story,Ⅱ:思いがけない召喚霊
「では次に、なすびを輪切りでお願いします」
ショーン・ギルフォードは言うと、なすびを宙に放った。
するとそのなすびへ、ガルシア・アリストテレスが素早く剣を振るう。
そして足元にあるカゴの中へ、綺麗に輪切りにされたなすびが落下した。
他にもいろんな刻まれた野菜が、入っている。
「その調子です。今夜は美味しいなすびのミートソースラザニアが出来そうです」
ショーンは言いながら、カゴを回収する。
一方のガルシアは、両手首に5kgのパワーバンドを巻いての訓練だったので、腕が重かった。
ちなみに、両足首にもそれぞれ、5kgのパワーバンドを身に付けている。
どれもレオノール・クインの物で、借りているのだ。
「こちらは以上で、もう用はありません。ノールの元へ戻っても、構いませんよ」
ショーンは素っ気なく言い残して、調理に取り掛かった。
「ありがとうございました」
ガルシアは頭を下げると、デッキへと上がる。
するとデッキでは相変わらずレオノールが筋トレを、フィリップ・ジェラルディンは横になって読書を、フェリオ・ジェラルディンは暇潰しの釣りをしていた。
「レオノールさん。今戻ったよ」
「おお。ご苦労。ではリオを担いで腕立て伏せな。おい、リオ! ガルの相手になってやってくれ!」
「は~い。──って、あ、待って。何か掛かった!!」
フェリオは言うと、懸命に釣り糸をたぐり寄せる。
「あ、何かキラキラしてる! どんな魚だろう?」
はしゃぎながら釣り糸を引いていく中、フィリップが怪訝な表情を浮かべて、デッキで横たわっていた上半身を起こす。
そしてようやく、フェリオは魚を引き上げる。
「わぁー! 銀色の小魚だー!!」
「ふ……食うにも足らない小物だな」
嬉々として声を上げるフェリオに、隣で海面を覗き込んでいたガルシアが、鼻で笑い飛ばす。
直後。
「燃え上がれ火炎」
突如フィリップの唱えた呪文にて、その銀色の小魚が丸焼きにされる。
「わぁっ!! ちょっとお兄ちゃーん!? そんなにすぐに、焼き魚にしたいくらいお腹空いてたのぉ~!?」
しかしフェリオの苦情が終わらない内に、フィリップが怒鳴った。
「そこから離れろ二人とも!!」
彼の様子に、危機を察知したフェリオとガルシアが急いで縁から離れて、ガルシアはクリスタルソードを構える。
すると燃え上がっていた銀色の小魚が、真っ赤な光を放ったかと思うと光の中から、超巨大なモンスターが出現した。
「こいつは“レイン・クロイン”と言う、海に生息するモンスターだ」
フィリップは三段高くなっている船の先端付近から、モンスターが出現した下段デッキへと躍り出る。
レイン・クロインの姿は、全体的に黒いが鱗が長くて鋭い針のようになっていて、たてがみ部分の鱗は黄色、目元まで裂けた巨大な口角から、サーモンピンクの色をした長いヒレを持ち、下半身部分は海に沈んでいるので確認する事が出来ない。
レイン・クロインは鋭い爪をした前足で、海から船の縁を掴んだ。
「マズイ!! 船を沈められる前に倒すぞ!!」
レオノールは叫ぶや、ナックルから鋼鉄の爪を出しその前足を、切り裂いた。
「ギャオオォォォーン!!」
その絶叫にて、レイン・クロインの前に立っていた皆の顔面の皮膚が、ブルブルと震えた。
「すっげぇ魚の腐ったような息の臭いだな」
ガルシアが不快な表情で述べると、改めて剣を構える。
ここで階下にいたショーンも駆けつける。
「目です、ガル! レイン・クロインの目を狙いなさい!!」
大声で放たれたショーンからの言葉に、ガルシアは跳躍するとレイン・クロインの左眼をクリスタルソードで斬りつけた。
ほぼ同時に、もう片目をショーンが飛び上がって、英雄の大剣で斬り付けた。
「ギャイイィィィン!!」
レイン・クロインは船から手を離すと、両目を前足で押さえてもがく。
その巨体ゆえ、船が大きく揺れて皆、デッキの上を転げ回った。
「レオノール! 今から使う魔法を、マネッ子ルンタッタでボクの真似をして!!」
「了解!!」
フェリオは四つん這いの格好で、一方は仰向けに引っ繰り返ってデッキに膝を、突いているレオノールへと声をかけた。
短い言葉で、レオノールも返答する。
「──掲げよ天に。我らを祝え……聖なる祝杯!!」
フェリオは唱えると、一度上半身を起こしてから改めて両手を、デッキの床に叩きつける。
引き続き、レオノールも彼女に続いた。
すると、ゴールドの膜がフェリオ達5人もまとめて船ごと、全てを包み込んだ。
物理攻撃無効の魔法だ。
船が壊れぬよう、フェリオはレオノールの力も借りて、船を護ったのだ。
次に、フィリップが立ち上がりレイン・クロインへと歩み寄って、“不敵な笑み”を浮かべた。
これは、彼ならではの、敵の防御力を下げる効果がある。
引き続き、フィリップは口走る。
「身の程を知れぃ!!」
この言葉は、やはり彼ならではの、敵の攻撃力を下げる呪文となる。
しかし何せ海の中での船上戦なので、モンスターが船から離れると物理攻撃をヒット出来なくなる。
なので、自ずとジェラルディン兄妹の……寧ろ只今裏人格中である、フィリップの攻撃魔法が頼りになる。
レイン・クロインは、その巨体を生かした物理攻撃のみだ。
目が見えなくなったレイン・クロインは海面でもがき暴れているので、ひとまず船の破壊は免れてはいるものの、波の揺れにまでは逆らえず船上は安定しない。
「ギャオァウ!!」
レイン・クロインは苛立ちの悲鳴を上げると、左側の前足を船の真上から振り下ろしてきた。
それに、すぐさま反応したガルシアが深く腰を沈めると、垂直にジャンプした。
そして頭上めがけて、クリスタルソードを素早く三回、振るった。
手応えがあり、ガルシアはデッキに着地して1~2秒後、レイン・クロインの刻まれた前足が落下してきた。
しかし、何せレイン・クロインの体はとにかく巨大である。
ガルシアの働きは悪くなかったが、せいぜいレイン・クロインの中指と薬指と小指を切断しただけに、終わった。
その落下してきた指三本を、ショーンが素早く海の方へと大剣で打ち飛ばした。
「ノール。今から私がレイン・クロインの片手を切断するので、落下してきたら海に向かって蹴り飛ばしてくれませんか」
ショーンの言葉に、レオノールは即答OKした。
つまりだが、例え手だけではあってもデカ過ぎて、船に落下すればその重さと衝撃に船が耐え切れないからだ。
破壊は免れても、沈没まではおそらく不可能だろう。
そしてショーンの予測通り、次は右手を船へと振り下ろしてきた。
ショーンはガルシア宜しく、垂直にジャンプすると英雄の大剣を振るった。
すると、さすがと言うべきかショーンは見事、レイン・クロインの右手首を切り落とした。
そして落下中のその手首を、レオノールが回し蹴りして海めがけて蹴り飛ばした。
「ぅらあぅっ!!」
その威力により、手首は海の藻屑となる。
「ギャオオオォォォォォーッ!!」
船に向かって絶叫を放ったレイン・クロインの衝撃波で皆、背後の船の縁に吹き飛び、叩き付けられた。
両手を失ったとは言え、レイン・クロインのダメージが大きいわけではない。
だがしかし、物理攻撃無効ではあっても叫喚は“物理”ではないので、しっかり皆ダメージを受ける。
「チッ……」
舌打ちをするフィリップは、口走り始めた。
「顧みぬ祝福、裏切りし者。それは守られぬもの──堕天なる背徳」
するとレイン・クロインの全身あちこちが、まるで爆竹のように弾ける。
「ギャララララララーッ!!」
レイン・クロインが上半身を反り返す。
両前足を失ったレイン・クロインはまるで巨大な蛇のような外見になっていた。
レイン・クロインを襲ったいくつもの爆発は、その巨体ゆえ一見小さく見えたが実際は、約11㎡程の部屋が木っ端微塵になるくらいの威力だ。
普通の人間だと、粉々に飛び散って形も残らない。
それが軽く見ても10箇所以上、レイン・クロインの肉を弾き飛ばしている。
ショーン、ガルシア、レオノールは、レイン・クロインが船に接近したらすぐに応戦出来るよう、身構えて待機しているがレイン・クロインも用心して、なかなか船へと近寄らなくなった。
フィリップの使用した黒魔法のダメージは、レイン・クロインにとって所詮ニキビを潰した程度の傷でしかなかった。
つまり、それだけ巨大だと言う事だ。
「フン……浅いか」
その間にも、レイン・クロインは鎌首をもたげると再度、絶叫を上げた。
「ギャオオオオオォォォォォーッ!!」
これにもまた全員、衝撃波で背後の縁へと吹き飛び、叩き付けられる。
「いっつ……」
「イタタ……」
レオノールとフェリオが、呻き声を洩らす。
ガルシアに至っては、逆さまで引っ繰り返っている。
「こうなったらーっ! 改めて習得した光属性魔法を喰らわしてやるーっ!!」
フェリオは素早く立ち上がると、呪文を唱え始めた。
「抱け咎人よ。己が犯した行いを悔い改めよ! 罪と罰!!」
するとレイン・クロインの周囲に紅い光の球が複数、出現したかと思うと一気にレイン・クロインの頭部に集合して、紅い光の棺となった。
そして甲高い音が響いたかと思うと、どこからともなく紅い剣が飛んできて棺を貫いた。
同時に、棺は激しく破裂する。
「ギャイィン……ッ!!」
レイン・クロインが小さな悲鳴を上げると、顔面血だらけで口から白い煙を吐き出しながら海面へと倒れこみ、やがて沈んでいった。
「よし! 倒した!!」
「なかなか手強かったな」
ガッツポーズを取るガルシアに、立ち上がりながら述べるレオノール。
「へへーン! ボクの魔力を見たかぁ!!」
フェリオは嬉しそうに、レイン・クロインが沈んだのを見ようと、縁に手を掴んで海面を覗き込んだ。直後。
「ギャオオオオォォォォォーッ!!」
水飛沫と共に、レイン・クロインの頭が飛び出してきたかと思うと、フェリオに喰らいかかってきた。
「リオッ!!」
咄嗟にフィリップも飛び出して、フェリオの手を引く。
同時に、ルルガもフェリオの前に飛び出し、レイン・クロインへ踊りかかった。
「ニャオォン!!」
途端。
ルルガから白亜の光が爆発した。
そのあまりの眩しさに一瞬、目を逸らしたがまたすぐに、そちらへと顔を向ける。
「ルル──ガ……!?」
そこには。
赤毛に更に濃い赤色の唐草模様が全身に入っていて、鋭い爪と長い牙、ざんばらの赤髪はたてがみと繋がっている、巨大なモンスターが海中のレイン・クロインの前に二足歩行で立ちはだかっていた。
体躯も、レイン・クロインと引けを取るくらいに、巨大だ。
「これ、は……!?」
フェリオが驚愕する中、ケロリとした様子でガルシアが言った。
「これはって、ルルガの本性だよ。何、まさか知らずに一緒にいたのか?」
「これは……“ケット・スラウロー”……ケット・シーの亜種で、一種の召喚霊だ……。しかもその存在を知っている者はごく一部……その姿を知る者も滅多にいない……それが自らリオの元へ来たと言うのか……!?」
フィリップもルルガを見上げながら、愕然とした様子だ。
しかしダークエルフであるガルシアは、同じ“精霊”仲間として初めから、気付いていたらしい。
「ルルガは言ってたよ。リオを、自ら選んだ“主”だと」
ガルシアがそう伝える。
「ウオオォォォオオォォオォォーッ!!」
「ギャオオオォォォォーン!!」
ルルガ──ケット・スラウローの威嚇に、レイン・クロインも負けじと声を張る。
しかし良く見ると、レイン・クロインが後ずさっていた。
それににじり寄って行くケット・スラウロー。
少しずつ、船から両者が離れていく。
だが突然、はたとフェリオが顔を上げる。
「ルルガ……?」
「どうした?」
レオノールが訊ねる。
「頭の中に、声が……」
ここまで言うとフェリオは、コクリと一つ首肯して叫んだ。
「いけぇルルガ!! そいつをぶっ倒しちゃえ!!」
するとこれに応えるように、ケット・スラウローはゆっくり片手を上げるとレイン・クロインの首元で横一線に振るった。
「ギャウン!?」
レイン・クロインも何が身の上に起きたのか分からぬうちに、切断された頭部が海中へと落下した。
その巨体もゆっくりと沈んでいき、その場に青紫色の大量の血で周辺が染まった。
「よぉし! 戻れルルガ!!」
フェリオが叫ぶと、ケット・スラウローはゆっくり振り返ったかと思うとまた先程のように、真白く光り輝き、頭上からフェリオの目の前に赤猫姿に戻ったルルガが、着地した。
「ニャン♪」
「ルルガ!!」
フェリオは満面の笑みで、ルルガを抱き上げる。
「お前、召喚霊だったんだね! ボクを選んでくれてありがとうね♡」
「グルニャン♡」
「こいつは驚いた……基本、白召喚術士には攻撃型の召喚霊を得るのは、稀なんだが……」
「その“稀”の中にリオがいたってこったろう」
驚愕の表情でフェリオとルルガの様子を見ていたフィリップへ、レオノールがサラリと述べた。
「だけど、どうしてケット・スラウローはリオを選んだんだろう?」
今度はガルシアが首を捻るのに、またしてもレオノールがサラリと答える。
「そりゃあお前、この世にもうこの兄妹二人しか召喚術士がいねぇんだ。その中でどちらを選ぶかって言われりゃ、俺でもリオを選ぶぜ。なぁ? ショーン!」
そう同意を求めて彼女は振り返ったが、もう彼は階下の厨房へ戻ってしまっていた。
「せめて一声かけろってぇの。いつからあんなにツレねぇ奴になっちまったんだか。ショーンの奴……」
「……確かに……」
フィリップも、何かが引っかかる様子でそう呟いた。
「目的地も近いし、もうそれまでゆっくりしていても構わないかな? レオノールさん」
「ああ。バトルの後だ。ゆっくりしていろ」
訊ねたガルシアに、レオノールは首肯する。
一方、フェリオとルルガはまだ一緒に、じゃれあっていた。




