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story,Ⅸ:百鬼夜行



 帰りの街道では、もうすっかり日が沈み始めていて、空を紺碧色に染めていた。

 フィリップ・ジェラルディンが杖の先に光を灯してから、歩いていると。


「こんばんは……」


 通行人の女性からの挨拶に、フェリオ・ジェラルディンが軽く会釈してから、返事をする。


「こんばんは」


 これに三人が反応する。


「何だよリオ。今、誰に挨拶したんだ?」


「え? 今通り過ぎた女の人、だ、よ……?」


 レオノール・クインに訊ねられ、フェリオは背後を振り返りながらその人物へ、指を差しかけて絶句した。

 そこには誰も、いなかったからだ。


「ヒ……ッイッ!!」


 咄嗟にフェリオは、震え上がる。


「リオはきっと、逢魔が刻に会ったんだね」


「おうまがとき……?」


 フィリップの言葉に、ガルシア・アリストテレスが首を傾げる。


「こうした夕方と夜の狭間の空色の時は、生者と死者──もしくは妖怪との区別がつきにくく、または出会いやすい時刻をそう呼ぶんだ」


「キャアアァァァァーッ!!」


 フェリオは悲鳴をあげると、兄の腕の中に飛びついてきた。


「はいはい。負ぶってあげるから、背中に回って」


「リオ、もしかして幽霊が怖いのだろうか?」


「ああ。まぁな……」


 ガルシアに訊ねられ、レオノールは苦笑いしながら答えた。

 こうして結局、帰路に着くまでの間フェリオは、兄の背中から顔すら上げずにいた。


「これで死霊系のモンスターバトルとか、大丈夫なのかな……」


「まぁ、一定の条件が揃えば、リオの中の恐怖感が増すらしい」


 一抹の不安を覚えるガルシアに、レオノールがケロリと述べた。


「それが今な訳でしょう?」


「大丈夫だ。バトルの時になると、恐怖心から暴走が始まるから」


「暴走?」


「いずれ分かる」


 ガルシアとレオノールは、そうして言葉を交わしあう中で、旅館に帰り着いた。


「お帰りやす。お客はん。おやまぁ、お嬢ちゃん、寝てしもたんか」


「いや、ええ、まぁ……」


 フィリップに背負われているフェリオを見て、仲居がクスクス笑った。


「もう食事の準備が出来てるさかいに、そろそろ起こしたらな、食いっぱぐれ──」


「ご飯ーっ!!」


 仲居の言葉が終わらぬうちに、兄の背中からフェリオは元気良く飛び降りた。


「いややわぁ。食事と言う言葉に、敏感なんやから」


 これに更に、仲居はクスクス愉快そうに笑うのだった。


「今度いつの日か、幽霊の前にご飯を据えてどうなるのか、試してみたいものだよ……」


 呆れた様子のガルシアに、レオノールとフィリップは面白がって腹を抱え、笑った。





「ようこそ。新魔王様……貴方様の降臨を、心待ちにしておりました……」


 魔城ラナンキュラスの謁見の間。

 黒光りする巨大な背凭れをした、禍々しい玉座に鎮座するショーンの前に、十段はある階段の下で片膝を突き各モンスターのリーダー達が、頭を下げて控えていた。


「……」


 ショーンは無言のまま、彼らを見下ろしている。

 それらの中央には、両方金髪をした男女の人間が控えている。

 見る限り、若い。


「そこの人間二人」


「はっ!!」


 男女二人は、ショーンから声をかけられ、返事をする。


「立て」


「はっ!!」


 ショーンからの命令に、男女はきびきびとした動きで立ち上がる。


「お前ら二人……いくつだ」


 これに二人は声を揃えて答えた。


「22歳でございます!!」


「その若さで何ゆえ、人のリーダーを担っている」


 ショーンに尋ねられ、再度二人は声を揃えた。


「我々は双子で御座いまして、他よりも魔力が高いとの理由で、抜擢されました!!」


「……成る程」


 モンスター寄りの人間の中には、山賊や海賊、呪僧侶、邪忍者、憎占い師等々がいる。

 彼ら双子は、その代表らしい。

 ちなみに占い師は、ショーンの斜後ろで水瓶と一緒に控えていた。


「良い。戻れ」


「はっ!!」


 双子は頭を下げると、再び片膝を突いてしゃがみ込んだ。

 そして玉座の隣には、一人の悪魔の幹部と思われる存在が、立っていた。

 カモシカのような角を、額から二本生やしている。


「……」


 ショーンはしばらく沈黙していると、その幹部らしき悪魔の男が声をかけてきた。


「魔王様。まずは手始めに、どこを襲撃致しましょうか?」


 彼──悪魔の男の名は、ウォルフガンクと言った。

 見る限りでは、若い。


「ん……ああ……」


 そうは言われても、正直まだショーンにとって襲撃を希望する村や町は、存在しない。


「まだ、魔王と言う立場には、慣れませんか」


「……」


 ショーンは無言を貫く。

 これにウォルフガンクは斜後ろの一段低くなった踊り場に控えている、占い師の元へと歩み寄る。

 そして、水鏡を覗き込む。


「ふむ……ここは──モクレン島の日輪国だな。ここの統括は確か……」


「はっ! 拙者が」


山本太郎左衛門さんもとたろうざえもんか」


 見ると白髪をちょんまげに、ひげを長く伸ばした袴姿の老人が、立っていた。


「ではそこの襲撃を、お前に任せよう」


 ウォルフガンクの発言に、思わずショーンは反射的に引き止めようとしたが、鋭い耳鳴りが刺し込んだかと思うと激しい頭痛が襲った。


「グゥ……ッ!!」


 両手で頭を抱える新魔王を後目に、ウォルフガンクが命令を下した。


「行け」


「御意」


 太郎左衛門は頭を下げると、まるで地表を滑るように進み、この謁見の間を後にする。

 ショーンは頭痛と耳鳴りの影響で、彼を制止する事も出来ずにいた。





 一行は夕食を終えて温泉を満喫してから、それぞれの時間を過ごしていた。

 翌日には、改めてガルシアの新しい剣を買いに行く予定になっている。

 そんな中で、夜の帳を引き裂くような絶叫が、外から響き渡った。

 外では、まだ祭りが続いているので酔っ払いが騒いでいるものだと誰も、関心を示さなかった。

 しかし、その絶叫があちらこちらで響き渡り始めた。


「なぁ、フィルさん……これも全部、祭りの演出かなぁ?」


 杉の間にて、ガルシアが窓から外を眺めて、読書中のフィリップへと訊ねた。


「んー? 多分そうだと思うけど、どれどれ?」


 フィリップは手にしていた本をテーブルの上へ伏せて、椅子から立ち上がると窓から外を眺めた。




 一方桜の間では、すっかり酔い潰れて眠ってしまっているレオノールに、猫の玩具で赤猫ルルガと一緒に遊んでいるフェリオの姿があった。

 しかし外のあちらこちらから上がる絶叫に、ルルガが遊ぶのをやめて呻り声を上げ始めた。


「ん? 外が気になるの?」


 フェリオは立ち上がると、窓の外へと歩み寄った。


「……これって、祭りの催しか何かかな?」


 そこには、人ならざる者が襲い掛かり、それから人々が逃げ惑っていた。

 直後。


「そんな訳ないじゃない!!」


 突如、部屋へ入って来たフィリップからそう咎められる。


「え? 何??」


「妖怪だよ!! 人々はみんな襲われてるんだ!! レオノール!! ねぇ起きて!! 起きてったら!!」


 驚愕するフェリオに簡単に説明すると、眠っているレオノールの肩をフィリップは激しく揺さぶった。


「んぁ? 何だよ。もう朝か?」


「人々が妖怪に襲われている!! 助けに行くよ!!」


「あぁん!? マジかよ、面倒臭ぇなぁ!!」


 レオノールは不満を言いながら、勢い良く飛び起きる。


「ガルは?」


 その場にガルシアがいない事に気付く、フェリオ。

 これに、フィリップが答えた。


「もう先に行ってる」


 レオノールが窓辺に駆け寄る。


「何か色んなモンがいるぞ!?」


「それは所謂、“百鬼夜行”だよ!! それを見た人間を片っ端から襲うんだ!! 魂を抜かれるとも言う!!」


「とりあえず、早く行こう!!」


 驚愕するレオノールへ説明するフィリップに、フェリオが声をかけた。


「つまるところ、モンスターと同じ存在だな!?」


 レオノールに問われ、フィリップが首肯する。


「そうだよ」


「了解!」


 レオノールはそれだけを言い残して、窓から地上へと飛び降りた。


「僕らも行こう!」


「うん!!」


 そうして兄妹は、旅館の玄関へと向かった。

 すると、ロビーで数人の人が両手で耳を塞ぎ、蹲って固く目を閉ざしてから何かを口走っていた。


「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリ!!(手酔い足酔い我酔いにけり!!)」


「この人達は、何を言ってるの?」


「まぁ、云わばお払い用の呪文だよ」


 兄妹はロビーを駆け抜けて、外へと飛び出した。

 百鬼夜行には、無害な存在もいたのだが、当然ながら有害な存在もいる訳で、やはりこれが厄介なのであった。

 全身が火だるまになり焼け狂っている、人間を数人見かけて辿って見ると、下半身が蛇の女が口から火を吐いていた。

 賺さずフェリオが、魔法を放つ。


「射出せよ! 水鉄砲(アクアムア)!!」


 そうしてフェリオが突き出した片手から出現した、中規模の水を真っ直ぐ女──清姫──の口の中へと注ぎ込んだ。

 そのせいで、清姫は口から炎を吐き出せなくなってしまう。


「せいや!!」


 直後、レオノールの気合いの一声と共に、清姫の上半身と下半身が切り離された。

 彼女のナックルに付いている、鋼の爪によるものだった。

 別の所では、縦長の木綿を顔に絡ませて、もがき苦しんでいる人がいた。

 これに気付いたガルシアが、木綿を剥ぎ取ると三つずつに玉結びをしてから、地面に叩きつけてしまった。

 一反木綿は呆気なく、何も出来なくなってしまった。

 そんなガルシアが、突然何者かに蹴り飛ばされてしまった。

 ガルシアは、レオノールの背中にぶつかって止まった。

 二人して、そこに倒れこんでいる。


「いきなり何、俺にぶつかってきやがった!? このクソガキ!!」


「突然誰かに、蹴り飛ばされたんだよ!!」


 言い争いながら二人はそちらを見ると、170cm程の一本足……一本踏鞴(いっぽんだたら)がこちらへと向かって来るではないか。

 足の付け根に当たる部分には、大きな一つの目が付いている。


「“妖怪”ってぇのは、意味不明で不気味な外見の奴ばっかなんだな」

 

 レオノールは言って立ち上がると、一本踏鞴へとハイキックをお見舞いした。

 しかし、一本踏鞴は膝を曲げてブロックした。


「へぇ、ただの足ではねぇってことか」


 レオノールは、不敵な笑みを浮かべた。

 直後、レオノールと一本踏鞴との息をも吐かせぬ猛然とした、蹴り合いが始まった。

 だがここで、レオノールが空中前転したかと思うと、踵落としを放ってそれを喰らった一本踏鞴が地面に倒れこんだ。

 そこを賺さずレオノールが、一本踏鞴を抱え上げると膝を正面に自分の首の後ろへ担いで、気合いの声を上げた。


「おるあぁーっ!!」


 すると一本踏鞴の膝関節が、鈍い音と共に逆向きに折れてしまった。


「あ……!」


「うっ!」

 

「痛ァ……!」


 フェリオとフィリップとガルシアの三人は、思わず声を洩らした。

 レオノールは、動かなくなった一本踏鞴を背後から、ペッと払い落とすとパンパンと手を払った。

 すると今度は、粘着質な音がしてそちらを見ると、蛇の身体に人面で鳥の翼と脚、鉤爪は剣のように鋭く、のこぎりのような歯で死んだ人間の肉を喰らっている風景が目に飛び込んできたではないか。


「ぅわ……!」


「うげぇ……!」


「人を、喰ってやがる……!!」


 フェリオとガルシアとレオノールの三人は、嫌悪感を露わにする。

 人面鳥は口の中の肉を嚥下(えんげ)すると、鳴き声を洩らす。


「いつまで。いつまで」

 

 そう。この人面鳥は、その鳴き声から“以津真天(いつまで)”と呼ばれている。


「ここまでだ!!」


 以津真天の言葉に、そう返事をする者がいた。

 フィリップだ。


「潰れろ……アースクラッシャー!!」


 彼の言葉に応える様に、以津真天の両側面から巨大な岩石が出現したかと思うと、振り子の如く揺れて岩石同士、間にいる以津真天を挟んでぶつかり合った。

 しかし、以津真天の方が一足早く飛び上がって、逃れる。


「チッ……!」


 フィリップは舌打ちする。

 だが直後──パンパン!!

 乾いた音が二発したかと思うと、以津真天はそのまま落下して絶命した。

 ガルシアが、銃を撃ったのである。


「いいぞガル。その調子だ」


「はい! ありがとうございますフィリップさん!!」


 ここでハタと、ガルシアは気付く。


「あれ? さっきまで、フィルさんじゃなかった!?」


「気にする暇はないぞ」


「は、はい!」


 フィリップに指摘され、ガルシアはひとまずバトルに専念した。

“ベン、ベベベン、ベンベンベベン……”

 バトルの最中、これら百鬼夜行の中から、三味線の音が響き渡った。

 そこには、着物を身に付けた、三味線を奏でる猫の姿があった。

 活目すると、尻尾が二本。

 猫又だ。

 ほっかぶりを頭に、瘴気に当てられて死んでしまっている人間を、喰らいつこうとしている所だった。

 しかし。


「ウゥーニャニャニャーッ!!」

 

 突如、猫又に飛び掛るものがあった。

 ルルガだ。


「ク……ッ!」


 猫又は鬱陶しそうに、ルルガを振り払う。


「たかだかチビ猫如きが、この猫又様に歯向かうとは生意気な!!」


「……」


 ルルガは華麗に着地すると、平然とお座り姿勢でゆったりと尻尾を振っている。


「フン。立場を弁えた、──!?」


 猫又が口角を悠然と引き上げた時、何かがボトリと足元に落下した。

 猫又がそれを確認すると、それは三味線を持ったままの、猫又の左腕で肩の付け根から切断されていた。

 猫又はそれがどういう意味なのか、すぐには理解出来ずにいた。


「え? な……っ!?」


 同時に、左肩の切断面から赤黒い血が、噴出する。


「何か知らんが、この我に触れた者はお前しかいない!! 覚悟しろ!!」


 猫又は怒鳴ると、三味線のバチを足元にいるルルガへと振り下ろしたが、ヒラリと身軽に避けられてしまった。


「このっ! 小癪な!!」


 四方八方とバチを振り回すが、まるでルルガに掠りもしない。


「こうなったら、喰らえぃ!!」


 猫又が右手を突き出す。

 手の平から紅蓮の火の玉が、放出される。

 ところが、ルルガはこれを自分の尻尾で、余裕に打ち返したではないか。

 猫又の火は、そのまま当人の真正面に戻ってきたので、猫又は慌ててそれを避ける。

 猫又の火はその向こうにいた、唐傘小僧(からかさこぞう)へと燃え移る。

 しかし気にせず猫又は、ルルガに掴みかかったが身軽に舞ったかと思うとルルガは、猫又の首に後ろ足で蹴りを入れて、何事もなかったように着地する。

 直後、猫又の頭と胴体が切り離される。

 猫又の頭は、何が身の上に起きたのか、やはり理解出来ぬまま瞬きを繰り返していた。

 それを後目に、ルルガは倒れこんだ猫又の肉体を、その場でむさぼり食うのだった。




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