表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/172

story,Ⅱ:思いがけない召喚霊




「では次に、なすびを輪切りでお願いします」


 ショーン・ギルフォードは言うと、なすびを宙に放った。

 するとそのなすびへ、ガルシア・アリストテレスが素早く剣を振るう。

 そして足元にあるカゴの中へ、綺麗に輪切りにされたなすびが落下した。

 他にもいろんな刻まれた野菜が、入っている。


「その調子です。今夜は美味しいなすびのミートソースラザニアが出来そうです」


 ショーンは言いながら、カゴを回収する。

 一方のガルシアは、両手首に5kgのパワーバンドを巻いての訓練だったので、腕が重かった。

 ちなみに、両足首にもそれぞれ、5kgのパワーバンドを身に付けている。

 どれもレオノール・クインの物で、借りているのだ。


「こちらは以上で、もう用はありません。ノールの元へ戻っても、構いませんよ」


 ショーンは素っ気なく言い残して、調理に取り掛かった。


「ありがとうございました」


 ガルシアは頭を下げると、デッキへと上がる。

 するとデッキでは相変わらずレオノールが筋トレを、フィリップ・ジェラルディンは横になって読書を、フェリオ・ジェラルディンは暇潰しの釣りをしていた。


「レオノールさん。今戻ったよ」


「おお。ご苦労。ではリオを担いで腕立て伏せな。おい、リオ! ガルの相手になってやってくれ!」


「は~い。──って、あ、待って。何か掛かった!!」


 フェリオは言うと、懸命に釣り糸をたぐり寄せる。


「あ、何かキラキラしてる! どんな魚だろう?」


 はしゃぎながら釣り糸を引いていく中、フィリップが怪訝な表情を浮かべて、デッキで横たわっていた上半身を起こす。

 そしてようやく、フェリオは魚を引き上げる。


「わぁー! 銀色の小魚だー!!」


「ふ……食うにも足らない小物だな」


 嬉々として声を上げるフェリオに、隣で海面を覗き込んでいたガルシアが、鼻で笑い飛ばす。

 直後。


「燃え上がれ火炎(フレイムア)

 

 突如フィリップの唱えた呪文にて、その銀色の小魚が丸焼きにされる。


「わぁっ!! ちょっとお兄ちゃーん!? そんなにすぐに、焼き魚にしたいくらいお腹空いてたのぉ~!?」


 しかしフェリオの苦情が終わらない内に、フィリップが怒鳴った。


「そこから離れろ二人とも!!」


 彼の様子に、危機を察知したフェリオとガルシアが急いで縁から離れて、ガルシアはクリスタルソードを構える。

 すると燃え上がっていた銀色の小魚が、真っ赤な光を放ったかと思うと光の中から、超巨大なモンスターが出現した。


「こいつは“レイン・クロイン”と言う、海に生息するモンスターだ」


 フィリップは三段高くなっている船の先端付近から、モンスターが出現した下段デッキへと躍り出る。

 レイン・クロインの姿は、全体的に黒いが鱗が長くて鋭い針のようになっていて、たてがみ部分の鱗は黄色、目元まで裂けた巨大な口角から、サーモンピンクの色をした長いヒレを持ち、下半身部分は海に沈んでいるので確認する事が出来ない。

 レイン・クロインは鋭い爪をした前足で、海から船の縁を掴んだ。


「マズイ!! 船を沈められる前に倒すぞ!!」


 レオノールは叫ぶや、ナックルから鋼鉄の爪を出しその前足を、切り裂いた。


「ギャオオォォォーン!!」


 その絶叫にて、レイン・クロインの前に立っていた皆の顔面の皮膚が、ブルブルと震えた。


「すっげぇ魚の腐ったような息の臭いだな」


 ガルシアが不快な表情で述べると、改めて剣を構える。

 ここで階下にいたショーンも駆けつける。


「目です、ガル! レイン・クロインの目を狙いなさい!!」


 大声で放たれたショーンからの言葉に、ガルシアは跳躍するとレイン・クロインの左眼をクリスタルソードで斬りつけた。

 ほぼ同時に、もう片目をショーンが飛び上がって、英雄の大剣で斬り付けた。


「ギャイイィィィン!!」


 レイン・クロインは船から手を離すと、両目を前足で押さえてもがく。

 その巨体ゆえ、船が大きく揺れて皆、デッキの上を転げ回った。


「レオノール! 今から使う魔法を、マネッ子ルンタッタでボクの真似をして!!」


「了解!!」


 フェリオは四つん這いの格好で、一方は仰向けに引っ繰り返ってデッキに膝を、突いているレオノールへと声をかけた。

 短い言葉で、レオノールも返答する。


「──掲げよ天に。我らを祝え……聖なる祝杯ホリネスセラブレーシャン!!」

 

 フェリオは唱えると、一度上半身を起こしてから改めて両手を、デッキの床に叩きつける。

 引き続き、レオノールも彼女に続いた。

 すると、ゴールドの膜がフェリオ達5人もまとめて船ごと、全てを包み込んだ。

 物理攻撃無効の魔法だ。

 船が壊れぬよう、フェリオはレオノールの力も借りて、船を護ったのだ。

 次に、フィリップが立ち上がりレイン・クロインへと歩み寄って、“不敵な笑み”を浮かべた。

 これは、彼ならではの、敵の防御力を下げる効果がある。

 引き続き、フィリップは口走る。


「身の程を知れぃ!!」


 この言葉は、やはり彼ならではの、敵の攻撃力を下げる呪文となる。

 しかし何せ海の中での船上戦なので、モンスターが船から離れると物理攻撃をヒット出来なくなる。

 なので、自ずとジェラルディン兄妹の……寧ろ只今裏人格中である、フィリップの攻撃魔法が頼りになる。

 レイン・クロインは、その巨体を生かした物理攻撃のみだ。

 目が見えなくなったレイン・クロインは海面でもがき暴れているので、ひとまず船の破壊は免れてはいるものの、波の揺れにまでは逆らえず船上は安定しない。


「ギャオァウ!!」


 レイン・クロインは苛立ちの悲鳴を上げると、左側の前足を船の真上から振り下ろしてきた。

 それに、すぐさま反応したガルシアが深く腰を沈めると、垂直にジャンプした。

 そして頭上めがけて、クリスタルソードを素早く三回、振るった。

 手応えがあり、ガルシアはデッキに着地して1~2秒後、レイン・クロインの刻まれた前足が落下してきた。

 しかし、何せレイン・クロインの体はとにかく巨大である。

 ガルシアの働きは悪くなかったが、せいぜいレイン・クロインの中指と薬指と小指を切断しただけに、終わった。

 その落下してきた指三本を、ショーンが素早く海の方へと大剣で打ち飛ばした。


「ノール。今から私がレイン・クロインの片手を切断するので、落下してきたら海に向かって蹴り飛ばしてくれませんか」


 ショーンの言葉に、レオノールは即答OKした。

 つまりだが、例え手だけではあってもデカ過ぎて、船に落下すればその重さと衝撃に船が耐え切れないからだ。

 破壊は免れても、沈没まではおそらく不可能だろう。

 そしてショーンの予測通り、次は右手を船へと振り下ろしてきた。

 ショーンはガルシア宜しく、垂直にジャンプすると英雄の大剣を振るった。

 すると、さすがと言うべきかショーンは見事、レイン・クロインの右手首を切り落とした。

 そして落下中のその手首を、レオノールが回し蹴りして海めがけて蹴り飛ばした。


「ぅらあぅっ!!」


 その威力により、手首は海の藻屑となる。


「ギャオオオォォォォォーッ!!」


 船に向かって絶叫を放ったレイン・クロインの衝撃波で皆、背後の船の縁に吹き飛び、叩き付けられた。

 両手を失ったとは言え、レイン・クロインのダメージが大きいわけではない。

 だがしかし、物理攻撃無効ではあっても叫喚は“物理”ではないので、しっかり皆ダメージを受ける。


「チッ……」


 舌打ちをするフィリップは、口走り始めた。


「顧みぬ祝福、裏切りし者。それは守られぬもの──堕天なる背徳パッシーエンヘルビコームインモラリタ


 するとレイン・クロインの全身あちこちが、まるで爆竹のように弾ける。


「ギャララララララーッ!!」


 レイン・クロインが上半身を反り返す。

 両前足を失ったレイン・クロインはまるで巨大な蛇のような外見になっていた。

 レイン・クロインを襲ったいくつもの爆発は、その巨体ゆえ一見小さく見えたが実際は、約11㎡程の部屋が木っ端微塵になるくらいの威力だ。

 普通の人間だと、粉々に飛び散って形も残らない。

 それが軽く見ても10箇所以上、レイン・クロインの肉を弾き飛ばしている。

 ショーン、ガルシア、レオノールは、レイン・クロインが船に接近したらすぐに応戦出来るよう、身構えて待機しているがレイン・クロインも用心して、なかなか船へと近寄らなくなった。

 フィリップの使用した黒魔法のダメージは、レイン・クロインにとって所詮ニキビを潰した程度の傷でしかなかった。

 つまり、それだけ巨大だと言う事だ。


「フン……浅いか」


 その間にも、レイン・クロインは鎌首をもたげると再度、絶叫を上げた。


「ギャオオオオオォォォォォーッ!!」


 これにもまた全員、衝撃波で背後の縁へと吹き飛び、叩き付けられる。


「いっつ……」


「イタタ……」


 レオノールとフェリオが、呻き声を洩らす。

 ガルシアに至っては、逆さまで引っ繰り返っている。


「こうなったらーっ! 改めて習得した光属性魔法を喰らわしてやるーっ!!」


 フェリオは素早く立ち上がると、呪文を唱え始めた。


「抱け咎人よ。己が犯した行いを悔い改めよ! 罪と罰(クリミニカスティゴ)!!」


 するとレイン・クロインの周囲に紅い光の球が複数、出現したかと思うと一気にレイン・クロインの頭部に集合して、紅い光の棺となった。

 そして甲高い音が響いたかと思うと、どこからともなく紅い剣が飛んできて棺を貫いた。

 同時に、棺は激しく破裂する。


「ギャイィン……ッ!!」


 レイン・クロインが小さな悲鳴を上げると、顔面血だらけで口から白い煙を吐き出しながら海面へと倒れこみ、やがて沈んでいった。


「よし! 倒した!!」


「なかなか手強かったな」


 ガッツポーズを取るガルシアに、立ち上がりながら述べるレオノール。


「へへーン! ボクの魔力を見たかぁ!!」


 フェリオは嬉しそうに、レイン・クロインが沈んだのを見ようと、縁に手を掴んで海面を覗き込んだ。直後。


「ギャオオオオォォォォォーッ!!」

 

 水飛沫と共に、レイン・クロインの頭が飛び出してきたかと思うと、フェリオに喰らいかかってきた。


「リオッ!!」


 咄嗟にフィリップも飛び出して、フェリオの手を引く。

 同時に、ルルガもフェリオの前に飛び出し、レイン・クロインへ踊りかかった。


「ニャオォン!!」


 途端。

 ルルガから白亜の光が爆発した。

 そのあまりの眩しさに一瞬、目を逸らしたがまたすぐに、そちらへと顔を向ける。


「ルル──ガ……!?」


 そこには。

 赤毛に更に濃い赤色の唐草模様が全身に入っていて、鋭い爪と長い牙、ざんばらの赤髪はたてがみと繋がっている、巨大なモンスターが海中のレイン・クロインの前に二足歩行で立ちはだかっていた。

 体躯も、レイン・クロインと引けを取るくらいに、巨大だ。


「これ、は……!?」


 フェリオが驚愕する中、ケロリとした様子でガルシアが言った。


「これはって、ルルガの本性だよ。何、まさか知らずに一緒にいたのか?」


「これは……“ケット・スラウロー”……ケット・シーの亜種で、一種の召喚霊だ……。しかもその存在を知っている者はごく一部……その姿を知る者も滅多にいない……それが自らリオの元へ来たと言うのか……!?」


 フィリップもルルガを見上げながら、愕然とした様子だ。 

 しかしダークエルフであるガルシアは、同じ“精霊”仲間として初めから、気付いていたらしい。


「ルルガは言ってたよ。リオを、自ら選んだ“主”だと」


 ガルシアがそう伝える。


「ウオオォォォオオォォオォォーッ!!」


「ギャオオオォォォォーン!!」


 ルルガ──ケット・スラウローの威嚇に、レイン・クロインも負けじと声を張る。

 しかし良く見ると、レイン・クロインが後ずさっていた。

 それににじり寄って行くケット・スラウロー。

 少しずつ、船から両者が離れていく。

 だが突然、はたとフェリオが顔を上げる。


「ルルガ……?」


「どうした?」


 レオノールが訊ねる。


「頭の中に、声が……」


 ここまで言うとフェリオは、コクリと一つ首肯して叫んだ。


「いけぇルルガ!! そいつをぶっ倒しちゃえ!!」


 するとこれに応えるように、ケット・スラウローはゆっくり片手を上げるとレイン・クロインの首元で横一線に振るった。


「ギャウン!?」


 レイン・クロインも何が身の上に起きたのか分からぬうちに、切断された頭部が海中へと落下した。

 その巨体もゆっくりと沈んでいき、その場に青紫色の大量の血で周辺が染まった。


「よぉし! 戻れルルガ!!」


 フェリオが叫ぶと、ケット・スラウローはゆっくり振り返ったかと思うとまた先程のように、真白く光り輝き、頭上からフェリオの目の前に赤猫姿に戻ったルルガが、着地した。


「ニャン♪」


「ルルガ!!」


 フェリオは満面の笑みで、ルルガを抱き上げる。


「お前、召喚霊だったんだね! ボクを選んでくれてありがとうね♡」


「グルニャン♡」


「こいつは驚いた……基本、白召喚術士には攻撃型の召喚霊を得るのは、稀なんだが……」


「その“稀”の中にリオがいたってこったろう」


 驚愕の表情でフェリオとルルガの様子を見ていたフィリップへ、レオノールがサラリと述べた。


「だけど、どうしてケット・スラウローはリオを選んだんだろう?」


 今度はガルシアが首を捻るのに、またしてもレオノールがサラリと答える。


「そりゃあお前、この世にもうこの兄妹二人しか召喚術士がいねぇんだ。その中でどちらを選ぶかって言われりゃ、俺でもリオを選ぶぜ。なぁ? ショーン!」


 そう同意を求めて彼女は振り返ったが、もう彼は階下の厨房へ戻ってしまっていた。


「せめて一声かけろってぇの。いつからあんなにツレねぇ奴になっちまったんだか。ショーンの奴……」


「……確かに……」


 フィリップも、何かが引っかかる様子でそう呟いた。


「目的地も近いし、もうそれまでゆっくりしていても構わないかな? レオノールさん」


「ああ。バトルの後だ。ゆっくりしていろ」


 訊ねたガルシアに、レオノールは首肯する。

 一方、フェリオとルルガはまだ一緒に、じゃれあっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ