story,Ⅳ:新たなる戦力
「次は七番目の“光”だ。行くぞ!」
「はい!!」
「──かの者は動きを縛られ、囚われし者……闇黒の監獄!!」
これにて放たれた“闇”属性魔法により、七番目の“光”頭の動きが縛られる。
「そぉれ!!」
次もあっさりとガルシア・アリストテレスが七番目の頭を斬り落とす。
「順調順調!!」
「まだ動けるか、ガル」
「はい! 完全体の薬効果で!」
「よし。ならば次は……」
「八番目ですね!?」
「ああ。その“闇”の頭だ」
「任せてください!!」
これにフィリップ・ジェラルディンは、八番目の“闇”の頭へ“光”属性魔法をぶつける。
「向かい来る者を光と化せ──光速の槍!!」
気付くと、八番目“闇”属性へ頭上から目にも留まらぬ速さで、光の槍が貫通していた。
「よいしょ!」
これもガルシアが安々と頭を落としてから、船へと戻って来た時にはその切断面を、フィリップが焼き潰していた。
残るは、二頭だったが。
「後は二頭ですね」
「……」
ガルシアの言葉に、沈黙を返すフィリップ。
「あの残っている二番目と五番目の属性が、判らない……」
「だったら、予知調査の魔法で見てみたらどうです?」
「そうなんだが……」
何か嫌な予感がした。
その二頭だけは、属性を隠しているかのようだ。
何かを仕掛けてくる。
そう思った。
二頭は、ユラユラ長い首をくねらせて、こちらの動きを見届けているようだった。
正直、フィリップはもう魔力が尽きかけている。
MP回復アイテムはロイヤルティーで、飲み物タイプとキャンディータイプがある。
無論、キャンディータイプは即席用だ。
しかし荷物の中だ。
船はバリアに守られているので、直接的に攻撃を受ける心配はない筈だ。
だが、この不安は何だ。
隙や油断を見せては、いけない気がした。
その時だった。
「レオノール?」
微かな、フェリオ・ジェラルディンの声が耳に届いた。
束の間、そちらへ視線を向ける。
すると、死んだ筈のレオノール・クインの肉体が、痙攣をしているかのように動き始めているではないか。
「レオノール!? レオノール生きてるの!? しっかりして!!」
このタイミングで、二番目の頭が天を仰いで、咆哮した。
「グオアアアァァアァアアァァァーッ!!」
二番目の口から、九色のきらめきが噴水のように優しく放出されたかと思うと、ヒュドラの全身を包み込んだ。
「ま、まさか……」
フィリップが目を見張る。
途端、焼き潰した筈の切断面から、粘着質な音と共に肉芽が急速に盛り上がり始め、七つの頭が全て再生したではないか。
「チィッ! あの頭、回復属性だったか!!」
だが衝撃は、これで終わりではなかった。
次は五番目の頭が、動いた。
その頭を大きく振りかぶったかと思うと、船を覆うバリアへと強烈な頭突きを始めたのだ。
「!? 予知調査!!」
フィリップはその五番目に情報開示の魔法をかける。
そこには、“力”属性とあった。
「俺が回復属性の頭を落としてきま──」
言いながらガルシアが助走をつけようとして、ガクリと片足から立ち崩れた。
何度となく立ち回りすぎて、本人の自覚のないまま体力が限界を迎えたのだ。
「あれ……? 何でだろう。動け! 動け俺の足!!」
ガルシアは言いながら、自分の足を殴打する。
その時だった。
「……ゥぅゥゥううウうウウぅうゥウうゥウー……っ!!」
人ともつかぬ、腹の底まで轟く唸り声が、聞こえた。
「え……レオ、ノール……!?」
フェリオの声に、そちらへ顔を向けると、レオノールの体が大きく仰け反っていた。
そして、まるで糸で操られているかのように、その体型からムクリと上半身を起こしたのだ。
「レオノール! 良かった、生きて、た……!?」
しかしその目は、白目を剥いていた。
一瞬、喜びかけたフェリオからも、笑みが消える。
その間にも、力属性の五番目の頭が、バリアへと頭突きを繰り返している。
そしてついに、ビキビキと音を立て、バリアに亀裂が入った。
「フィリップさん、ヤバイです!!」
「分かっている!!」
食いしばったレオノールの歯の間から白い煙が漏れ、その肌は火の様に熱くなっていた。
そしてまた、レオノールが唸り声を上げながら、自身を抱き締める仕草をした。
「ゥゥぅうウぅうう……」
背中の肩甲骨がムクムクと盛り上がり、骨や筋肉の軋む音が響く。
その盛り上がりは、軽くレオノール自身の背丈を越していた。
「──ガアァッ!!」
自身を抱き締めてていた両手を、今度は大きく広げるとそれに応じるように背中から、皮膚を突き破って蝙蝠の羽が出現したではないか。
「な……っ!!」
驚愕する三人。
レオノールは唸り声を上げながら、三人へと忍び寄りまるで今にも飛び掛らんばかりだった。
だが直後、ガラスが割れるような音を立て、ついにバリアが破られた。
「グオオオォォォオォオオーッ!!」
ヒュドラの九つの頭が、一斉に船めがけて牙を剥く。
しかしそれに対して、レオノールが吠えた。
「ガアアアァアァァーッ!!」
これにヒュドラは、動きを止める。
レオノールとは思えない、ドスの利いた低い声。
するとレオノールは素早く立ち上がったかと思うと、羽を羽ばたかせヒュドラへと向かって飛翔した。
そして手当たり次第、ヒュドラへ殴る蹴るの攻撃を始めた。
連続パンチ、二段蹴り、踵落とし、衝撃波、かまいたちを繰り出している。
よく見ると、彼女の右手が炎、左手が氷をまとっている。
それどころか、右足には風を、左足には闇をまとっているではないか。
しかも、威力も5倍ほど強力になっていた。
「ぐぉうっ!!」
レオノールが吠えて、九番目である毒頭を殴りつける。
その威力で、頭が粉々に吹っ飛んだ。
「あれは多分、“粉砕撃”だな……」
フィリップが見上げながら、予測する。
しかしすぐにまた、毒頭は再生した。
「レオノール……どうしてあんなになっちゃった……?」
フェリオが泣き腫らした目で、言った。
「おそらくは、生死を彷徨った事によって、父親である前魔王ファラリスの血が目覚めたのだろう」
「えっ!? じゃあレオノールさんは、魔王になったってこと!?」
フィリップの推測に、ガルシアが驚愕する。
「いや、魔王の座には、もうショーンがいる。あれは、“魔人”だ。そしておそらく、今のレオノールは狂戦士化していると思われる……」
「ベルセルク化の魔人……」
フィリップの言葉に、フェリオとガルシアは絶句する。
すると、その時。
「ニャアオォォーウゥ……!」
三股尻尾で赤猫のルルガが、フェリオの傍に来たかと思うとレオノールと奮闘しているヒュドラへと、体を向ける。
「ルルガ……?」
フェリオの言葉に、ルルガは振り向いて、更に催促するように次は甲高い声で鳴く。
「ミャアァオォウ!!」
「まさか、召喚霊に進化させろってこと……?」
「ニャン」
フェリオに訊ねられ、ルルガは頷く。
「でもボク、今は子供体型だから召喚術は──」
「ルルガは特別なのかも知れん。やってみろ」
兄にまで促されてフェリオは、次第に力強く頷いた。
「うん……うん。分かったよルルガ! じゃあ行くよ!」
これにルルガは、改めてヒュドラの方へと体を向き直る。
それを確認して、フェリオは詠唱を始めた。
「赤き猫、それは赤き巨人。今こそ敵と見なした者へ殺戮の刃を。我が力となり現れ出でよ! 猫の殺戮魔!!」
鋭く眩い光に包まれたかと思うと、その光はみるみる巨大化する中で、ヒュドラの元へと飛翔した。
そして光が消えるとそこには、鋭い爪と長い牙、ざんばらの髪と繋がった赤毛のたてがみ。
全身には、唐草模様が入った二足歩行に三本の尾を持った、猫耳の巨人が出現した。
大きさはヒュドラよりも、大きい。
「行けぇルルガ!! ヒュドラをやっつけろ!!」
「ウオオオォォォオォォォーッ!!」
フェリオの掛け声に、上に向けた手の平と指先に力を込め、天を仰いで吠えた。
「キシャアアァァァァーッ!!」
九つの頭のうち、四つの頭がルルガー──ケット・スラウローへと威嚇する。
五つの頭は、レオノールの相手に必死になっていた。
レオノールから、何度も頭を粉砕されては再生を、繰り返していた。
ケット・スラウローはまず真っ先に、二番目の“回復”属性の頭を掴むと、鋭い爪で首を切断し、何とその頭をボリボリとまるでリンゴの様に、喰らい始めたではないか。
「ウゲェ……エグ……ッ」
ガルシアが口に手を当てる。
「あれはおそらく、能力吸収だ。猫又を喰ったのと然りに」
その間、二番目の回復属性の頭が、再生し始めていた。
だがすぐに、ケット・スラウローはその首の残骸を掴むと、根元から引きちぎった。
「ギャアアアアァァァァーッ!!」
その影響か、他の頭たちが絶叫を上げる。
「根元から……!? これはもしかして再生不可能になるのかも!?」
フェリオの言葉に、フィリップが答える。
「ああ。おそらくな」
傷口も、強引に捻りちぎったせいか、深く抉れていた。
次にケット・スラウローは七番目の“光”属性頭に、目を付けた。
魔人化してベルセルク状態のレオノールには、光攻撃が弱点になっているせいもあった。
先程と同じく、その頭を掴むと爪で首を切断し、またもやパリポリと喰らい尽くしてから、首の残骸を根元から捻じりちぎってはそれを、海へと放る。
これに四番目の“風”属性の頭が、口から暴風を吐き出しかけたが、ケット・スラウローに片手で口を塞がれてしまった。
これにもがいていた四番目の頭だったが、ケット・スラウローの片手のみの握力で潰され、木っ端微塵になる。
「あ。“風”属性は要らないんだ?」
選り好みをしている様子のケット・スラウローに、フェリオがポツリと呟く。
そしてケット・スラウローはその首の残骸を根元から引きちぎっては、海へと放る。
この調子で、三番目の“雷”属性と、九番目の“毒”属性をも喰らい、根元から引きちぎっていた。
「ぐおおおぉぉおぉうぅっ!!」
レオノールも“炎”属性の頭を残したままの状態で、根元から引きちぎると頭を粉砕して、海へと首の残骸を捨てる。
六番目の“氷”属性も同様に行った。
残るは、八番目の“闇”属性と五番目の“力”属性の頭二つだけが残った。
“闇”属性は、レオノールが魔人化している為、互いが闇同士なので彼女から攻撃を受けても逆に、回復してしまうのだ。
「そういえばルルガ……属性は何だろう?」
フェリオの疑問に、フィリップが答えた。
「無属性だろうな。ある意味、一番最強だ」
するとこの時、八番目の頭が口から“闇”を吐き出した。
だがケット・スラウローは先程ヒュドラから入手した、光属性魔法を横に広げた両手を真正面へと振り払い、その頭へと放った。
この光魔法を、もれなく流れ弾宜しくレオノールも喰らい、呻き声を洩らして真下にある海へと落下するのを、素早くケット・スラウローが手を伸ばして受け止める。
その間、闇属性の頭は絶叫し、首の根元ごと炭化した。
「さすがは召喚霊……俺の魔法とはレベルが違う」
珍しくフィリップが、呆然とする。
片手の中にいるレオノールを、ケット・スラウローがそっと優しく船のデッキへと戻す。
「レオノール! レオノール大丈夫!?」
フェリオが彼女へと、駆け寄る。
「ぐうぅ……!」
レオノールは頭に片手を当て、呻いていた。
ヒュドラの残る頭は一つ。
五番目の“力”属性の頭だ。
おそらくこの頭が、九つの頭の中でのリーダー格だったのだろう。
そのせいか、頭が一つになってからヒュドラは突如立ち上がり、二足歩行になったではないか。
首が長いだけに、今度はヒュドラがケット・スラウローより身長が高くなる。
そしてケット・スラウローと正面から向き合い、咆哮した。
「グオアアアアアァァァァァァーッ!!」
これに負けじとケット・スラウローも咆哮する。
「グオオオオオォォォォォーッ!!」
そして二体は互いに向かって走り出したかと思うと、正面からぶつかり合う様にガッチリと、両手を組み合った。
だがヒュドラには長い首がある。
ケット・スラウローの間合いに入るのは充分だった。
ヒュドラは、ケット・スラウローの肩に噛み付く。
「グヌヌヌヌヌ……ッ!」
歯を食いしばるような、唸り声を洩らすとケット・スラウローは隣にあるヒュドラの首に、長い牙を突き立て、噛みついた。
そして先程、三番目から入手した雷を牙からヒュドラの全身へと、流し込む。
「ギャアアアァァァァァァーッ!!」
そのダメージにより、ヒュドラはケット・スラウローの肩から口を離した。




