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story,Ⅹ:勇者のもてなし



「おーい! みんなー!!」


 街中で、道路を埋め尽くすヘルハウンドの死骸を片付けている人々へ、シルバーが手を振って声をかけた。

 残念なことに、住人の何人かはヘルハウンドの犠牲になった。

 ザッと数えただけでも、軽く100頭前後のヘルハウンドが、襲撃してきたようだった。


「ついにあの厄介な、ウンクテヒを倒したぞ!!」

 

 シルバーの発言に、人々の表情が明るくなっていくのが分かる。


「本当か!?」


「あのモンスターを!?」


「もうこれで悩まされずに済む!!」


 皆、口々に喜び合う。

 何でもあのウンクテヒは、普段はザクロ砂漠の砂の奥深くに潜っているが、時々姿を現しては下等モンスターや人々を喰らっていたのだそうだ。

 銃や刃も効かず、一般魔法使いを差し向けても魔法が効かず、ほとほと困っていたらしい。


「あ、ショーン、いた」


 フィリップ・ジェラルディンの言葉に、見ると向こうから何事もなかったようにこちらへと戻ってくる、ショーンの姿があった。


「おいショーン! 一体今までどこに行っていたんだ!! 大変だったんだぞ!」


 レオノール・クインが声を大にして、声をかける。


「肝心な勇者がいないと困るじゃないか!!」


 今度は、フェリオ・ジェラルディンが声をかける。途端。


「え!? 勇者!?」


 その場にいた人々が、一斉にショーンへ注目したが。

 今は休暇中なので、Yシャツネクタイ姿の彼は、まるで勇者に見えなかった。


「今どき勇者は、時代錯誤だろう」


「魔王もいないって言うのにな」


「確かに魔王がいた時は、世の中安泰ではなかったけど」


「魔王がいなくなって大体のモンスターは、おとなしくなってるしね」


「たまに、ウンクテヒみたいなのがいるけれど」


「なるべくなら、藪を突いて蛇を出すようなこと、しないでほしいわ」


 こうした人々の言葉を聞いて、フェリオとフィリップは愕然とした。しかし。


「随分自分本位な言い方だな。自分達さえ良けりゃあ、それでいいのかよ」


 そう声を上げたのは、レオノールだった。


「安心しな。あんたらの為じゃない。仲間の為に俺らは、魔王討伐の旅をしてんだ」


 これに驚愕したのは、ジェラルディン兄妹だけではなく、ガルシア・アリストテレスもだった。


 僕は、この人達の仲間になるのか……? 

 本当に……?

 本当、に……?


「ん? おいガル、どうした。何で泣いてんだよ?」


 シルバーに言われて、ガルシアはハッとした。

 無意識に、涙が零れていたからだ。


「まだもう少し、ここにいるからお前は、マリエラさんの所に戻っていてやれ。旅立つ時は、お前を迎えに行く」


 ガルシアの様子に気付いて、レオノールはそう声をかけると、優しく微笑んで見せた。


「え、ガル……お前……」


 彼女の言葉に、隣にいたシルバーがガルシアの顔を窺う。

 ガルシアは、シルバーに自分の生い立ちを話して聞かせている。

 ガルシアはシルバーと目を合わせると、涙を拭いながらもコクンと頷いた。


「そっか……それがお前の出した答えなら、俺は止めやしねぇよ、ガル」


「サンクス、シルバー。出発の時まで、一緒にいてくれないか」


「当然だろう! ブラザー!!」


 言葉を交わすと、ガルシアとシルバーは抱き締めあった。

 銀キツネの獣人であるシルバーの尻尾が、パタパタと大きく振られていた。


「ホント、仲いいんだねー、あの二人」


 フェリオが微笑ましく、そんな二人を見守っていた。


「これは一体……?」


 ようやく皆の元へと戻って来たショーン・ギルフォードに、レオノールが詰め寄った。


「今までどこに行ってたんだよ!?」


「皆さんが昼寝をしていて退屈だったので、デパートへ行って時間を潰していました」


 無表情にショーンは、彼女へと答えた。


「あ、えっ、と……」


 レオノールは勢い余って、口をパクパクさせる。


「そして出てきてみたら、こうしてたくさんのヘルハウンドが死んでいたので……これでも慌てて戻って来た方です」


「そ、そっか……」


 レオノールはすっかり、ショーンに言い包められてしまっていた。


「このヘルハウンドは、あなた方が倒したのですか?」


「この辺は、大方そうだね」


 フェリオが役に立たなくなった、レオノールの代わりに答える。


「そうでしたか……お力になれず、申し訳ありませんでした」


「この子達も手伝ってくれたんだよ」


 謝罪を口にするショーンの前に、フィリップがガルシアとシルバーを連れて来た。


「……」


 途端、ショーンは口を噤み不思議そうに、シルバーを見つめた。


「この子は、ガルシアのパートナーらしいよ」


「僕の、親友です」


 フィリップに続いて、ガルシアもそう言って銀キツネの獣人である彼の肩を、組んで見せた。


「そうでしたか」


「ちなみに、砂漠のドラゴンもついでに倒しておいたよ」


 自慢げにフェリオが言ったので、これにショーンは反応する。


「あなたが?」


「とどめを刺したのは、フィルお兄ちゃんだけど」


「フィルが……!?」


 これにショーンは、眉宇を寄せる。


「まさか、あの“術”を使用したのですか?」


「うん……リオがやられて、ついカッとなっちゃって……」


「そう、ですか……申し訳ありませんでした。私が側にいてやれなくて……」


 フィリップの理由を聞いて、ショーンはふいに視線を落とす。


「ま、もう済んだ事だし、全員無事だし、改めて休憩がてら晩飯まで部屋でゆっくりしようぜ!」


「ボク、砂嵐に巻き込まれて全身ザラザラ! お風呂入りたいよ」


「そうだね」


 レオノール、フェリオ、フィリップの順で言いながら、シャロン亭へ入って行く。

 もれなくショーンも後に続こうとした時。


「ショーンさん!」


 ガルシアに呼び止められて、無言で振り返るショーン。


「あ、その、おっ、お疲れ様です」


 ショーンを意識して、紳士ぶるガルシアだったが。


「……私は何もしていませんが」


 返り討ちを受けてしまった。


「そ、そう、ですよね! す、すみませんでした……」


 ガルシアはガックリ肩を落として、回れ右をして歩き始めた時。


「お待ちなさい。ガルシア、シルバー」


 今度はショーンに呼び止められて、二人は一緒に振り返った。


「……ご協力に感謝致します。お礼に今夜、ご馳走しますのでここへいらっしゃい」


 抑揚のない言葉ではあったが、労りがこもっていてガルシアは、光が差したように明るい笑顔を浮かべた。


「はい!! 是非!!」


「ありがとうございます!!」


 ガルシアとシルバーは大声でそう述べると、二人ははしゃぎながらその場を後にした。


「……まだ子供だ」


 ポツリとショーンは意味深に呟くと、改めてゆっくりした足取りで、中へと入って行った。




 ──「え? ガルシアとシルバーを夜ご飯に誘った? じゃあ、うちの女組みにも伝えておかなきゃ!」


 フィリップは言って、ベッドから立ち上がった。

 そして部屋を出て、フェリオとレオノールが泊まっている部屋をノックすると、レオノールが返事する。


「や! 新情報を連絡に来たよ!」


 フィリップはドアを開けて中に入ると、そう述べた。


「おう! どんな情報だ!?」


 逆立ち腕立てをしていたレオノールが、床へと足を下ろすと立ち上がり、訊ねてきた。


「ヒョエェ~……今の筋トレ初めて見たけど、きつそうだねぇ!?」


「ああ、まぁな。今のは室内の時でしかやらねぇんだ。きつければきつい程、ああ、筋肉が育ってる! って気がして逆に心地良いんだよ」


「はぁ~、さすが格闘家だねぇ」


 深々と感心するフィリップに、ベッドへ身を投げるようにして腰を下ろしてレオノールが再度、訊ねる。


「で、情報ってのは?」


「ああ。ショーンが今夜ね、ガルシアとシルバーをお礼がてらに食事に誘ったらしいんだ。って、アレ? リオは?」


「風呂」


 フィリップの疑問に、レオノールが短く答える。


「そっか。さっき入浴するって言ってたもんね。じゃあ、リオにもそう、レオノールから伝えておいて──」


「あーっ! スッキリした~♪」


 直後、フェリオが浴室から出て来た。

 これに振り返るフィリップ。


「丁度良かった、リオ──」


「あーあぁ、こりゃイケねぇや。こんな事もあろうかと、だからいつも言ってんのに……」


 レオノールが、大きく嘆息吐く。


「あ、フィルお兄ちゃん……ん? どうしたの、そんなに固まっちゃってさー」


 フェリオは言いながら、人差し指でフィリップの肩を突くと、そのまま後方へ彼は倒れてしまった。


「え? お兄ちゃん?」


「ダメだ。意識がない。裏人格に変わる前に、さっさと成人用の衣装に着替えろよ」


「え? ……──キャアアアァァァーッ!!」


 レオノールの言葉に、改めて自らの全裸を確認するフェリオ。

 豊満な双丘、ついさっきまでとは違う目線の高さ、スラリと長い手足。

 これにようやく、自分が成人体型になっている事に気付いたフェリオは、いつもなら先に絶叫を上げる兄の代わりのように悲鳴を上げるのだった。


 改めて成人用衣装を着込んでから、フェリオはレオノールに訊ねる。


「どうしよう。フィルお兄ちゃん、鼻血出てる……」


「てめぇの妹の全裸見て鼻血出せるとは、なかなかのムッツリどスケベ野郎だな! ティッシュでも詰めとけ」


 レオノールに言われて、フェリオはティッシュで首元まで流れている血を拭き取ってから、鼻の穴にティッシュを詰めた。

 ティッシュを詰めた。

 ティッシュを……。


 ……──「ぶはぁっ!! 両方の穴にティッシュ詰める奴があるか!! 窒息死するだろうが!!」


 跳ね起きたフィリップは怒鳴るや否や、フンと鼻息で詰めてあるティッシュを二つとも吹き飛ばした。


「フィルお兄ちゃんがボクの全裸見たぁっ!」


「お前が何も考えずに素っ裸で出て来るからだ! 主人格も普段ナヨっちゃいるが、男だ! 鼻血の一滴や二滴は零すってものだ!!」


「いやいや、一滴二滴どころか、滝のように流れてたぞ?」


「黙れ貴様!!」


「何で裏人格まで焦ってんだよ?」


 言い争う裏人格のフィリップとレオノール。

 そんな兄へ、フェリオがそっと訊ねてみた。


「もしかしてボクに、欲情しちゃった……?」


「よっ、欲情とか! 一体いつ覚えたんだその言葉を!!」


 フィリップは立ち上がると、フンと言い残して部屋を出て行ってしまった。


 ッヵッヵッカツカツカ──バァン!!

 フィリップは大股で、足音高く響かせ歩いてきたかと思うと、自分とショーンの部屋のドアを派手に開け放ち、同様にダァンと閉めた。


「……何事ですか」


「いや、別に」


 鼻息荒くフィリップは、訊ねてきたショーンへと答える。


「その髪の色素……そして目の色……あなたは裏人格フィリップですね」


「……今更だろう」


 何とか呼吸を整えてフィリップは、冷ややかに答える。


「ところで、一体どうしたのです? そんなに呼吸を乱して、気分も荒れたご様子で」


「フン! あのクソ生意気な娘二人に、振り回されただけだ!」


 フィリップは言い捨てると、ベッドに身を投げ寝転がった。


「もしかして、リオが成人体型に戻ったのですか?」


「それ以外で俺が表に出て来るわけがないだろう。全く。衛星が二つあるからな」


 落ち着き払ったショーンの問いに、フィリップは冷ややかに吐き捨てた。




 ──「……え? 誰??」


 食堂にて。

 成人体型のフェリオを見て、目をパチクリさせるガルシア。


「スッゲェ可愛い……!!」


 思わず本音が漏れる、獣人銀キツネのシルバーの言葉に、フェリオは喜びのあまりギュッと胸元で抱き締めた。


「ありがとー! ボクもスッゲェ嬉しいぞ♪」


「よせよせリオ。また兄貴みたいに鼻血を出させたいのか」


「黙れ筋肉だるま」


 レオノールの指摘に、冷ややかに言い返すフィリップ。

 これにカチンときて言い返そうとしたレオノールの肩へ、ショーンが手を置くと言った。


「ひとまず皆さん、座ってください」


 これにレオノールは、渋々椅子に腰を下ろす。


「では改めて、今日は一緒にモンスターと戦って頂いた事に心からの感謝を。ガルシア、シルバー。今夜は思う存分、好きな物をお食べください」


 ショーンの発言に、二人は喜びの表情を見せた。


「ありがとうございます!!」


「ゴチになります!!」


 そして料理を注文し、先に運ばれてきた飲み物で乾杯する。


「やっぱり、マリエラさんも来れば良かったのにな」


 シルバーが、ガルシアへ声をかける。


「仕方ないよ。フェリオのお兄さんが女性恐怖症だからって、気を使ったんだから」

 

 ガルシアの言葉に、みんな一斉にフィリップへ視線を注ぐ。

 ワインを呷っていたフィリップが、これに気付いてフンと鼻を鳴らした。


「そういや、フェリオもいないな」


「まぁ、そう言われても仕方ないよな……」


 ガルシアの発言に、レオノールが答える。

 これに不思議がるガルシアとシルバー。


「どうせガルシアとは旅を一緒にするのですし……」


「真実を教えてもいいんじゃないか?」


 ショーンとレオノールが、兄妹へと訊ねる。


「でも問題は、信用してもらえるかどうかだよね……? フィルお兄ちゃん」


「俺はともかく、お前の場合は特にな」


 フェリオとフィリップは、言葉を交わす。


「大丈夫!!」


 突然の大声に、みんなビクッとする。

 それはガルシアだった。


「僕、どんな話でも必ず信じるから!!」


 彼の意思に、みんな顔を見合わせる。


「じゃあ、話すけど……フェリオは、ボクだよ」


 そう言ってフェリオは、自分を指差す。


「……──え゛っ!?」


「ボクが、あの昼間小さかったフェリオ。魔王にね、呪いをかけられてこうなっちゃってんの」


「それもあっての、魔王討伐の旅」

 

 フェリオに続いて、レオノールも付け加える。


「えぇええぇぇーっ!?」


「ガ、ガル、声が大きい!」


 周囲にいた客達に注目されているのに気付き、シルバーに諌められて小さく咳払いした。


「詳細をお願いします」


「うん。だから今から、話すけどマリエラさん以外は、他言無用だよ?」


 口元に人差し指を当てるフェリオの言葉に、ガルシアとシルバーは無言で首肯した。




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