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story,Ⅷ:長閑な中での襲撃



「ええっ!? ガルシアをボクらの仲間にぃっ!?」


 フェリオ・ジェラルディンが驚愕する。


「はい。是非あの子をお願いしたいのです」


 そう言うとマリエラ・マグノリアが、椅子に座ったまま深々と頭を下げる。


「え、あっ、でも、ガルシアは何か出来るの!? やっぱりエルフらしく弓矢とか!?」


「いえ、あの子は銃剣士です」


 フェリオの言葉に、マリエラは頭を上げると答える。


「銃……」


「剣士……」


 レオノール・クインと、ショーン・ギルフォードが呟く。


「でも、剣士はうちの勇者で、もういるけど」


 フェリオは、ショーンを指差しながら言う。


「……やはり、うちのガルシアではそちらのお役には、立てませんか……」


 追い打ちをかけてくるフェリオに、マリエラは落ち込んだ顔を俯かせる。


「いや、銃は欲しいな」


 レオノールが考えた様子で、ポツリと呟く。


「え゛っ!?」


 思わずフェリオは、そう言ったレオノールを凝視する。


「銃があって、不便はありませんからね」


 今度は、ここにきて口を開くショーン。


「フェリオ。あの子は確かに、良いとは言えない性格ではあるわ。あなたの気を悪くしたこと、私が謝ります。ごめんなさい。だからどうか、あの子を受け入れてもらえないかしら……」


「ぐ……っ!」


 マリエラから直接、謝罪を受けてフェリオは気まずい気持ちになってきた。


「お願い……あの子の、ガルシアの為なの」

 

 マリエラの、エメラルドグリーンの瞳が緩む。

 フェリオの脳裏に、自分と同じ立場であると聞かされた事が、蘇る。

 両親を、魔王に惨殺された事──。


「ああ、もう!! 分かったよ!! その代わり、ケンカ上等だかんね!!」


「ガキ同士、仲良くケンカしな」

 

 レオノールは言うと、クツクツと喉を鳴らして笑った。





 ──「みんな揃っているな」


 魔王ファラリスはいつものように、集会室へとやって来た。

 しかしこの日は、その場にいる各種モンスターの長達が、どよめいた。

 この異変に気付き、ファラリスは改めて長テーブルに座っている者等を見渡した。


「……これは一体、どういうことだ」


 ファラリスは低音の声音で、周囲の沈黙を破った。


「何ゆえあやつがおらぬ! ──クルクス・アリストテレス!!」


 結膜が黒く、虹彩が赤いその目に鋭利な光が宿る。


「我々も探したのですが、部屋にもおりませんで……」


 アンデッド代表のヴァンパイアが、弱った表情で述べる。


「おそらくは、ダークエルフの国かと。何でも奥方が妊娠しているとか」


 獣人王が言う。


「ほぉう? それはめでたき事よ……ならば今から、皆で祝いに出向こうではないか」


 ファラリスの言葉に皆、躊躇いなく一斉に立ち上がった。

 魔王へ絶対的な忠誠を。

 裏切り者には死を。

 例えどんな事情があろうとも──。

 仲間であった同士でも、そこには同情の予知はなかった。

 昨日の友は今日の敵が、魔族の世界だった。



 ──「ファラリス様!! おやめください!! 謝罪致しますので!! どうか──!!」


 クルクスは必死に魔王の前進を、前に立ち塞がる形で叫ぶ。


「ガルシア、お逃げ。魔王達に見つからないよう、早く!!」


「でも、母上と父上は!?」


「いいから、早く!!」


 これにガルシアは、テラスから外へと出た時、父親の短い悲鳴が耳に飛び込んできた。

 手すりに片足をかけた姿勢で振り返って、窓ガラス越しに両親の様子を見ると、倒れた父親に、次は母親を魔王が手刀で正面から斬りつけているところだった。

 鋼のように硬く鋭い爪で、容易に母親の腹が裂ける。

 その傷口へ、ファラリスは片手を突っ込むと、体内の胎児を引きずり出した。

 これに愕然となったガルシアだったが。


「子供がいる筈だ!!」


「探せ!!」


「見つけたら殺せ!!」


 この騒ぎに我に返りガルシアは、また親元へと駆け出した。


「父上!! 母上!!」


「いたぞ! クルクスのガキだ!!」


 母親は胎児と共に絶命していた。

 しかしここで、倒れていた父親が起き上がって、戻って来たガルシアへと叫んだ。


「私達はいいから、逃げろーっ!!」


 そうして、ガルシアに向かって前進するファラリスの前に、クルクスは立ち塞がった。


崩壊呪詛ズサンメンボゥァフルーハ!!」


 両手を突き出して、そう叫ぶクルクス。

 ファラリスの顔に、赤い光が張り付く。

 それを最後に、泣きながらガルシアは城から、飛び出していった。

 ファラリスはこうして、その美しい顔にクルクスからの呪いを顔面に受け、これに全力を使いきったクルクスも、やがて死亡した。

 



 それから10年間、森の中を彷徨ってガルシアは、必死に生きていた。

 当時ガルシアは60歳だったが、エルフの世界では60歳はまだまだ子供だ。

 ネズミだの虫だの、草や根だのを喰らって生きてきた。

 ダークエルフの平民達は、あっさりと魔王の傘下に下ったので、仲間でも見つかったら殺される。

 なので、森の中に身を隠し続けた。

 そんな中、光のエルフであるマリエラから、拾われたのだった。





「そう……ガルシアって言うダークエルフの子を仲間に。僕は構わないよ」


 宿泊している部屋で、マリエラから逃走したフィリップが話を聞いて、そう答えた。

 マリエラはもう、宿屋を後にしている。


「しかも、その子の置かれた状況……僕らと一緒だし、放っておけない感じだな」


「ムカつく奴だけど、ガルシアの復讐は晴らしてやりたいのは、ボクもあるしね」


 フェリオは椅子に跨るように、座っている。


「何にしろ、魔王討伐は人数が多いに越した事はないだろうしな」


 レオノールは、テーブルに半ケツ乗せた姿勢で、腕組みをしている。

 ショーンは、フィリップが座っているベッド側の壁に、無言で背凭れている。


「でも、その子はそのつもりなの?」


「いや。マリエラさんの希望らしいから、帰って話してみるってよ」


 フィリップの疑問に、レオノールが答える。


「後はガルシアの判断次第だよ。そんな事よりも、晩御飯食べよう!!」


 フェリオは言うと、床に届かない足をバタバタさせた。


「そうだね。今日はいろんな所に行ったから、お腹すいたよね」


「屋台で散々食べ歩きしてたけどな」


 ベッドから立ち上がるフィリップの言葉に、さりげなく指摘するレオノールだった。




「仙人の種??」


 警備から戻ったガルシアは、マリエラからの言葉にキョトンとした。


「ええ、そうよ。今度はそれを入手してほしいの」


 言うとマリエラは、開いた薬材図鑑をガルシアに差し出した。


「こういう形をしているわ」


 そのページをまじまじと見つめて、ガルシアは言った。


「……まるで赤ん坊のお尻みたいな実ですね」


 これにマリエラは、クスクス笑う。


「そうね。これはピンク色をした果実なのだけど、その中身にある種が、“仙人の種”と言われているのよ」


「分かりました。では明日また、素材専門店に行ってみます」


「きっとそう簡単には、入手出来る代物ではないわ。それだけレア素材だもの」


「ふむ……」


 これにガルシアは、片腕を組み、もう片手で下唇を撫でる。


「では、あの一行に入手してきてもらいましょう!」


「そう思う?」


 ガルシアのアイデアに、マリエラが訊ねる。


「はい。お急ぎでなければ」


 言ってガルシアは、満面の笑顔を浮かべる。


「それが、微妙なのよね」


「微妙……ですか」


「そこでガル。あなたも彼らと一緒に、旅に出てくれないかしら?」


「えっ!?」


 マリエラの突発的な発言に、ガルシアは驚愕した。


「でも、あの一行の最終目的は……!!」


 ガルシアはここまで言うと、口を閉ざした。

 しばらく続く、沈黙。


「……どうかしら」


 マリエラがそっと、口を開く。


「彼らなら、必ずあなたの心強い味方になってくれるわ。だから、今こそ復讐を晴らすべきよ」


「でもあいつは……ファラリスは行方不明だと……!」


 ガルシアは声を震わせ、グッと拳を握る。


「彼らはきっと、何かを知っているから、魔王討伐の旅をしているのだと思うの。だから、一緒に行くべきよガル」


「でも、そしたらお師匠様は……」


「私は大丈夫。心配しなくていいわ」


「お師匠様……」


「でも当初の目的は、くれぐれも仙人の種の入手よ」


「はい……はい、分かりました……!」


 ガルシアはここまで言うと、わんわんと泣きじゃくり始めた。

 そんな彼を、マリエラは優しく抱きしめた……。




 プルメリア街に来て一週間──。

 一行は、久方振りの長閑でのんびりした日がな一日を、まったりと過ごしていた。

 その間、特別用事もないのもあり、フェリオ達はガルシアと顔を合わせることもなかったのだが。

 突然どこからともなく、響く遠吠え。


「ウオオオオォォォォォーンン!!」


「何だ何だ?」


「どこかの飼い犬だろう」


「躾けてほしいわ」


 街中の人々がこれを受け流していると、ずっと向こうで短い悲鳴が上がった。


「ギャッ」


 これに側にいた者が振り返ると、そこにいた筈の人物が消えている。

 不思議に思いながらふと足元を見たら、その人物は地面に倒れ、その上から黒い大型犬が覆い被さっていた。

 よくよく見ると、その黒い犬はその人物を喰らっているではないか。


「ヒッ! ヒイイィィーッ!!」


 途端、更に数匹の黒い犬が颯爽と現れ、次々と人々を襲い始める。

 波紋のように、悲鳴が広がっていった。

 


 その頃、一行はまるで今まで出来なかった時間を取り戻すかのようにして、昼寝をしていた。

 しかしこの騒ぎに、先に気付いて起き出したレオノールが、フェリオとフィリップを叩き起こす。


「ってか、あれ? ショーンは!?」


 ザッと簡単にレオノールは探してみたが、すぐには彼を見つけることが出来なかった。


「とりあえず、戦闘開始だ!!」


 レオノールは言うと、三階の窓から外へと飛び降りついでに、真っ先に接した黒い犬をそのまま踏み付けた。

 見事に背骨を折り、挙句に内臓破裂でその犬は絶命する。


「こいつら……ヘルハウンドだ!!」


 黒い犬の双眸は、炎のように爛々と輝いていた。

 レオノールは更に側にいた黒い犬──ヘルハウンドの頭を掴むと、スイングさせて周囲のヘルハウンドをなぎ払う。


「どんだけいるんだよ、こいつら!?」


 まるでミント村での、アレン・マク・ミーナと人喰い花の襲撃の、光景が重なる。

 三階から階段で下りて来て外へ出てくるフェリオとフィリップが、仰天する。


「何だよこの数!?」


「足の踏み場もないよ!!」


 フェリオとフィリップが、それぞれ叫ぶ。


「何でもいいからお前らも手伝え!!」


 レオノールは、周囲のヘルハウンドにナックルの爪で切り裂きながら、怒鳴ってきた。


「ごめん! そんじゃま! 帯びろ迅雷(エレキオン)!!」


 赤い落雷と共に、それは電流となって数メートルに拡がる。

 軽く数十匹のヘルハウンドを倒したが。


「お前は俺を殺す気か!? 少しは考えろ!!」


 いつの間に、二階の窓に飛び上がったレオノールが、フェリオに向かって怒鳴り込む。


「ごめーん!!」


 これにフェリオは、改めて謝る。


幻影(イリュージョン)


 フィリップが唱えると、レオノールとフェリオと自分自身に、アイボリーのベールがそれぞれを包み込む。

 攻撃魔法無効化がかかったのだ。


「レオノール! マネッ子ルンタッタ使って!!」


 フィリップに言われ、思い出したように表情を変え再度、窓から飛び降りた。


「了解だ!!」


 言いながら、周辺のヘルハウンドを切り裂いていくレオノール。


「じゃ、二回目行きまーす! 帯びろエレキオン!!」


 そう叫んだフェリオの言葉に、レオノールも続く。


「帯びろエレキオン!!」


 するとフェリオとレオノールの周辺に、先程と同じく赤い雷が拡がる。

 あちらこちらでヘルハウンドの悲鳴が上がる中、シャロン亭の前の道路を挟んだ向こう側から、誰かに声をかけられた。


「大変だお前ら!! ザクロ砂漠の方からウンクテヒが出現した!!」

 

 それは、ガルシアだった。


「チッ! このタイミングで!!」


「こいつら倒すスピードを上げていこう!!」


 レオノールとフェリオが、声を大にする。

 しかしここは、街の中。

 むやみに魔法を放って、街にダメージを与えるわけにはいかない。

 火や風や水、地、氷は街を壊す。

 唯一敵だけに影響を与えられるのは、雷のみ。


「今のボクのレベルで発動出来るかは分からないけど、やってみる……!!」


 フェリオは言うなり、一歩踏み出して叫んだ。


「──来たれ! 雷の龍!!」


 そうして両手を、前へと突き出す。

 するとそこから、黄金に輝く大蛇のような姿の龍を模った雷が発動し、街を埋め尽くすヘルハウンドを次々と貫いていった。

 ヘルハウンドの悲鳴が、あちこちで響く。


「ヤッタ! 出来た!!」


 喜びを露わにするフェリオ。

 これを確認して次は、レオノールもマネッ子ルンタッタを発動させた。


「来たれ! 雷の龍!!」


 すると彼女も、フェリオと同じくこれを発動する事が出来た。

 更に残っているヘルハウンドを、次々と貫いていく。

 しかし。


「──っく……!!」


 レオノールが片膝を突く。


「どうやらこの手段は……思い通りに多様は出来ねぇみてぇだ……体力を……激しく消耗する」


 そうして力なく、その場にレオノールは倒れ込む。


「あ……っ! ゴメン! 今、体力回復するよレオノール! 天からの使者よ、この者に癒しの口づけを──天使の口づけ(フィルトゥエンゲル)


 レオノールの元へ駆けつけるとフィリップは、彼女へと片手を翳した。

 これに真白い羽根が一枚出現すると、レオノールの唇に触れた。

 そこから黄金の輝きを放ち、彼女を包み込んだ。


「……──ああ……サンクス。すっかり体が軽くなったぜ」


 レオノールは言うと、そこから跳ね起きる。

 周囲はヘルハウンドの屍累々の中、フェリオも道路を渡りながらガルシアへ声をかけた。


「行こう! ザクロ砂漠へ!!」


 これを合図に、レオノールとフィリップも二人の後を追った。




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