story,Ⅹ:妖怪の総大将
「これじゃあ、キリがないよ……!」
フィリップ・ジェラルディンがぼやく。
しかし、一人の若者が青い炎に包まれたかと思うと、その場に倒れ込む様子が視界に入る。
炎が消えたのでフィリップは咄嗟に、その若者を助けようと駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
しかし触れてみると、若者は氷のように冷たい。
「これは……!」
フィリップはこの現象に、青い火の玉へと顔を向ける。
「蓑火だね……!」
──蓑火……それは炎でありながら、燃やした相手を“凍死”させる、矛盾した元素だった。
属性も、炎でも氷でもないのだ。
水をかけられても、消火させられることはない。
「厄介なものが出現したね」
フィリップは言って、杖を構える。
蓑火は標的を、フィリップへと向ける。
そして蓑火は、火種を飛ばしてきた。
しかしフィリップは、“不敵な笑み”を浮かべ防御力を上げる。
それから杖で、飛来した火種を弾き返すと、声を大にして叫んだ。
「身の程を知れ!!」
これは対峙している相手の、防御力を下げる効果がある。
慌てた様子で、蓑火は火力を上げて一回り大きくなったかと思うと、無数の火種を飛ばしてきた。
だがそれら全てを、フィリップは杖で弾き返していく。
「どうしたどうした。火種を飛ばす度、その本体が縮んでいってるぞ。その調子で大丈夫か?」
フィリップは愉快そうに、口角を引き上げる。
「何なら、この俺様が直々に、戦力分だけ回復してやっても良いぞ」
すると蓑火は、素直におとなしくなる。
「……何だ。間に受けたのか? クックック……それでは役に立たんぞ愚か者めが!!」
フィリップは残忍な笑みを浮かべると、声を大にして言った。
「漆黒に燃えろ! 闇の業火!!」
闇属性のこの炎は、数ある炎の温度の中で最強の、炎元素だった。
たちまち蓑火は、闇の業火の餌食になり、すっかり吸収されて消滅した。
闇の業火も、役目を終えると静かに掻き消えた。
「フン。この俺様に、不可能はない」
フィリップは言いながら、冷酷な笑みを浮かべた。
今のところ戦力は一行の方が有利ではあったが、さすがに数をこなした分だけ体力も魔力も消費する。
「つ、疲れた……!!」
「でも、まだまだいるぜ!?」
レオノール・クインの言葉に、ガルシア・アリストテレスが言い返す。
「何せ百鬼夜行だからね。妖怪はいくらでも湧いてくるよ」
少し離れた場所から、フィリップが言ってきた。
皆がそれぞれ妖怪を一体ずつ倒している間にも、その他の妖怪達が人々を襲っていた。
あちらこちらに、死体が転がっていく。
「まずいな……追いつかない」
「このままじゃ人間の犠牲者が増加していく一方だよ!!」
滴る顔の汗を拭いながらぼやくレオノールへ、ガルシアが言葉を返す。
その間にも、妖怪は待ってはくれない。
火だるま姿の輪入道が転がってきた所を、まるで煩わしい虫を払うかのように、ガルシアが車輪の中心にある入道の額めがけて、銃撃して倒した。
ガルシアは銃のマガジンリリースボタンを押して、空になったマガジンを取り出すと、新たに別のマガジンをセットする。
「ひとまず、時間稼ぎくらいにはなるかもね!」
突如聞こえてきたフェリオ・ジェラルディンの言葉に、皆そちらへ目を向ける。
「誘われろ夢の世界へ! シャボンドリーム!!」
するとこの魔法によって、妖怪達は次々と眠りに入る。
敵を眠らせる魔法だ。
しかしそれでも、眠る事無く襲ってくる妖怪はいた。
それに対して、更にフェリオが魔法を放つ。
「痺れろ!! ビリビリショック!!」
呪文のままに、眠らなかった妖怪達は次々と痺れて、動けなくなる。
これらの妖怪を、レオノールが打撃や蹴りで倒していく。
ガルシアも後に続いて、一体一体銃撃で倒していく。
「でもダメだリオ! さすがに俺の銃弾が足りなくなる!!」
ガルシアの言葉に、ふと見るとその向こうではレオノールが、肩で息をしているのが分かった。
「ボクも、魔力が……」
フェリオも己の疲労感を覚えていた。
「フン。やむを得ないな。ならばこの俺様が、一気に片付けてやろう」
「……お前のバトル突入時裏人格ヴァージョンに慣れるまで、まだ時間が必要だぜ……」
進み出てきたフィリップへ、レオノールが口元を引き攣らせる。
「詠唱の間、邪魔されんよう今少し、お前ら踏ん張れ」
「あいよ」
「了解です!」
レオノールとガルシアは返事をすると、まだ動ける妖怪達へと立ち向かった。
フェリオは自身も魔法使用にて呪文を唱える手間があるので、物理攻撃として腰ベルトのフックに引っ掛けていた鞭を取り上げ、それを振るう。
それを確認して、フィリップは詠唱を開始した。
「我に呼び出されし者、敵と見なした者々へ容赦をするな。見えぬ無限の刃となりて、神聖なる天使の翼を羽ばたかせ、神の獅子よ。全ての者々に荒れ狂え! ──アリアエル!!」
フィリップは両手を横一直線に、手の平をまるで空気に叩きつけるようにして、突き出した。
すると空間が、両手の平からひび割れ左右から、鷹のような大きな翼が出現する。
そこから更に、ガラスの様に空間が割れたかと思うと、ライオンの頭をした翼を持つ存在が姿を見せた。
「グルルルル……」
アリアエルは低く呻ると、地を蹴って後方へと飛翔する。
そして、翼を大きく持ち上げたかと思うと、勢い良く羽ばたかせた。
「グォアゥッ!!」
──漆黒の風の千枚下ろし──なる、風を鋭い刃に変え無数に放って次々と、妖怪のみを切り刻んだ。
こうして全ての妖怪達は、空気の粒子となって溶け込むようにして、消滅した。
それを確認するやアリアエルは、天に向かって一声吠える。
すると頭上、数mの高さに白く輝く魔法陣が出現し、アリアエルはその中へと飛び込み姿を消した。
おかげで、全ての妖怪達が消滅していた──筈だった。
「ほぅ……あれだけの数ある妖怪達を全て、片付けたか」
ふと、突然一人の男の老人が、闇から姿を現した。
四人が彼の存在にキョトンとしていると、一人の日輪人が下顎を戦慄かせた。
「あ、あれはまさか……!!」
「い、いいや、間違いあらへん……!!」
次々に、その老人を前にした日輪人が恐怖から、顔面蒼白となる。
決して歓迎している様子ではないのが、明らかだった。
「あいつ、何者なの!?」
フェリオからの問いかけに、女の日輪人が答える。
「あ、あれは」
震える声で、一旦息を呑む。
「妖怪の総大将、さ、山本太郎左衛門言うんや!!」
「さん?」
「もと……」
「タロー??」
「……もん??」
フェリオ、フィリップ、ガルシア、レオノールの順で述べて、小首を傾げた。
「でも総大将って事は、妖怪のボスって解釈でいいよね?」
「当たり前やろ! それしかあらへんがな!!」
フィリップが口にした疑問に、女の日輪人が軽く一喝してきた。
「すみません」
これに思わず、フィリップは謝罪する。
「お詫びと言っては何ですが、この者を倒しておきましょう」
そうしてフィリップは、悠然と身構える。
だがしかし、山本太郎左衛門はクッと愉快げに喉を鳴らす。
「笑わせおる。小僧風情が。はっきり言うがお前では、指一本ワシに触れる事は叶わぬ」
「さぁ、どうかな。やってみなきゃ、分かんないじゃない」
フィリップも挑発的だ。
「フィル……裏人格と融合してから、やたらと好戦的になってんな……あんなに腰抜けだったのに」
レオノールが呆気にとられる。
「では、三回ワシを捕まえきれなければ、そのままワシはここを立ち去る」
「へぇ……余裕だね……しっかりこの僕を楽しませておくれよ……!」
フィリップは言うと、山本太郎左衛門に向かって杖を上から下へと、斜めに振り下ろしてみせる。
「どこを見ている。小僧」
唐突に背後から声が聞こえて、フィリップはギョッとして振り返る。
気付けば太郎左衛門は、ピッタリとフィリップの背中に回りこんでいたのだ。
「クックック……本来ならこれで、お前は死んでいる」
「あの、裏人格融合お兄ちゃんが、遅れてるよ!?」
「それだけの大物って事か……!?」
レオノールも参戦したくてウズウズしている気持ちを、グッと押さえ込んで見物している。
それに気付いた太郎左衛門は、平然とレオノールを誘った。
「何も一人だけじゃなくても良い。皆して、かかってくるが良い」
「へぇ、挑発かよ。面白ぇ、そんじゃあ、お言葉に甘え、て!!」
レオノールは足に力を込めると、太郎左衛門のみぞおちを狙って飛び膝蹴りを放った。
刹那、そこにいた筈の五郎左衛門の姿が消えていた。
「何っ!?」
レオノールは目を見張ったが。
直後、足元をすくわれて彼女は背中から、転倒する。
「これでお前も、本来なら死んだな」
頭上で太郎左衛門の余裕げな忍び笑いが、降りかかった。
「ク……ッ、てめえ、手抜きしてやったって訳かよ……!」
レオノールは歯噛みすると、すぐさま跳ね起きる。
その時、パンパンと乾いた音が、響き渡った。
ガルシアが、太郎左衛門へと発砲したのだ。
銃弾は、見事に太郎左衛門の額に二発、着弾する。
「へん! やったぜ! さすがのてめぇでも、銃弾は避けられなかったみたいだな!!」
ガルシアが勝ち誇った表情で、述べた。
「クックック……」
だが彼は、平然と喉を鳴らして笑う。
これにガルシアは眉宇を寄せる。
「この程度の鉛玉……痛くも痒くもないわ」
そう述べた太郎左衛門の被弾部分が、小さく波紋のように浮き立ったかと思うと、そこから銃弾が押し出されてポトポトと足元に落ちた。
衝撃を受けるガルシアを他所に、今度はフェリオの鞭が飛来した。
同時に、それに気付いた太郎左衛門が片腕でブロックし、鞭はその腕に巻きついた。
「痺れろ! ビリビリショ──……」
声を大にしてフェリオは唱えたが、凄い力で太郎左衛門が腕を引き寄せた。
「わぁっ!!」
これにフェリオは太郎左衛門へと、引き寄せられる。
そうして、自分の元へ飛び込んできたフェリオのみぞおちに、太郎左衛門は拳を叩き込んだ。
「ぁ……がっ……!!」
フェリオは天へと目を剥くと、地に落下し、そのまま気絶してしまった。
「小童はおとなしくしておけ」
「貴様……よくも俺の妹を!!」
フィリップが怒りを露わにする。
「これで貴様らが束になって掛かって来ても、ワシを倒せぬ事が痛感出来ただろう。それでは、さらばだ」
太郎左衛門は悠然とそう言い残すと、その場から掻き消えた。
「チッ! クソ……ッ!! ──リオ! リオ!!」
フィリップは怒りで血管を浮き出させたが、地面に倒れこんでいるフェリオの元へと駆け寄った。
「リオ、おい! しっかりしろ!!」
フィリップは妹を抱き起こすと、バチバチと乱暴に頬を平手打ちした。
「う……痛ぃ……」
フェリオはそう呻いて、目を開く。
「気が付いたね……良かった……!!」
フィリップは安堵の笑みを零すと、フェリオを愛しそうに抱きしめた。
「すみません。我々では最後まで力及ばず……」
フィリップは旅館にて、そう女将に頭を下げた。
「そんな、頭をお上げおすな。お宅らがいてへんかったら、被害はもっと尋常じゃあらへんかったやろうし。寧ろ、感謝しておます。さぁさ、ぎょうさん体力使うてお腹空いたん違う? 椀子しかあらへんけど、蕎麦でもお食べやすな」
「……ワンコ?」
これにガルシアの脳裏に、楽しそうに野を駆け回る子犬の光景が思い起こされた。
こうして女将の好意で、皆に椀子蕎麦が振る舞われたが──。
「こ、これは……」
「返って焦燥感を煽られて……」
「忙しい食い物で逆に体力使う……」
フィリップとガルシアとレオノールは言いながら、椀子蕎麦をご馳走になりそれぞれ、数十杯で満足したのだが。
「し、信じられへん……! この子、いつまで食べはりますのん……!?」
驚愕する女将を他所に、フェリオは既に100杯を軽く超えていた。
そして最終的には、300杯を平らげたのだった。
ひとまず、夜もどっぷり更けていたので一行は、それぞれの部屋で眠りに就いた。
──朝目覚めると、当然ながらフィリップの布団にはフェリオが潜り込んで、寝ていた。
こうしてそれぞれ目覚めて、外の賑わいに気付いて出てみると、日輪国民が集まって妖怪の屍累々から素材採取を行っていた。
「何だかんだだで……ここの人々は逞しいね……」
フィリップの言葉に、レオノールがあっけらかんと述べた。
「俺達が旅の道中に行っている事と、何も変わらねぇさ」
一方、人間の躯は運び出され、広場にて一斉火葬されていた。
埋葬は、妖怪に生まれ変わるとしてこの国では、恐れられていた。
「ご一行! 朝食の準備が出来ましたえ!!」
女将から呼ばれて、皆は旅館へと戻りながら、レオノールが言った。
「朝食を終えたら、ガルの剣を買いに行かねぇとな」
「ヤッタァ!!」
これにガルシアが、飛び上がって喜んだ。
──「ほぉ? 百鬼夜行を殲滅させた一行がいたと……?」
太郎左衛門からの報告に、魔王の側近の立場であるウォルフガンクが片手で顎を撫でた。
「しかし、それがしとやりあってみると、まるで惰弱揃いで御座いました。見逃したところで問題はないかと」
謁見の間にて、片膝を突いた姿勢で太郎左衛門は述べた。
「お前がそう言うのであらば、今回は大目に見よう」
「万一の時は、それがしが片付けます」
「ああ。期待しているぞ」
「はっ!!」
ウォルフガンクへ、太郎左衛門は頭を垂れた。




