story,Ⅲ:仲間の死
「え!? レオノール、どうしたの!?」
咄嗟にフェリオ・ジェラルディンが、彼女へ手を伸ばす。
「く、う……っ! どうやら毒消しが、効いてねぇみてぇだ……!!」
レオノール・クインの顔は青褪め、じっとりと脂汗が滲んでいる。
フェリオがレオノールの手を握った時、異常に体温が高い事に気付く。
「ちょっと待ってて! もう一つ毒消し持って来る──」
「いや、まだ動けるから、自分で取る……リオは、ヒュドラ戦に専念しろ……」
レオノールは言うと、よろめきながら立ち上がり、荷物の方へと向かった。
数歩進む度に、まるで鼓動のように全身を、痛みが走る。
だが、レオノールは耐える。
当然ながら、その分体力が奪われていく。
「フィリップさん! あの野郎、毒消しが効いてないみたいだ!!」
「……妙だな……」
フィリップ・ジェラルディンは唸ると、九番目の頭めがけて、予知調査をかけてみた所。
「こいつ……毒回復無効化の上、こいつから毒を喰らった者も毒消しの効果がない、だと……!?」
言うやフィリップは、レオノールへと振り返る。
すると丁度レオノールが、二本目の毒消しを服用した所だった。
だがしかし、10秒後その場で彼女は倒れてしまった。
「レオノール!!」
フェリオが彼女の元へ、駆けつける。
「毒消しの効果がねぇって……マジかよ……とんでもねぇ毒、喰らっちまった、な……」
レオノールは言うと、苦しそうに薄っすらと口角を引き上げる。
「毒消しが効かないなら、何が効果あるのか、フィルお兄ちゃん解かんないの!?」
「それは解かっているが……あの九番目を倒して、その血を飲ませる事だ……」
「じゃあ、さっさと倒そう!!」
フェリオの疑問にフィリップが答えたのを聞いてから、フェリオはヒュドラへと身構える。
すると背後で、レオノールが呻いた。
「こいつを貼れば……船を守るバリアの完成、だ……」
そうして彼女は、手に持っていた札を船のデッキに、叩きつけるように貼り付けた。
これにより、見事に船全体を、バリアが包みこんだ。
「後は、よろしく頼むぜ……俺は立ち上がれそうにねぇ、から……ここで見学と決めこまぁ……」
レオノールはそうして、薄っすら笑みを浮かべるが、顔色はとても悪かった。
「とにかく、あの頭を落として、血を採るぞ!!」
フィリップの掛け声に改めて、フェリオとガルシア・アリストテレスもヒュドラへと、向き直る。
ヒュドラはもう目の前で、九つの頭は一斉に船に向かって牙を剥いた。
しかし、レオノールが“約束の札”を貼ってくれたおかげで、ヒュドラの牙はバリアにて弾き返されてしまった。
「はっ! ザマァ!!」
ガルシアが啖呵を吐く。
「キシャアアアァァァァーッ!!」
ヒュドラはどうやら立腹したらしく、それぞれの属性攻撃をしてきた。
炎や氷や風だのと、あめあられだ。
「“約束の札”様々だね……」
フェリオがバリアの外で、それらの要素に船が包まれているのを傍観しながら、ぼやく。
「ピンチはチャンスだよリオ! この距離ならこいつらの首を落とせる!!」
ガルシアは言うと、船の反対側から助走をつけて、縁を踏み台にすると船の外──バリアを抜けて海の方へ向けて跳躍した。
そして勢いそのまま、九つ目の毒属性の頭を己の剣にて、渾身の力で叩き落した。
「やった! 凄いよガル!!」
フェリオが目を輝かせて、喜びを露わにする。
これに敏感に反応した残り八つの頭が、ガルシアへと牙を剥く。
「チッ! やっぱおとなしく血を摂らせてはくれないか!!」
言いながらガルシアは、バリアの中の船へと戻ってくる。
「惜しかったな。しかし、よくやったぞガル。残りの頭は俺ら兄妹が相手をするから、もう一度行って血を──」
フィリップが落ち着いた口調で述べている時だった。
粘着質な音が響き、そちらへ顔を向けると。
毒頭の切断面から肉芽が膨れ上がっていき、何と頭が再生したではないか。
「そんなぁっ!!」
「ウソだろう!?」
「ク……ッ!」
三人は、驚愕と衝撃を覚える。
「まさかの不死身タイプか……」
フィリップが歯噛みする。
「まだまだだぁーっ!!」
「待てガル!!」
再び駆け出し始めたガルシアを、フィリップが鋭い声で引き止める。
「はい!?」
慌ててガルシアが足を止める。
「今のままじゃあ、同じ事の繰り返しだ。何か対策を……」
ここまで顎に手を当て言いながら、はたとフィリップは閃いた顔をする。
「リオ! ガルが首を落としたと同時に、切断面を炎属性魔法で焼き潰せ! 肉芽を焼いてしまえば、再生は出来ん!!」
「!! うん、分かった!!」
兄からの言葉に、フェリオは使命感を覚えて力強く頷く。
「俺も了解!! じゃあ、行ってきます!!」
ガルシアも首肯すると、改めて毒頭へ飛びかかろうとするのを、再度フィリップが止めた。
「まだ待て!!」
「ははは、はい!?」
ガルシアはまたしても、足に急ブレーキをかける。
「こいつを服用しろ。完全体の薬だ」
そうしてフィリップは、ガルシアへ小瓶を手渡す。
「ありがとうございます!!」
ガルシアは受け取ると、それを一気に口へ呷った。
完全体の薬──それは力・防・賢・速・体が一回の戦闘中のみ、一気にアップするレアアイテムの一つだ。
同時に、フィリップがガルシアへ魔法をかける。
「イリュージョン」
魔法無効化にする魔法だ。
それは要素攻撃も含まれる。
「よし。行け!!」
「はい!!」
フィリップに促され、ガルシアは今度こそ三度、毒頭へと飛び掛った。
その間に、急いでフェリオとフィリップも完全体の薬を、服用する。
「喰らえっ!!」
ガルシアは吠えると、毒頭の首に剣を振り下ろした。
すると、それはまるで豆腐でも切っているかのように手応えなく、スムーズに頭と首を切断出来た。
「行くよガル!!」
フェリオからの掛け声に、急いで船へとガルシアが戻ると同時に、フェリオが炎属性魔法を放つ。
「燃え尽きろ大爆炎!!」
紅蓮の炎が、毒頭の切断面を焼き付ける。
ジュウゥと、蒸発音が響く。
「グオアァァァァーッ!!」
八つの頭が絶叫を上げる。
「成る程。一つの頭が感じる痛みを、他の頭にも伝わるのか」
フィリップはニヤリと口角を引き上げる。
「よし! もう一回、あいつの首筋を斬り付けて、血を採ってくる!!」
「お願いねガル!!」
「任せとけって!!」
ガルシアとフェリオは言葉を交わすと、毒頭だった首筋へとガルシアは飛び移った。
「ガアアアァァァァーッ!!」
八つの頭がそれぞれの属性攻撃を、ガルシアへと放射する。
しかし、先程フィリップからかけられた魔法無効化によって、まるでダメージを受けていなかった。
「スッゲ! メチャ便利!!」
ガルシアは口笛を吹くと、改めて血を摂ってから涼しい顔で戻って来た。
「じゃあ、早速レオノールにこの血を……! レオノールお待たせ!! 今すぐこの血を飲んで!!」
フェリオは、ガルシアから血が入っている小瓶を受け取り、彼女の元へ駆けつける。
だがしかし、彼女はグッタリと力なく、横たわっている。
「大丈夫レオノール!? さぁ早くこの血を──」
フェリオは言いながら、小瓶の飲み口を彼女の唇へと押し付ける。
しかし、反応がない。
「ねぇ? レオノール!? レオノールったら!!」
この様子に、フィリップが気付いて歩み寄ると、彼女の手首に二本指を当てる。
「……マズイ。脈がない……!」
フィリップは呟くと、ガルシアへと振り返った。
「今すぐ聖水を持って来い!! 早く!! 急げ!!」
フィリップの剣幕に、ガルシアは必死に荷物をまさぐって、聖水をフィリップへと投げて寄こした。
「受け取って!!」
彼からの掛け声に、フィリップは聖水を受け取ると急いでレオノールの口内へと、ゆっくり注ぎ込んだ。
しかし30秒経っても、1分経っても、彼女が目を開けることはなかった──。
「手遅れだ……レオノールは──死んだ……」
「そんなっ!!」
フェリオが口に両手を覆う。
そしてみるみるフェリオの両目に、涙が込み上げてきた。
「ウソだ! ウソだ! ウソだ!! レオノール!! ウソだ!! 目を開けてよ!! 目を開けてレオノールゥゥゥゥゥーッ!!」
フェリオは彼女の亡骸に縋りつき、咽び泣いた。
「チッ! クソ……ッ!!」
フィリップは立ち上がると、大股で船の縁へと歩み寄り、ヒュドラと向かい合う。
「今のガルに使用した属性攻撃で、どの頭がどの属性か見抜いた! 吹き荒れろ風神刃!!」
左端である一番目の頭に、フィリップは風魔法を放つ。
これに呼吸を合わせるが如く、ガルシアがその首めがけて跳躍し、剣で首を切断する。
同時に、フィリップが更に炎属性魔法をその切断面へと、放射する。
「燃え尽きろ大爆炎!!」
炎頭は反撃する暇も与えず、たちまち倒されてしまった。
これに慌てた残り七つの頭たちが、攻撃を開始する。
六番目の氷頭が、吹雪の息をフィリップに向けて吐いたが、船全体を包むバリアに守られ、バリアの面上で拡散する。
「最初はヤバイと思ったけど、あながち余裕だな」
ガルシアが言った直後、倒した筈の一番目の頭が再生したではないか。
「フ……怒りで盲目になっていた。冷静に考えれば炎に炎魔法は回復させるだけだったな」
「え!? じゃあどうやって一番目の頭を倒すのさ!?」
フィリップの発言に、ガルシアが愕然と尋ねる。
「炎弱点は風だが、切断面を凍らせてみよう。もう一度だガル」
「おうっ!!」
彼の言葉に、ガルシアは後方へと下がって助走体制を取る。
「凍れ氷結拷問!!」
フィリップが呪文を口にした直後、ガルシアが一番目の頭めがけて跳躍する。
しかし一番目の頭が炎を吐いて、フィリップの氷魔法がバリアの外に出た瞬間に、掻き消された。
「なっ!? しまっ……!!」
その時にはもう、ガルシアは一番目の頭上にいた。
「ええい!! ままよ!!」
そのままガルシアは、空中で剣を振りかぶった。
その動きを見て、ガルシアの行動を予測したフィリップも、身構える。
「せいっ!!」
流れに身を任せて、一番目の首へ剣を振り下ろし頭を落とすと同時に、その残余部分を蹴ってガルシアが船へ戻った時には、フィリップは既に氷魔法を切断面へと放っていた。
すっかり凍りつく、一番目である炎頭の切断面。
少し様子を窺ってみたが、もう再生する様子はない。
「よし。次は三番目だガル。このまま一気に俺が魔法を放った奴から、片っ端頭を落としていけ」
「“三番目”ですね!? 了解です!!」
そしてチラリとフェリオの方を見たが、まだレオノールの亡骸に覆いかぶさって、泣きじゃくっていた。
自ら戦闘意欲が湧かない限り、戦力にはならないのでまだ放置する事にする。
「生きながらにしてその身を滅せよ──生者必滅!!」
これに自分が標的だと気付いた三番目が、フィリップが放った魔法に反撃し、口から雷を放ったがその雷を貫通して、三番目の頭へ到達しその頭を石にしてしまった。
海なので、土魔法が使えなかった為に、一か八かで石化魔法を使用したのだ。
見事、上手くいった。
その三番目の首を、ガルシアが斬り落とす。
切断面を、再度フィリップが炎魔法で焼き潰す。
次は四番目の頭、“風”だ。
風の弱点である“氷”魔法を放つ。
「凍れ氷結拷問」
「キシャアアァァァァーッ!!」
四番目が口から風を生み出して、反撃したが効果はなく虚しく凍らせられた頭は、ガルシアによって落とされフィリップによって切断面を、焼き払われる。
「次は六番目の“氷”だ」
「うぃっス!!」
「燃え尽きろ大爆炎」
これに六番目の頭は恐怖に怯んだが、容赦なくガルシアはその頭を落としフィリップが、切断面を焼き潰した。




