表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/172

story,Ⅷ:日輪国ゆかり



「しょうがないよ。覚りは相手の心が読めるから、無意識に心の端にあったであろう前魔王(ファラリス)の存在で、気付かれただけだろうから」


「俺はあいつを父とは認めたくねぇのに」


 フェリオ・ジェラルディンからの言葉に、落ち込んだ様子でレオノール・クインは述べる。


「その気持ちが無意識に反映されたのでは??」


「だろうな……」


 今度はガルシア・アリストテレスの意見に、レオノールは嘆息吐く。

 するとふいに、ギシギシと何かが軋む音が耳に飛び込んできた。

 振り返ると、そこには牛のいない牛車の車体だけがあり、乗降口のすだれがかかっている所には、夜叉の顔が浮かび上がっていたが。


「……何だこれは。まさかボーナスステージか?」


 スイと、レオノールの目が据わる。


「ようやく俺個人が活躍出来るモンスターが出現したぜぃ!!」


 レオノールが半ば八つ当たり宜しく、両手の指の関節を鳴らす。

 モンスター……妖怪である朧車はレオノールへ向かい合うと、彼女に突進してきた。

 しかし。


「うぅーるあぁぁーっ!!」


 夜叉顔は、彼女から渾身の一撃をまともに喰らってしまった。

 よって刹那、夜叉顔は意識が飛んでしまった。

 その間、レオノールの拳や蹴りで車体がどんどん、破壊されていく。


「おぉーらおらおらおら!! うるぁ!!」


 木材造りの朧車はたちまち形がなくなっていき、夜叉顔だけが地面に転がってしまった。

 車体が身体だった為、身体を失うと頭だけが残されてしまう。

 云わば、生首な訳だが……。


「おるぁーっ!!」


 レオノールは容赦なく、その顔を踏み潰してしまった。

 これにより、朧車はぐうの音も出せぬまま、青い炎となって消滅した。


「哀れな朧車……すっかりレオノールの、八つ当たりの相手にされてしまって……」


 フィリップ・ジェラルディンが、口元を引き攣らせる。


「……絶対レオノールさんを、敵に回さないようにしよう……」


 ガルシアも修羅化した彼女を目の前に、戦々恐々とするのだった。

 一方のレオノールは。


「あー、スッキリした♪」


 すっかり清々しい気持ちで、胸を張っていた。

 こうして、またしばらく歩いていると前方の道端に、女の人が立っていた。

 見ると、口マスクをしている。

 そして、側までやって来た一行に、彼女が訊ねてきた。


「私、キレイ?」


 これにフェリオが、あっけらかんと首肯する。


「うん。綺麗だよ?」


 すると女は、口マスクを外して再度、訊ねてきた。


「これでも?」


 その口は、耳まで裂けていて、女は隠し持っていた特大ハサミを振りかざして襲ってきた。

 とても魔法の呪文を詠唱する暇もなかったが。


「ウー、ニャオゥン!!」


 フェリオの肩に乗っていたルルガが、その女──口裂け女の顔面へと飛びかかり、爪を立てた。


「キャアアァーッ!! これ以上、傷を増やさないでぇーっ!!」


 そう悲鳴を上げてルルガを追い払うと、顔を両手で覆って逃げ去って行った。


「ねぇ。何だか、モクレン島のモンスターって弱すぎるよね?」


 フェリオは戻って来たルルガを肩に乗せながら、言った。


「すぐ逃走するしね」


 フィリップも同意見だった。


「この調子なら、簡単に目的地へと辿り着けそうだ」


 ガルシアも平然と述べる。

 すると、別の声が一行の耳に届いた。


「本当にそう思うか?」


 頭上から聞こえたので、見上げるとそこには異常に腕の長い、腰蓑(こしみの)だけの痩せ細った男の姿があった。

 頭上4m程高い位置に頭があったので、視線を辿って見下ろしてみると、今度は化け物並みに足が異常に長い男が、その手長を肩車していた。

 妖怪、手長足長だ。


「これはいい。全員、女子供か。子供の肉は柔らかくて美味だ……そこの筋肉女は不味そうだが。肉が筋張って硬そうだ」


 子供体型のフェリオと、15~16歳程の年齢に見えるダークエルフのガルシアを見てから、次にフィリップを見て、最後にレオノールを見て言った。

 これにレオノールは勿論、フィリップも反応した。


「俺は女じゃなく、男だ!!」


「不味いかどうかは、俺を倒してから言いやがれっ!!」


 これにフェリオが、フィリップの異変に気付く。


「今、フィルお兄ちゃん言葉遣いが、粗暴になってたよ?」


「ん? ああ、うん。少しずつ、裏人格と同化してきてるからだろうね。たまに今みたいになっちゃうみたいだ」


 フィリップはケロッとした様子で答える。


「何だ。女ではなかったのか。まぁしかし、子供が二人いるだけでもマル特だ。ひっ捕らえてたっぷり味わってくれるわ!!」


 もっぱら喋っているのは、肩車されている手長の方だった。

 足長は無言で手長を支えている。

 足長の方は、全身ががっしりしている。

 手長は言うと、その長い手を振るってきた。

 皆それを避けるが、何せ下にいるのが足長だ。

 一歩踏み出すリーチが長く、そして早い。

 避けたつもりが、もうそれらが目前に迫ってきていた。


「チィッ! まとまっていたら一気にやられる! みんなバラけろ!!」


 レオノールの掛け声に、四人は四方に散る。

 すると足長が、片足を振り上げたかと思うと、レオノールに蹴り込んできた。


「ぅぐぅ……っ!!」


 しかし、黙ってやられるレオノールではなかった。

 すぐにその足を掴むや、全力で背負い投げをした。

 そして地面に片足を突くとレオノールは、胸の下に手を当てて肩で息を始める。


「レオノール!! 大丈夫!?」


 フェリオが二時の方向から、声をかけた。


「いや……あばら二~三本はいってる……」


「お兄ちゃん! レオノールをお願い!」


「うん。分かってるさ」


 妹から指図され、フィリップは答える。

 その隙に、フェリオも魔法を放つ。

 丁度、背負い投げされてバラバラに離れた手長が、半ば急いで足長の肩に乗り込もうとしている所だった。


「帯びろ爆雷(エレキオン)!!」


 そこへフェリオの雷上級魔法が、手長に直撃する。

 手長の口から煙が上がり、白目を剥いて天を仰いだ。

 その間に、フィリップがレオノールへと、回復魔法をかけようと唱える。


「天からの使者よ、この者に癒しの口づけうぉぉぉぉぉ~ぅっ!?」


 直後、足長の足払いに気付いてフィリップは、それから避ける為に咄嗟にジャンプして逃れる。

 よって、改めてまた頭から呪文を唱えなくてはいけなくなった。


「いいぞフェリオ! よぉし! 俺の剣の餌食にしてやる!!」


 ガルシアが動かなくなった手長へと、クリスタルソードを手に踊りかかろうとして──右から来た何かに叩き払われてしまった。

 それは、手長による平手打ちだった。


「ぬぅわ~んちってな。電撃くらいで簡単にやられはしねぇよ!!」


 グンと、頭の角度を平常位置へと戻した手長が、ぺロリと口端を舐める。


「そんな!!」


 俄かにショックを受けるフェリオ。


「ごめんレオノール! 今はまだ小規模回復魔法でしか繰り出す余裕ない! ひとまず、“ウォーターライト”!!」


 フィリップは叫んで、詠唱不要な回復魔法をレオノールへと、かける。

 彼女の頭上から、黄金の光り輝く水が、優しく降り注ぐ。

 しかしせいぜい、体力が少し回復したくらいで肋骨までは、完治出来なかった。

 

「んああぁあーっ!!」


 突然周囲に響き渡った大絶叫に、思わず皆がそちらへと身構える。

 ガルシアだった。


「俺のクリスタルソードが、折れた!!」

 

 これに皆、彼へ無関心となって態勢を立て直す。

 引き続きフェリオが、今度は別の魔法呪文を唱え始める。


「過ぎ行くままに貫き通し、消滅せよおぉぉおぉーッ!?」


 またしてもフェリオまで、足長の足払いにより呪文を中断させられ、彼女も兄宜しくジャンプして避けた。


「魔法呪文の詠唱を始めたら、足長の邪魔が入るわけか……ガルも剣を折ってるし、俺もあばら折ってるしで、戦闘可能な存在、が!?」


 レオノールが言っている最中、突如乾いた音が二発、響き渡った。

 見ると、そこには二丁拳銃を構えたガルシアがいた。

 手長足長へと顔を向けると、それぞれの額に銃弾を受けた様子で、しっかり絶命していた。


「……意外なところで役に立ったな。銃の腕前が」


「俺の、ショーンさんとの短い思い出がこもった大切な愛剣だったから、ムカついて、つい」


 ガルシアは言って、銃口に息を吹きかけて先端の熱を少し冷やしてから、尻にあるホルダーへと戻した。


「その銃には、名前付けてんの?」


 フェリオが訊ねてきたのを、ガルシアは胸を張って答えた。


「名前は、右がピースメーカー、左がリーサルウエポンだ」


 ドヤ顔のガルシアに、沈黙する中でフィリップだけが平然と立ち回り、気付けばレオノールの骨折も回復されていた。



 改めて前進を開始して、一時間程歩き続けていると、一行の前に朱色の山門が見えてきた。


「あれが目的の、仏教社寺?」


「そうだよ」


 ガルシアに訊ねられ、フィリップは首肯する。


「そのデカさが、この距離からでも解かるぜ……」


 レオノールが口ずさむ。

 やがて山門の前まで到着する。

 その山門は朱色をしていて、二階建ての八脚門の造りになっており、重層楼門とも言われている。


「何だか……凄く厳かな門だねぇ」


 フェリオは言いながら、山門を見上げて吐息を洩らす。

 皆しっかりと、その山門を目に焼き付けてから半ば恐る恐る、門を潜った。

 そこからは、一本の石畳が伸びており、左右に砂利が敷き詰められている。

 自然と、石畳を辿って進むと、本殿が姿を現した。

 その側を、一人の僧侶が竹箒で掃除をしており一行に気付くと、手を合わせて頭を下げてきた。


「こちらには、参拝に?」


 これに、フィリップが進み出る。


「こちらで、坐禅の体験をしたい」


「然様で。では、こちらへ」


 僧侶に案内され、一行はその後へ続く。


「ねぇ、お兄ちゃん。“ざぜん”って、何?」


「行けば分かるよ」


 妹に尋ねられ、フィリップはニコリと笑顔を見せた。

 そして本殿に、靴を脱いで上がると一つの部屋へと、案内された。

 僧堂だ。

 一通り、僧侶の説明を受けて皆、それに習う。

 横一列に並んで胡坐を掻いて座ると、警策なる棒を持った別の僧侶が入って来た。

 説明は受けたものの、いまいち理解出来ていないフィリップ以外の三人は、これに息を呑む。


「では、始めます」


 僧侶の言葉に、皆“半眼”で視線を落とし、説明された通りに“法界定印(ほうかいじょういん)”なる手つきを胡坐の上で結んだ。

 分かり易く言えば、両手で輪を作るようなものだ。

 こうして坐禅が始まった。

 皆、可能な限り、心を無とする。

 長い沈黙が続く。

 5分程経過する中で、フェリオ、レオノール、ガルシアは軽く二回は、警策で肩を叩かれた。

 そうして次こそは叩かれないように気を付ける中、更に5分経過した時だった。

 フェリオの深層心理の中に一人の、坐禅を組んだ人物が後光を放って姿を現した。

 左手には、“薬壺(やっこ)”を持ち、右手を胸の高さまで上げて手の平を、外へ向けている。


「あ……あなたは……?」


 フェリオはそっと、心の中で相手へと訊ねる。

 すると、その人物は開口せずに心で答えてきた。


「私は薬師……世間からは“お薬師様”と呼ばれる存在です……」


「お薬師様……ボクはフェリオと申します」


「そうですか……フェリオ。貴方の故郷である、召喚士の里は壊滅したと、聞き及んでおります。貴方はその、末裔なのですね?」


「……はい……」


 これに、ショーンの存在が脳裏を過ぎる。


「そうですか……“魔王”は、嘗てのあなた方の“仲間”であったのですね」


 フェリオの脳裏のイメージを視て、薬師如来は言ってきた。


「はい……正直とても複雑な気持ちで、今は迷う事しか出来ずにいます」


「そう……迷っているのですか」


 真っ白い空間の中で、お互い向かい合い宙に浮いているような状態だ。

 気付けば心の中だからか、フェリオの外見は成人体型の姿になっていた。

 フェリオは続ける。


「でもボクは、彼を倒したくはない」


「……しかし相手は、魔王ですよ」


 薬師如来は表情一つ変えぬまま、淡々と言葉を紡ぎ出す。


「はい。でもそうしてしまったのは、ボクの父親の過去への渇望によって引き起こされた事なのです。彼の意思では、ない」


「……私の力は、必要ありますか?」


 薬師如来の言葉に、それまで俯いていたフェリオは顔を上げた。


「はい。必要です」


「それは何故」


「今後の旅にて、貴方の力が頼りになるからです」


「そうですか。それではその代償に、私は“痛み”を頂きましょう」


「“痛み”を、ですか?」


「ええ。私は薬師如来。それが私の役目です。貴方の正直な気持ちが気に入りました。今後とも、宜しくお願いしますね」


「はい! こちらこそ宜しくお願いします!!」


 フェリオは言うと、深々とお辞儀をした。

 そうして頭を上げると、目の前には警策を持った僧侶が立っていた。


「あ、れ? 心の中でじゃなくて実際にやっちゃってた!?」


 フェリオは顔を引き攣らせる。


「誰によろしくだよ!」


 ガルシアが茶化す。

 これにレオノールとフィリップまでもが、クスッと笑ってしまった。

 よって四人揃ってしっかり、警策を受けた……。




「それで? 結局何がよろしくだったわけ?」


 ガルシアが帰りの街道で、しつこく訊ねてきた。


「お薬師様との今後の交流に、よろしくだったんだよ」


 現実では、子供体型姿であるフェリオが、これに答える。


「お、おやくしさま??」


 ガルシアがキョトンとする。


「まぁ、いずれ解かるさ」


 今度はフィリップが言った。


「召喚術士は秘密主義なんだよ」


 レオノールも、言葉に続く。


「それで、あの坐禅に付き合う必要、あったわけ?」


「何。リオ一人だけじゃ可哀想じゃないか。だから、道連れ」


 ガルシアの疑問に、ケロッと答えたフィリップへ、改めてガルシアがつっこんだ。


「道連れかよ!?」


「俺らは最後の召喚術士様のバックアップ係りだから、これでいいんだよ」


 驚愕しているガルシアへ、レオノールが答えた。


「え~、そういうもん?」


「そ。そういうもの♪」


 いまいち納得出来ていないガルシアに、フィリップは微笑む。


「ま、直、慣れるさ」


 レオノールもあっけらかんと、言葉を返すのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ