story,Ⅳ:祭りの中で
「御霊会祭!?」
翌朝、フェリオ・ジェラルディンがこの言葉に小首を傾げた。
「へぇ。そうどす。この日輪国最大の祭りで、40日間続きはるんどす。それはそれは盛大な祭りどすえ~!」
「へぇ~! 楽しそう!」
フェリオは焼き魚を食べながら、目を輝かせる。
「楽しいやなんてもんやない。毎日が大騒ぎなんどすえ。屋台もようけあるさかいに、生娘はんも食す手ぇが止まらしまへんよってに」
「祭りに参加するのは、俺らも初めてだな」
「ああ、俺も!」
レオノール・クインの言葉に、ガルシア・アリストテレスも答えたが、本人は楽しみのあまり目がキラキラしている。
「そういうところは、やはりお前もガキなのだな」
「何を言う! だから俺はお前らより──」
口答えするガルシアに、フィリップ・ジェラルディンが鋭利な睥睨をよこした。
「いや、はい。ダークエルフの中では子供、です……」
ガルシアは怯え震え上がりながら、咄嗟に隣に座っていたショーン・ギルフォードの腕にしがみついた。
「屋台は午前10時から始まるよってに、楽しんでおくれやすな」
仲居は言うと、空になった食器を引き取ってから、去って行った。
「祭り、楽しみだね~!!」
そう言って卵焼きを頬張るフェリオに、ガルシアが呆れながら言う。
「朝食を食べてる側から言える口か」
「ねぇ、ところで、“どす”とか“やす”とか、どういう意味?」
「意味なんてねぇよ。“ですます”みてぇなもんだ」
ガルシアの言葉を受け流して、キョトンとしながら訊ねてきたフェリオに、レオノールが茶碗蒸しを掬い取りながら答えた。
そして、思い出したようにレオノールはフェリオへと、顔を向ける。
「そうだ。後でレンタル着物店に行こうぜリオ」
「キモノ? 何それ?」
「ほら、ここの国民全員が着ている衣装だよ。興味ねぇか?」
レオノールの言葉に、フェリオは口の中身を必死に咀嚼しながらコクコクと、高速首肯する。
そして挙手しながら、嚥下する。
「興味あるあるー!!」
「おし、じゃあ決まりだ!」
「部屋にある“浴衣”じゃダメなのかい?」
「浴衣と着物は違う」
今度はガルシアが小首を傾げるのに対して、レオノールがあっさりと斬り捨てた。
二時間後──パン! パンパン!!
「わっ! わっ!! どこからか射撃されている!?」
「……花火だ」
危険を覚えて身を屈めるガルシアに、フィリップが平然と答える。
祭り開始を伝える花火が、朝の空に響き渡る。
「しかしあの女二人……いつまで待たせる気だ。この煩わしい人混みの中!」
フィリップは、苛立たし気に呻った。
すると、それに応える様に声がした。
「お待たせみんな~!」
見ると、そこには着物姿のフェリオとレオノール、二人の姿があった。
フェリオは赤の生地に鶴と花の模様が、レオノールは青い生地に牛車の車体と紅葉の模様が、あしらわれていた。
一気に、この国特有の風情が醸し出される。
「……!!」
「……」
思わず無言で見惚れる、フィリップとショーン。
「おお! これはこれは。馬子にも衣装ですな!」
ガルシアの感想に、足早に歩み寄ったレオノールから、ゲンコツを喰らう。
「お前は、そう言う余計な言葉、どこで覚えてくるんだ」
「え……じゃあ、もっと核心突いた方が──」
ゴンッ!!
「いったぁーっ!!」
今度はフィリップからの打撃を受ける、ガルシア。
「何でフィリップさんまで俺を殴るんですか!!」
「……一人は俺の妹だ」
「ヒュ~♪ どんな状況でも妹愛溢れてるぅ~!」
レオノールのからかいに、そう言ってそっぽ向いたフィリップは心なしか、頬を紅潮させていた。
「何だか売られている食べ物、カラフルだし今まで見たことないものばかりだねぇ~!」
フェリオは言いながら駆け寄ると、兄と腕を組みながら歩き出した。
そうしている内に、自然とそれぞれ別行動になった。
「あ、あ、あの、ショーンはこの祭り、は、初めてか……?」
レオノールとショーンもまた、腕を組んで両側を屋台に挟まれる道を、歩いていた。
「……私は、数回ほど……」
ショーンは言いながら、彼女をエスコートする。
「それは、勿論、ラズベリー男爵と一緒の時、だよな?」
「……ええ。それ以外の時もありましたが……」
「え!? それ以外!?」
ぼやく様に述べたショーンの答えに、レオノールは敏感に反応する。
「そっ、それはもしかして──」
「はい。女性ですよ」
「な……っ!!」
「嫉妬、しますか?」
「いや、それは……」
レオノールは口ごもると、少しだけ俯く。
それは友人なのか、恋人なのか、などと邪気が回る。
「ほら、ご覧なさい。ヨーヨーがありますよ」
「へ? よーよー??」
唐突に話題を逸らして言ってきた彼の発言に、一瞬レオノールは混乱する。
「あの紙縒りの先にあるフックに、輪ゴムを引っ掛けて取る、水風船です。不思議と、何でもない水風船なのに、何故か手に持ってみると思わず遊んでしまう魅力があるのです。遊んでみますか……?」
「お、おぅっ! 何なら俺とどっちが先に取れるか、競争だ!!」
「競、争……」
こうして、レオノールとショーンのヨーヨー釣り競争が始まった。
だが当然ながら、ショーンがあっさりと勝った。
「く……っ!!」
レオノールは、明らかに悔しそうだ。
すると五軒ほど向こうから、何やら歓声が沸いている。
行って見ると、一人行動を取っていたガルシアが、射的を楽しんでいたのだが。
ほとんどの景品を、撃ち落してしまっていた。
「スゲェな坊主!!」
「銃でも嗜んでいるのかえ?」
観戦客から問われて、ガルシアは自慢げに言ってのける。
「俺か? ああ。俺は銃剣士だ」
そう言って台の上に、腰をかけている。
よく見ると、後五品ほど景品が残っていた。
「よしショーン! 今度はアレで勝負だ!!」
「射的ですか」
そうしてズカズカと人混みを掻き分けると、台に腰をかけていたガルシアをもレオノールは、払い除けた。
そして店主からコルク栓を貰うと、景品を狙ったがアッサリと撃沈。
これをガルシアが愉快がって、ゲラゲラ大爆笑している。
次にショーンが同様に、景品を狙うと二つ、落とす事が出来た。
それを店主から受け取り、ショーンはレオノールへ振り返った。
「良ければこれ、差し上げましょう」
「何だよ! てめぇの腕前の自慢かよ! そんなもん、要らねぇ!!」
悔しさの反動から、レオノールは喚くと彼の手から、それを払い落としてしまった。
ハッとなり、ショーンの表情を窺うと、彼は眉宇を寄せていた。
「私の何が気に入らないのです?」
「──何もかもだよ!!」
咄嗟に売り言葉に買い言葉だった。
「あの勇者の船を入手してしばらくしてからっ! ショーンはまるで人が変わってあの優しさも、愛嬌も、なくしちまったように見える!! 俺達の一体何がっ! 気に入らない事があるって言うんだよ!?」
そうは言ったが、心底には先程の彼の発言からの、嫉妬の炎が燻ぶっていた。
「……後はガルと一緒に、祭りを楽しんでください」
ショーンはおもちゃのライフル銃を台に置くと、レオノールをその場に残して人混みの中へと姿を消した。
「ショーンの奴……っ!!」
「まぁ、嫌な事はこの祭りでパーッと、忘れちゃうのが一番ですよ。レオノールさん」
「……だな。しばらくほっつき歩いてみるか……」
ガルシアの言葉に、レオノールは怒らせていた肩を、落とした。
「ああっ!! フィルお兄ちゃん! あのフワフワ食べてみたい!!」
「本当にフワフワだな……」
フィリップも不思議がって、綿菓子を購入してみた。
「ぅわぁ~……、見てよ。七色に光ってる上に、おっきいねぇ!?」
フェリオは綿菓子を唇で啄ばむ。
「……甘~い!! ほら、お兄ちゃんも食べてみなよ♡」
フェリオは指で摘み取ると、フィリップの口元へ持っていった。
一瞬これに戸惑ったが、フィリップは妹の指から綿菓子の欠片を持った指ごと、パクリと吸い付いた。
「あ……」
兄の行為に、ハッとなるフェリオ。
しかしフィリップは気にせず、妹の指ごと舐め拭うと、言った。
「ああ。確かに、甘くそして──美味だ」
「フィ、フィルお兄ちゃんったら……」
これにフェリオは思わずつい、顔を赤らめた。
しかしすぐに、鼻をクンクンさせたかと思うと、声を大にして言った。
「お兄ちゃんアレ! 焼きイカ食べたい!!」
「ああ。買って来い」
「じゃあこのフワフワ持ってて!!」
フェリオはフィリップへ、綿菓子を託すと焼きイカの屋台の前へと駆け込んだ。
「くーださ~いな♡」
「あいよ! どれがいい?」
「うーん、この丸焼きを、五本!!」
「おおきに!!」
一方その頃フィリップは、綿菓子をむしっては食べていた。
「うむ。実に甘くて美味だ」
レオノールとガルシアは、フルーツ飴を堪能していた。
堪能していた。
堪能──「あんのショーンの野郎……っ!!」
レオノールは怒り心頭に葡萄飴を噛み砕く。
「何か……心から祭りを楽しめない……」
ガルシアは苺飴を手に、気まずい思いをしていた。
ほっつき歩けば歩くほど、気持ちが削がれるどころか怒りのボルテージが上がっていくばかりの、レオノール。
「俺、ショーンの所へ行ってくらぁ!!」
レオノールは声を大にして言うと、ガルシアをその場に残して人混みの中消えていった。
これにホッとするガルシア。
「まだ一人の方が楽だよ……」
言うとチョコバナナを見つけて、目を輝かせた。
時間は正午を迎えようとしていた。
レオノールは旅館へ戻ると、怒りに身を任せてショーンのいるであろう部屋──杉の間の引き戸をスパンと開け放った。
「ショーン!! さっきの答え、を……っ」
ここまで怒鳴ってから、あからさまにレオノールは動揺した。
そこには、シャワーを浴び終えた彼が、全裸で立っていたからだ。
これまで衣類の上からでは分からなかったが、その体は筋骨隆々で、さすがあの大剣を振り回していただけはある、肉体だった。
「良くありませんね。声もかけずにいきなり戸を開けるのは」
ショーンは言いながら、手に持っていたバスローブを羽織る。
「せっかく来たのです。たまにはこの昼間から酒を嗜むのも良い。エールではなく、ワインしかありませんが、お相手願いますか?」
「えっ? あ、うん……」
惚れた男の全裸を初めて目の当たりにされて、怒りが収まらないわけがなかった。
まるで借りてきた猫のように、レオノールはおとなしくなった。
「いつまで突っ立っているおつもりです? ベッドにでも腰をかけてください」
「お、おぅ……」
レオノールは言われるがまま、ベッドへ腰を下ろす。
ショーンはキャビネットから、ワイングラス二つを取り出すと赤ワインを注いでレオノールへ一つ手渡すと、彼女の隣に座った。
「思いの他、賑やかな祭りですね。少しは楽しめましたか?」
「いや、その……」
レオノールは口ごもると、持っていたワインを一気に呷った。
「おかわり!!」
「おやおや。夜だけではなく、昼間でもその飲みっぷりは変わりませんね」
「少し酔わねぇと……何も言えそうにねぇからな……」
「どうやら先程の続きである、苦情を言いに来たようですね」
ショーンは二杯目のワインを、彼女に手渡す。
「正直私も、戸惑っているのです……」
窓からは、祭りの賑わいが少し遠くから、聞こえてくる。
「自分の中で、それを整理するだけでも必死で……なかなか以前のような言動に戻れなくなっている……いや、“偽り”の言動に……」
「……偽り、の……?」
気付くと、もうレオノールのグラスは空になっていた。
ショーンは三度、彼女のグラスに三杯目のワインを注ぐ。
「本当はこっちの方が、本当の私──なんだ」
「え……? 言っている意味がよく、解らねぇよ……」
「私は長い間、本当の自分の人格が失われていた……まるで長い夢を、見ていたかのようだった。だが唯一の救いがあった。そう、それはパンドラの箱のように。ノール。確かに私の、貴女への愛は本物であると言う事だ」
「ショーン……俺もだよ」
ショーンはそっと彼女からワイングラスを取り上げると、側にあった丸テーブルの上へと二つのワイングラスを置いた。
そして彼女の手を取ると、持ち上げて手の平と甲に二度、口づけを落とした。
これに思わずキュンとする、レオノール。
次にショーンは、レオノールの額、目蓋、頬へと口づけていく。
そして改めて、ふと微笑を浮かべる。
「よほど大胆に歩いてきたようだ。せっかくの着物が乱れている。まぁ、脱がせるには都合が良いかも知れないが」
「ショーン……」
酒のせいか、はたまた恥ずかしさからか、レオノールの頬は赤くなっている。
「愛している。ノール」
「ショーン、俺の方こそ……」
そうして二人は熱い口づけを交わし合う。
口唇が、囀る。
そしてゆっくりとベッドへ倒れてゆき、二人の体は重なり合った。
着ているものをお互い、剥ぎ取ってゆきながら……。
一時間後。
「ショーンとレオノールは、まだ祭りの中かなぁ?」
「放っていても戻ってくる」
「何せ俺を放り出して二人ともいなくなったんだから、どこかで乳繰り合っているのかもなぁ!?」
フェリオとフィリップとガルシアは言葉を交わしあったが、直後フィリップがガルシアへと振り返りゲンコツを落とした。
「いったぁーっ!!」
「そういう下品な言葉、どこで覚えてくるんだ貴様は」
頭を抱えるガルシアへ、フィリップは冷ややかに吐き捨てた。
そして引き戸をガラリと開けて、三人は玄関で靴を脱いで部屋へと上がりこんでから、愕然とした。
バスローブ姿の二人が、ベッドで身を寄せ合っていたからだ。
足元には、レオノールが着ていた着物が散乱している。
「……ホントに乳繰り合っていた……」
ガルシアの言葉に、フィリップからの二撃目のゲンコツが彼へと炸裂する。
「戻ったか。フィル」
「……あっ!?」
ショーンから最初に声をかけられ、何故かムッとするフィリップ。
「何だその言い方は!?」
これにショーンはベッドから立ち上がると、縁側にある椅子へ改めて一人、座り直してから言った。
「私こそがフィリップ、お前の本当の父であり、そして新たなる魔王である」
これに皆、しばらく沈黙になる。
「お前ら二人でグッて述べた発言が、その程度の虚偽か」
「いや、俺の方こそ今、初めて聞いた」
フィリップの鋭利な視線に、レオノールもキョトンとして答える。
「そしてまた、お前ら兄妹の、敵でもある」
ショーンは言うと、薄い笑みを浮かべた。




