story,Ⅵ:呪縛と別離
「魔王様。グリニスとローザを捕らえましたが、いかがなさいましょうか!?」
黒いサテュロスのマルシュアースが、誰ともなく声をかけた。
すると、ふいにこのジェラルディン夫婦の前に、ショーンが姿を現す。
夫婦は両手を縛られていたが、彼の姿を見て眼球が零れんばかりにグリニスは、目を見開いた。
「そん、な……新たなる魔王とは、お前の事だったのかルートヴィヒ!!」
「……俺はもう、ルートヴィヒではない。グリニス。ルートヴィヒは死んで、新たな世界の住人として生まれ変わったのだ。故に、どうしてお前は俺を、この世に呼び戻したのだ」
ショーンは、自分の手の爪を見ながら、淡々とした口調で訊ねてきた。
「俺は……俺はお前にまた、会いたかったんだ。フィリップが成長するにつれ、お前……いや、前世でのルートヴィヒやベルリッツに面影が似てくるにつれて……逢いたい気持ちが募った。ふとした瞬間や仕草が……お前やベルリッツに──」
「もうよせ!! 二人とも死んだ!! ルートヴィヒもベルリッツもっ!! 俺は“現代”の人生を満喫していたと言うのに、グリニス! お前が余計な事をしたせいで、俺の……“勇者”の中に“封印”されていた“魔王”が目覚めたのだ!!」
ショーンは片手を横へ振り払う。
「真の勇者とは、魔王の魂を封印する為の器の事だったのだ!! そして魔王復活の引き金になるのが、“異世界転移”と呼ばれる、云わばこうした死した勇者召喚だった!! お前ら召喚士が生かされ、隔離されたこの村で生活させられているのは全て、その“魔王復活”を阻止する為である事と同時にまた、それを利用して新たなる魔王を目覚めさせる、二つの理由があったのだ。よってこの俺は、今この瞬間を以って完全に消滅する!! 親友であるお前とローザもろとも、この村も、召喚術士も、犠牲にして!!」
「ルートヴィヒ!!」
ここで初めてローザが口を開いた。
これに思わず驚愕するショーン。
彼女へと、驚きの表情を向ける。
しかしローザは構わず、ニコッと笑顔を見せた。
「今……フィルは妹のリオを連れて、山へ食材採りに行っているわ。でもこの残酷な中でのあなたが決意した、世界の真の平和と比較した上でのこの村壊滅を選んだ優しさ……しっかり受け取ります。だから……フィルを、そしてリオをも同様に、どうかよろしくお願いしますね……」
「ローザ……」
思わずショーンの目から、涙が零れる。
「ああ……ああ、分かった。こんな形でなければ再会の祝杯でも挙げていたのだろうが……すまない。ローザ、そして……我が親友グリニスよ」
そうしてショーンは、涙を零しながら微笑むと、マルシュアースへと声をかけた。
「やれ」
その言葉を残して、ショーンはまたこの場から姿を消した。
ショーンは以降、魔力によって自分の記憶を上書きし、この世界の住人として生きる事にした。
必ずフィリップと巡り会うタイミングなどの“運命”を利用して。
ルートヴィヒと、地球でのショーンの記憶と魔王の存在も自ら封印して、クローバー大陸にあるクランベリーの町にてラズベリー男爵の館の前で敢えて気絶し、拾われるように仕組んだ。
やがて、まんまとラズベリー邸の執事となったショーンは、彼を守る為と自称し剣技の腕を磨いていった。
よもやそのせいで、二度目の“勇者”に選ばれるのは誤算だったが。
どうしたものかと考えあぐねている時に、タイミング良くガルシア・アリストテレスと出会った。
ショーンは、ガルシアを自分の後継人へと選んだ。
ひとまず基礎的な剣技を学ばせてから、後は任せて今こそようやく己の本性を皆に晒して伝える為に、この日論国に来るまでの言動や記憶をメモリーボールという魔法にて、皆の脳内に注入した。
話すよりも、手っ取り早く且つ詳細に内容を伝えられる、便利な魔法の一つである。
「何……だって……!? ショーンが、フィルお兄ちゃんの実の父親だって……!?」
驚愕を露わにする、フェリオ・ジェラルディン。
「成る程、通りで」
嘆息と共に、今度はフィリップ・ジェラルディンが短く答える。
「この髪の色からして、俺はまるで両親と似ていないのが不思議だったが、これで合点がいく」
「リオ。正確には私ではなく、前世だったルートヴィヒがフィリップの父親だ。ルートヴィヒと私は別人で、今の私とはフィルとの血の繋がりはまるでない」
「ああ、そっか……」
どうやらフェリオも脳内では、若干の混乱が生じているようだ。
「いや、この際、前世だとかはどうでもいい。一番重要なのは、ショーンが魔王の器だった──いや、魔王が目覚めてしまったと言う事だ」
「そぉだよ。どうするんだよ」
レオノール・クインの発言に、ガルシアが賛同する。
暫しの沈黙──後。
「ショーン・ギルフォードーッ!! 両親の仇!! 今こそ仇を返す時ー……!!」
「ちょっと待て。それはひとまず後回しだリオ」
「──って、ええ!? ハイ~!?」
兄に引き止められて、更に混乱するフェリオ。
「ショーンは確かに魔王かも知れないが、それを目覚めさせたのは誰なのか、だ」
「あ……」
フィリップの発言に、フェリオも思い出したように声を洩らす。
それは父親である、グリニスだった。
彼の一方的な感情で、別世界の住人だったショーンを召喚し、魔王降臨のきっかけを作ってしまった。
「じゃあさ~ぁ、……魔王やめてこっちの仲間に、完全になっちゃえばいいんじゃない? 魔王になろうかなるまいかは、ショーンの気持ち一つなんでしょ?」
あっけらかんとした様子で、フェリオが述べる。
「……それ、は……」
思わず、黙考してしまうショーンだったが。
「──っ! ぐぅ、がぁ……っ!!」
突如、ショーンは片手を頭に当てて、呻き声を上げながら上半身を屈めた。
また彼の身に、激しい頭痛が起きる。
「ぅくう……っ!! はぁ!!」
すると、ショーンのプラチナブロンドの髪が腰ほど長く伸び始め、爪もまるで猛禽類のそれのように黒く鋭く伸び、耳もまるでエルフのように長く伸びて笹穂耳となり、額にも一つの──第三の眼が出現した。
それはショーンの前世だった、勇者ルートヴィヒが最後に戦った相手である魔王、ファラリスの眼だった。
白目が黒く、虹彩が紅い眼だ。
そして側頭部には羊を思わせるような、大きな角
ようやく痛みが引いてショーンは、ひたすら肩で息をしていたが自分の指に絡まる何かにより、初めて自分が長髪になった事に気付き動揺する。
「こ、れは……! ハッ! 爪までも!?」
「爪や髪だけじゃない……耳も尖り、頭には角、額にも第三の眼が出現している」
レオノールの言葉に、それらを確認するショーン。
「いかにも邪悪って感じになっちゃったね。ショーン……」
フェリオの言葉に、ショーンは眉宇を寄せる。
「大したものだな。お姫様」
「どちらかと言えば気持ち的に、フィリップさんの方が魔王っぽいんだけど……」
軽口を叩くフィリップの様子に、ガルシアが感想を述べる。
「何なら、代わってやろうか? ──パ・パ♡」
そうしてからかうフィリップに、ショーンは刹那目を潤ませた。
「我が息子よ……ベルに……母親にとてもそっくりだ……」
「──チッ! やめろ、そう言うのは。気持ちが悪い」
思いがけないショーンの反応に、フィリップは不快さを露わにする。
「その感情の気持ちはルートヴィヒの方だろう? ショーン自身じゃあ、ない……」
レオノールの言葉に、ショーンはふと目を細める。
「無論だともノール。私は貴女を愛している」
「人前でよせよ……」
レオノールは複雑そうに、口にする。
「この状況でのラブシーン、どうにかしてよこのバカップル」
ガルシアが呆れ果てる。
「どうやらこれは、魔王を拒否出来ない一種の呪いのようだ……」
ショーンが額の眼をそっと、指で触れる。
「この眼は……前魔王であるファラリスのもの……私の言動を見張っているのだろう」
「でも、前世のショーン……前世のルートヴィヒがが倒したのに?」
フェリオがショーンへ訊ねる。
「魔王はどうやら、倒された人数分だけの魂を勇者へ器として憑依し、いくつかの条件が揃うと私のように魔王と化するらしい。魔王の誕生とは、そうして続いてきたようだ」
「──と、言う事はまだ、魔王の器である勇者を、再度召喚して目覚めさせる……“何者か”がいる予感がする」
フィリップの言葉に刹那、皆はざわつく。
「確かに、私もそれ同様に思う」
ショーンも彼の発言に同意する。
「俺の父である……養父であるグリニスを、ショーン召喚させる引き金を与えた人物がいる」
そうしてフィリップは思案する。
「うーん。そうだねぇ。……ひとまずここは、衣服に着替えたら? ショーンとレオノール。いつまでバスローブのままでいるつもり?」
フェリオに指摘されて、これにレオノールの顔面がカッと真っ赤になると、脱ぎ払っていた衣類を鷲掴みにしてバスルームへと、駆け込んだ。
一方、ショーンは魔力で自分の衣服を持ち上げると、同じく魔力によってそれらを身にまとった。
もっとも、白Yシャツにスラックス姿だが。
「大したものだな勇者よ。大剣使いから、魔王にジョブチェンジして魔力が使えるようになって便利だろう」
「それなりに」
フィリップの嫌味に、平然とショーンは答える。
これでも前世を挟んだ親子である。
「通りで、近頃やたら俺を舐めるような視線で見てくると思ったが、前世で親子だったからか。ザクロ砂漠での俺の熱中症でも、あんなに必死になったのも」
「すっかり立派に、成長したな」
「気持ち悪ぃからやめろ。俺にとっては父親はあくまでグリニスの方だ」
「クック……血は水より濃い、だ。」
「その血の繋がった実父である、ルートヴィヒはもう、死んじまってるけどな」
「だが前世の母であるベルリッツに、とてもそっくりだ」
「今お前と、親子の語らいをする気は毛頭ない。ショーン」
そうだ。
フィリップとショーンは、こちらでは同年齢である28歳同士だ。
「でもショーンが来たと言う異世界の記憶映像……何かいろいろ凄かったね……」
フェリオが顎に手を当てて、フムと考え込む。
建物から人々の様子、そして見たこともない乗り物……それらが発する音響……遠からずも近からず似通った所もある世界。
しかしながら、確実にこの世界よりも発展した世界。
それが地球と言う惑星の世界。
「それでは、私は行く」
ショーンの言葉に、慌てて衣装を着込んだレオノールが、バスルームから飛び出してきた。
「どこに行くってんだよ!?」
「一緒に行きたい所だが、生憎皆と行動は出来ないようだ。魔城が……魔城ラナンキュラスが私を呼んでいる。行かねばならない」
「そんな……行かないでくれよ……!!」
レオノールは目を潤ませながら、ショーンの袖を掴む。
「安心しろノール。私は諸君らが魔城に来るのを、楽しみに待っている……愛しているノール」
そうしてショーンは、みんなの前で平然とレオノールへと濃厚なキスをした。
フィリップは平然としていたが、フェリオとガルシアはドギマギする。
やがてショーンは彼女から口唇を離すと、言った。
「では、またな皆の者よ」
ショーンは刹那、微笑んで見せるとそっと目を閉ざて、天を仰いだ。
直後、その場からフゥとショーンは姿を、消した。
「ショーン!!」
自分の手から消えた彼の存在に、周囲を慌ててレオノールは見回す。
「奴はもう、ここにはいない。瞬間移動でここから魔城へと、移動したと思われる」
フィリップは平然と述べた。
「ショーン……ショーン、ショーン……!!」
レオノールは、先程までそこに座っていた椅子に、しがみつくように泣き崩れた。
「レオノール……」
フェリオはレオノールの傍へ歩み寄ると、そっと寄り添った。
「ショーンさん……俺も大好きだったのに……尊敬、してたのに……」
ガルシアも、肩を落としている。
フィリップだけが、腕を組んで沈黙していた。
──その日の夜。
満月が経過し、フェリオは子供体型に戻っていた。
それに応じて、フィリップも主人格に戻っていた。
食事時に、唐突にフェリオが頭を上げた。
「あっ!!」
「え? 何、どうかしたの?」
主人格のフィリップがキョトンとする。
「ショーンから不老の呪いを解いてもらうの、忘れてた!!」
「ああっ!! 確かに!!」
フィリップも驚愕する。
事実、フェリオに不老の呪いを与えたのは、ショーン本人だからだ。
「でも、そうしたらリオは永遠に成人体型なんだろう? フィルは大丈夫なのか?」
ガルシアの指摘に、フィリップは首肯する。
「こればかりは、リオの一番の目的だったからね。覚悟を決めないと」
「それならぁーっ!! とっとと魔城ラナンキュラスに乗り込んで、ショーンの首根っこひっ捕まえて、リオを呪いから解放されねぇとなぁー!!」
レオノールは言って、空になったジョッキをドンと畳の上に、乱暴に置いた。
今は夕食時で、料理に皆、舌鼓を打っていたのだが、レオノールは半ば自棄酒を浴びていた。
これに一拍置いて、フィリップは話を続ける。
「それにね。最近少しずつだけど、僕の中でも変化が起きつつあるんだ」
フィリップの発言に、ガルシアが顔を向けて続きを促す。
フェリオは山盛りの肉じゃがをがっつきながら。
「裏人格と、少しずつだけど同化してきているみたいなんだ」
「つまり、二重人格が解消されつつあるってことか?」
ガルシアの質問に、フィリップは微笑みを浮かべて一つ、首肯する。
「えー! どうなるんだろう!? フィルお兄ちゃん」
次に、天丼を口の中に掻き込みながら訊ねるフェリオの言葉に、フィリップは妹を見て述べた。
「僕らの里が壊滅される前の、僕に戻るだけだよ」
「……ああ、そっか。あの頃のお兄ちゃん、今のお兄ちゃんよりも気が強くて頼りになったもんね!」
「う、うん……そうだね……」
フェリオとの会話に、フィリップは口元を引き攣らせる。
フェリオの余計な一言は、今に始まったことではないのだが。
「成る程! そっちの性格が裏人格に、そして弱気で女恐怖症の方が主人格に分裂したわけか!」
「まぁ、確かに僕の中での大きな葛藤が要因でね」
ガルシアは言うと、ポンと手を打つ。
だからだった。
以前、様子が変わったショーンへ、“お前は誰だ”と訊ねたのは実はこっちの、主人格の方のフィリップだったのだ。
「でも……そうか。ショーンの前世が……僕の実父だったなんてね……。そしてその実父が勇者を経て今度は、魔王……」
「違ぁうぞフィル!! 魔王はショーンだ!! 実父のルートヴィヒの方じゃあ、ねぇっ!!」
随分酔いの回っているレオノールが、声を荒げた。
「何だかややこしいね」
フィリップはクスクスと苦笑する。
「ひとまず、明日は──」
言いかけていたフィリップの言葉を遮るように、レオノールが呻き声を上げた。
見ると、両手で口を塞いでいる。
「ヤバイ……吐きそう……!!」
「ええぇえーっ!? ちょっと、トイレトイレー!!」
フェリオが慌てて、子供体型にも関わらずレオノールの片腕を担ぎ上げると、トイレへ行ってしまった。
「結構悪酔いしちゃってるね~。レオノール」
「仕方がないさ……ショーンさんとの突然の別れがあれば……」
フィリップの言葉に、ガルシアは半ば呆れながら言った。




