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story,Ⅱ:ヒュドラ出現




「いや、だから、毒なんて盛ってないってば!!」


「いいや、こんだけの腹痛は初めてだ!! 調理したてめぇの責任だ!!」


「何の恨みがあってボクらをこんなに苦しめた!?」


「まぁまぁ、みんな落ち着いて」


 レオノール・クインとフェリオ・ジェラルディンに責められている、ガルシア・アリストテレスの三人を前に唯一冷静な、フィリップ・ジェラルディンだけが皆を(なだ)める。 


「大体、その当の本人であるガルだって腹痛を起こしたんだから、彼に悪意も何もないと思うよ。これは所謂(いわゆる)、事故だよ」


 一時間後、ようやく腹痛が治まった頃の、騒動である。


「とりあえず、事情聴取だ! まずは今回使用した材料を全て残さずに、吐け!!」


「ああ、いいともさ!!」


 レオノールの剣幕に怯む事無く、ガルシアも同意する。

 こうして始まった、状況分析。

 あれよこれよと、厨房にて使用された材料が、ガルシアによって並べられていく。


「どうだ! これが全てだ!!」


 鼻息荒く、腕組みをして宣言するガルシア。


「……」


 それらの材料を前に、黙して目を据わらせる三人。

 彼らの視線は、ある一点に注がれていた。

 そこには、毒消しのアンプルが四つ。

 みんなの視線の先に気付いて、ガルシアは胸を張った。


「フン! この俺の思いやりをありがたく思いたまえ! 感謝しろ!!」


 ズカズカズカ!! ──ゴン☆


「いったぁーっ!!」


 大股で歩み寄ったレオノールから、ガルシアは頭にゲンコツを喰らう。


「馬鹿かてめぇは!! 毒消しの作用を知らねぇのか!!」


「え? 何、何!?」


 ガルシアは頭を抱えたまま、訊ねる。

 これにフィリップが答えた。


「毒を以って毒を制す、だよ。つまり本来は毒に侵されているからこそその毒消し薬を使用するの。無毒の時に毒消しを使用すると逆に毒になるんだよ。まぁ、毒消しだから今回僕らは、腹痛で済んだわけだけれども」


「ええっ!?」


 驚愕するガルシア。


「そんなんで、よくボクらと一緒になる前に、マリエラさんの助手が務まったね……」


 フェリオも呆れながら、嘆息を吐く。


「マリエラさんからは、度々注意されていた!!」


「開き直るなこの阿呆が!!」

 

 腰に手を当て、胸を張りフンスと鼻息荒く吐くガルシアに、レオノールは再度彼へゲンコツを与えた。


「いってーっ!!」


「ううう……腹痛で体力消耗したし、満足に食べてないからお腹空いたよぉ……」


 力なくフェリオが嘆く。

 

「そうだよね……ひとまず次からは、2:2で交互に調理するようにしよう」


 フィリップの提案に、フェリオが弾むように反応する。


「あ! じゃあじゃあボクはフィルお兄ちゃんとが希望ー!!」


「おい! そしたら俺、レオノールさんと組んだら頭がゲンコツだらけで、もたないじゃないか!!」


 慌てふためきながら、ガルシアは正直な意見を口にする。


「分かってるじゃねぇか。まぁ、あれだ。ここは男と女に分けての担当にしようぜ」


「クスクス……そうだね」


 レオノールの意見に、フィリップは賛成した。


「フィルさんと一緒でなら」


 ガルシアも賛成する。


「その代わり、僕は時折裏人格が顔を出すから、覚悟しておいてね」


「あ……」


 フィリップの言葉に、ガルシアは声が詰まる。


「ちぇ~。じゃあボクはレオノールと一緒でいいよ」


 少し拗ねながらも、フェリオも賛成した。


「じゃあ、仕方ないから即席で食べられる物で、改めて食事にしよう」


 フィリップの言葉に皆、同意した。

 しかしながら、以前も述べたようにショーンがいないと、誰も料理が作れないと言う事実もあるのだが。

 ともあれ、改めて食事を摂ってお茶などで一息吐いていると。

 突如、船が大きく揺れた。

 これに皆、床の上へと転倒しカップなどもテーブルから滑り落ち、割れる。


「何事!?」  


 ガルシアが声を上げる。


「デッキに行ってみるぞ! 万が一に備えて武器を持参しろ!!」


 レオノールの掛け声に、皆ダイニングルームから飛び出すと、各々の部屋へ向かい武器を手にして上のデッキへと、階段を駆け上がる。

 そして皆、唖然とした。

 船からは随分と離れてはいたものの、そこからでも分かる巨大な海龍の姿があったのだ。

 しかも、首の長い九つの頭を持ち、淡い茶色の鱗をしている。


「あ……あれ、何?」


 フェリオが声を潜める。


「調べてみよう」


 フィリップも小声で言うと、呪文を呟いた。


「かの者の情報を与えよ──予知調査プレディジオネルチィルカ


 すると、四人の前に魔法文字が浮かび上がる。

 ちなみに魔法文字は、一般文字とは違う為レオノールは読めないが、ガルシアは精霊の一種であるダークエルフなので、解読出来た。

 そこには、モンスター名を“ヒュドラ”と記されてあった。


「えっ!? ヒュドラ!?」


 驚愕から、思わずガルシアは大声を上げる。


「バカ! 大声出すな! 気付かれるだろう! このままバトルを避けて、スルーさせるんだ!」


 レオノールが声を潜めながらも、力を込めてガルシアへと振り返り唇に人差し指を当てて見せる。

 だがしかし、しっかりとヒュドラは一行の存在に気付いて、九つの頭が一斉にこちらへと向けられる。


「あ……ヤバ」


「完全ロックオンだ……」


 フェリオとレオノールは、言葉を漏らす。

 ヒュドラは、九つの首をくねらせ威嚇しながら、船へと迫って来た。


「クソ……仕方ない。迎え撃つぞ!!」


 レオノールは身構える。


「倒せる自信、あるのか!?」


 ガルシアも銃を構える。


「いや、ない!!」


「ええぇぇえぇぇーっ!?」

 

 自信満々に返答したレオノールに、ガルシアは衝撃を覚える。


「こんな巨龍を、まさか船上で相手にするなんてね!」


 フィリップもそう言って、弓矢を構える。


「あれ? フィルお兄ちゃん、杖じゃないんだ?」


「もう今の僕は裏人格と融合しつつあるからね。弓矢の方が、都合いい!」


 フェリオに訊ねられ、フィリップは答える。


「確かに、遠距離攻撃になりそうだしね! ボクは鞭では無理っぽいから、魔法に専念する!」


 そう叫んでフェリオは、こちらへ向かって来るヒュドラへと、身構える。


「遠距離攻撃!! 一斉に行くよ!!」


「おうっ!!」


 フェリオの掛け声に、フィリップとガルシアが声を揃えた。


「喰らえーっ!!」  


 ガルシアの二丁拳銃──ピースメーカーとリーサルウエポン──が火を噴く。


「いけぇっ!!」


 フィリップが矢を三本つがえ、打ち放つ。


「帯びろ爆雷(エレキオン)!!」


 フェリオが大規模の雷属性魔法を放つ。


「グオガアァァァーッ!!」


 それぞれの攻撃を受け、叫び声を上げるヒュドラ。

 九つの頭を後方へ引くと、ヒュドラは一気にこちらへと首を伸ばして、咆哮を上げた。


「グオアアアアァァァァァーッ!!」


 まだ船にまで頭は届いていなかったものの、その威力は十分みんなへと届いた。

 ビリビリと空気を震わせ、重圧となって皆を後方へ押し戻す。


「ほ、本気であんなのと戦うのかよ……」


「怯むなガル! 勇者だろう!!」


 戸惑いを覚えるガルシアへ、レオノールが喝を入れる。


「勇者ならあれくらい、乗り越えろ!!」


「簡単に言うなリオ!!」


 次に声をかけてきたフェリオへ、ガルシアは言い返す。

 しかしフィリップだけは、そんな中でもヒュドラへの攻撃の手を緩めなかった。


「スターダスト!!」


 五本もの矢を弓の弦につがえると、空に向かって放った。

 五本の矢は、巨大なヒュドラの頭上をもゆうに越えると、弧を描いてヒュドラの脳天へと突き刺さる。

 九つのうち、五つに突き刺さった頭が、悲鳴と共に首をくねらせる。


「あいつが到着するまでに船を守らねぇと!!」


 レオノールは思い出したように言うと、その場から駆け出して一旦戦線離脱した。


「ひとまずヒュドラを船に近寄らせるな!!」


 揺れる船上で、フィリップが叫ぶ。


「おうっ!!」


 フェリオとガルシアが声を揃えて、身構える。

 すると、一つの頭が緑色の息を吐いた。


「!? あの頭が毒を吐いてる!!」


 ガルシアが叫ぶ。

 これにフィリップが唱えた。


「ポイズンガード!!」


 水色の膜が、それぞれ三人を包み込む。

 ガルシアは毒を吐いた頭へと、数弾撃ち込む。

 しかし毒の頭は、めり込んだ銃弾を振るい落とした。


「マジか……銃が効かないなんて……」

 

 ガルシアが愕然とする。


「まさか……」


 フィリップは呟くと、矢を向けた。

 先程と同じように、五本の矢を打ち放つ。


「スターダスト!!」


 矢を受けた頭は悲鳴を上げるものの、注視するとあまりダメージを受けていないように見える。

 改めてフィリップは、もう一度予知調査を見直した。


“それぞれの頭は、炎・氷・雷・風・光・闇・毒・回復・力を司る”


「く……っ! 厄介な奴を相手にしたものだ!」


 フィリップが歯噛みする。

 これにフェリオとガルシアも、予知調査を見直してから嘆息吐く。


「これは手間取るね……」


「それぞれ専門属性があるのか……」


 フェリオとガルシアがぼやく。


「陸上だったら少しは戦闘が違ったものになってたのにね……」


 フェリオが愚痴を零していると、レオノールが戻って来た。


「待たせたな! 所持しているアイテム全部持ってきたぜ! ゲッ! あいつもうそこじゃねぇか! こいつだ! この“約束の札”で船を守──」


 直後。

 空気が緑色に染まった。

 毒属性の頭が、息を吐いたのだ。


「毒か!?」


「視界が悪くて周りが見えにくいよ!!」


 疑問を口にするレオノール。

 フェリオは言いながら、手で毒の空気を振り払う。


「もう毒防御の魔法かけてるから、何ともないな」


 ガルシアも手で空気を振り払いながら、述べる。


「いや、待て……レオノールにはまだかけていない!!」


 フィリップは言うと、少しずつ晴れてきた緑色の空気の中で、レオノールが蹲っている姿が見えた。


「大丈夫かレオノール!?」


「ああ……今のところはな。自分で毒消しを服用するから、バトルに専念してくれ。直、俺も参戦する」


 レオノールは言いながら、毒消しを求めて荷物をまさぐる。

 それを確認してから、フィリップは、フェリオへと声をかけた。


「それぞれの弱点魔法をぶつけるぞリオ!!」


「おうっ!!」


 そうして兄妹は身構えたが。


「……」


「……」


 沈黙の兄妹。


「? 何? どうしたの?」


 ガルシアが二人へ尋ねる。


「どの頭がどの属性か分からん」


「ひとまずあいつ……左から最後の9番目の頭は毒だって分かるんだけど……」


 フィリップに続き、フェリオもそう口にする。


「じゃあ、あいつから行くぞ!!」


「毒には何が効くの!?」


 改めて大声で述べたフィリップへ、フェリオが訊ねる。


「毒回復……つまり毒消しだ! レオノール、毒消しをガルに渡してくれ! ガル、お前が銃弾の変わりに毒消しを、9番目の頭に撃ち込め!」


「了解!」


「分かった!!」


 レオノールとガルシアは答えると、レオノールから受け取った毒消しのアンプルを、弾装に詰めてから撃ち放つ。

 しかも少しでも効果を早める為、ガルシアは9番目の口の中を狙った。

 見事に毒消しは、口の中へと飛び込んだのをその頭は、飲み込んだ。


「よし! いいよガル!!」


 フェリオがガッツポーズを取る。


「グルルルルル……」


 9番目は平然と、呻り声を漏らしている。


「あれ? すぐには効果が出ないのか?」


 ガルシアは疑問を口にする。


「あの巨体だ。もしかすると量も少なすぎるのかも知れん。もう五つ程、毒消しを撃ち込んでやれ」


「アイアイサー!!」


 ガルシアは、フィリップの言葉に答えるとレオノールへと、振り返った。

 これにレオノールは、毒消しを渡すと言った。


「俺はこの船を守る為に、“約束の札”を数箇所に貼り付けておく」


「ああ。宜しく頼む」


 フィリップは彼女へと答える。

 レオノールは札を持って、駆け出そうとした瞬間。


「うぐっ!!」


 レオノールは呻いて、少しよろめく。


「どうかした?」


 フェリオが背後にいるレオノールへと、訊ねる。

 

「いや、大丈夫だ。何でもねぇ。一瞬、痛みを感じただけだ。じゃあ、貼って来る」


「OK! ヒュドラからの攻撃に気を付けてね!」


 こうしてフェリオは、彼女を見送るとヒュドラへと、向き直る。

 気付くともう既に、ガルシアは弾装に毒消しのアンプルをセットして、9番目へと5つの毒消しを連射していた。

 その5つも、9番目の口内へ撃ち込まれた。

 しばらくして、その頭がこちらへと首を伸ばし、咆哮した。


「グオオオォォォォーッ!!」


 これにまた、空気がビリビリと震え、その音波が三人を襲い思わず腹の底に、力が入る。


「この咆哮だけでも、俺らにダメージあるな……」


 ガルシアが述べる。


「さぁ、効いたか!? 毒消しは!!」


 フェリオが叫ぶ。

 ふと気付くと、船の三分の二にバリアが張られているのに、気付く。

 見るとレオノールが、船のデッキ中央から、こちらへ走って来る。


「後は……そこだけ、だ……」


 言いながら彼女は、フェリオの前まで来た所で、突然倒れこんでしまった。




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