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story,Ⅲ:砂漠での災難




「ぅはぁ~! 凄いよお兄ちゃん! 見渡す限り、黄金の砂だ!!」


「これは歩くのも、大変そうだね……」


 ジェラルディン兄妹は、初めて見る砂漠に感嘆の声を洩らす。


「大変なんてもんじゃねぇ……覚悟と気合いを入れねぇと、命を落とすぞ。なぁ、ショーン」


 レオノール・クインに同意を求められて、ショーン・ギルフォードはコクリと首肯する。


「フニャ~ン」


 ルルガも、焼けるように照り付ける太陽光に、少しでも日陰になるフェリオの荷物の上──つまりフェリオの後頭部へと避難する。

 船から全員降りると、腹を括って四人は前進を始める。

 カラカラに渇ききった砂は、新たなる旅人を飲み込まんと、くるぶしまで自身の中へ埋もらせる。


「これは……! 体力の消耗が激しそうだ」


 フィリップは言いながら、愕然とする。


「いつもの歩みより、三分の一しか進めないと思え」


 フィリップへと、レオノールが指摘する。


「確かに、これだけ砂に足を取られていたらね……」


 フェリオも早々に息を切らしながら、前進する。


「まぁ、でも、だったら焦らずにゆっくりのんびり進めば──」


「甘いっ!!」


 言いかけるフィリップの言葉を、賺さずレオノールが遮った。

 これにびっくりした表情を浮かべるフィリップ。


「砂漠は寒暖の差が極端に激しいんだ。昼であろうが、夜であろうが、楽になれることはない。出来る限り少しでも早く、街に到着する事のみだ」


「ホント……この暑さもしっかり体力奪われるね……ゼェ、ハァ」


 言葉を交わし合う三人だったが、ふと先を見るといつの間にかショーンが軽い足取りの歩みで一人、さっさと前進していた。


「ちょ、ショーン! 速すぎるって! もう少しみんなと足取り合わせてくれよ!」


 5mも先にいるショーンへと、レオノールが大声で呼びかけた。


「ん……? おや。これは失礼……」


 ショーンは立ち止まり、振り返ると抑揚のない口調で静かに答えた。


「何か、急ぐ用事でも思い出したのかよ!?」


「いえ……そういうわけでは……」


 無表情でレオノールの問いかけに、答えるショーン。


「だったら、分かるだろう? リオとフィルは初めてなんだからさ……」


「ええ。すみませんでした」


 彼女の言葉に、ショーンは口角をピクリとも動かす事無く、どこか棒読みな返答をする。

 そんな彼の様子に、レオノールは怪訝な表情を浮かべる。


「ショーン……何かあったのか? どうかしたのかよ?」


 ようやくショーンの元へ追いついたレオノールが、彼へと静かに訪ねる。


「いいえ。どうもしません」


「そうか? なら、いいけど……」


「さぁ、なるべく早く、街へ向かいましょう」


 答えるや否や、ショーンはすぐさま再びこの砂で足を取られる中、歩き始めた。


「もしかしたら、ショーンも疲れているのかもよ」


 フィリップに声をかけられ、レオノールは彼へと顔を向ける。


「だって、ほら……」


「ショーンの目の下に、クマ出来てるし」


 ショーンの背を指差すフィリップの、言葉の後に続くフェリオ。


「何だかんだで船の中でもいろいろ立ち回ってたし。今はひとまず、口煩く指摘するのは無しにしよう」


 フィリップに言われ、レオノールは静かに首肯した。


「……ああ。そう、だな」


 こうして改めて、この灼熱地獄の中、先を歩くショーンの後を追うように三人は歩き始めた。

 30分もしないうちに、全員を喉の渇きが襲う。


「ちょっと……1分でいいから、休憩しない? 喉、渇いた」


 フェリオの言葉に、フィリップはレオノールの様子を窺う。


「そうだな。水分補給しよう。ショーン! ショーン止まれ! ストップ!!」

 

 3m程先を歩いていた彼へ、レオノールが大声で呼びかける。

 これに立ち止まって、ゆっくり振り返るとショーンは首肯してから、静かに答えた。


「……分かりました」


 そうして三人の元へと引き返してきた彼の頬に、レオノールが片手を優しく当てた。


「大丈夫かショーン。頭痛はないか……?」

 

 するとショーンは、その手に自分の手を重ねた。


「ノール……」


 この二人の様子を、ドギマギしながら見つめるジェラルディン兄妹。


「はい。頭痛はもう(・・)、ありません。大丈夫です」


 ……──“もう”?


 彼の言葉に、一瞬引っかかるレオノール。

 しかしすぐに、ショーンは手を離すと彼女の手からも逃れるように、半歩下がった。


「そ、そうか。だったらショーンも、水分補給しろよ」


 刹那、レオノールもそんな彼の様子に戸惑いながら、言った。


「……分かりました」


 ショーンは暫しの沈黙を置き、答えると腰に下げていた水筒を手に取り口につけて仰ぐと、二~三度喉を鳴らした。

 少し離れた場所にて。


「……どうしたんだろう」


「何が?」


 妹の言葉に、フィリップが訊ねる。


「何だかショーンの様子……おかしくない?」


「おかしい……?」


 フェリオの言葉を拾うとフィリップは、改めて彼に側面を向けているショーンを、確認するように見つめる。

 兄妹の足元では、二人の日陰に入るような形でルルガも、フェリオから貰った水を飲んでいる。


「……どこが?」


 フィリップには、分からなかったらしい。


「レオノールとの受け答えが、何だか……」


 ここまで言うと、突如フェリオはショーンへと声をかけた。


「ねぇショーン! あとどれくらいでオアシスに着きそう!?」


 これにショーンはゆっくりと顔を向けると、抑揚のない口調で静かに答えた。


「一日前後だと思います」


「そっか。ありがとう」


「……」


 フェリオの礼に答える事無く、ショーンはふと顔を背けた。


「ボクに対してもだ」


「だから何が!?」


 フェリオの言葉に、フィリップがもどかしそうに訊ねる。


「何だかショーン、感情がなくなっちゃったみたいだ」


 男には気付かない微妙な変化を、もれなく女である子供体型のフェリオが口にした、その時だった。

 突然足元の砂が動いたかと思うと、手が出てきてフェリオの足首を掴んだ。


「!? ぅわあああああぁぁぁぁーっ!!」


 絶叫と共に、フェリオは尻餅を突く形で後ろへ倒れる。

 すると、のそのそと砂の中から全身に包帯を巻いた姿の、人間らしき者が出現した。


「ミイラだ! この! リオの足を離せ!!」


 フィリップが、ミイラの手首を二~三度踏み付ける。

 直後。


「風走り」


 抑揚のない言葉が聞こえたかと思うと、ミイラが、フェリオとフィリップの目の前で縦真っ二つに切断され、砂と化して消滅した。


「風の石を使ったんだね? ショーン」


 嬉しそうなフィリップの問いかけに、ショーンは首肯する。


「ああ」


 暫しの沈黙──後。


「“ああ”!?」


 レオノール、フィリップが同時、訊ねるように声を発する。

 するとこれに、少しだけ動揺を見せてからショーンは、隠すように二人へと背を向けた。


「心臓が口からこぼれるかと思ったくらいに、怖かったー! ありがとうショーン!!」


「……」


 フェリオの言葉に沈黙を返事として、ショーンは三人を促すようにゆっくりと、歩き始めるのだった。


 


 30分程歩いた時。

 五体のリザードマンが出現した。

 2m前後の身長で、赤や青の鱗を持つ二足歩行に防具を身に付け、武器も持っていた。

 長槍だ。


「エメラルドショット!!」


 フェリオの掛け声と共に、その小さな子供サイズの手の平からエメラルドグリーンの光の球が一発ずつ──両手で二発放たれて二体のリザードマンの胸部に命中する。

 その衝撃でそれらのリザードマンが軽く吹き飛び、砂地に尻餅を突く。


「カカカカカカカ……!!」


 これを確認して、三体のリザードマンが長槍を構えて突進して来た。

 するとレオノールは上へと大きくジャンプして避けると、空中一回転して勢いそのままに一体のリザードマンの脳天に踵落としを喰らわす。

 それにリザードマンは刹那、立ったまま意識を失いグルグルと上半身が回転するように揺れてから、はたと意識を取り戻した。

 別の一体のリザードマンが、フィリップへと突っ込んでくる。

 これに彼は、手に持っていたロングステッキでそのリザードマンの頭部へと、渾身の力で振り下ろした。


「スカルブレイク!!」


 パキョッという音が響いたが、一瞬動きを止めただけで倒れない。

 残りのリザードマンが、後方で突っ立っているショーンへと突進していく。

 が、ショーンは無言のまま片手のみで、英雄の大剣を横一線に振り払った。

 直後、リザードマンの歩みが緩くなったかと思うと、数歩進んで立ち止まる。

 3秒後、リザードマンの頭が砂の上に落下し、体躯は前のめりに倒れた。

 首の切断面から、真っ赤な鮮血が溢れる。

 それを確認した四体のリザードマンが、戦意喪失して逃走を図ったが。


風天流牙(ふうてんりゅうが)


 ショーンは抑揚のない呟きと共に、相変わらず片手のみに素早い動きで四回、空を振り払う。

 すると甲高い、風が吹き抜ける音が耳の奥まで響いたかと思うと、数m先でこちらへ背を向けていた四体のリザードマンの全身から真っ赤な血飛沫が、華々しく散った。

 そのままヨロヨロと前のめりに倒れこみ、微動だにしなくなった。


「マジか。もう五体ものリザードマンを倒した……しかも、ショーン一人で」

 

 驚愕する、レオノール。


「凄い! やるじゃんショーン!!」


 フェリオも感嘆の声を上げる。


「……」


 しかしショーンは無言のまま、大剣を背負うと何事もなかったように先へと歩き始めた。

 これにフィリップは彼へと歩み寄ると、隣から声をかけた。


「何だか、僕の裏人格から勇者の称号を与えられた意気込みからか、この短期間でとても強くなったんじゃない? ショーン」


 すると、ショーンは突如ピタリと足を止めてから、同じく足を止めたフィリップの顔を無表情に見つめてきた。

 キョトンとするフィリップ。


「ん? 僕、何か変な事、言っちゃった?」


「……否」


 フィリップの言葉に、短く答えてからショーンはフイと顔を背け、再び歩き出した。

 そんな彼の背中を少しだけ、フィリップは見送る。


「なぁ……何か心なしか、やっぱりショーンの様子が変じゃないか……?」


 今度はレオノールが、背後からフィリップへと声をかけてきた。


「うん……レオノールもそう思う……?」


「まるでフィルお兄ちゃんと同じ、二重人格者みたいだよ」


 引き続き、フェリオも会話に参加してきた。


「二重人格……」


 三人も歩きながら、フィリップは親指で口唇をそっと撫でる。


「愛嬌も愛想もなくなっちゃってる」


 フェリオの言葉に、レオノールは先を歩くショーンの背中を見つめた。


「ひとまず、みんなで様子を見ながら、先へ進もう」


 二人へと、フィリップは声をかけた。




 そうして四人、口数少なく歩く間、新たにミイラやリザードマンが出現したが、一行はそれらを倒し──主にショーンが──水分補給しつつ前進を続け、砂漠での夜を迎えた。


「夜ご飯♪ 夜ご飯♪ ねぇ、ショーン。今夜は何を作ってくれるの!?」


 まるで試すように、フェリオが彼へと元気に明るく訊ねる。


「……そ、それは……」


 ショーンは口ごもると、口元に手の甲を当ててしばらく考えてから、静かに答えた。


「それはお楽しみに」


 短く答えてから、ショーンは下ろした荷物の中から食材を取り出し始めた。

 フィリップは“約束の札”で周囲へと、バリアを張る作業をしている。


「ふ~ん……」


 ショーンの反応を、片腕を組みもう片手を顎に当て、まじまじと眺めるレオノールに彼は気付く。


「……何か」


「ん、いや? 良かったら、調理手伝おうか?」


 すると。


「──ありがとうございます。ノール」


 そう言ってショーンは本日初、優しく彼女へフワリと微笑みかけてきたではないか。

 これについ、胸がときめくレオノール。

 頬が紅潮する。


「ですが、大丈夫です。ノールはいつものように、筋トレなどして過ごしておいてください」


「え? あ、うっ、うん……」


 ショーンの対応に、レオノールは動揺すると素直にフェリオの元へ、戻ってきてしまった。


「レオノールには……いつもと同じな気がするねぇ?」


 半分、そんな彼女の不甲斐なさに呆れつつ、フェリオは口にする。

 そして暫しの沈黙の後。


「え? まさかショーンは普通で、ボクら兄妹が何かショーンを怒らせる事をしたとかじゃないよね!?」

 

 つい、慌てふためくフェリオに、少し上の空の様子のレオノール。


「何々? ショーンをああしたのが、僕らのせいかもって?」


 二人の元に戻ってきたフィリップが、合同する。

 バリアの中心には、焚き火がある。

 そこから少し離れた位置で、ルルガが火を眺めていた。


「うん。だって思い返せば、ショーンが素っ気ないのってボクらの時だけじゃない!?」


「……確かに、それは言えてるのかも……」


 改めて、沈黙したまま目を合わせるフェリオとフィリップ。

 そして我先に、兄妹は砂を蹴ってショーンの元へと駆け寄った。


「ゴメンよショーン!!」


「そんなに怒らせて、せめて一体何をしたのかでも教えてぇ!!」


 フェリオとフィリップが、彼の両脇から縋りついた。


「……??」


 ショーンは魚の干物と串を手に、火へと向かい合っていたがそんな兄弟の様子に、無言で眉宇を寄せる。


「だって、船から降りてずっと、ショーンそんな感じだから怒ってるのかと……」


 フェリオが困惑の表情で、彼へと訴える。


「……別に」


 無表情に短く、ショーンは答える。


「じゃあ、どうしてそんなに素っ気ないの?」


 今度はフィリップが、彼へと訊ねる。


「……そんなつもりは」


 相変わらずのショーンに、フィリップは盛大に溜息を吐く。


「しっかりそうなってるんだよ! 気になるじゃないか!」


 するとそんな彼に、ショーンは静かな口調で答えた。


「それは……すまなかった……」


「……!?」

 

 ショーンの言葉遣いに、彼を間に挟んだ形で、兄妹は目を合わせた。


「ショーンが珍しく敬語じゃない!?」


 これにショーンは、空に視線を彷徨わせてから今度は彼が、ハァと溜息を吐いた。


「お気になさらずに」


 ぶっきら棒にそう言い捨てると、ショーンは魚を串に刺し始めた。

 やがて渋々戻ってきた兄妹へ、レオノールが腹筋するのを止めてから、声をかけてきた。


「撃沈だったみたいだな」


 これに兄妹は、無言で頷くのだった。




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