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story,Ⅸ:勇者のいない戦い



 ガルシア・アリストテレスを含む四人は、プルメリア街とザクロ砂漠の境界線へと走った。

 するとそこでは、二足歩行の獣人である銀ぎつねのシルバーが、ガルシアを待っていた。


「彼は僕のパートナー、シルバーだ。悪い奴じゃないから、警戒しないでくれ」


 ガルシアの紹介に、シルバーは銀色の毛並みをした片手を上げて言う。


「よろしくです」


 これに三人は応える。

 挨拶もそこそこに皆、改めて砂漠の方へと顔を向ける。

 すると砂漠の中央で、まるでヘビのような巨大な生き物が全身を、くねらせている。

 よく見てみると、複数のリザードマンがそれと戦っていた。

 大体2m~3mのリザードマンに対し、そのモンスターは軽く全長10mはあるように見える。


「ウンクテヒ……一見ヘビに見えるけど、れっきとしたドラゴンと言う……本でしか見た事がないよ……」

 

 フィリップ・ジェラルディンはそう言って、息を呑む。

 数百m離れていても、威圧感を覚える。

 その姿は、雲母の鱗と水晶の心臓を持ち、頭には一本の角、背中にはたてがみを生やした、砂漠の海蛇と呼ばれるドラゴンの一種である。


「あれは一体、どこから来るの?」


 フェリオ・ジェラルディンの疑問に、シルバーが友好的に答える。


「砂漠の地中から、住人が忘れた頃にああして、出現するんだ」


「今まであいつを、倒していないと言う事か?」


 レオノール・クインも訊ねる。


「あいつ、ピンチになると砂の中へ逃げ込むんだ。だから、なかなかとどめが刺せない」


「成る程ね……」

 

 次はガルシアの説明に、フィリップが返答する。


「あれはどんな理由で、地上に出現するの?」


 再度、フェリオが訊ねる。


「それはまだ解明されていないんだけど、空腹を満たす為ではと、言われている。ほら、見て。リザードマンを次々と捕食している」


 シルバーは言うと、ウンクテヒを指差した。


「それで足りない時は、街を目指してくるんだ。過去、たくさんの人々があいつに食われている」


 ガルシアは言って、ギュッと両手で握り拳を作る。

 するとウンクテヒが、クッとこちらへ頭を向けた。

 それに一行は皆、気付きウンクテヒの周辺をみるともう、リザードマンがすっかりいなくなっていた。

 ウンクテヒはフェリオ達を見据えると、こちらへと前進してきた。


「来るよみんな!!」


「戦闘態勢に入れ!!」


 フェリオとレオノールは言うと、身構える。

 これにフィリップとガルシアとシルバーも、身構えた。

 近付いて来ると分かるが、全身の内部が透き通って見え、ウンクテヒが先程喰らったリザードマンが瞬く間に、消化されていくのが分かった。


「ぅわ、エグ!!」


 思わずフェリオが洩らす。


「シャーッ!!」


 ウンクテヒが一行へと、鎌首を伸ばしてきた。

 これに早速レオノールが、パンチとキックを繰り出す。

 そしてバックジャンプして、ウンクテヒから離れた。


「? どうしたの、レオノール?」


 フィリップが、そんな彼女へと訊ねる。


「あいつの体……ゼリー状になっていて、俺の打撃を吸収しやがる……!! まるでスライムみてぇだ!!」

 

 すると、いつの間にか少し離れた場所から、ガルシアとシルバーがウンクテヒへと、銃撃を開始した。

 過去、何度か対峙した経験から、その銃弾は着弾すると小規模だが、爆発するようになっていた。

 なので、ウンクテヒの粘着質なゼラチンの表皮が、弾け飛ぶ。

 だがすぐに、その箇所はそのゼリー状の体により、修復された。


「せめて、あのクリスタルの心臓を撃ち砕ければ……!!」


 ガルシアは、歯噛みする。

 するとフィリップが後方で、呪文を唱え始めた。


「掲げよ天に。我らを祝え──聖なる祝杯ホリネスセラブレーシャン!」

 

 直後、ゴールドの膜がみんなを包み込んだ。


「物理攻撃無効の補助魔法だよ」


「ありがとう。感謝します」

 

 シルバーが、軽く頭を下げる。


「いえいえ」


 フィリップは笑顔で答える。

 そして思った。

 健気な子だな、と。


「あの心臓を狙えばいいの?」


「ああ。でもお前に出来るのかよ」


 フェリオの言葉に、怪訝な表情を浮かべるガルシア。


「やるだけやってみるさ」

 

 フェリオは言うと、呪文を唱え始める。


「行ける者へ死の裁きを──怨獄惨死(インフェルノ)


 そして下から上へ、ウンクテヒに向けて片手を振り上げた。

 するとウンクテヒに、巨大な裂傷が刻み込まれる。

 だがしかし、心臓までには届かなかった。


「チェッ! デス魔法を使ったけどダメージのみってことは、こいつボクよりレベル高いってことか!」


 フェリオはぼやく。


「心臓は不可能だったけど、それでもお前、スゲェ魔法持ってんだな。ほんの少しだけ、見直したよ」


 言うとガルシアは、腰に下げている片手剣を抜き取った。


「“ほんの少しだけ”とはどういうこったよ!?」


 フェリオの文句を背にしてガルシアは、こちらへ鎌首を伸ばして大口を開けてきたところへ、その開口へ剣を叩き込んだ。

 しかし片手剣なので、片方の口端にしか剣が届かなかったが、それでもガルシアは更に腰と足に力を込めると、一気に駆け出した。

 ウンクテヒの左片方が、口から胴体へと引き裂かれていく。


「キシャーッ!!」


 ウンクテヒは悲鳴を上げる。

 片側を開きにしたのもあり、まだ心臓へは届いてはいないものの、開いた部分からこの片手剣を思いっきり差し込めば、心臓を突き刺せる位置には近付いた。


「そのまま一気に行け! ガル!!」


 シルバーが掛け声を向ける。

 だが、先程のフェリオがデス魔法で入れた裂傷も、そのゼラチン体でみるみる塞がっていった。

 そしてガルシアが入れた裂傷も、塞がり始めた。


「マズイ! おい! ガルシア、そこから離れろ!!」


 レオノールが叫ぶ。


「このままだと、体内に取り込まれるよ!!」


 フィリップも叫ぶ。


「で、でも、剣が抜けない……!!」


 そう言うガルシアの剣を握る両腕が、もうウンクテヒのゼラチン体に包まれていた。


「ガル!!」


 シルバーが駆けつけると、ガルシアの体を引っ張る。

 だが、そう簡単には抜けない。

 そのままズブズブと、ガルシアはウンクテヒの体内に、取り込まれていく。


「おい。マズイぞ! みんなもシルバーを手伝え!!」


 レオノールの一声と共に、フェリオとフィリップも駆け出すと、皆で一緒にガルシアの体を引っ張った。


「ガル!! もうその剣から手を離せ!!」


 シルバーが叫ぶ。

 これにガルシアは、名残惜しそうに剣から手を離す。

 ズ、ズルズル、と粘着質な音を立てて、重々しくゆっくりとした動きでようやくガルシアを引っこ抜くと皆一斉に、背後に倒れ込む。


「全く! 無茶しやがる!!」


 レオノールの一喝に、ガルシアは呟いた。


「だって、剣が……」


「剣ならもっといいヤツを、俺らが買ってやるから落ち込むな!!」


「成る程これは、住人達がそう簡単にこのウンクテヒを倒せないわけだ」


 フィリップが、数mの高さに頭を上げたウンクテヒを見上げながら、言った。

 剣も銃も、打撃も効かない。

 魔法も耐性がありそうだ。

 現に、せっせとその間にもフェリオが魔法攻撃を繰り出しているが、そこまで効いているようには見えない。

 一体どうすればいいのか。

 一体、どうすれば……。

 そういえば、火には少しだけだが、怯んでいるように見える……。


「リオ、フレイオンぶつけてみて!」


 フィリップの言葉に、フェリオは即座に応答するや声を張った。


「燃え尽きろ! 大爆炎(フレイオン)!!」


 そうしてフェリオは、両手を頭上から下へと振り下ろす。

 これにウンクテヒは全身が火だるまになったが、砂上でもがいて炎をもみ消した。

 しかもよく見ると、何やらウンクテヒの体の表面に薄っすらとした、ベールが見えた。

 おそらくは、弱点防御魔法がかかっているのが判る。

 つまり、この弱点防御魔法を超える力をぶつければ、本体に届く筈だ。


「もがいてるぞ! フェリオ、もう一回だ!!」


 ガルシアが、そう声を上げる。


「無理……魔力、底付いた……」


 それもそうだ。

 ヘルハウンド戦から大規模魔法を連発しているのだ。


「でも少し待てば、このバングルで自動的にMP(魔力)を回復して……」


「待てるかーっ!!」


 ガルシアとシルバーが、声を揃えて叫びながら、首を伸ばしてきたウンクテヒの頭をジャンプして、踏み付ける。

 しかしすぐに、振り落とされる。


「ちなみにこいつ、魔法使うからね」


 シルバーの発言に、フェリオとフィリップとレオノールはギョッとする。


「それを早く言って~!!」


 フィリップが慌てて呪文を口にする。

 ヘルハウンド戦の完了にて、解除された魔法無効化をその場にいる全員にかける。


幻影(イリュージョン)!!」


 アイボリーのベールが、全員を包み込む。

 直後、電流が全員に駆け巡る。

 ウンクテヒが放出したのだ。


「危ねー……紙一重だったぜ」


 レオノールが安堵の息を洩らす。

 引き続き、ウンクテヒは弾むように頭を振り放ち、角を天へ突き上げた。

 すると風が吹き始め、渦を巻き始めたかと思うと、一緒に砂も吸引され砂嵐が皆を襲った。

 しかし、フィリップの補助効果魔法のおかげで、一切のダメージを受けない。

 だが、レベル次第でこの魔法攻撃無効化の時間も限られてくる。

 ウンクテヒは、更に雷系魔法を使用してきた。

 直後、パンという音と共にイリュージョンの効果が、消滅した。

 なので、雷攻撃の後半の影響を全員、受けてしまう。

 それぞれが悲鳴を上げて、弾け飛ぶ。

 そのまま皆、地面に倒れ込む。


「成る程……お前らが簡単にこいつを倒せない理由が分かったぜ……基本、ウンクテヒの方がお前らより強いのは確かそうだ……」


 レオノールが、全身を痺れさせながら呻くように、洩らす。

 シルバーに至っては、雷の影響で全身の毛が逆立っている。

 ……勿論、衣装は身につけているが。

 そうこうしている内に、尾でのなぎ払いを受けて皆、それぞれあちらこちらへ倒れ込む。


「痛ぁ……何か……どうにかしてこいつを倒せないの!?」


 フェリオが体を震わせながら、立ち上がる。

 ウンクテヒの初期戦でかけた、物理効果無効の補助魔法も、先程のと同じに解けてしまっている。


「……」


 フィリップもよろめきながら、無言で立ち上がる。


「おい娘子!! まだMPは溜まらないのか!!」


「娘子と呼ぶな!!」


 ガルシアの声かけに、フェリオが怒りを露わにする。

 その間、ウンクテヒが頭を振るう。


「おい、また砂嵐が来るぞ! 防御体制に入れ!!」


 シルバーが叫ぶ。

 これに皆、防御体勢に入る中で、二度目の砂嵐を受けている。


「痛い痛いっ!!」

 

 ガルシアが喚く。


「ぅわぁっ!!」


 この悲鳴に気付いてそちらを見ると、フェリオが砂嵐の力で宙に巻き上げられていた。


「リオッ!!」


 フィリップが砂嵐の中、妹の元へと駆け出す。


「クソ……ッ、良く目が開けられねぇ……っ!」


 レオノールは蹲った姿勢で、呻いていた。

 フェリオは渦巻きから弾き飛ばされると、数mの高さから地面へと落下してきたのを、もれなくフィリップがしっかり受け止めた。

 砂嵐の中での砂の刃に、フェリオは露出している肌に浅くではあったが、切り傷をいくつも付けて薄っすらと血が滲んでいた。


「リオ! 大丈夫!?」


「う……っ、体中が地味に痛い……」


 兄の腕の中で、フェリオは顔を顰める。


「……ちょっと待っててね。リオ」


 フィリップは妹を地面に横たえると、スクと立ち上がった。

 砂嵐は、もう止んでいる。

 フィリップはウンクテヒと向かい合うと、言った。


「よくも僕の妹を……! 覚悟しろっ!!」


 そしてフィリップはブツブツと、呪文を唱え始める。


「正義或いは真実。自然界の元素である火を司りし摂理。そしてその体現者よ。善なる者を厚遇し、その反対に敵なる者を厳しく罰せ。現れ出でよ! ──アルトヴァヒシ!!」


 すると天空に炎の魔法陣が出現し、炎の渦が巻いたかと思うとそれは一瞬で掻き消え、中から勢い良く炎の翼を力強く一度、羽ばたかせた天使らしき者が姿を現した。

 双眸も炎で燃えている。

 これにウンクテヒは、激しく威嚇して飛びかかった。


『炎獄斬り』


 周囲に一言、低い声が響いたと思った時には、ウンクテヒの頭から尾まで炎剣で切り裂かれていて、その断面は火炎が上がっていた。

 そしてアルトヴァヒシは炎となって渦を巻くと、空間の中に吸収されるかの如く、姿を消した。

 一方ウンクテヒは、縦一直線に切り裂かれた上に、しっかりクリスタルの心臓も砕かれて、激しく燃焼され火の粉となって天へと消えていった。

 現場が静まり返る中、フィリップだけが倒れている妹の元へ駆け込んだ。


「待っててねリオ。今、回復させるから!」


 言うと更にフィリップは呪文を唱えた。


「我らにその美しき御手で優しく触れたまえ。──聖母の御手(ノートルダムカー)


 すると、その場にいた全員が、一緒に回復した。


「え、あ、い、今のは……?」


 シルバーが、目を瞬かせる。


「ここだけの話だぜ。こいつらは兄妹で、実は召喚術士なんだ。くれぐれも他言無用だぜ」


 レオノールが、人差し指を唇に当てながら、ガルシアとシルバーに言って聞かせた。


「だったら、さっさと今のをすれば良かったのに!!」


 ガルシアの苦情に、フィリップは困った顔をした。


「フィルお兄ちゃんは、理由があって簡単に召喚術を使うのに抵抗があるんだよ。何も知らないくせに、勝手な事言うなよな」


「あー! そりゃ悪かったな!!」


 互いに距離はあったものの、フェリオとガルシアは睨み合う。

 

「それにしても……」


「ショーンはどこなんだよ」


 フィリップとレオノールは、嘆息吐きながらぼやくのだった。




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