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story,Ⅴ:ルートヴィヒとショーン




 そもそも彼は、勇者であった。

 いや、今現在の、ではない。

 前回の、だ。

 当時のメンバーは、勇者であるショーン。

 そして女僧侶(ビショップ)男格闘家(モンク)女召喚術士(サモナー)の四人だった。

 ショーンと女召喚術士である、ベルリッツ・クレラ。

 二人は夫婦であった。

 魔王戦の一ヶ月前。

 ベルリッツはショーンとの赤ん坊を、出産した。

 男児であった。

 その子に父親となったショーンは、“フィリップ”と名付けた。

 青い髪に、海を湛えたように美しい、碧眼。

 母、ベルリッツにとてもそっくりな、赤子だ。

 産後もあって、魔王討伐は一ヶ月延期した。

 その為、一行は召喚術士の村へと、滞在した。

 そこには、ショーンの大親友であるグリニス・ジェラルディンも暮らしていた。

 十年後に、彼の妻であるローザ・ジェラルディンが出産するフェリオの、父と母だ。


「可愛い子を産んだな。ベルリッツは」


 自分の家で生活させているグリニスは、おくるみに包まれたフィリップを覗き込んで、言った。


「ああ。俺とベルの子だ」


「あなた……」


 フィリップを片腕に抱いて、目を潤ませるベルリッツ。

 そんな彼女の、もう一つの手を取ると手の甲に、ショーンは口づけした。




 一ヵ月後。

 体調もすっかり良くなったベルリッツの様子に、ショーンは出立を決意する。

 こうしている間にも、いろんな町や村などが魔王の命令でモンスターに、襲撃されていた。

 これ以上、のんびり構えているわけにはいかない。

 勇者として任命されたからには、絶対に魔王を倒さなければならないのだ。

 この星の命運は、彼、ショーン・ギルフォードにかかっている。

 いや、ショーンではなく、当時の名前であるルートヴィヒ・ユアンの手に……。

 その際、赤ん坊のフィリップは、グリニスとローザに預けられた。


「愛してるわフィル。必ず魔王を倒して、あなたの元へ戻るわママ……」


 ベルリッツは目を潤ませながら、フィリップにキスをするとローザの腕の中へ、託した。

 こうしてルートヴィヒことショーンは、妻ベルリッツと共に男格闘家ロアと、女僧侶ライムも一緒に目指した。

 魔王ファラリスの元へ。

 そして、向かい来るモンスターをバッタバッタと倒していき、いざ魔城ラナンキュラスへと乗り込んだ。


「クックック……よくぞここまで来たことを、褒めてやろう」


 ファラリスは、謁見の間の玉座にふんぞり返って、彼らを迎える。

 しかし。


「ブァーハッハッハッハ!! 何だあの顔!! メチャクチャ不細工じゃん!!」


 大爆笑したのは、格闘家のロアだった。


「ダメよロア。今は真剣なシーンよ……っ、クスクスクス……」


 僧侶ライムは彼を注意しながらも、つい笑ってしまう。


「……」


 ファラリスは額に、血管を浮き出させる。

 声は渋くてハンサムなのだが、鼻の穴二つからはイソギンチャクが、眉尻は角のよう、顎はしゃくれて歯はボロボロ。

 はっきり言って、本当に不細工だった。

 しかし以前の彼は、そうじゃなかった。

 もっと格好良い顔をしていた。

 彼をこの顔にしたのは、当時のダークエルフ王でガルシアの父であるクルクスによる、呪いの魔法だった。


「存分に笑うが良い。その笑いが、既にこの我が輩からの呪いがかかっているのだから。その時は存分に我が輩も笑わせてもらうぞ」


 こうして、ついに勇者一行VS魔王ファラリスとのバトルが開始された。

 ファラリスの呪いにより一人、二人と仲間が倒れていく中、ルートヴィヒだけが残った。

 ルートヴィヒは、倒れているベルリッツの姿に、残った力を絞り出す。

 こうしてようやく、勇者ルートヴィヒは魔王ファラリスを倒した。

 ルートヴィヒは倒れているベルリッツの元へ向かおうとするが、満身創痍でスピードが出ない。

 よろめきながら彼女へと一歩、足を踏み出した時。

 激烈な衝撃が、彼の全身に駆け巡った。


「ベ、ル……フィリップ……!!」

 

 その言葉を最後に、ルートヴィヒは息絶えた。

 その後、今まで荒れ狂っていたモンスター達がおとなしくなった事から、魔王は倒されたかと思われ、選ばれた戦士達数人が魔城に乗り込むと、そこには勇者ルートヴィヒ達の屍が無残に転がっていたと言う。

 しかし、ルートヴィヒから倒された魔王ファラリスの屍は灰と消えて、そこには見当たらなかった事から、魔王は行方不明扱いとされた。

 よってフィリップは、グリニスを父に、ローザを母としてジェラルディン夫婦の養子として引き取られたのだった。

 それからフィリップが9歳の時に、夫婦の実子である娘、フェリオが誕生する。




 ──「いかがなされましたか? お客様」


 2026年、フランス現代──。

 優雅な建物に囲まれた、貴族の邸宅を改築した豪華なホテルで、パリ16区にある。

 イエナ駅から徒歩3分。

 エッフェル塔から徒歩10分。

 ラ・ジャングリホテルパリ。

 ショーン・ギルフォード19歳は大学に通いながらここの、ドアアテンダントのアルバイトをしていた。

 ふと立ち止まった女性客に、そうショーンは声をかける。


「いえね。とてもハンサムな顔立ちのドアアテンダントだわと、思っちゃって」


「ありがとうございます」


「受け取って頂戴」


 女性は言うと、100ユーロを彼の手に握らせた。

 チップだ。

 チップにしては少し額が高い気もするが。


「感謝致しますマダム。気をつけていってらっしゃいませ」


 高額なチップでも、ここは素直に頂くのがマナーである。

 気兼ねするのは返って、相手への失礼に当たるのだ。

 ショーンは車のドアを優しくしかししっかりと閉めると、軽く頭を下げて彼女の車を見送った。


「やっぱりさすがだね。ギルフォード」


 ふいに背後から声をかけられ、ショーンは振り返る。

 サブマネージャーだ。

 道端でショーンをスカウトした人物でもある。


「ドアアテンダントはホテルの一番最初の対面相手だ。イケメンだとイケメンなだけ、ホテルの株が上がる。仕事の吞み込みもいいし、お前に声をかけて正解だった」


「滅相もない。恐れ入ります」


「本当に19歳には勿体無い、大人っぽい奴だよ」


 サブマネージャーはそう言い残して、その場を立ち去って行った。

 彼もまた、イケメンの分類だった。

 そうしてショーンは、彼を見送っていた時、ふと何か聞こえた。

 ショーンは思わず、周囲を見渡す。

 だが、どうやら違う事をショーンは把握する。

 その“声”が、直接彼の頭の中で聞こえているのだと、理解したからだ。

 ショーンは半ば混乱しながら、頭に手を当てる。

 そして聞こえる声の言葉に、意識を集中する中で周囲では、不穏な風が吹き始めていて通行人などが、どよめいていた。

 頭の声は、こう言っていた。


“目覚めよ……今こそ意識を取り戻し、復讐する時だ……”


「な……んだ……!?」


“次はお前の番だ……新たなる魔王よ……”


「魔、王……!? どういう事だ」


“思い出せ……前世の記憶を……蘇れ暗黒なる魂たちよ……”


 周囲では曇天が低く垂れ込め、あちらこちらでつむじ風が起き、木々を大きく揺らし始めていて歩行者達が、騒ぎ始めていた。

 正午前で、あんなに清々しく晴れ渡っていたのに、今では毒々しく薄暗い。

 

 キー……ンッ!!


 突如、ショーンの頭の中で強烈な光が走ったかと思うと、急激な頭痛が彼を襲った。


「ああ……っ!? う、くぅ……っ、頭が……──痛い……っ!!」

 

 そうしてショーンは両手で頭を抱えて、苦しみ始める。


 キン!! キン!! 


 まるで鉄を鉄で打つような音と共に、彼の脳内ではまさに走馬灯が駆け巡っていた。

 ショーンの苦痛に答えるように、辺りでは蒼い稲妻が閃光を放っていた。


「グリニス……ローザ……ベル、──フィリップ……!?」


 前世の記憶で思い出した順番に、人物の名前を口ずさむショーン。

 そして──。


“ククク……魔王は続く……どこまでも──どこまでも”


「魔王ファラリス……!?」


 すると彼の体内から、漆黒の魂らしき幽鬼物が抜け出して、記憶の中で前世の勇者だった自分──ルートヴィヒの肉体へ背後から突入してきた。

 これにルートヴィヒと同じタイミングで、ショーンも絶叫した。


「ぅわあああぁぁぁぁーっ!!」


 ショーンはそして、地面に膝を突く形に崩れ落ちると共に、蒼き霹靂が垂直に彼へと落下する。

 この嵐に周囲も大騒ぎしていたが、この大きな落雷の直後、まるで何事もなかったかのようにピタリと、静まり返った。

 ただ、ショーンの姿だけがその場から、消滅していた。

 



 同じくショーンの方も、頭痛がピタリと治まっていた。

 それまで膝を折って両腕で頭を抱えていたショーンも、突如静まり返った周辺に恐る恐る、ゆっくりと両腕を下ろしながら顔を上げてみると。

 円形の室内で自分以外にもう一人、誰かがいた。

 それはピンク色の髪をした、初老の男だった。


「……お、前、は……」


 呟くように、声を発する。

 これに男も問いかける。


「ルートヴィヒ、お前なのか?」


「お前はまさか……グリニスか……!?」


 ショーンは驚愕で、顔が強張る。


「それが……新たに生まれ変わったお前の姿なのかルートヴィヒ……いくつになる」


「じゅう……く、だ……お前は……?」


「49だ。すっかりオッサンだよ」


 グリニスは言って、苦笑する。


「しかし、これは一体……!?」


 ショーンは息を呑みながら、周囲を見回す。


「ああ、ここは“召喚室”だ。過去の栄光が懐かしくてつい……一か八かお前を召喚してみたら見事、大成功ってわけさ」


「俺を、召喚した……!?」


 まだショーンは、声を震わせていた。


「フィリップを覚えているか」


「フィリップ……フィルか」


「ああ、そうだ。あの子も今のお前と同じ、19歳だよ」


「悪いがグリニス、少し頭の中を整理させてくれ」


「ああ、スマン。そうだよな。少し黙るよ」


 そうして召喚室が静まり返る。

 

 つい先程まで、俺はフランス・パリでドアアテンダントをしていて……いや、俺は“地球”に生まれて……もう俺はルートヴィヒじゃない。ショーン・ギルフォードだ。

 地球での俺の生活は、充実していた。

 とても楽しい人生を送っていた。

 優しい母親との暮らし。

 それなのに、急にこの前世の世界に俺は召喚されて……しかも、こちら側での今の俺は、魔王……。

 確かに前世に未練を残したまま俺は死んだが、だからと言って地球の生活を捨ててまで、前世に戻りたくはなかった。

 昔は昔、今は今だろう?

 しかも戻ってみたら、魔王の立場になっているなど。


「大体は……把握した」


「そうか。突然この世に呼び出して、すまなかった。ただ、万が一、もしかしたらという単純な気持ちで召喚したら、成功したに過ぎないがそれでも俺は、嬉しいよルートヴィヒ」


 単純な気持ちで、か。


 ショーンは密かに思う。


「もう、この部屋から外へ出ても構わないのか」


「ああ、すまない。是非、前世の世界を満喫してくれ」


 グリニスは穏やかな表情で述べると、円形の室内なのでドアもカーブに形取っているのを、側にあるスイッチを押す。

 これに反応して、密閉していた部屋をドアがスライドして、開放する。

 ショーンはゆっくりとした足取りで、外へと一歩、踏み出す。

 ショーンの視界に、懐かしい光景が飛び込んでくる。

 この集落でベルリッツが出産して、一ヶ月ほど体調を整えてから赤ん坊を……フィリップをグリニスとローザ夫婦に預けて、魔王討伐に出発したのだ。


「懐かしい……実に懐かしい」


「そうだろう。ゆっくり堪能してくれ。ルートヴィヒ! 俺は一旦戻って、お前との再会を祝杯する夕食を用意するよう、ローザに伝えてこよう。その時に改めて、フィリップを紹介したいと思う」


「そうか。分かった。よろしく頼むグリニス」


「ちなみにフィリップに妹が出来たたんだ」


「妹!?」


「ああ! 俺とローザの娘だ。10歳になる。こちらこそよろしく頼むよ!」


 そうして足早にグリニスは、ショーンをその場に置き去りに自宅へと立ち去って行った。

 それを確認して、ショーンは目を閉じた。

 そして口の中で呟く。


「今こそ集いし我が魔族達よ。我はこの瞬間より蘇りし魔王なり。そなたら全てを統べる者なり」

 

 すると一頭の黒いサテュロスが姿を現した。


「……初めまして。新たなる魔王よ。我が名はマルシュアースと申します」


 ショーンは魔族収集を呼びかけると同時に、密かにこの集落にかけられている結界を解いていた。


「随分と早い到着だな」


「我らサテュロスは、足が自慢ですので。魔王復活に首を長くしてお待ち申しておりました」


「お前が支配しているモンスターはいるのか」


「は! ハルピュイアとコボルトでございます」


 マルシュアースの答えに、親指で下唇を撫でながら黙考していたショーンだったが。


「手を出せ」


 ショーンの言葉に、マルシュアースは素直に両手を差し出す。


「片手で十分だ」


 そうして彼は、マルシュアースの片手を握る。

 するとマルシュアースの片手が熱くなる。


「この呪いを、グリニスとローザの娘に与えよ」


「グリニスとローザ……?」


「ピンクの髪をした夫婦だ。その娘に、この──不老の呪いを与えるのだ」


「は! かしこまりました!!」


「そして、その兄である青い髪の青年には、何もせず生かせ。この二人を除く全てのこの集落の民達を全滅せよ」


 ショーンからの命令に、マルシュアースは下卑た笑みを浮かべた。


「よろしいのですか……?」


「ああ。召喚術士など不要。消し炭にしろ」


 すると早速マルシュアースは、指笛を吹いた。

 これに続々とハルピュイアとコボルトが、集まってくる。


「この集落を、全滅しろ! 青い髪の青年とピンクの髪の小娘は生け捕りだ!」


 これに颯爽とハルピュイアとコボルトが、召喚術士の村へなだれ込んでいった。

 

「ついでに、グリニスとローザを捕らえて私の元へ連れて来い。後は任せる」


 ショーンはそれだけを言い残して、この場から立ち去って行った。




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