story,Ⅰ:三又の猫と、不在の執事と
モクレン島、日輪国の武器屋にて。
「この中で一番最強の片手剣をくれ」
「あんたが使うのかい姉ちゃん」
注文してきたレオノール・クインを、店主がからかう。
しかし彼女は、気にも留めず。
「いや、このダークエルフの坊やだ」
これに前へ進み出てきたガルシア・アリストテレスを見て、店主は笑い出した。
「エルフは弓矢と、相場が決まっている!!」
「誰がそれを決めたんだよ! 単なるエルフに対しての偏見だろう!?」
フェリオ・ジェラルディンが、店主に食ってかかる。
「この子はエルフだけど、選ばれた勇者だよ。前勇者からご指名の、ね」
フィリップ・ジェラルディンが穏和な口調で、店主へと伝えた。
「何だって!? ハッ! だから昨夜の百鬼夜行が、早々に収まったのか!!」
「百鬼夜行とやらは、過去にも何度かあったのかい?」
ガルシアが店主に尋ねる。
「ああ……毎年……年一回の割合で一晩中、夜明けまで続くんだ。その時は皆、家に引きこもって見ない様にすると、無事に乗り切れるんだが……いつも突然だから、間に合わなかった国民の犠牲は避けられなかった。しかし昨夜は今までと違い、犠牲者が少なかった……あんたらのおかげか!!」
「ん……まぁ、一応……でも剣がなかったものだから、本領発揮とまではいかず、少しでも犠牲者を出してしまったことはお詫びする。申し訳なかった」
そう述べてガルシアは、小さく頭を下げる。
しかし途端に、店主の態度は一変した。
「だったらほら、こいつを持ってってくれ! この店で一番最強の剣だ! も、もちろん、ただと言うわけにゃあ、いかねぇが……」
店主は言うと、一振りの片手剣を取り出した。
「ダイヤクエストソードと言う」
それは、ダイヤの粒子がふんだんに散りばめられ、コバルト金属と融合された、強度も切れ味も高い片手剣だった。
「ただし、弱点もある。それは熱だ。コバルト金属は耐えられるが、ダイヤは解けちまうからそのつもりで使用するこった」
「どうだガル。気に入ったか?」
レオノールの言葉に、店主から受け取ったダイヤクエストソードの刃に、軽く人差し指の腹を当ててみると、薄皮一枚に切れ筋が出来た。
まるで剃刀のような刃に、ガルシアは力強く頷いた。
「ああ。これ貰うよ」
「よしお買い上げ! 18000ラメーだ」
これに財布係のフィリップが、金額分を支払った。
こうして新たな剣を入手すると、今度はアイテム屋へと向かった。
そこでガルシアは、銃の33ショットマガジンを6つ、購入する。
「よし。これで俺の装備は完璧だ!」
彼は満足げに口にした。
ちなみに、ハイビスカス塔で入手した、ショーンが装備していた指輪──味方全員のHPを無制限で四分の一回復し、MP消費無し──と、──魔法攻撃を無効化する指輪──の二つを、ガルシアは譲り受けていた。
「よぅし! そんじゃま早速、魔城ラナンキュラスへレッツゴーだぁうっ!!」
力強く拳を握った片手を、天へ突き上げるフェリオへ、レオノールが冷静に答える。
「そりゃまだ気が早い。言ったろう。ラナンキュラスは上空にあると。その手段を入手しねぇとな」
「そして何よりもまずは、食糧調達だよ。大食らいさん」
レオノールの発言に肩を落としたフェリオだったが、引き続き今度は兄の言葉にすぐさま顔を上げた。
「うん!!」
こうして今度は、食料品店へと向かい買い物を済ませると、四人のリュックに詰められるだけ食料を詰めてから、港へ停泊している船へと向かって乗り込んだ。
「レオノール。次の目的地はどこか、決まってるの?」
フィリップが操縦席から顔を出して、彼女へ声をかけた。
「ああ。そうだな……ひとまず“ゲッケイジュ”大陸に向かってくれ!」
「オーキードーキ!!」
フィリップは答えると、タブレットにゲッケイジュ大陸と打ち込んでから、操舵部にセットした。
これにより、自動的に船は目的地へと向かうのだ。
「それはまさか、魔法器具?」
ガルシアがその様子を見ていて、フィリップへと尋ねた。
「うん。そうみたい。この船は最初、幽霊船として漂っていたのを見つけたのがきっかけだったんだけど、後々これは前勇者──つまりショーンがルートヴィヒの頃に使用していたみたいでね。その名残がそこここにあるんだ。この船の最下層には、人工海まで造られているんだよ」
「え? 海!?」
「そ。プライベートビーチ?」
驚くガルシアに、フィリップは軽い口調で答えた。
「船の上は退屈だから、娯楽感覚で造ったんじゃないかな? 後で行ってみるといいよ」
フィリップからの勧めに、ガルシアは半ば呆けながら首肯した。
「ねぇフィルお兄ちゃん、ガル~。ルルガ見なかった?」
フェリオが船内から顔を出す。
「え? 乗船する時、一緒じゃなかったの?」
「昨夜の百鬼夜行の時は、一緒に戦ってくれているのを、俺は見たけど」
フィリップとガルシアが、それぞれ答える。
「それが……その百鬼夜行以降、見かけた覚えがなくて……」
「えー!? まさか船に乗せ損ねちゃったー!?」
「まだ出航して間もないし、戻ってみるか?」
困惑するフィリップに、ガルシアもそう言ってきた。
すると。
「おーい。リオー!」
レオノールの声が船内から聞こえたので、そちらへ振り返る。
そこから、ルルガの首根っこを摘み上げているレオノールが、姿を現した。
「こいつ、ルルガだよなぁ??」
「ああ! いた! 良かったよルルガ~!! 安心した」
フェリオはレオノールの元へと駆けつけると、彼女から受け取ったルルガをギュムと、抱き締める。
「でも変なんだよな」
レオノールは言った。
「こいつの尻尾の数が、増えてんだよ」
「え?」
これにフェリオは、改めてルルガを抱き上げて見た。
すると、ルルガの尻尾が三本になっているではないか。
「ええっ!? 何で!?」
「誰か思い当たる節はないのかい!?」
驚愕するフェリオの後ろから、ガルシアがそれぞれに尋ねると。
「ああ。それなら僕が見てたよ」
ふいに答えたフィリップに、三人は顔を向ける。
「ルルガは自分が倒した猫又を食べてた」
「食べ……」
「てたっ!?」
レオノールとガルシアは、改めて驚愕を覚える。
「……ネコマタって、何??」
フェリオはキョトンとする。
「猫の妖怪で、尻尾が二本あるんだ。二本尻尾がある猫を、日輪国では“猫又”と呼んでるみたいだよ」
フィリップが衣類のポケットから、手の平サイズの本を取り出して言う。
その本の表紙には、“妖怪大百科事典”と記されていた。
「一体いつの間にそんな本を……」
呟くガルシアに、レオノールが答える。
「こいつら兄妹の趣味は、行く先々で本を購入することだ」
「じゃあ……その猫又を食べたせいで、元々の自分の尻尾プラス、猫又の二本の尻尾も入手して三本になったってことかな?」
「その分だけルルガも、更にパワーアップしたと思うよ」
妹の疑問に、兄が笑顔で述べる。
「まぁ、だからこそルルガは、そうしたんだろうよ」
レオノールは言うと、フェリオの腕の中にいるルルガの鼻先を、チョンと軽く突いた。
これにルルガも同意するかのように、ニャンと鳴いた。
「じゃあ、もれなくルルガもレベルアップだね♡」
「ニャオン♡」
フェリオの言葉に、ルルガは喉を鳴らしてフェリオの頬に、顔を擦りつけた。
「よぉし! みんな揃った所で、テーブルゲームしよう!!」
「いきなり何だ」
声を弾ませるフェリオへ、レオノールが訊ねる。
「だって船の上だと、ヒマでしょ? 娯楽室に行ったら、見つけたからみんなと一緒に遊ぼうかと思ってさ♪」
こうしてみんな、娯楽室へと向かった。
そしてフェリオがテーブルの上に引っ張り出している、ゲームを三人は覗き込む。
「これは……人生ゲーム??」
「あの、いつまで経っても終わらないと言われている……」
「長時間を要するゲームだね」
ガルシア、レオノール、フィリップがそれぞれ口にする。
「でもだからこそ、こうした船旅には打って付けでしょ?」
フェリオはあっけらかんと言った。
「ルートヴィヒ一行も、そう思ったからこそ船にこれが、積まれていたんだろうな」
レオノールはそう言うと、ケラケラと笑う。
これに、他の三人は一気に押し黙る。
「ん? 何だ。どうかしたのかよみんな?」
そんな三人へ、レオノールがキョトンとする。
「レオノール……やっぱりショーンのことが……」
フェリオがそっと、口を開く。
すると、彼女は大きな溜息を吐いた。
「あのなぁ。何でルートヴィヒの名前を出したら、ショーンと結びつけるんだよ。確かに魂的に繋がりはあるのだろうけど、肉体は違う別人だと、俺は思っている。寧ろ俺の事より、フィリップをルートヴィヒと結びつけて意識しろよ。親子なんだから」
「まぁ、確かに」
レオノールに指摘され、ガルシアも首肯する。
「それが驚きだよね。まさかフィルお兄ちゃんがルートヴィヒの息子だったなんて」
フムと、フェリオが腕を組んで述べる。
「ごめんねリオ。僕がお前と血の繋がりがなくて……」
すると今度は、フェリオが大きな溜息を吐いた。
「何でそんなにマイナス思考になっちゃうかな。血が繋がらなくとも、ボクらは兄妹として育てられたのは事実だから、フィルお兄ちゃんはフィルお兄ちゃんだよ。それにね……」
ここまで言って、フェリオは口を噤んだ。
「……それに?」
訊ねてきたフィリップに、フェリオはニヤリと笑うと首を横に振った。
「いや、何でもない。さ! そんな事より、早くテーブルゲームしようよ!!」
そうして準備を始めたフェリオと共に、レオノールが手伝い始めた。
「女って……一見繊細そうに思えるけど思いの他、サバサバしてるんだよな……」
「いや……この二人が逞しいだけなんだと思う……」
ガルシアとフィリップは、そう言葉を交わし合った。
一方でレオノールとフェリオは。
「リオ、お前もしかして……」
「フフ。うん、まぁね♡」
「そいつは、凶が吉と出たな」
そう言葉を交し合っていた。
「だからこそ余計に、この不老の呪いを一刻も早く、ショーンに解いてもらわなくっちゃ」
こうして四人は、テーブルゲームに興じるのだった。
やがて正午を過ぎた頃。
グウゥゥウゥゥ~、キュルルル……。
「何だかお腹空いてきた……」
フェリオが零したその言葉に、レオノールとフィリップはハッとした。
この様子に、ガルシアがキョトンとする。
「ん? どうかした??」
「どうもこうもないよ……!」
「ああ……よく考えたら、ショーン離脱は俺らにとって、最も大きな痛手である事に気付いたぜ……!!」
「え? 何で??」
相変わらず理解不能のガルシア。
これにフィリップとレオノールは、声を揃えて言った。
「ショーンがいなと誰も料理が作れない……!!」
これにしばらく目を瞬かせてから、ガルシアが勝ち誇ったような忍び笑いを始めた。
「フッフッフッフ……!」
「……?」
「なぁに? ガル」
「どうしたよ?」
フェリオとフィリップとレオノールが、怪訝な様子で彼を見やった。
「だてに、ショーンさんから剣の指導を受けちゃいないよ俺は。調理の際でも、しっかり訓練させられたんだ。彼の料理の腕の動きは、しっかり俺もこの身を以って身につけているさ!!」
「おおぉおぉ!!」
「何と心強い!!」
「でかしたガル!!」
感激するフェリオとフィリップとレオノールの様子に、ガルシアはフンスと鼻息荒く堂々と、胸を張るのだった。
「こんなに頼もしい事はない! フィル! 人間神輿を組むぞ!」
「え? あ、ああ、うん……!!」
こうしてレオノールとフィリップの二人で両手を組んで土台を作ると、騎馬戦宜しくその上に、ガルシアを担ぎ上げた。
「よし! ではこのシェフを、厨房まで運ぶんだ!!」
「了解!!」
レオノールとフィリップの掛け声に、移動し始めた二人の土台の上でガルシアは満足そうに鼻高々と相変わらず胸を張って述べる。
「苦しゅうない! 実に苦しゅうないぞ!!」
「いよっ! 新シェフ!! 格好いいぞ!!」
子供体型で土台を組めないフェリオは、褒めちぎりながら三人を前方から、厨房へと引導した。
そして厨房に到着すると、ポイとガルシアを放り込む。
「じゃ! 後は任せるぞシェフ!!」
「よろしくねガル!!」
「ボクの食事量も計算した上で頼むよー!!」
レオノールとフィリップとフェリオは、そう声をかけてからその場からさっさと撤退した。
「お……下ろし方が乱暴すぎる……!」
一人、置き去りにされたガルシアは、厨房に荷物から降ろされている食材を前にする。
両手を腰に当てると見回してから、うんと大きく頷いた。
「こいつは腕が鳴るぜ!! よぅ~し、早速取り掛かるぞ~!!」
こうしてガルシアは、ショーンの調理方法を思い出しながら、腕まくりした。
二時間後──。
「ダメだ……お腹空きすぎて、力が出ない……」
「まぁ、おそらく初めて一人での調理だし、リオの分の量もあるから時間かかっても、仕方ないよ」
「さすがにいきなり一人きりは、無謀だったか? 誰かもう一人、アシスタントに残しておくべきだったかもな」
三人が言葉を交し合っていると。
「お待たせみんなー!! やーっと完成したぜ! 食いに来~い!!」
ガルシアの、元気な声が響き渡った。
「飯ーっ!!」
これに颯爽と、フェリオがダイニングへと走り去る。
こうして皆がリビングに集うと、そこには豪勢な料理が並んでいた。
「ぅおおーっ! 美味しそう~♡」
「これは思った以上の出来栄えだな」
「さすがはショーンから伝授されただけはあるね~」
皆は笑みを浮かべながら、席に着く。
「それじゃあ、いただきます!!」
早速みんなは、揃って料理にありついた。
「うん、味もなかなか……」
「美味しい~!!」
「ショーン程ではねぇけど、イケるぜ!!」
「任せろって!!」
──五分後。
皆、揃って腹痛に苦しめられるのだった。




