めて訊ねる。
「今日はどんな実験?」
「それは、その時までのお楽しみだよ」
「俺も俺も! 俺も見学──」
兄妹の会話に介入してきたガルシアへ、レオノールが答えた。
「お前は俺と筋トレだ。勇者様」
「えっ!? ええ!! 渦潮脱却で充分体力使ったし、少しくらい──」
「言い訳無用。少しでも剣の腕を鍛えろ」
レオノールはガルシアの襟首を掴むと、ズルズルとデッキへ引き摺って行った。
その様子を、フィリップはクスクス笑いながら見送った。
フィリップの部屋にて。
「今の僕のレベルで、次の魔法が使用出来るのかを確認したくてね。リオでなきゃダメなんだ」
「それって、ボクにも使用可能なの? 例えば昨日の“ムーンライト”みたいに」
フェリオが椅子に座った状態で訊ねた。
「今から試す魔法も、“ムーンライト”も、リオは自分自身には使用出来ないんだ」
「そっかー」
兄の言葉に、フェリオは残念そうに床に届かない足を、ブラブラさせる。
「それじゃあ、始めるよ? 準備はいい?」
「うん。いいよ」
フェリオは答えると、椅子から飛び降りてその場で直立する。
これを確認すると、フィリップはゆっくりと呪文を唱え始める。
「宵闇の中で煌き輝く月光よ。時選ばずして優しく対象に降り注ぎたまえ──月煌輝優」
すると白銀の煌きが、フェリオの頭上に降りかかり、白銀のベールとなってフェリオを包み込んだ。
そのシルエットはムクムクと成長して、煌きがパンと弾けた時。
やはりと言うか、半裸姿の成人体型フェリオが現れた。
「ヤ~ン! だからこうなるって分かってたでしょう!? お兄ちゃんは!!」
フェリオが恥ずかしそうに、胸と下半身を手で覆い隠す。
「いや、まさかまた一発で成功するとは、思わなかったから僕も驚いている」
フィリップも、目を瞬かせる。
「自分で思ってるより明らかに魔法レベルが上がってる……裏人格との融合した影響もあるのか……?」
フィリップは言いながら、自分の手を眺めた。
「そ、それで今度はこれ、どれくらいの作用があるの?」
「おそらくは、二十四時間だと思う」
「じゃあ、バトルでも余裕で役立つね!」
「うん。そうだね」
嬉しそうに言ったフェリオの発言に、フィリップも笑顔を見せる。
「それじゃあボク、着替えてくる──」
フェリオは部屋のドアへと向かって歩き出した時、唐突に手首を掴まれて引っ張り込まれた。
「わぁ!!」
兄の胸の中に飛び込む形になってから、そのままの勢いでフィリップはベッドへ投げ出すように腰を下ろし、フェリオを膝抱っこした。
「あ、あの、お、お兄ちゃん……?」
「せっかくなんだから──楽しもうよ」
「楽しもうって……っ!!」
妙に、妖艶な表情のフィリップの様子に、フェリオは顔を紅潮させる。
「ボ、ボクをどうするの……?」
「どうしようか……苛めてみようかな……」
「ズルいよ、そんな、の──」
フェリオの言葉が終わらない内に、その口唇はフィリップの口唇によって、塞がれていた。
「ん……はむ……」
フィリップの舌が、フェリオの口内に挿入され、彼女の小さな舌は絡み取られては吸われたりと、蹂躙される。
「ん、ん……はふ……」
呼吸の仕方も忘れてしまいそうだった。
フィリップはスイと、肌が露わになっている妹のウエストに、指を這わせた。
ビクンと、体を弾ませるフェリオ。
そのままフィリップは、その手を上へと這わせたかと思うと。
「──アン!」
咄嗟にフェリオは、キスをやめて声を洩らした。
フィリップから、豊満な胸を鷲掴みにされたからだった。




