story,Ⅴ:決着
一瞬よろめき、後ろへ倒れ掛かったヒュドラだったが、素早くケット・スラウローの手首を掴んで己の身を引き寄せ、体勢を立て直した。
そしてそのままの流れで、ヒュドラはその掴んだケット・スラウローの腕を捻じりこんだ。
直後、ゴキリと鈍い音がしたかと思うと、ケット・スラウローが短い悲鳴を上げた。
「ギャウッ!!」
その片腕が、力なくブラリと垂れ下がる。
引き続きヒュドラは、もう片方の腕も捻じり折った。
「グギャッ!!」
再度ケット・スラウローは短い悲鳴を上げて、もう片腕も力なく垂れ下がる。
これでケット・スラウローの両腕は役に立たなくなった。
それを良しとし、ヒュドラは次に両腕でケット・スラウローの首に掴みかかった。
そして、渾身の力を込めて、ケット・スラウローの首を締め上げる。
「ルルガ!!」
咄嗟にフェリオ・ジェラルディンが、ケット・スラウローの名前を叫ぶ。
すると、ケット・スラウローの全身が白い光に輝いた。
二番目の頭から得た、回復を使用したのだ。
こうして復活した両腕で、自分の首を絞め続けるヒュドラの両腕を、掴んだ。
そして自分がされたのと同様に、ヒュドラの両腕を同時に捻り上げた。
「グオゥッ!!」
ヒュドラは鳴き声を上げて、必死に抵抗する。
だが抵抗虚しく、鈍い音が二度重なる。
「グギャアアアァァァァーッ!!」
ヒュドラの両腕は、絶叫と共にダラリと垂れ下がる。
形勢逆転。
ケット・スラウローは鋭い爪で二度、ヒュドラの腹部を切り裂いた。
これにより、ヒュドラの内臓が海中に零れ出る。
それを確認するように、自分の腹部を見下ろすヒュドラだったが、束の間。
ケット・スラウローによって首を切断され、ついにヒュドラは事切れた。
ヒュドラの体が海中へ沈む中、ケット・スラウローはその頭を喰らっていた。
「あれ……俺は一体、何を……」
このタイミングで、レオノール・クインが本来の意識を取り戻したようだった。
「レオノール! 戻ってきたんだね!? 良かったー!!」
フェリオの言葉に、キョトンとするレオノール。
「レオノールは猛毒で一度死んで、魔人として蘇り更に狂戦士化して、ルルガと一緒にヒュドラと戦っていたんだよ。すっごく強かった!!」
「俺が一度死んで、魔人化……?」
「うん。その証拠にほら、背中に羽が生えてるでしょう?」
「え……?」
フェリオからの指摘に、レオノールは背後へ顔を向ける。
「あ、マジだ……」
レオノールは言って、軽く羽を動かす。
「父親が魔王ファラリスだったから、“死”によって魔人の力が覚醒したのだろう」
フィリップ・ジェラルディンも、声をかけてきた。
「参ったな。これじゃあ、人間の敵になっちまうじゃねぇか……」
レオノールは苦笑いを浮かべる。
「大丈夫だよ! ボクはどうなったって、レオノールの味方だもん!!」
フェリオは半泣きで言うと、レオノールに抱きついた。
「俺もです! レオノールさん!!」
ガルシア・アリストテレスも同意する。
「その羽は、出し入れ可能にならないのか」
フィリップが冷静に訊ねてきた。
「分からない……やってみる」
レオノールは答えると、背中と羽に全集中させた。
その時、ケット・スラウローが猫の姿に戻って、フェリオの元へと擦り寄ってきた。
「ルルガ!!」
「ニャン♡」
フェリオは、レオノールから体を離すとルルガを迎え入れる。
「凄かったよルルガ! 正直摂食シーンはグロかったけど、本当に強かった!! ボクらを助けてくれてありがとうね。ルルガ♡」
「ウニャ~ン♪」
フェリオの言葉にルルガは喜びを露わに、フェリオの肩へ飛び乗った。
その間、グシュグシュと音が聞こえ、そちらを見るとレオノールの羽が、彼女の背中へ収納されていく所だった。
「おお! 出来た!!」
「良し。これで人間は誤魔化せるな」
レオノールの言葉に、フィリップも首肯した。
「ベルセルク化か。これは魔法にもあるから、今後の為に学習しておこう」
フィリップはそう言い残して、船室内へと戻って行った。
「正直、魔人化は反発心があるが、血は争えねぇな……」
レオノールがぼやく。
「レオノールさんは、レオノールさんだよ! ノープロブレムですって!!」
ガルシアは言って、ニカッと歯を見せて笑う。
「ああ。お前から言われると、多少は救いだよ」
レオノールは、ふと微笑んだ。
自分の部屋で、魔法獲得本ノウハウを読み耽っていた兄の元へと、フェリオが訪ねた。
「フィルお兄ちゃん……今、ちょっといいかな……?」
「ん? なぁに?? リオ」
フィリップは回転椅子と一緒に振り返り、優しく妹を出迎える。
「バトルの時……ボクがレオノールで戦力にならなかった時なんだけど……どうしてフィルお兄ちゃん、白と黒の魔法両方を使用出来たの?」
するとこれに、フィリップは優しく微笑んで見せる。
「それはね。僕、主人格と裏人格の融合によるものだよ。今の僕はもう、白も黒も両方が扱えるようになったんだよ」
その説明に、フェリオは驚愕する。
「じゃあ、フィルお兄ちゃん最強じゃん!?」
「それは違うよリオ。召喚霊だけは、それぞれが契約した御魂でなくては、召喚出来ない。ルルガが実際に、フェリオじゃなきゃケット・スラウローにはならなかったでしょ?」
「う、うん……」
兄からの発言に、フェリオは少し拗ね気味に首肯する。
「どうかした?」
「だって、お兄ちゃんばかり……ボクだって、白と黒両方の魔法が使えるようになりたいよ……」
するとフィリップは、少しだけ困った顔をした。
「リオが、完全に成人体型になれば、白黒両方の魔法を使えるようになるんだろうけど……不老のうちは、無理かな……」
「ショーンはどうして、ボクにこんな呪いをかけたんだろう」
「予測はつくけど……今はただ、彼を目指して前進あるのみ、だよ」
「だね……」
フェリオは言うと、大きな嘆息を吐いた。
「ところでリオ。丁度良い所に来たね。少し、僕の魔法の実験体になってくれないかな?」
「え? 何?」
「これはリオでしか、出来ない魔法なんだ」
「わ、分かった……」
フェリオは釈然としない様子で、改めてフィリップの前に立った。
それを確認して、フィリップは妹へ魔法の呪文を唱え始める。
「闇を照らし光よ。今も構わずかの者に光を──月下照光」
すると室内にも関わらず、フェリオの頭上に優しい金色の光が降り注いだ。
途端、パキポキと関節音を鳴らしながら、フェリオの体が大きくなり始めた。
「あっと……しまった」
フィリップは途中、呟くとぺロリと舌を出した。
「成人用の衣装を用意させておくべきだったね……」
彼がそう発言した時には、目の前のフェリオはすっかり成人体型になっていた。
「分かってたんだったら、もっと早めにそう言ってよぉっ!!」
フェリオが子供服からはみ出て露出している箇所を、それぞれ手で隠しながら言った。
「いや、今の僕の魔法レベルで成功するのかどうか、試したかっただけだったから、まさか一発で成功するとは思わなくてね」
フィリップは半裸の妹を前にして、悠然とクスクス笑う。
「……」
「……ん?」
突如、無言になるフェリオに、フィリップはキョトンとする。
「……」
「何? どうかしたのリオ??」
変わらず無言で見つめてくる妹に、フィリップは少し狼狽を覚える。
「フィルお兄ちゃん……だよね?」
「うん。そうだよ?」
「え、何で? どうしてお兄ちゃん、絶叫したりしないわけ!?」
「そりゃあ、裏人格になろうにも、もう融合しちゃってるからね。主人格である僕も、おかげで“女体”を克服出来たんだよ」
「そう、なんだ……」
そうと分かると、何故か急にフェリオは、心臓がドキドキ早鐘を打ち始めた。
「と、ととと、とにかく、この格好を隠せる何かを──」
するとフィリップが立ち上がって、自分の羽織っているマントのスナップをパチン、パチンと指で弾くようにして外すと、妹へそっと優しく覆ってやる。
「お、おに、おに、お兄ちゃん……!」
思わず胸が、キュンとなるフェリオ。
「んー? なぁに? どうか、した?」
徐々に、フェリオは顔を赤らめる。
「フィルお兄ちゃん──好き♡」
「フ……ああ、知っている」
フィリップが、ニヒルな笑みを浮かべる。
「違う。そんなんじゃなくて、ボク、フィルお兄ちゃんを男とし──」
気付くと、フェリオはフィリップからキスをされていた。
「ん……」
つい、フェリオも兄からの口づけに身を任せる。
顔の角度を変えながら、何度も何度もキスを繰り返す。
まるで、小鳥の囀りのような音を立てながら。
そしてフィリップの方から、口唇を離す。
フェリオの口唇がそれを追い縋ろうとするが、フィリップは人差し指で妹の口唇を止める。
「続きはまた今度だリオ。このムーンライトの魔法の効果は、30分のみ。もうワンランク上の魔法があるが、時間を置いてまたお前で、実験する」
「もっと、もっといっぱいボクで実験して……」
これに、フィリップは苦笑いする。
「エロいなリオ。そう慌てなくても俺は逃げやしない。ずっと一緒だ。今までもずっと、そうだっただろう?」
「うん……」
フィリップから諭されて、フェリオは火照った体を何とか沈める。
「しかし皮肉なものだな。ショーンの魔王覚醒によって、俺らが血の繋がりのない兄妹だと知らされるとは……」
「でも、ボクは嬉しいよ?」
「そうだろうとも。お前はいつだって、俺の事が大好きだからな」
「フィルお兄ちゃんは?」
「無論だ」
「はー……主人格と融合したからか、裏人格タイプのお兄ちゃんが凄く素直になってる♡」
「嬉しいだろう?」
「うん! すっごく♡」
──「まぁ、そんなこったろうとは思っちゃいたがな」
夕食時。
突如レオノールが片手に持ったフォークを揺らしながら、言ってきた。
「ええっ!? 何が!?」
大食いの最中、突然のレオノールからの指摘に、珍しく激しい動揺を見せるフェリオは、もう子供体型に戻っていた。
「俺ァそのつもりはねぇが、どうにもこの魔人ヴァージョンの肉体に覚醒してからは、六感が鋭くなっちまっていけねぇぜ。お前ら兄妹の会話、丸聞こえだった。まさかとは思っちゃいたが、マジでその通りになったな。おめでとう。俺は祝福するぜ?」
「え? 何? 何が何??」
レオノールの言葉に、ガルシアのみが意味不明だった。
「あのな……」
そんな彼へ口を開くレオノールを、フェリオは食事をする手を止めてまで、慌てふためいた。
「ヤーッ!! レオノール!! そこまでは、まだ言わないで!!」
「ん? あ、ああ。そうか?」
テーブルに身を乗り出し、必死に両手をブンブン横に振りながら止めるフェリオの反応に、レオノールは悪戯な笑みを浮かべる。
「分かってるって。わざとだよ。わ・ざ・と」
レオノールの反応に、フェリオは顔を紅潮させる。
「えー!? 何さ! 超気になるじゃん!!」
「ま、お子のお前にゃあ、まだ知るのは早ぇってこったよ」
一人騒ぎ立てるガルシアの肩に手を置いて、レオノールはそう言った。
「夕飯が終わったら、次の実験してみる? どうする?」
フィリップが柔和な笑みを浮かべて、ワインの入ったゴブレットをぺロリと舌先で舐めてから、訊ねる。
これにフェリオは、羞恥心で目が回りそうになりながら、答えた。
「あっ、明日にするっ!!」
そうしてその場を誤魔化すように、フェリオは食事を貪るのだった。




