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story,Ⅲ:その国の習わし




「修行の成果を見せてみろって言いたかったけど、ちょっといきなりデカ過ぎたし近距離を主にする剣術では、海上戦は無理があったな」


 晩御飯を目の前に、レオノール・クインのこの発言へ、フィリップ・ジェラルディンが素っ気なく答える。


「それでも、あのレイン・クロインの片腕を奪っただけでも褒めてやろう。よくやったぞガル」


「あ、ありがとうございます!!」


 ガルシア・アリストテレスは喜びから、頬を紅潮させる。

 食事中に口を利けるのはもっぱら、この三人だけだった。

 フェリオ・ジェラルディンは、食べるのに夢中で喋る暇がないし、ショーン・ギルフォードは必要最低限の時以外は、滅多に口を開かなくなっている。

 無言でショーンは、ナイフとフォークで魚の身を口に運んでいる。


「……」


 それが不愉快そうに、フィリップは横目でテーブルの隣に座る彼を、睥睨する。

 フェリオの足元では、ルルガも食事中だ。


「でもルルガがいなかったら、リオもおそらく喰われてただろうな」


「俺はてっきり皆、ルルガの正体を知っているものだと思っていたよ」


 レオノールの言葉に、ガルシアはあっさりと答える。


「けど、それにしてもあの時のフィリップの焦りよう……今思い出すと笑いが出るぜ。普段クールを気取っていてもやっぱり、リオのお兄ちゃんなのな」


 レオノールは笑みを浮かべて口元へ、五本指を当ててフィリップを見やる。


「つ、次の俺からの攻撃魔法に、リオが邪魔だっただけだ!」


 フィリップは少し頬を赤らめると、ツンとそっぽ向く。


「ククク~、素直じゃねぇなー♪ まぁ、今に始まったことじゃねぇけどさ!」


 レオノールはそうして、裏人格フィリップをからかう。


「貴様こそ、ショーンに対してはそうではないか」


「グ……ッ!!」


 核心を突かれて、声を詰まらせるレオノール。


「俺、まだこうして皆と旅を始めて間もないが、大体の関係性は分かってきているつもりだ。レオノールさんは、フィリップさんをからかっても結局、最終的にフィリップさんから言い負かされる。そして尚且つ、ショーンさんは恋人なんだろう?」


 ガルシアからの質問に、再度レオノールは顔を紅潮させる。


「こっ、こここ……! 恋人と言うか、そのっ!」


「え? 違ったかい?」


「いや、まぁ、何と言うかっ!!」


 キョトンとするガルシアに、恥じらい焦るレオノール。

 これにフィリップが、ショーンが座る椅子を軽く蹴る。


「お前の口からも、何とか言ってやったらどうなんだ?」


 これに黙って食べていたショーンは、手を止めると大食いのフェリオ以外の三人の顔を、ゆっくり見渡してから首肯しつつ答えた。


「はい。レオノールは私の恋人です」


 ショーンからの直接的な返答に、もうレオノールの顔面は火が点いたように真っ赤になっている。


「さて、今夜眠って明日の朝には、もう次の目的地であるモクレン島に到着です。皆さん、食べ終わったら、このままで構いません。後で私が片付けます」


「え? ショーンさん、どこか行くのかい?」


「デッキで素振りを」


 そうしてショーンは椅子から立つと、この場を後にした。


「プハーッ!! お腹いっぱい~!! ……あれ? みんなどうかしたの?」


 ようやく30人前の食事を完食したフェリオが、会話に参加してきた。


「いや、別にどうもしないけど……多分」


 ガルシアが答えてから、改めて羞恥心から沈黙しているレオノールを見やる。

 そんなモジモジしている彼女へ、短く息を吐いてからフィリップが声をかけた。


「おい、小娘。もうお前の恋人はデッキに行ってしまったぞ。いつまで含羞しているつもりだ」


「わわわっ、分かってる!!」


 そうして我に返ったレオノールではあったが、相変わらずしばらくは顔が赤かった。




 翌朝。

 フェリオは自分の頬を舐めてくるルルガの気配で、目が覚めた。


「ん……おはよ、ルルガ……もう朝……?」


 薄目を開けて、丸窓から差し込む朝日を、薄暗い室内から鑑みる。

 デッキで小鳥が戯れている様子が、見て取れる。


「もう朝かぁ~」


「ああ、朝だ」


 ベッドで伸びをして言ったフェリオへ、答える声があり思わずフェリオは、ビクンと飛び上がった。

 そして室内を、目を凝らして見ると部屋の角で椅子に座っている、フィリップの姿があった。


「フィルお兄ちゃん!? そんな所で何してんの!?」


「さぁ? 一体何しているのだろうなぁ!?」


 朝も早々、いきなり不機嫌なフィリップの様子にフェリオは、キョロキョロと部屋を見回した。


「あ……ここ、お兄ちゃんの部屋じゃ~ん!?」


 フェリオは笑って誤魔化す。


「お前が寝惚けてここへ来て、寝ている俺にまとわりつくから、おかげで俺様は寝不足なのだ!!」


 椅子から立ち上がり、ゆっくりとベッドの上の妹の元へ歩み寄ると、力強く指差して怒鳴りつけてきた。


「ヒャン!! な……そんなに怒らなくったって……! ボクがお兄ちゃんと一緒に寝たがるの、今に始まったことじゃないでしょおーっ!?」


「開き直るなこの徘徊娘が!!」


「主人格のお兄ちゃんは一緒に寝てくれるのに! ひょっとしてお兄ちゃん、ボクと一緒に寝るのが(やま)しいんでしょ!?」


「なっ! 何だと!? 俺が妹に対して色ボケな考えを抱いていると言いたいのか!?」


「そぉだよ! だってホラ……成人体型のボクって……こぉ~んなに可愛くてナイスバディ~じゃ~ん!?」


 言うとフェリオは、ベッドの上で自分の長いピンクの髪をかき上げてセクシーポーズを取って見せる。


「ほぉう? 言ったな? 後で後悔しても知らんぞ……」


 フィリップは不敵な笑みを浮かべると、フェリオの上へと覆い被さるようにベッドに片手を突いて、身を乗り出してきた。


「……え? ちょっと、フィルお兄ちゃん? マジで!?」


「お前から誘ってきたんだぞ……」


「そんな、フィルお兄ちゃ……」


 途端、けたたましくドアが開け放たれた。


「どーこの阿呆がこの朝も早よから乳繰り合ってんだぁ~!? この変態兄妹が!!」


 レオノールだった。


「誰が変態だ!」


 フィリップが体を起こして、彼女へと怒鳴りつける。


「こちとら気持ち良い朝を迎えてる時に、ギャンギャンケンケンと!! お前ら兄妹の大声でのケンカは3部屋向こうにまで丸聞こえだこのタコ助が!!」


「だったらリオがまた俺の部屋へ侵入せぬよう、鍵を付けておけ!!」


 フィリップはそう吐き捨てると、部屋を出て行ってしまった。

 一方、レオノールがふと見ると、フェリオは体勢そのままに、少しボンヤリしていた。


「……まさかリオ。お前、悪い気がしなかったんじゃないのか?」


「うん。ちょっとだけね♡」


「ゲッ、マジでか!?」


「兄妹なのが惜しいくらいだよ」


 フェリオはあっけらかんと述べると、ベッドから飛び降りた。


「あ~、おっ腹空いた! もう朝食出来てるかなぁ。行こ、レオノールゥ~♪」


「お前は子供体型の時と変わらず性格そのままだから、無邪気で侮れん所よな……」


 レオノールは言って、嘆息吐いた。



 船はもう、モクレン島の港に停泊していたが、到着早々急いで降りる心配はないとショーンが作ってくれた朝食を皆、舌鼓を打っていた──が、バクバクと夢中になって朝食にがっついているフェリオの様子に、フィリップとレオノールは半ば白けた様子で見ていた。


「こいつ……兄である俺を誘惑しておきながら、まるで何事もない暴飲暴食……どれだけの余裕だ」


「リオはあんな真似したけど、単純にからかっただけで所詮は花より団子よ……」


 フィリップとレオノールは述べる。


「そういや、朝から君達兄妹のケンカの声が俺の部屋にまで聞こえてきたが、何かあったのかい?」


 澄ました様子で訊ねてきたガルシアに、まだ不機嫌なフィリップが鋭い眼差しで睥睨する。


「小僧には関わりのない事だ。余計な詮索はするな」


「小僧って、俺の方が君達より年上──」


「エルフ界ではまだ小僧だろう。現に見る限りガキの容姿だ。貴様までこの俺様にケンカを売るつもりか」


「あ、いや、そんなつもりは……すみません」


 フィリップの威圧に、ガルシアは狼狽すると彼への視線を逸らして、萎縮した。


「こ……怖い……」


 そんな中で、ショーンだけが何事もないように、黙って朝食を口に運んでいた。



 朝食を終えて、ショーンの食器の後片付けが終えるのを待ってから皆、下船を開始した。

 港を抜けた先に、四つ足の朱色をした巨大な門が、5人を出迎えた。


「何だろう。この門? みたいなの。潜ってもいいのかな?」


 フェリオがしげしげと見上げていたが、気が付くと彼女以外の皆は平然と通過していた。


「そんな阿呆みたいに空を見上げていると、口の中に鳥の糞が入るぞ」


「ああ! もうっ、待ってよぉー!」


 フィリップから声をかけられ、フェリオは顔を平行に戻すと、慌てて皆の後を追いかけた。


「何だかさぁ、今までいろんな所に行ったけど……ここの島って独特の世界観があるよね……」


「確かに、リオの言う通り個性的な島ではあるよな」


 周囲を見渡しながら歩くフェリオへ、レオノールが答える。


「ここは、モクレン島に築かれた一つの国で、“日輪国(にちりんこく)”って言うんだ」


「ニチリンコク……?」


 ガルシアの説明に、またしてもフェリオが小首を傾げる。

 まずはこの島──国でほとんど全てに見受けられるのは、建物が全て木材建築であること。

 そして、見かける人々が何やら挨拶しながら、会釈を数度行うこと。

 特有なデザインをした五階建ての建物──塔。

 フェリオにとって……いや、兄のフィリップにとっても何もかもが、珍しい物ばかりの筈だが。

 フィリップは至って、平然としている。


「主人格のお兄ちゃんだったら、一緒に不思議がってくれるのに、裏人格の方は何気取ってんだか」


 斜め後ろを歩くフェリオがそう呟くと、賺さずフィリップが鋭利な視線を向けた。


「何か言ったか」


「さぁね~」


 そして一軒の、大きな建物に到着した。


「ここは?」


「宿屋だよ。旅館とも呼ばれる」


 訊ねるフェリオに、ガルシアが答える。

 玄関から、そのまま中へ上がりこもうとすると。


「バカ、リオ! ここは土足禁止だ! 靴を脱げ!」


 レオノールが引き止めたが、フィリップだけがついうっかり、そのまま土足で上がってしまった。

 受付で旅館の人間が、白けた表情で睥睨を寄こした。

 フィリップはフンと鼻を鳴らすと、改めて靴を脱いで“下駄箱”に靴を片付け、用意されていたスリッパに履き替えた。


「よぅお越しやす。5名様で良ぅおしたか?」


「……何を言っている」


 フィリップとフェリオは、仲居の言葉が理解出来ずにいた。


「ああ。5名で」


 レオノールが答える。


「ほでしたら、大部屋小部屋とありはりますけど、皆一緒で構しまへんか? それか、小部屋で人数分分けまひょか?」


「男と女で二部屋に分けてくれ」


「分かりました。ほな……桜の間に女子はんが、杉の間に男はんがお入りやす。お部屋へ案内致します」


 そうして結いまげと、民族衣装らしき着物を着た女の人が、一行の先頭に立ちその後を皆はぞろぞろと付いて行った。

 そして男女それぞれ、隣同士の部屋へと案内された。

 その時少しだけ、フィリップが女と間違われて小さな一悶着があったのを、レオノールが治めた。


「ほな、お夕飯のお食事は17時にこちらへお運び──」


「いや、その必要はない。全員、直接旗亭(きてい)で食うよ」


「ほうですか。ほんならそれで、よろしゅうお頼み申します」


 レオノールが告げた言葉に、仲居は了承するとその場を後にした。


「何だか、あんなに親切すぎるとこっちが調子、狂っちゃうね」


 フェリオの言葉に、レオノールはサラリと答えた。


「直、慣れるさ」




 そして夕食の時間──。


「ほんに……あの女子はん……まるで“カオ○シ”のように、ようけ食べはりまんのやなぁ……」


 座敷に直接朱色の膳を置き、その上に朱色の器が並べられるのだが、空になった器を片付け次の料理の入った器が置かれる側から、まるでわんこ蕎麦宜しくフェリオの口の中へ取り込まれていく。


「こーぅなったら、これでどうでぇいっ!!」


 ついには板前が直々に食事を運んできて、ドーンとフェリオの前へ置いた。

 それは巨大な魚の兜焼きだった。

 これに目を輝かせるフェリオの様子に、板前はギョッとする。

 そして背後で控えていた弟子板前に、声をかける。


「カニだ! 巨大ガニを与えてしばらく黙らせるぞ!!」


「へいっ!!」


 こうして、兜焼きを食べ始めたフェリオを後目に、板前達は慌てて厨房へと戻って行った。

 今更無理ではあったが、フェリオ以外の4人は素知らぬ振りして、他人を装っていた。

 そしてついぞ──。


「もうお客はん、この辺で勘弁してもらわれへんやろか。もう食材があらしまへんゆえ……」


「もうこちらも十分だ。こんな大食らいを連れて来て申し訳ない」


 何故かフェリオの食欲に、こちらが悪い気持ちにさせられた。


「ボク……食べすぎちゃった……?」


「いや……いつも通りなんだけどよ……その、この国特有の、小食の方が上品って言われているマナーと言うか、常識がだな……」


「いいや旅の方! 言ってくれるな! それはあくまでもこの国民に対しての礼儀であって、旅人にまでそれを押し付けるつもりは、毛頭ねぇっ!! だからこそだ!! だからこそ言える!! あんたのこの食いっぷり! 気持ちがいい!! 料理人日和に尽きるってもんだ!! 感謝するぜぇ~、嬢ちゃん!!」


「マジかよ……」


「この日輪国民の常識を打ち破るとは……!!」


 レオノールとガルシアが驚愕する。


「朝食もその調子なんだろう!? いつまでここにいるんでぃ!? こいつは仕入れの量を増やさねぇとなぁ!!」


 板前含め男達は、豪快に呵呵して立ち去って行った。


「全く……大将ときたらあない大喜びしてもぉて……堪忍な。生娘はん。ほな、食器を片付けておくんまし!!」


 女将が手を叩いて、周囲の仲居に声をかける。


「ま、良い方に決着が付いて一安心と言った所だな」


 フィリップが言って座敷から立つのに合わせて、皆も立ち上がり部屋へ戻って行った。




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