story,Ⅷ:日輪国ゆかり
「しょうがないよ。覚りは相手の心が読めるから、無意識に心の端にあったであろう前魔王の存在で、気付かれただけだろうから」
「俺はあいつを父とは認めたくねぇのに」
フェリオ・ジェラルディンからの言葉に、落ち込んだ様子でレオノール・クインは述べる。
「その気持ちが無意識に反映されたのでは??」
「だろうな……」
今度はガルシア・アリストテレスの意見に、レオノールは嘆息吐く。
するとふいに、ギシギシと何かが軋む音が耳に飛び込んできた。
振り返ると、そこには牛のいない牛車の車体だけがあり、乗降口のすだれがかかっている所には、夜叉の顔が浮かび上がっていたが。
「……何だこれは。まさかボーナスステージか?」
スイと、レオノールの目が据わる。
「ようやく俺個人が活躍出来るモンスターが出現したぜぃ!!」
レオノールが半ば八つ当たり宜しく、両手の指の関節を鳴らす。
モンスター……妖怪である朧車はレオノールへ向かい合うと、彼女に突進してきた。
しかし。
「うぅーるあぁぁーっ!!」
夜叉顔は、彼女から渾身の一撃をまともに喰らってしまった。
よって刹那、夜叉顔は意識が飛んでしまった。
その間、レオノールの拳や蹴りで車体がどんどん、破壊されていく。
「おぉーらおらおらおら!! うるぁ!!」
木材造りの朧車はたちまち形がなくなっていき、夜叉顔だけが地面に転がってしまった。
車体が身体だった為、身体を失うと頭だけが残されてしまう。
云わば、生首な訳だが……。
「おるぁーっ!!」
レオノールは容赦なく、その顔を踏み潰してしまった。
これにより、朧車はぐうの音も出せぬまま、青い炎となって消滅した。
「哀れな朧車……すっかりレオノールの、八つ当たりの相手にされてしまって……」
フィリップ・ジェラルディンが、口元を引き攣らせる。
「……絶対レオノールさんを、敵に回さないようにしよう……」
ガルシアも修羅化した彼女を目の前に、戦々恐々とするのだった。
一方のレオノールは。
「あー、スッキリした♪」
すっかり清々しい気持ちで、胸を張っていた。
こうして、またしばらく歩いていると前方の道端に、女の人が立っていた。
見ると、口マスクをしている。
そして、側までやって来た一行に、彼女が訊ねてきた。
「私、キレイ?」
これにフェリオが、あっけらかんと首肯する。
「うん。綺麗だよ?」
すると女は、口マスクを外して再度、訊ねてきた。
「これでも?」
その口は、耳まで裂けていて、女は隠し持っていた特大ハサミを振りかざして襲ってきた。
とても魔法の呪文を詠唱する暇もなかったが。
「ウー、ニャオゥン!!」
フェリオの肩に乗っていたルルガが、その女──口裂け女の顔面へと飛びかかり、爪を立てた。
「キャアアァーッ!! これ以上、傷を増やさないでぇーっ!!」
そう悲鳴を上げてルルガを追い払うと、顔を両手で覆って逃げ去って行った。
「ねぇ。何だか、モクレン島のモンスターって弱すぎるよね?」
フェリオは戻って来たルルガを肩に乗せながら、言った。
「すぐ逃走するしね」
フィリップも同意見だった。
「この調子なら、簡単に目的地へと辿り着けそうだ」
ガルシアも平然と述べる。
すると、別の声が一行の耳に届いた。
「本当にそう思うか?」
頭上から聞こえたので、見上げるとそこには異常に腕の長い、腰蓑だけの痩せ細った男の姿があった。
頭上4m程高い位置に頭があったので、視線を辿って見下ろしてみると、今度は化け物並みに足が異常に長い男が、その手長を肩車していた。
妖怪、手長足長だ。
「これはいい。全員、女子供か。子供の肉は柔らかくて美味だ……そこの筋肉女は不味そうだが。肉が筋張って硬そうだ」
子供体型のフェリオと、15~16歳程の年齢に見えるダークエルフのガルシアを見てから、次にフィリップを見て、最後にレオノールを見て言った。
これにレオノールは勿論、フィリップも反応した。
「俺は女じゃなく、男だ!!」
「不味いかどうかは、俺を倒してから言いやがれっ!!」
これにフェリオが、フィリップの異変に気付く。
「今、フィルお兄ちゃん言葉遣いが、粗暴になってたよ?」
「ん? ああ、うん。少しずつ、裏人格と同化してきてるからだろうね。たまに今みたいになっちゃうみたいだ」
フィリップはケロッとした様子で答える。
「何だ。女ではなかったのか。まぁしかし、子供が二人いるだけでもマル特だ。ひっ捕らえてたっぷり味わってくれるわ!!」
もっぱら喋っているのは、肩車されている手長の方だった。
足長は無言で手長を支えている。
足長の方は、全身ががっしりしている。
手長は言うと、その長い手を振るってきた。
皆それを避けるが、何せ下にいるのが足長だ。
一歩踏み出すリーチが長く、そして早い。
避けたつもりが、もうそれらが目前に迫ってきていた。
「チィッ! まとまっていたら一気にやられる! みんなバラけろ!!」
レオノールの掛け声に、四人は四方に散る。
すると足長が、片足を振り上げたかと思うと、レオノールに蹴り込んできた。
「ぅぐぅ……っ!!」
しかし、黙ってやられるレオノールではなかった。
すぐにその足を掴むや、全力で背負い投げをした。
そして地面に片足を突くとレオノールは、胸の下に手を当てて肩で息を始める。
「レオノール!! 大丈夫!?」
フェリオが二時の方向から、声をかけた。
「いや……あばら二~三本はいってる……」
「お兄ちゃん! レオノールをお願い!」
「うん。分かってるさ」
妹から指図され、フィリップは答える。
その隙に、フェリオも魔法を放つ。
丁度、背負い投げされてバラバラに離れた手長が、半ば急いで足長の肩に乗り込もうとしている所だった。
「帯びろ爆雷!!」
そこへフェリオの雷上級魔法が、手長に直撃する。
手長の口から煙が上がり、白目を剥いて天を仰いだ。
その間に、フィリップがレオノールへと、回復魔法をかけようと唱える。
「天からの使者よ、この者に癒しの口づけうぉぉぉぉぉ~ぅっ!?」
直後、足長の足払いに気付いてフィリップは、それから避ける為に咄嗟にジャンプして逃れる。
よって、改めてまた頭から呪文を唱えなくてはいけなくなった。
「いいぞフェリオ! よぉし! 俺の剣の餌食にしてやる!!」
ガルシアが動かなくなった手長へと、クリスタルソードを手に踊りかかろうとして──右から来た何かに叩き払われてしまった。
それは、手長による平手打ちだった。
「ぬぅわ~んちってな。電撃くらいで簡単にやられはしねぇよ!!」
グンと、頭の角度を平常位置へと戻した手長が、ぺロリと口端を舐める。
「そんな!!」
俄かにショックを受けるフェリオ。
「ごめんレオノール! 今はまだ小規模回復魔法でしか繰り出す余裕ない! ひとまず、“ウォーターライト”!!」
フィリップは叫んで、詠唱不要な回復魔法をレオノールへと、かける。
彼女の頭上から、黄金の光り輝く水が、優しく降り注ぐ。
しかしせいぜい、体力が少し回復したくらいで肋骨までは、完治出来なかった。
「んああぁあーっ!!」
突然周囲に響き渡った大絶叫に、思わず皆がそちらへと身構える。
ガルシアだった。
「俺のクリスタルソードが、折れた!!」
これに皆、彼へ無関心となって態勢を立て直す。
引き続きフェリオが、今度は別の魔法呪文を唱え始める。
「過ぎ行くままに貫き通し、消滅せよおぉぉおぉーッ!?」
またしてもフェリオまで、足長の足払いにより呪文を中断させられ、彼女も兄宜しくジャンプして避けた。
「魔法呪文の詠唱を始めたら、足長の邪魔が入るわけか……ガルも剣を折ってるし、俺もあばら折ってるしで、戦闘可能な存在、が!?」
レオノールが言っている最中、突如乾いた音が二発、響き渡った。
見ると、そこには二丁拳銃を構えたガルシアがいた。
手長足長へと顔を向けると、それぞれの額に銃弾を受けた様子で、しっかり絶命していた。
「……意外なところで役に立ったな。銃の腕前が」
「俺の、ショーンさんとの短い思い出がこもった大切な愛剣だったから、ムカついて、つい」
ガルシアは言って、銃口に息を吹きかけて先端の熱を少し冷やしてから、尻にあるホルダーへと戻した。
「その銃には、名前付けてんの?」
フェリオが訊ねてきたのを、ガルシアは胸を張って答えた。
「名前は、右がピースメーカー、左がリーサルウエポンだ」
ドヤ顔のガルシアに、沈黙する中でフィリップだけが平然と立ち回り、気付けばレオノールの骨折も回復されていた。
改めて前進を開始して、一時間程歩き続けていると、一行の前に朱色の山門が見えてきた。
「あれが目的の、仏教社寺?」
「そうだよ」
ガルシアに訊ねられ、フィリップは首肯する。
「そのデカさが、この距離からでも解かるぜ……」
レオノールが口ずさむ。
やがて山門の前まで到着する。
その山門は朱色をしていて、二階建ての八脚門の造りになっており、重層楼門とも言われている。
「何だか……凄く厳かな門だねぇ」
フェリオは言いながら、山門を見上げて吐息を洩らす。
皆しっかりと、その山門を目に焼き付けてから半ば恐る恐る、門を潜った。
そこからは、一本の石畳が伸びており、左右に砂利が敷き詰められている。
自然と、石畳を辿って進むと、本殿が姿を現した。
その側を、一人の僧侶が竹箒で掃除をしており一行に気付くと、手を合わせて頭を下げてきた。
「こちらには、参拝に?」
これに、フィリップが進み出る。
「こちらで、坐禅の体験をしたい」
「然様で。では、こちらへ」
僧侶に案内され、一行はその後へ続く。
「ねぇ、お兄ちゃん。“ざぜん”って、何?」
「行けば分かるよ」
妹に尋ねられ、フィリップはニコリと笑顔を見せた。
そして本殿に、靴を脱いで上がると一つの部屋へと、案内された。
僧堂だ。
一通り、僧侶の説明を受けて皆、それに習う。
横一列に並んで胡坐を掻いて座ると、警策なる棒を持った別の僧侶が入って来た。
説明は受けたものの、いまいち理解出来ていないフィリップ以外の三人は、これに息を呑む。
「では、始めます」
僧侶の言葉に、皆“半眼”で視線を落とし、説明された通りに“法界定印”なる手つきを胡坐の上で結んだ。
分かり易く言えば、両手で輪を作るようなものだ。
こうして坐禅が始まった。
皆、可能な限り、心を無とする。
長い沈黙が続く。
5分程経過する中で、フェリオ、レオノール、ガルシアは軽く二回は、警策で肩を叩かれた。
そうして次こそは叩かれないように気を付ける中、更に5分経過した時だった。
フェリオの深層心理の中に一人の、坐禅を組んだ人物が後光を放って姿を現した。
左手には、“薬壺”を持ち、右手を胸の高さまで上げて手の平を、外へ向けている。
「あ……あなたは……?」
フェリオはそっと、心の中で相手へと訊ねる。
すると、その人物は開口せずに心で答えてきた。
「私は薬師……世間からは“お薬師様”と呼ばれる存在です……」
「お薬師様……ボクはフェリオと申します」
「そうですか……フェリオ。貴方の故郷である、召喚士の里は壊滅したと、聞き及んでおります。貴方はその、末裔なのですね?」
「……はい……」
これに、ショーンの存在が脳裏を過ぎる。
「そうですか……“魔王”は、嘗てのあなた方の“仲間”であったのですね」
フェリオの脳裏のイメージを視て、薬師如来は言ってきた。
「はい……正直とても複雑な気持ちで、今は迷う事しか出来ずにいます」
「そう……迷っているのですか」
真っ白い空間の中で、お互い向かい合い宙に浮いているような状態だ。
気付けば心の中だからか、フェリオの外見は成人体型の姿になっていた。
フェリオは続ける。
「でもボクは、彼を倒したくはない」
「……しかし相手は、魔王ですよ」
薬師如来は表情一つ変えぬまま、淡々と言葉を紡ぎ出す。
「はい。でもそうしてしまったのは、ボクの父親の過去への渇望によって引き起こされた事なのです。彼の意思では、ない」
「……私の力は、必要ありますか?」
薬師如来の言葉に、それまで俯いていたフェリオは顔を上げた。
「はい。必要です」
「それは何故」
「今後の旅にて、貴方の力が頼りになるからです」
「そうですか。それではその代償に、私は“痛み”を頂きましょう」
「“痛み”を、ですか?」
「ええ。私は薬師如来。それが私の役目です。貴方の正直な気持ちが気に入りました。今後とも、宜しくお願いしますね」
「はい! こちらこそ宜しくお願いします!!」
フェリオは言うと、深々とお辞儀をした。
そうして頭を上げると、目の前には警策を持った僧侶が立っていた。
「あ、れ? 心の中でじゃなくて実際にやっちゃってた!?」
フェリオは顔を引き攣らせる。
「誰によろしくだよ!」
ガルシアが茶化す。
これにレオノールとフィリップまでもが、クスッと笑ってしまった。
よって四人揃ってしっかり、警策を受けた……。
「それで? 結局何がよろしくだったわけ?」
ガルシアが帰りの街道で、しつこく訊ねてきた。
「お薬師様との今後の交流に、よろしくだったんだよ」
現実では、子供体型姿であるフェリオが、これに答える。
「お、おやくしさま??」
ガルシアがキョトンとする。
「まぁ、いずれ解かるさ」
今度はフィリップが言った。
「召喚術士は秘密主義なんだよ」
レオノールも、言葉に続く。
「それで、あの坐禅に付き合う必要、あったわけ?」
「何。リオ一人だけじゃ可哀想じゃないか。だから、道連れ」
ガルシアの疑問に、ケロッと答えたフィリップへ、改めてガルシアがつっこんだ。
「道連れかよ!?」
「俺らは最後の召喚術士様のバックアップ係りだから、これでいいんだよ」
驚愕しているガルシアへ、レオノールが答えた。
「え~、そういうもん?」
「そ。そういうもの♪」
いまいち納得出来ていないガルシアに、フィリップは微笑む。
「ま、直、慣れるさ」
レオノールもあっけらかんと、言葉を返すのだった。




