story,Ⅰ:剣への道
「改めて、私はガルシア・アリストテレスと申します。愛称は、ガル。なので、そのようにお呼び頂きたい」
「おっとー。また情緒不安定発症かー?」
再度、紳士的な態度を取り始めたガルシアに、レオノール・クインが指摘する。
「ボクはフェリオ。リオと呼んでくれたらいいよ」
「了解だ。リオ」
ガルシアは答えると、ふと微笑む。
「うん。すっごく性格ブレブレだけど」
フェリオは苦笑いする。
そして無言でいる男衆二人へ、ガルシアは振り返る。
「ショーンさんは、このままの呼び方で構わないでしょうか?」
「ええ」
相変わらず、彼を意識して紳士的な態度を取るガルシアへ、ショーン・ギルフォードは素っ気なく答える。
「さてフィリップ。君のことだが──」
「おい小僧。その貴様の立ち振る舞いが気持ち悪いから、やめて普通通りにしろ」
フィリップ・ジェラルディンは、船のデッキの縁に背凭れ肘をかけた姿勢で、冷ややかに吐き捨てた。
「……こっ、怖い……」
思わず呟くガルシアに、レオノールが彼について説明する。
「こいつは二重人格者だから、主人格の時は愛称である“フィル”、そして今の裏人格の時は“フィリップ”と呼び分けるといい」
「分かった。ではフィリップさんで……」
そう口にするガルシアの足元で、赤猫が擦り寄って来た。
「この猫は確か……」
「その子はルルガ。よろしく頼むよ」
フェリオ・ジェラルディンの紹介に答えるように、ルルガはガルシアを見上げて、ニャンと鳴いた。
「よろしくルルガ」
ガルシアは上半身を屈めると、ルルガの頭を指先でコチョコチョと撫でた。
「さて、目的のモクレン島まで自由時間だ。好きに過ごすがいい」
すると、途端にガルシアはショーンの元へ駆け寄った。
「……何か」
ショーンはそう言って、訝しげな表情を見せる。
「ショーンさんは勇者として、剣技を得意にしてるんですよね!?」
先程との気取った態度から一変、ガルシアは無邪気な様子で訊ねる。
「……それが?」
ショーンは相変わらず、無表情だ。
だがガルシアは、構わず接する。
「俺の剣の練習の、お相手願えませんか!?」
「剣の……相手」
ショーンはボソボソと呟いたが、ガルシアは純粋な眼差しを向けてくる。
「ほう。この暇な航海の中で、面白そうな見ものだな。ショーン、相手をしてやれ」
フィリップが他人事のように、愉快がった。
「……分かりました。お相手しましょう」
デッキの上でそう述べると、荷物を一緒にまとめて置いていた英雄の大剣を、取り上げた。
だがガルシアは、腰に携えていた片手剣を抜刀する。
「……これでは交えた時点で、結果が目に見えてるな」
レオノールが述べる。
両手剣と片手剣。
剣の大きさが違うので、剣同士がぶつかり合った瞬間に、ガルシアの片手剣が折れるのは明らかだった。
「これじゃあ、剣の練習にもならないね」
フェリオも述べる。
「ならばショーン。お前は受身だけをしてやればいい」
「受身……構いませんよ」
ショーンは抑揚のない口調で述べる。
「よぉし! だったら俺、全力で行きますよぉ~っ!!」
言うやガルシアは、レオノールから買ってもらったクリスタルソードを、正面から構える。
「よろしい。では、いらっしゃい」
これにショーンは、正面から切先を下に向けて横幅のある大剣を盾として、構える。
改めてガルシアは、一回深呼吸してから、立ち向かった。
「はぁっ!!」
掛け声と共に、ガルシアは右から袈裟懸けにショーンへと、斬りかかった。
しかし、──ガキィン!!
ショーンは右手を左上に移動させ、大剣で盾にする。
そのまま受け流されたが、この流れでガルシアは横へ一閃。
だがここでもショーンは、右脇差し型で大剣を防ぐ。
「く……っ! ぬあぁぁーっ!!」
ガルシアは悔しさから吠えると、今度は真正面から突きをしてきた。
しかし、やはり呆気なく盾として、弾き返してきた。
「くっそおおぉぉぉーっ!!」
「ダアァァーッ!! ちょっと待て待て待てぇぇーいぃっ!!」
次は頭上高く、ガルシアが振りかぶった所で、レオノールが割って入って来た為、ガルシアは寸での所で慌てて動きを止める。
「危ないじゃないですか! レオノールさん! 死にたいのですか!?」
ガルシアの発言に、レオノールは悠然と言い返す。
「お前の一振りでやられる程、俺ァ落ちぶれちゃあいねぇよ。それ以前にお前、その真剣で本気で立ち向かって、万が一があったらどうするんだ。お前こそショーンを殺す気か!?」
「え? あ、ごめんなさい。立ち合いらしいのを俺、正直やった事なくて……」
レオノールに指摘されて、ガルシアは頭を掻く。
すると、ふと声がした。
「だったら、これ使え」
フィリップは、どこからか持ってきたデッキブラシとモップを、ショーンとガルシアに投げて寄こした。
「……」
「俺、モップ……?」
ショーンとガルシアはまじまじと、その受け取った掃除用具を見つめる。
するとショーンは、片足を持ち上げたかと思うと、ブラシの部分を力一杯踏み折った。
そして次にガルシアの元へ行き、同様の行動を取る。
モップ部分を取り除いて、ただの棒となった物をガルシアへ手渡し、彼から改めて距離を取るとショーンは、自分の棒を構えた。
「さぁ。打ち込んでいらっしゃい」
「よぉ~し!」
ガルシアも棒を構えると、タイミングを見計らって足を踏み込んだ。
真正面から、上段で一撃。
しかし、ショーンはそれを棒で弾いて、防ぐ。
そのまま流すように、棒を滑らかな動きで内側からガルシアの棒を下ろすと少し下、彼の横腹を打ち込んだ。
「ううっ!?」
これにガルシアは呻く。
「……これでも、手は抜いています」
「く……っ、このぉっ!!」
ガルシアは、ショーンの喉元狙って、突きをしてきた。
だがやはり、ショーンから棒で弾かれた。
「こうなったらぁーっ!!」
ガルシアは叫ぶと、ショーンの足の脛を狙って棒を振り下ろしたが。
ショーンは彼の棒を垂直に、足で踏み付けた。
この勢いでガルシアの手から棒が離れ、デッキの床をビタンと叩き付けた。
その拍子に、ガルシアの足の爪先を、打ちつける。
「──っったあぁぁーっ!!」
ガルシアはその片足を抱えると、ピョンピョン飛び回る。
これにフェリオとレオノールが、腹を抱えて大爆笑する。
「随分と威勢が空回りしているな」
一段高くなっているデッキに、腰を下ろして見ていたフィリップが、呆れ果てた様子で述べた。
「よぉ~しーっ!!」
ようやく落ち着いたらしく、ガルシアは足を下ろすと改めて棒を握り直した。
「てぃやぁーっ!!」
掛け声と共に、棒を右斜めに構えると、走りこんだ。
そして、右袈裟懸け、左袈裟懸けを二回繰り返してからの胴への横払い、正面、太腿、脛と打ち込んでからバックジャンプすると、肩で息をする。
一方のショーンは、それらを全て棒で受け止めてから、後方へ下がったガルシアを他所に棒の先端で、デッキの床を軽く突いて余裕深げだ。
「ゼェ、ハァ……! 連打したのに、一発も入らないなんて……!!」
ガルシアは膝に両手を突いて、肩で息をする。
すると、コン、と彼の頭を軽く棒で打ちつけたのは、ショーンだった。
「……え?」
ガルシアは頭を上げる。
そこには涼しい顔をした、ショーンの姿があった。
「私は他の用事に取り掛かりますので、立ち合いは中断しますが、それでも気にせず自由に私を狙っても構いません。一本取ったら良しとしましょう」
「え……? そんなんで本当にいいのですか……?」
「……はい」
ショーンは、ガルシアへと首肯すると、棒を床に置いた。
「それでは、私は行きます」
ショーンはその一言だけを残して、デッキから離れた。
「何だ。もう終わりか。つまらん」
フィリップは吐き捨てると、座っている一段高くなっているデッキに、そのまま倒れこむように寝転がった。
「昼寝するの?」
フェリオが兄へと訊ねる。
「……ああ」
「じゃあボクもフィルお兄ちゃんと一緒に寝るぅ~っ!!」
成人体型であるフェリオは、はしゃぐように言うとフィリップの隣に寝転がった。
「……」
裏人格フィリップは無言で、後頭部に両手を組んだ姿勢に半目で、青空を眺めている。
「……突き放さない……」
隣に寝転んでいるフェリオが、ボソリと呟く。
「……基本、俺はガキが嫌いなだけだ。成人体型の今のお前には問題ない」
「じゃあ、くっついても!?」
「それは鬱陶しいからやめろ」
そんなこんなでいる、ジェラルディン兄妹の様子を黙って見ていた、レオノールとガルシア。
「何が悲しゅうてあのバカ兄妹の戯れを見せられんといかんのだ。バカバカしい。俺は筋トレでもして過ごすか」
レオノールは言うと、筋トレに取り掛かり始める。
「ねぇ、でも、俺は何をしたらいいだろう?」
ガルシアが居心地悪そうに落ち着きなく、レオノールに訊ねる。
「……ショーンでも探しに行って、一本取って来い」
「どこにいるのか、分かるかな?」
「ああ」
「教えて……」
「それくらくい、自分で探せ。それも修行の一環だろう?」
レオノールに指摘され、ガルシアはふむと両腕を組む。
「船内を見て回っても構わないかい?」
「ご自由に」
レオノールは言って、片手をヒラヒラさせて見せると、軽く柔軟体操を始めた。
赤猫ルルガは、デッキの上で体を長く伸ばして、日向ぼっこをしている。
デッキの上の皆は、それぞれの過ごし方をしていた。
ガルシアは、ショーンが姿を消した船内へと向かった。
中に入ると、左右に部屋らしきドアが10はある。
それらを一部屋ずつ、ドアを開けてみて回ったが、どの部屋にも誰もいなかった。
奥まで行った所で、下段に続く広い階段に気付く。
「下には、何があるんだろう……」
階下に向かうと、いろんな部屋があった。
シャワールーム兼浴室。
リビング、ダイニング、遊戯室、倉庫。
そして、厨房──。
「見ぃつけたぁ♪」
当然の事だがやはりと言うべきか、厨房にてこちらへ背を向けてしゃがみ込んだ姿勢で、人一人入りそうな縦長のカゴの中にある、食材を探していた。
ガルシアは忍び足で近寄ると、ショーンの背後めがけて棒を真っ直ぐに振り下ろした。
「てぇいっ!!」
しかしさすがと言うべきか、──バコン!!
「……え? かぼ、ちゃ……??」
「下準備のご協力、ありがとうございます」
ショーンはそう言ったものの、相変わらず抑揚のない口調で、ガルシアのおかげで真っ二つに割れた人の頭より一回り大きなかぼちゃを、調理台の上に置いた。
「さすがは勇者……まるで後ろに目があるみたいだ……」
これにショーンの手が、ピクリと反応する。
「……勇者だからではありません。剣術を極めれば、自ずと誰でも会得出来る反応です」
「でも俺は、今の剣術でお師匠様を護って……!」
「寧ろ剣より、腋に下げている銃に、頼ってはいませんでしたか?」
「……!!」
図星を指摘され、ガルシアは絶句する。
「申し訳ないのですが、あなたを仲間にするにあたり、情報収集させてもらいました。そして警備隊員から、あなたの銃の腕前の話も入手しました」
「あ……」
「組織ではあなたの右に出る者はいないと聞きました」
「でも俺……剣の腕も磨きたいのです。ただの銃使いではない、確かな剣銃士になりたいから!!」
「そうですか……良いでしょう。では今後、私も向かい合ってお相手しますが、ノールから筋トレの修行を受けなさい。その細い腕では、技を得ても威力がない」
「……“ノール”??」
「ああ、失礼。レオノールの事ですよ」
「ああ……でもショーンさんも、それ程筋肉が付いているようには……」
ガルシアの言葉に、ショーンは一度軽く息を吐くと、徐に上に着ていた衣類を脱ぎ始めた。
そしてすっかり、上半身裸になったショーンはと言うと、信じられないくらいに筋骨隆々だった。
「す……っ、凄い……っ!!」
「これくらいでなければ、とてもあんな大剣は振るえませんよ」
言うとショーンは、すぐに衣類を着込んだ。
こうしてガルシアは、改めて剣技と筋トレをショーンとレオノールの二人から、学ぶ事になった。
ダークエルフである為、ガルシアは飛び道具を得意とするが、近距離攻撃は下手のようだった。
それでもガルシアは、音を上げず必死で剣術の練習に打ち込んだ。
スパルタ並みの、レオノールからの筋トレも、同様に受けながら。
二日後の夜。
「はーい皆さーん! 楽しい楽しい晩御飯の時間ですよー! ダイニングに集まれー!!」
放送室からマイクで、フェリオが呼びかける。
この船には、各所にスピーカーがあり、こうした呼びかけや音楽などを流す意味がある。
デッキでレオノールからの言いつけで、スクワットをしていたガルシアだったが、レオノールから終了を告げられ、きつさからその場に倒れ込む。
「落ち着いたらダイニングに来いよ。あまり遅いとリオに全部、食われちまうぜ。お疲れ」
レオノールはそう言い残して、さっさと行ってしまった。
──「あれぇ? レオノールだけ? ガルは?」
フェリオがキョトンとした表情で、レオノールへ訊ねる。
「あいつはデッキでバテてる。いずれ来るさ」
そう言葉を交わしているうちに、荒い息遣いが聞こえたのでそちらを見ると、足をガクガクさせながらガルシアが階段から下りて来ていた。
「ふ……なかなか骨のある奴だ」
これに満足そうに、レオノールが口角を引き上げる。
残り二段と言った所で、後からやって来たフィリップに押し退けられた。
「邪魔だ」
これによりガルシアは、足を縺れさせながら、転げ落ちた。
しかしフィリップは、気にも留めずダイニングルームへと入って行った。
「チクショー……負けるもんか!!」
ガルシアは呻くように言うと、よろめきながら立ち上がるのだった。




