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story,Ⅶ:魔王とダークエルフ王



「オリーブ大陸!?」


 検品係の男二人も、声を揃えて叫んだ。


「あ、あなた方は、勇者一行か何かですか!?」


「その通りです♪」


 次は、ジェラルディン兄妹二人だけが、声を揃える。

 続いて今度はレオノール・クインが口を開く。


「こちらが我々の頼れる勇者です♡」


 そう言ってショーン・ギルフォードを手で指し示す。


「……」


 ショーンは無反応で無言のままだ。


「今のご時勢、勇者の存在もレアですよ」


 中肉中背の男の言葉に続き、長身の男も言う。


「今やひいらぎ島に魔城が残るくらいで、当人は行方不明だと言うのに」


「──えっ!?」


 これにフェリオ及びフィリップ・ジェラルディン兄妹が驚愕を露わにする。


「魔王は行方不明!?」


 この兄妹の剣幕に、長身の男はたじろぐ。


「え、ええ……数十年前、この世界は荒れていました。その時、一人の勇者が立ち上がり魔城に乗り込んだのですが……十日過ぎても変化がないので、数人の戦士達が魔城へと確認に行ったところ……勇者一行の死体だけが残され、魔王の姿はなかったと言います。この世にモンスターだけを残して……」


「そんな……!!」


 フェリオは愕然とした様子で、その場にへたり込んだ。


「諦めるのはまだ早いよリオ! すみません。ちなみにもう一度教えてください。その魔城は、どこにあるのですか!?」


 フィリップは、テーブルにかじりつく。

 これに男二人は顔を見合わせると、今度は中肉中背の男が口を開いた。


「ひいらぎ島です」



 

 ──1時間後。

 全ての素材を引き取ってもらってから、四人は検品室を出た。

 1Fフロアは素材を求めた買い物客がたくさん賑わっている。

 

「まぁ、気にするこたぁねぇよ」


 レオノールの、一見無責任に思える言葉に、フェリオが叫んだ。


「気にするよ!!」


 そうしてギュッとこぶしを握り締める。


「このままじゃボク、ずっと不老のまま……そんなのヤダよ!!」


「リオ。落ち着いて」


 フィリップがしゃがみ込み、子供体型のフェリオと目の高さを合わせる。


「落ち着けるわけないじゃないか!!」


「いいから落ち着けって。ギャアギャアガキみてぇに喚いてんじゃねぇ」


 レオノールが呆れたように言う。


「ああ! どうせボクはご覧の通り、ガキだからね!!」


「開き直ってんじゃねぇよババア」


 フェリオはレオノールより、一才年上なのだ。

 これにフェリオは、グッと言葉を詰まらせる。


「よくよく思い出してみろ。あの黒いサテュロスが言ってただろう。魔王からの命令でお前らの故郷を襲撃し、呪いを与えたと」


「あ……」


 これに半泣きで目に涙を溜めていたフェリオが、顔を上げる。


「つまり、魔王は必ずどこかにいるってこった」


「そ、そうだよね……」


 レオノールの言葉で、フェリオは納得してようやく落ち着く。

 その時。


「あれぇ!? 何かギャイのギャイのと騒々しい連中がいると思ったら!?」


 その言葉の主は、ガルシア・アリストテレスだった。

 しかしすぐに、ショーンの存在に気付くとガルシアは、態度を改める。


「やぁ。ショーンじゃないか。一体こんな所でどうしたんだい?」


「このガキか? リオとショーンが出会ったって言う、ダークエルフのガキは」


 レオノールが、自分より背の低いガルシアの頭の真上から、指差した。


「ガキって言うな人間風情が!! 僕はお前らよりずっと長生きしているんだぞ!!」


 怒鳴りながら、頭上のレオノールの指を払い除ける。


「へぇ~。じゃあ何歳だよ」


「……100年」


「──エルフにとっちゃあガキじゃあねぇかー! ケーッケッケッケッケ!!」


 まるで悪魔の如く、ガルシアをからかい始めたレオノールに皆、口元を引き攣らせる。


「お前ホントにエルフかよ? お? チビっこいからドワーフとのハーフなんじゃねぇのか!?」


「僕はまだ成長途中なんだ!!」


「エルフの成長期は確か、150年前後だったよな? このまま成長止まらなければいいなぁ~!!」


「うるさいやい!!」


 レオノールとガルシアの言い争いを、三人は困惑しながら見守る。

 ちなみに158cmのレオノールに対し、ガルシアの身長は150cmだった。

 しかしここで、はたと我に返りショーンの様子を窺うガルシアに気付き、短い言葉で彼が尋ねた。


「……何か」


「い、いや、その……ゴホン。つまらない事に時間を費やしてしまった」


 突然大人ぶった言葉遣いになるガルシアに、今度はフェリオが煽る。


「本当にな」


 カチン☆

 つい頭にきて、また文句を言おうとしたがショーンを気にして、ググッと堪えた。

 どうやら紳士の理想であるショーンにまで、子ども扱いされたくないらしい(今更な気もするが)。

 そうではあるので、ガルシアはショーンを意識して紳士ぶる。


「と、ところで君達は、何用でこのような所へ?」


「何だ何だ。突然口調が変わったぞ」


「こいつ、こういう所があるんだよ。情緒不安定」


 不思議がるレオノールへ、フェリオが悪意的に説明する。


「オリーブ大陸で入手したレア素材を、売りにだよ」


 今度はフィリップが、微笑みを浮かべて答えた。

 これにガルシアは、目を丸くする。

 それもそうだろう。

 人間が一人もいない代わりに、モンスターが巣食う大陸を制覇してきたと言う事になるのだから。

 誰もいないとは言わないまでも、制覇した者の数は少ない。


「そういう君は、どうしてここへ?」


 更にフィリップが、何事もないように訊ねる。


「私か? 私はお師匠様からのお使いを頼まれて、ここへ来た。“道士の葉”を探している」


「“道士の葉”……? うーん、何だろう。聞いた事ないなぁ」


 フィリップは顎に手を当て、視線を斜め上に向ける。


「当然だ。レアアイテムの一つだからな。しかし、こうして素材専門店に来れば、あるかと思ってね」


「ふ~ん……」


 気取って言うガルシアを、フィリップは不思議そうに眺めながら呟いた。


「さて。身軽になった所で、フィル、リオ。お前らはこのプルメリア街は初めてだろうから、観光案内してやるよ」


 レオノールの言葉に、フェリオが反応する。


「でもっ! 一刻も早くひいらぎ島にある、魔城へ……!!」


 するとこれに、レオノールが手をヒラヒラさせた。


「あーあ。急ぐだけ時間の無駄。その島にゃあ、空からしか上陸出来ねぇから、まずはその手段を入手するのが先。だから、そんな一日二日と慌てる必要もねぇだろう?」


「お前ら……魔王討伐を本気でする気か!? 無茶だろう!!」


「何も知らない奴は黙ってろ!!」


 口を挟んできたガルシアへ、フェリオが声を大にして言う。


「な……っ」


「ごめんね。悪気はないから、気にしないで。ほら、フェリオ行こう」


 思わずフェリオの剣幕に、硬直するガルシアへフィリップが困った表情で軽く微笑んで見せると、妹の手を取って先行くレオノールとショーンの後を追って行った。


「あいつら……」


 ガルシアは四人の姿をその場で見送りながら、呟いた。

 数十年前の過去を、脳裏に蘇らせながら……。




 ──ダークエルフの間にて。


「いるか。クルクス」


 突然の訪問者に、名を呼ばれた褐色肌に赤髪のクルクスは、慌てふためいた。


「ファラリス様自ら、この場へお越し頂かなくとも呼び出してくだされば、駆けつけましたものを!」


「いや、たまには体を動かさねば怠けてしまうのでな」


 シルバーのマントの彼──ファラリスは言うと、その長く伸ばした漆黒の髪を背後へと払ってから、その美しい顔にふと微笑を浮かべて言った。


「たまにはお前も、里帰りせよ。ここ数ヶ月、長閑な事だしな」


「しかしファラリス様──」


「仮に勇者が突然出現したとて、我が輩はそう容易く倒れぬ」


「それもそうですな」


 これに、ファラリスとクルクスは豪快に笑う。


「では、お言葉に甘えて」


 こうしてクルクスは、ファラリスから直々の許可を得てダークエルフの国スヴァルタアールヴヘイムへ戻って来た。

 そして城の謁見室のドアを、派手に開け放つ。


「帰ったぞ! ベアトリクス! ガルシア!!」


 クルクスは声高々に、この石造りの城内に響き渡らせた。

 すると玉座の側面の壁にある、ドアが勢い良く開け放たれたかと思うと、一人の幼児が元気良く飛び出してきた。


「おお、ガルシア。相変わらず元気そうだな」


「うん! 父上!!」


 そんな幼いガルシアを、クルクスが片手で抱き上げた時、今度は一人の女性が姿を現した。


「あなた!?」


「ああ、ベアトリクス。ファラリス様からの許可を得て、こうして里帰りだ」


 ベアトリクスは褐色肌は勿論のこと、美しく波打つ長く伸ばした銀髪の容姿は紛れもなく、ガルシアの母親だとすぐ判る。


「まぁ、魔王様が……でも、ご連絡くだされば、料理を用意させたものを……」


「気遣いは不要。私にはお前達の元気な姿を見るのが、何よりもの喜びだ」


「あなた……」


 そうしてクルクスとベアトリクスは間にガルシアを挟む形で、口づけを交し合うのだった。




 ──「只今帰りました。お師匠様」


「お帰りなさいガルシア。道士の葉は、素材専門店にあったかしら?」


「はい、一枚だけでしたが」


「一枚だけ……やはり、まだ足りないわ……」


 マリエラ・マグノリアはガルシアから、その道士の葉を受け取りつつ、ブツブツと一人呟きながら奥の部屋である調合室へと、入って行った。

 マリエラは調合室のドアを閉めると、一息吐いた。


「フェリオ達が魔王討伐に、このプルメリア街を旅立つまでに、何としても“神人薬(しんじんやく)”を完成させなければ……でも、材料が足りない。一体どうすれば……」


 そうしてマリエラは椅子に腰掛けると、ふむと考え込み始めた。

 ちなみに彼女は、現在180歳のうら若き乙女である。


「一体どうしたんだろう。お師匠様は」


 ガルシアは、彼女が姿を消した調合室を見つめながら呟いていると、玄関のドアにノックが鳴った。

 ドアを開けると、そこには二足歩行の銀キツネの姿があった。


「よ! ガル」


「シルバー……」


「何だよ浮かない顔して。今日は俺とお前の警備担当だろう?」


「あ……そうだった。ちょっと待っててくれ。武器取ってくる!」


 こうしてガルシアは、片手剣と拳銃二丁を装備して、玄関へと向かった。


「お師匠様! 今から警備の仕事に行ってきます!」


「ああ、ええ。気をつけてね!」


 マリエラが調合室のドアを開け、顔を覗かした。


「はぁい! よし、行こうシルバー!」


「おう!」


 元気良くガルシアは返事すると、足早に家を後にした。

 ガルシアは、その腕を買われて境界警備をやっていて、シルバーはそのパートナーだ。

 プルメリア街は、ヒマワリ大陸にある唯一のオアシスであり、その為にザクロ砂漠からのモンスターが襲撃してくる為、その警備である。

 ガルシアは、マリエラとここまで旅してきた間に戦力として、銃剣士(ベイオネット)のジョブに付いていた。

 なので剣と銃の腕前は高い。

 境界線に到着するなり、遥か遠くの方でリザードマン三体が、うろついているのを米粒ほどの大きさで確認した。


「街に侵入する前に、片付けておくか」


 シルバーは言って、持っていたライフルを構えスコープを覗き込んでいる間に、ガルシアは持参した二丁拳銃で二体、倒していた。


「相変わらず、お前の銃の腕前はピカイチだな。側にいて、ゾクゾクするぜ!」


 言うとシルバーは、引き金を引いた。

 射撃音がしたと思った時には、残り一体のリザードマンも倒れていた。


「イェイ!!」


 これに二人は、ハイタッチをするのだった。




 夕方──午前中、素材専門店であれだけ取り乱していたフェリオではあったが、レオノールの観光案内にてすっかり満喫して、宿屋シャロン亭へと戻って来た。

 その時。


「こんばんは。フェリオ」


 突然、澄み切った美しい声で呼び止められて、一行はそちらへと顔を向けると、ロビーの椅子の前でマリエラが立っていた。


「あ、マリエラ! どうしたの?」


 答えるフェリオの元へ、マリエラが歩み寄って来た。


「あの、皆さんに相談があ──」


 マリエラが言っている最中に、絶叫を上げた者が一人。


「うわあああぁぁぁぁぁーっ!!」


 ……フィリップである。

 そのまま彼は一人、階段を必死に駆け上がって行ってしまった。


「あ、い、今のは……」


「ああ。ボクのお兄ちゃん」


「お、お兄様!?」


 戸惑うマリエラに、次はレオノールが言ってのける。


「いい、いい。あいつは極度の女恐怖症なだけだから」


「それで、相談って?」


 フェリオが、話の続きを催促する。


「少し長くなると思うので、皆さんも椅子にお座りください……」


 こうして、フェリオとレオノールとショーンは、側にある椅子へと腰を下ろす。


「実は、うちのガルシアの事でお願いが。あなた方が、魔王討伐の旅をしていると知ったものですから」


 これにキョトンとする、フェリオとレオノール。

 ショーンは無反応だった。


「実はあの子……ダークエルフ国の王子なんです」


「ええっ!? あれで王子様!?」


「おいフェリオ。失礼だぞ」


 驚愕を露わにするフェリオへ、レオノールが注意する。


「いいえ。構いません。確かにあの子、行儀が悪いですから」


「フェリオから大体話は聞いています。しかも今朝、素材専門店で会いましたから」


 レオノールが答える。

 彼女の言葉に首肯すると、マリエラは改めてゆっくりと口を開く。


「ですがあの子の両親で王と妃だった父と母は……魔王ファラリスによって惨殺されているのです。あの子の、目の前で……」


「え……っ!!」


 マリエラの話に、フェリオはサッと血の気が引いた。


「どうしよう……ボク、そんな事知らずにあいつに悪い事、言っちゃった……」


「そうですか……あの子はご覧お通り、ダークエルフ(デックアールヴ)なので立場的に当時、魔王軍の配下だったのですが、父親が魔王の機嫌を損ねて、それで……」


「……」


 ショーンを含め、皆黙って聞いていた。


「それであの子は森で彷徨っていた所を私が見つけて……今でこそあの子、私をお師匠様だなんて呼んではいますが、それ以来私があの子を育てているのです。そのせいでお互い、それぞれのエルフから狙われるようになり、ここまで逃げてきた次第なのですが……」


「成る程。納得」


 レオノールが口にする。


「ふふ。確かに今までも皆に不思議がられているのには、気付いていましたので大丈夫です」

 

 マリエラは小さく笑ってから、言った。


「それで、本題なのですが……」


 言いかけるマリエラを他所に、レオノールが訊ねる。


「どうするよショーン?」


「……私は別に、構いませんが」


「え? 何々!?」


 レオノールとショーンの反応の意味が、フェリオには判らない。


「そこまで言やぁ、大方察知するさ。構わねぇぜ。そのガルシアとやら、俺らの仲間にしたって」


 言うとレオノールは、マリエラへと承諾のウインクをして見せた。




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