story,Ⅳ:厳しい発言
やがて夕食を終え、皆それぞれの時間を過ごしてから、一人二人と眠りに就いた。
ショーン・ギルフォードのみが、最後まで起きていて組んだ指を唇に当てて、ジィと焚き火を眺めていた。
すると、ふと視線を感じショーンがそちらへ目を向けると、そこには猫のルルガがちょこんと座って黄金の目で、彼の様子を見ている。
「……」
本来、動物好きのショーンが、そんなルルガに珍しく無関心だ。
だが、碧眼に鋭利な光を宿したショーンが小さく、口角を上げる。
これにルルガは、ウーッと威嚇の呻り声を洩らす。
「お互い、気付いているようだな」
ショーンがトーンを抑えた声で、少し離れた場所にいるルルガへと声をかけた。
「……」
呻るのをやめて、無言のまま相変わらずジィとショーンを見つめている、ルルガ。
そんな赤猫の頭を撫でようと、そっとショーンは手を伸ばす。
しかし、虚しくも彼の手をルルガは爪を立てて、叩き退けた。
三本ほど爪痕から、うっすら血が滲んでくる。
そうしてルルガは、フェリオ・ジェラルディンの寝袋へと潜り込んでしまった。
ショーンはふと短く息を洩らすと、フェリオの隣で眠っているフィリップ・ジェラルディンの寝顔を、今度は穏やかな表情でじっくりと見つめるのだった。
翌日。
「あっつ……」
灼熱の太陽の下、そう声を洩らしたのはレオノール・クインだった。
「一体いつまで歩けばいいの……」
フェリオもうんざりとした様子で、言葉を吐く。
「大体、約60km……10時間ちょっとくらいかな?」
フィリップの発言に、最後尾を歩いていたフェリオが、指摘してきた。
「何で初めて砂漠を歩くお兄ちゃんが、そういうこと分かるのさ」
これに二番目を歩いていた彼は、妹へと振り返って答えた。
「だって、船のタブレットをショーンが僕に、持たせてくれているから」
「え!? 何でお兄ちゃんに!?」
フェリオが驚愕を露わにする。
「そりゃあ、ショーンと俺の二人はもう過去に砂漠越えして、目的地への方向も距離も時間も解かってるからな。まだ何も知らないお前ら兄妹の、兄に持たせるのが無難だからじゃねぇの?」
フィリップの後を歩いていたレオノールが、自分の後ろを歩くフェリオへと言った。
「なぁ!? ショーン!!」
一番前を、黙々と歩いていた彼へ、レオノールが同意を求めた。
これに、ピタリと足を止めたショーンがゆっくり振り返り、短い言葉と共に首肯した。
「はい」
そしてまた、歩き出す。
「……相変わらず、愛想も愛嬌もなくなってるね……」
彼の様子に、フェリオが兄へと言葉を振る。
「うーん。確かに抑揚とかなくなってはいるけど……ショーンらしさは残ってると言うか……もしかしたら、個人的な悩みとかあるのかも?」
フィリップの意見に、レオノールも賛同する。
「確かにな。言動こそは変化があるけど、ショーンらしさは見受けられるっつーか……」
「えー、でもボクには、さっぱりだよ!?」
フェリオが不満そうに、頬を膨らませる。
「とりま、目的地に到着したら、俺がそれとなく聞き出してみるよ」
レオノールに言われて、兄妹は同時に頷くのだった。
──二時間後。
「……ヤバイ……体力が……喉渇いた……」
そう枯れた様な声で、フェリオが述べた。
フェリオの水はもうとっくの前に、底を付いていた。
「はいリオ。飲みな」
兄に勧められて、フェリオは遠慮なく、フィリップの水をがぶ飲みする。
レオノールも、自分の水を飲んでから彼へと、声を掛ける。
「さっきからずーっと見てたけどフィル。お前リオにばかり自分の水をあげているように見えるぞ。大丈夫なのか?」
するとフィリップは、彼女へと振り返り微笑んで見せた。
「うん。平気──だ、よ……」
言った側から、フィリップはその場に倒れこんでしまった。
「え? お兄ちゃん……?」
飲み口から口を離して、そっと声をかけるフェリオ。
酷い汗と顔の火照り、荒い息遣い。
この様子に一目で症状を判断したレオノールが、先頭を進むショーンへと声をかける。
「ショーン待ってくれ!! フィルが熱中症で倒れた!!」
それに、背後から見ても明らかに分かるくらい、ショーンは過剰に反応したかと思うと素早く振り返り、尋常ではない表情で砂丘を転がるようにして、その場へ駆けつけた。
そして急いでフィリップの頭を、自分の膝の上に乗せると口早にフェリオへ、声をかける。
「リオ。あなたの氷魔法で……!」
「それが……魔力は体力次第で、何もしていなくても二倍の速さで減少するから、もう底を尽きかけていて……」
フェリオが申し訳なさそうに呟くが、言葉を最後まで聞く事無く次は、レオノールへと声をかけた。
「ノール、スピーカーホンを!!」
「お、おう!!」
彼に言われて、レオノールは慌てて荷物を弄る。
その間、ショーンは自分の水をフィリップの口へと少しずつ、流し込んでいく。
コクリ、コクリとフィリップの喉が動くのを見て、フェリオがショーンに報告する。
「飲んでる! フィルお兄ちゃん、水をちゃんと飲んでるよ!!」
これにショーンは首肯すると、レオノールへと振り返る。
「分かってら!!」
レオノールは答えてから、オアシスの街プルメリアへとその口元に構えたスピーカーホンを、鳴らした。
「だあぁぁれかあああぁぁぁぁーっ!! 只今、ザクロ砂漠で熱中症者が出たああぁっ!! 今すぐに運搬に来てくれええぇぇぇぇーっ!!」
彼女の声が、周囲に反芻する。
「そんな大雑把な言い方で、向こうはボクらの居場所を把握出来るの……!?」
フェリオが半ば怪訝な表情で、レオノールへ訊ねる。
「まぁ、見てなって。正直居心地は、良くねぇがな……」
「??? それは一体、どうい、う──!?」
レオノールの言葉に、再度フェリオが訊ねている時だった。
突然、側の砂が大きく盛り上がったかと思うと、そこから何らかの巨大生物が姿を現した。
するとショーンは、賺さずフィリップを肩に担ぎ上げてから、そちらへと疾走した。
「えっ!? あっ、フィルお兄ちゃんをどうするつもり!?」
「いいからお前も一緒に来い!!」
狼狽しているフェリオの手を、レオノールは掴むとショーンの後を追った。
そしてその生き物の前で立ち止まる。
「この一大事に、モンスターと戦ってる場合じゃ……!!」
フェリオの抗議の言葉が終わらない内に、その生き物が大きく開けた口の中へと、一行は包含されてしまった。
その生き物の外見は、まるでハムスターとモグラが合体したような姿だった。
口内に四人を含むとそれは、再び砂の中へと潜っていった。
プルメリア街に到着したハムスターとモグラの合体生物、ハムモグラは両手までを砂から出して、口を大きく開けると風船のように膨らませた両頬を、両手でモキュモキュと押し揉んで中身をペッと吐き出した。
四人は土の地面の上へ、ベチャッと放り出される。
しっかり、ハムモグラの唾液塗れで皆、上半身を起こす。
「うぇぇ……っ、全身がヌルヌルしてる……」
「でも、おかげで暑さで高くなっていた体温も、下がっただろう?」
既に慣れた様子でレオノールが、嫌悪感丸出しの表情のフェリオへあっけらかんと口にする。
フィリップは相変わらず、意識を失ったままだ。
「ハムモグラの唾液には、全身美容効果があるって噂されてるんだぜ」
「心から歓迎は出来ないよ……」
レオノールの言葉に、フェリオはげんなりとする。
しかしそんな二人のやりとりを無視して、ショーンはフィリップをお姫様抱っこをすると、近場の家へと駆け込んだ。
熱中症は安易に馬鹿に出来ない。
対処が早いに越した事はないのだ。
「失礼! 旅の者だが連れが砂漠で熱中症を起こして……!! 暫し場所をお借りしたい!!」
当然住人は驚いたが、状況が解かると後は早かった。
血相を変えたショーンと、彼の腕の中でグッタリと意識を失っているフィリップの様子を見るや、住人は大急ぎで協力を開始する。
ショーンは玄関先の床の上にフィリップを横たえると、素早い動きで彼の装備を脱がせていく。
そして住人が持ってきた氷嚢を首の両脇、腋の下、太腿の付け根へと当てていくと、更に水で濡らしたバスタオルをフィリップの素肌に掛けていく。
これらの光景を、フェリオとレオノールはポカンとした様子で見ていた。
しばらくして、レオノールが息を呑んで呟く。
「さ、さすがは執事。処置が早ぇな……」
「フィルお兄ちゃん、大丈夫かな……」
心配そうな表情を浮かべるフェリオに、ふいにショーンが厳しい表情で振り返った。
「その間に二人! 宿を取るなどしてください!!」
「はっ、はい!!」
ショーンに怒鳴られて、フェリオとレオノールは慌てた様子で外へと出て行った。
数m走ってから二人は、速度を緩めた。
「そんなに怒鳴んなくったって……そもそもショーンがあまりにも慌てるから、ボクまでつい不安になっただけなのに……」
「確かに……あの剣幕のショーン、初めて見たぜ……」
レオノールも、そう呟く。
ここはプルメリア街。
ザクロ砂漠の東北に位置する巨大なオアシスで、とても文明が発達していた。
それも北と南の大陸との貿易が、盛んであるおかげだ。
ひとまず、このオアシスの街プルメリアにハムモグラによって到着したとは言え、暑さはザクロ砂漠とは大差ないのだ。
「あっつい! とにかくさっさと宿屋を見つけて、チェックインして男共を案内してお風呂に入ろう! ハムモグラの唾液塗れで気持ち悪い!!」
「ああ、そうだな……」
フェリオに誘われ、レオノールも首肯すると宿屋を目指した。
街なので、想像以上に宿屋があったが、近場の宿屋にチェックインした。
そしてフェリオが、ショーンを呼びに行く為、宿屋から外へと飛び出し駆け出した。
すると突然、フェリオに衝撃が走り気が付いたら塗装された地面に、尻餅を突いていた。
ふと、誰かの声がする。
「いてててて……」
その方を見ると、男が一人引っ繰り返った様子で上半身を、起こしている所だった。
どうやら、フェリオはその男とぶつかったらしい。
「どこ見ている! 気を付けたまえ!!」
男の怒声に、フェリオは言い返す。
「すみませんねぇ! 何せ視界が低いもんで!!」
周囲には、何やらいろんな物が散らばっている。
男が持っていた物だろう。
しかしフェリオは立ち上がるや、それらを無視して再び駆け出した。
「あ! お待ち子供!! せめてこのぶちまけたのを、拾っていきたまえーっ!!」
男の大声を、背中で感じながら。
──「ショーン! 宿屋チェックインしてきたよ!」
「では、参りましょう。ご主人、助かりました。心からお礼申し上げます。大変有り難う御座いました」
「ああ。直、意識を取り戻すだろうから、安心しな」
家の主に礼を述べてショーンは、まだ意識を失っているフィリップをお姫様抱っこすると、ペコリと頭を下げるフェリオと共に、家を後にした。
激しい振動を与えないよう気を付けつつ、早足で歩くショーンを必死で追いかけながら彼へと、フェリオは声を掛けた。
「あ、あの! ショーン。フィルお兄ちゃんの看病、ありがとうね」
「……当然のことをしているだけです」
抑揚のない口調で、彼はぶっきら棒に答えるのだった。
宿屋のベッドにて、もうフィリップの様子は、大分落ち着いている。
命の危険は去ったようだ。
「良かった。フィルお兄ちゃん……安心したよ」
兄の顔を覗き込みながら、そう口にしたフェリオへショーンが鋭い睥睨を向ける。
「良くはありませんよ。兄妹であることをいいことに、あなたはフィルの水を飲み続けた。結果がこれです。兄への思いやりのない、とんだ妹です。兄の優しさに、感謝することですね」
彼の冷たい口調での言葉に、ショックを受けるフェリオ。
「おい……どうしたんだショーン。船を下りてからずっと、いつもと様子が違うぞ」
レオノールが指摘する。
「そうですか。ただ単純に、この娘が気に入らないだけです」
「ショーン!!」
咄嗟にレオノールが遮るが、ショーンの発言は止まらなかった。
「何ですか? 私は本当のことを申し上げているだけですが」
ついに、フェリオのピンク色の瞳から、大粒の涙がポロポロ零れた。
「何だよショーンのバカッ!!」
その言葉を残して、フェリオは部屋を飛び出して行ってしまった。
「おい待て、リオ──」
後を追おうとしたレオノールの前方を、ショーンが腕で遮る。
「放っておきなさい。どうせ落ち着いたら、嫌でも戻って来ますよ」
そう口にする彼の発言に、思わず戸惑いを覚えるレオノールだった。
──「何だよ。ショーンってば。最近イジワルだっ!」
フェリオが憤怒を露わに、ズンズン大股で歩いていると。
「それではお師匠様。行ってきま──!!」
言いながら、一人の男がある家の玄関から勢い良く飛び出してきて、物の見事に只今子供体型により背丈が小さいフェリオで、蹴躓いて転んでしまった。
勿論、フェリオもだ。
「イテテテ……って、ああ!? お前はさっきの子供!!」
「そう言うお前こそ!!」
自分へ指差す男へ、フェリオも同じく指差した。
「あらあら。相手は女の子じゃないのガル。大丈夫? お嬢さん?」
言いながら家の中から出てきたのは、腰まで長く伸ばした白金髪で抜けるような透明感のある色白な肌、そして笹穂耳のこの上なく美しい、大人の女の人だった。




