story,ⅩⅠ:新たなる旅立ち
シルバー・J・フォックスとガルシア・アリストテレスは、ジェラルディン兄妹の経緯を聞いて、絶句した。
「君の話も、マリエラさんから聞かされて、知ってるよ」
妹のフェリオ・ジェラルディンは言うと、こんがりとグリルされた肉塊に齧り付く。
フェリオの赤猫、ルルガは話している間に満腹まで食を満たし、今は彼女の膝の上で丸くなっている。
「だからよ。これもいい縁だし? 良かったら俺らと一緒に旅はどうだい? と改めて本人の口から聞こうと思ってよ」
そう言うレオノール・クインは、もう麦酒で目はトロトロの虚ろになっていて、発言の説得力が些か不安になる。
「本当に……僕と似た境遇なんだな……」
ガルシアは言うと、焼き魚を食べる手を止めた。
「……どうしたよガル。食欲なくしたか? 今のを聞いて」
こう言ってきたのは、シルバーだった。
「いや、食欲は問題ないけど……以前、フェリオが19歳と言っていた理由が、今解けたなって、思ってさ……」
「しかもあの、噂でしか聞いた事のない、召喚術士だったなんて、な。フィリップさんの召喚、メッチャ格好良かったッス!」
シルバーが声を弾ませるのを、兄のフィリップ・ジェラルディンはフンと得意気に鼻を鳴らすだけだった。
「そっか。今は裏人格フィリップさんか」
シルバーは、昼間での愛嬌の良い彼とは違う、素っ気ないフィリップの様子に引き攣った笑い声を洩らす。
「復讐が目的か……僕はただただ、過去の出来事に嫌悪して、同族の仲間の筈であるダークエルフから命を狙われている事に脅え、逃げ延びてこうしてプルメリア街で落ち着き安心して、生きてきた。父上と母上の事を思い出すと涙が止まらなくなるから、考えないようにして……情けない。だから、お師匠様は僕をみんなと一緒に旅へ出そうと、決意してくれたんだな……」
「泣きたければ、泣けばいい」
レオノールの言葉に、ガルシアは驚きの目を向ける。
「そうだぜガル。泣きながら食う飯は、決して忘れずに腹に据えかねるってもんだ。そうすりゃ、両親の敵も討てるだろう」
シルバーも、彼女に同意する。
「シルバー……、レオノールさん……うん……うん、──ふぇ……っ、ふぇ~ん……!!」
ガルシアは言葉に甘んじると、ボロボロ大粒の涙を零しながら、焼き魚に齧り付いた。
「泣きながら飯が食えりゃあ、大したものだ」
フィリップは小さく笑うと、肉を口へと運び咀嚼する。
しかしふと見ると、フェリオも涙を零していた。
両親が目の前で惨殺されたのを、洩れなく彼女も思い出したのだろう。
妹の涙に、普段はあれだけ明るく強がってはいても、やはり本心は辛いに違いないのだ。
裏人格のフィリップでもつい、悲痛で心臓が鷲掴みにされる気持ちを覚えて、誤魔化す様にふいと顔を逸らしゴブレットの中のワインを呷った。
「今日も元気だ酒と飯が旨い!!」
場を盛り上げるように、レオノールは声高らかに彼女も木造ジョッキのエールを呷る。
「……」
ショーン・ギルフォードは無言で、スープを口を運んでいた。
「おかわりーっ!!」
突然、フェリオが泣きながら叫んだので、ガルシアとシルバーはビクッと体を弾ませる。
「さぁ、もっと今からどんどん食べるよー!」
フェリオの様子にもガルシアと、一緒にシルバーはお互い顔を見合わせると、笑みを浮かべた。
「おーぅっ!!」
そうして二人も、声と共に拳を突き上げた。
後に、食欲はフェリオにとても勝てない事を痛感させられる、ガルシアとシルバーなのだった。
翌日の午前中。
フェリオとレオノールの宿泊室に、マリエラ・マグノリアが訊ねて来たので、フィリップとショーンもこちらへと呼んだ。
「フェリオ……本当に成人姿なのね」
「うん。こっちが本来のボクだよ」
唖然とするマリエラへ、フェリオは屈託のない笑顔を見せる。
「ええ。皆さんの経緯は、昨夜ガルから聞きました。あ、えっと……フィリップさんも、女恐怖症の方は今、大丈夫なのですね?」
「ああ。今は中身は裏人格だから、平気なんだ」
レオノールが代わりに答える。
「フン」
フィリップが素っ気なく、鼻を鳴らす。
「改めて昨夜は、本当にありがとうございました。食事中での会話、ガルから聞かされました。ご兄弟の過去には、とても共感したようで私の気持ちも汲んだ上で、魔王討伐の旅の同行を再確認したみたいです。ショーンさんも、食事のお誘い本当に感謝致しますわ」
マリエラの言葉に、ショーンは軽く会釈するだけで済ませる。
「どうしたショーン。随分と口数が少ないが、口でも失くしたか」
フィリップがそんなショーンへ、チクリと嫌味を告げる。
「……」
一瞬口を開いたショーンではあったが、またすぐに口を噤み視線を落とす。
「……以前のお前の方が、意気込みがあって俺は気に入っていたがな」
「……すまない」
フィリップの言葉に対し、ショーンは視線を上げる事無くその一言だけを述べた。
「すまねぇ、マリエラさん。こいつちょっと最近、調子が悪いけどクローバー大陸のクランベリーの町で領主の執事をやっていて、本当はもっと上品で弁も立つ奴なんだ。気にしないでくれ」
レオノールは言って、ショーンの背中をバンバン叩いた。
「まぁ、執事をなさっておいでに……」
「うん! ショーンが作るジビエ料理は最高に美味しいから、間違いなくガルシアも気に入るよ!」
感嘆するマリエラへ、フェリオが嬉しそうに言った。
「クスクス……そういえば、フェリオさんの食事量には腰を抜かしたと、あの子が言ってましたわ」
愉快そうに、マリエラは言った。
「分かるよ……俺も初めて見た時ァ、仰天した」
レオノールも腕を組んで、大きく数度、頷いてみせる。
「こいつは離乳食の時からそうだった」
フィリップの言葉に、レオノールとマリエラは吹き出して大爆笑し、当の本人であるフェリオはキョトンとする中、ショーンは無表情無反応だった。
そんな彼を、フィリップは無言で睥睨していた。
──「明日には、モクレン島に立つ」
その夜、食事をしながらそう言ったのは、フィリップだった。
「お前いっつも出現した側から、唐突に行動決めるよなー」
レオノールが肉のパイ包みを、咀嚼しながら述べる。
「では何か。もうしばらくこの街でだらけていたいと言うのか? ならば、置き去りにするだけだ」
フィリップはそう言って、骨付き肉に齧り付く。
「ヘイへーイ。仰せのままに、だ」
レオノールは答えると、エールで口の中を流し込む。
「じゃあ、また食料買い出しに行かなきゃだね」
フェリオがピザを食べながら、そう述べる。
「では私は、ガルシアを迎えに行きます」
それまで無言だったショーンが、ボソリと言った。
「ああ。あの小僧はお前を気に入っているから、さぞかし喜ぶだろう」
フィリップは、そう吐き捨てる。
そんな彼を、ショーンは無表情で見つめてきた。
「……俺は野郎と見つめあう趣味はないぞ」
「主人格は女恐怖症の分際でな」
フィリップの言葉に、賺さずレオノールが言い返した。
「今の俺ならば、女を抱く事は容易い」
「じゃあ妹でも抱いてろ」
「お前こそ、さっさとショーンから抱かれろ」
「んな……っ!!」
フィリップとの言い争いで、レオノールはたちまち赤面する。
「フン。俺様を言い負かそうなどと、100年早いわ」
フィリップが勝ち誇った表情で、吐き捨てた。
フェリオは只今40皿目に突入していて、ロブスターを貪り食っていた。
「え? 今日!?」
翌日、マリエラの家を訪ねたショーンの言葉に、ガルシアは思わず動揺した。
まだもう数日は、余裕があると思っていたので、心の準備が出来ていなかったからだ。
それはどうやら、マリエラも同じだったらしい。
互いに寂しさが込み上げる。
その様子にショーンは、ゆっくりと口を開く。
「突然で大変申し訳御座いません。何せその……性格が傲慢でマイペースな裏人格フィリップからの、決定でして……」
そうは言ったが、その言葉にはやはり抑揚はなかった。
「では、ガルに出立の準備をさせますので、中でお茶でもお飲みになって、お待ちください」
「いえ。でしたら一時間後にまた、迎えに来ます」
ショーンは踵を返すと、その場を後にした。
それを見届けて玄関のドアを閉めると、マリエラとガルシアは涙を流して抱き締めあった。
可愛い子には旅をさせろ。
互いが決断させたことではあったが、やはり寂しさは拭えなかった。
一時間後。
「ヤッホ! ガルシア! 旅立つ前に食料の買い出しへ一緒に行こう。君が今回から仲間になってくれて良かったよ。更に食料を詰めれる荷物量が増えるからね」
次の迎えには、ショーンと共にフェリオも一緒だった。
彼女の言葉に、マリエラが愉快そうに笑う。
「じゃあ、どこから出発するのかしら? そこで私、見送りたいから待っていたいのだけど……」
マリエラの発言に、ショーンが答えた。
「港の方へ。そこから船で、モクレン島に向かいますので」
「分かったわ。それじゃあ、ひとまずガル。買い出しに行ってらっしゃい」
「はい。お師匠様」
ガルシアは、まだまだ中がゆとりのあるリュックを背負うと、ショーンとフェリオに連れられてデパ地下へと向かった。
「旅には準備以外にも、食料も大事だよな。一体何日分買うつもりかね?」
そう言ったガルシアの口調は、ショーンを意識しての事だった。
これに、デパ地下で合流したレオノールが答える。
「日にち分なんか持たねぇよ。下手すりゃ、一日でなくなる」
「では、その倍買わねばな」
「お前……昨夜でリオの食事量を目前にしただろう。まぁ、せっかく来たんだ。身を以って知れ」
余裕げに言うガルシアに、レオノールは呆れた。
こうして買い物が始まった。
まずは基本中の基本。
インスタント系だ。
次に、発酵食品。
そして保存の利くお菓子類。
引き続き、乾物系。
缶詰、消費アイテム等々。
買い物だけで、一時間経過した。
「これだけ買えば、一ヶ月は持つな!」
ガルシアが自信満々に言い切ったのを、白々とした目つきでショーンとレオノールが無言で見つめる。
無知とは、実に恐ろしいものだ。
「食べる楽しみがあるから、旅も楽しめるんだよ!」
そう嬉しそうに言ったフェリオの発言は、ある意味奥が深かった。
引き続き、レオノールが約束したガルシアの片手剣である、クリスタルソードを新しく買ってやった。
「でも不思議だねぇ。ヒマワリ大陸の西に船を置いてきたのに、どうして無人船がプルメリア街の港に移動出来てるの?」
港へトプトプ車で向かいながら、フェリオが誰にともなく訊ねた。
するとこれに答えたのは、途中シャロン亭で回収されたフィリップだった。
「このタブレットで港へ呼び寄せたからだ」
「つくづく便利な物だな」
半ば呆れたように、レオノールが口にする。
「つまり、サンドカーテン現象も収まったと言う事だ」
窓枠で頬杖突いて車窓を眺めながら、フィリップが言う。
「サンドカーテンが発生していなければ、このプルメリアに寄ってなかったのかい?」
澄ました口調で、ガルシアが述べる。
「いや。前後違っただけで、いずれは必ず寄っていたさ。なぁ、ショーン?」
トプトプ車に乗り込んでから一切、口を開かないショーンへと、レオノールが話題を振る。
これにショーンは少しだけ、皆へと顔を向けるとコクリと無言で首肯する。
「……久し振りに表に出たら、随分無口で根暗になったものだな。もしかして、勇者の称号は荷が重かったか?」
「いいえ……寧ろ皮肉なものです」
フィリップからの嫌味を受けて、ショーンはそう答える。
「ほぉう? 意味深発言だな」
「……これ以上、今は語りたくないのでもう、黙ります」
核心を突いてくるフィリップに、ショーンはそう言い残して口を噤んだ。
「構わん。お前のタイミングに任せよう」
クツクツと喉を鳴らして笑いながら、フィリップもショーンへそう言い残した。
港に到着し、トプトプ車から降りると、既にマリエラが待っていた。
「お師匠様!!」
ガルシアは無邪気に喜んで、彼女の元へと駆けつける。
隣には、シルバーも一緒だ。
「私から、シルバーにもガルのお見送りを、誘ったのよ」
「俺に連絡しないとは、この薄情者が!」
「だって、お師匠様だけでも泣いてしまうのに、お前まで来たらもう……!!」
シルバーに額を小突かれて、ガルシアはそう言ったものの、既に涙腺決壊していた。
これを見てシルバーまでも、涙を零し始める。
「ガル、お前が決めたことだろう!? 泣くんじゃねぇよ……!」
「頼むぞシルバー。お師匠様をよろしく頼むぞ……!!」
「心配は無用よガル。必ず仙人の種を入手忘れないでね……!」
三人は涙で顔面ぐちゃぐちゃにしていた。
フィリップは興味なさそうに、さっさと船に乗り込んでしまっていた。
「このままじゃ、日が暮れちまうぞ。ガル!」
レオノールが声をかけてふと、フェリオを見ると彼女まで泣いていた。
「だって、感動しちゃってぇ~!」
「だろうな」
フェリオの言葉に、レオノールは呆れた様子で答えた。
そんなフェリオの涙を、肩に乗っていたルルガがペロペロと舐め拭ってくれた。
「私も、お先に」
ショーンが言葉短く言い残し、フィリップの後に続いて船へと乗り込んで行ってしまった。
ガルシアは涙ながらに、必死で笑顔を作る。
「それじゃあ、お師匠様、シルバー。僕は行くよ」
「ええ。気をつけてね」
「無茶せずに、必ず帰って来いよ!」
「おう!」
ガルシアはシルバーとグータッチして、マリエラと抱擁を交わすと、レオノールとフェリオに連れられて船に乗り込んだ。
そして動き出す船のデッキから、ガルシアはマリエラとシルバーへ大きく手を振った。
「いってきまぁーす!!」
そんな彼の後ろ姿を、離れた場所から見守っていたフェリオは、相変わらずエグエグと泣いていた。
「お前がそんなに涙脆いとは、初めて知ったよ」
レオノールは言うと、彼女のピンクの髪の頭を、ワシャッと撫でた。




