story,Ⅱ:突然の侵入者
「風属性の斬撃ですか。これは楽しみですね」
ショーン・ギルフォードは自分の部屋で、フィリップ・ジェラルディンから貰った魔法石を大剣の鍔と剣身にある三角形の飾りの頂角に、はめ込んだ。
直後。──ズキンッ!!
「ぅくぅっ!!」
突如、再び襲われた頭痛にショーンは頭を両手で抱え、その場に立ち崩れた。
“忘れるな……るな……”
“お前は──だ……──……”
“そして──んだ……──んだ……”
「ぐぁ……っ!?」
汗が玉のように、吹き出す。
頭の中から声が聞こえるが、途切れて何を言っているのか解からないし、何よりこの頭痛が辛くて余裕がなかった。
“選びたいのか……? しかしもう、決まっている……”
「ハァ……ッ! あぐぅ……っ!!」
ショーンは床の上でもがき、全身を仰け反らせる。
“さぁ、早く座れ……”
「ぅぅわああああぁぁぁぁぁーっ!!」
頭の中の声をはねのける様に、ショーンは絶叫する。
すると、それに応える様にスゥと、頭痛は退いた……。
「はぁ~! 泳いだ泳いだ! 全身スッキリだ!!」
全裸姿のレオノール・クインは白い砂浜に座り込むと豊満な乳房を突き出して、後ろに両手を突く姿勢で声を大にする。
「そうだねぇ。もうボク、泳ぎ疲れちゃったよ」
彼女の隣では、子供体型のフェリオ・ジェラルディンも同じ姿勢で、言った。
「でも、何で船の中に海があるんだろう?」
「それは、俺も思った。ちょっとだけ調べてみようぜ」
二人は立ち上がると、どちらからともなく一緒に、左側の壁へと歩み寄った。
ヒタリと片手の平をレオノールが鉄板の壁に、当ててみる。
途端、何やらモザイクのような模様が、立体的に浮かび上がった。
「わっ!」
慌ててレオノールが、手を引っ込める。
「これは……半永久的魔法がかけられているみたいだね。レオノールがボクに付与したタイプと一緒だ」
フェリオが口にする。
鉄板の壁には、赤錆がびっしり付いていた。
「何か……文字らしいのが刻まれてる……調べてみよう」
フェリオは言うと、鉄板にそっと手を当てた。
「かの者の情報を与えよ。──予知調査」
すると、先程レオノールが触れた時はモザイクだったものが、今度は文字として浮かび上がった。
『勇者の船に従いて、ここに半永久的なる海を築かん』
「──勇者の船……!?」
レオノールが息を呑む。
「勇者って、約30年前くらいに魔王との相打ちで亡くなったって言う、勇者の事……?」
「ああ……。正確には……もう少し短いけどな。さっさと着てからショーンとフィリップにも報告に行こう!」
レオノールの言葉に、フェリオも力強く頷いてから二人、急いで衣類を身に付けると船底から上の階へと、階段を駆け上がった。
二人は真っ直ぐにデッキへ向かうと、そこにはショーンから竿を預かったフィリップが、釣れた魚を片手に突っ立っていた。
魚は約40cmの大物で、それから彼は針を外そうとしていたのだ。
「ああ! いい所に来たね二人とも! 見てコレ! 僕が引き上げたんだよ!」
フィリップが嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん! 新発見だよ!!」
慌てふためきながら言って来た妹の様子に、フィリップはキョトンとする。
「ショーンはどこだ!? 4人揃って話がしたい!!」
引き続き、レオノールの同様なる反応に、更にフィリップは小首を傾げた。
「彼なら、部屋だよ」
「いちいち呼びに行くのも二度手間だ。フィル、来い! みんなで一緒に、ショーンの部屋に行くぞ!!」
「え? あ、うん、いいけど……」
フィリップは片手の魚とレオノールへとを交互に目を向けると、魚をデッキの日陰に寝かせて彼女達の後を追う事にした。
デッキに置き去りにされた魚は、ピチピチと元気良く跳ね回っていた……。
数分間ほど、気を失っていただろうショーンは、ふと意識を取り戻した。
ゆっくりと上半身を、床から起こすショーン。
ぼんやりとする意識を振り払おうと、ブルブルと頭を振る。
足元に転がっていた英雄の大剣には、自分が確かにはめ込んだ魔法石が輝いている。
ショーンは、ひとまず腰を上げて大剣を拾い上げると、元置いていた場所である壁に立てかけた。
そしてベッドに腰を下ろし、一息吐いていると。
「ショーンッッ!! いるか!?」
「緊急報告だよ!!」
レオノールとフェリオの大声の後に続き、バタンとドアが開け放たれる。
「……一体何事ですか」
二人の意気込みにショーンは、驚きの表情を浮かべる。
彼女らの後を追って、フィリップも顔を見せる。
「どうしたんです?」
ショーンは後から入って来たフィリップに尋ねるも、彼は肩を竦めて見せる。
「それが僕にもさっぱり。大騒ぎしながら突然デッキに来たかと思うと、ショーンにも聞かせたいからって」
「それが大変なんだよ!!」
「意外な新事実!!」
我先にとばかり口を開くレオノールとフェリオだったが、次に口を開いた時にはしっかり二人揃って、同じ言葉を唱えていた。
「実はこの船、前勇者の船だったんだよ!!」
「ええっ!? そうなの!?」
驚愕するフィリップを他所に、ショーンは冷静に述べた。
「おや。それは奇遇な船を拾ってしまいましたねぇ」
「……驚かねぇのかよ? ショーン」
眉宇を寄せるレオノールに、更にショーンは答えた。
「ええ。感心してしまったものですから。まさかの元勇者の船で、私は勇者にランクアップしたのですから」
「まさか裏人格お兄ちゃん、ここまで把握していたわけではなかったよね?」
フェリオの言葉に、フィリップがフルフルと首を横に振った。
「そこまでは、知らなかったみたいだよ」
「じゃあ。前勇者が死んでから、約30年間この船は海を漂っていたのか」
レオノールは、ふむと腕組みをする。
「まぁ、リサイクル出来て良かったではありませんか。ところでフィル。魚は釣れましたか?」
「あ、うん。40cm程の大きさのが」
「それは大物じゃありませんか。早速、今の内に下ごしらえしましょうね。良ければノールとリオも、フィルと一緒に釣りをしてくださると、食料が増えて助かるのですが」
「まぁ、ショーンがその調子なら、別にいいんだけどよ。一応、報告までに」
レオノールは、ショーンの腑に落ちない反応に、思わず口を尖らせた。
それを横目で見ていたフェリオが、クスッと笑った。
「思った反応と違って、つまんなかったんでしょう?」
「ケェッ!!」
レオノールはフェリオの言葉に悪態吐くと、さっさとデッキへと上がって行ってしまった。
「そうそう。この船ねぇ、最下層に人工海があるんだよ」
「ええっ!? 船の中に海、ですか!?」
「……ああ……これをレオノールに見せてやりたかった……」
驚愕を露わにするショーンの反応に、フェリオは口元を引き攣らせる。
こうしてクローバー大陸を東に、一行を乗せた船は北上していたのだった。
──二日後。
「ブハッ! 何コレ!?」
「肌に当たると地味に痛い!!」
フェリオとフィリップがデッキにて、腕で顔を覆っていた。
「これは、砂嵐ですね」
そう言ったショーンを振り向くと、彼はゴーグルにガードマスクを着用していた。
「え゛っ!?」
これに驚愕する兄妹。
「ってことは、ザクロ砂漠まで近付いたってことだな」
レオノールの声に、今度はそちらへ顔を向けると彼女も同様のスタイルになっていた。
せいぜい耳当てがプラスされたくらいだ。
「ふ、二人ともどうしてそんなに準備いいの!?」
フェリオに尋ねられ、レオノールはケロリと答えた。
「一人レアアイテムハントの旅で、一度これを経験しているからな」
「はい。私もラズベリー様のお付き合いにて、数回。なので、ずっと荷物に持参しておりました」
ショーンも、あっけらかんと答える。
「目的のモクレン島は、この砂嵐を通過した先なのですが、これではとても前進出来ません。よって、砂嵐が収まるまでザクロ砂漠に上陸し、プルメリア街に身を寄せましょう」
「この砂嵐は、どれくらいで収まるの?」
フィリップに尋ねられ、更にショーンは続ける。
「これは現象ではなく、一種の季節です。右手に見える、クローバー大陸とザクロ砂漠の間の海域を塞ぐように起きるので、通称サンドカーテンと呼ばれています。期間は長過ぎず短過ぎず、と言った所でしょうか」
これを聞きながらも、兄妹はついぞ耐え切れず船室へと駆け込むのを、ショーンとレオノールは悠然と後を追った。
「一晩経過後、北に位置するザクロ砂漠に到着するだろうよ」
言いながら、レオノールは着用していたゴーグルとガードマスク、耳当てを取り払う。
「ぅわぁ、全身砂でザラザラ!」
「お前そんな事で嫌がってたら、とてもザクロ砂漠は越えられねぇぜ?」
両腕を擦るフェリオに、平然とレオノールが述べる。
すると。
「ニャゴーン!!」
この一声と共に、何かが船室に飛び込んできた。
それは、子供体型であるフェリオの肩に乗っけられるくらいの大きさをした、猫だった。
これに目を輝かせる、動物大好きのショーン。
「猫……?」
「一体どこから!?」
フィリップとフェリオが、それぞれ口にする。
背中は赤毛、腹は白毛の二色の猫だ。
「確かに、一体どこからいらっしゃったのですか? ラブリーキャット♡」
ショーンはしゃがみ込むと、その猫へと満面の笑みを浮かべて手を伸ばす。
「フニャア……!」
困惑した様子の猫は、一瞬ショーンの指先に頬ずりしたかと思うと、すぐに彼へと背を向けフェリオの肩に飛び乗ってきた。
「まさか、ずっとこの船に乗り込んでいたとか?」
レオノールは、フェリオの肩にいるその猫の頭を、軽く指先で突く。
「ンニャア!」
今度は彼女の指に、猫は頬ずりをする。
「それあるかも。猫って意外とタフだし」
フィリップも、その猫の頭を優しく撫でる。
「人馴れしていますね。名前、何にしましょうか?」
さも当然とばかり、ショーンが言ってきたことに思わず驚く三人。
「飼うのかよ!?」
「オス・メス、どっちだろう?」
「ボクが名前付けたい!」
レオノール、フィリップ、フェリオの順で口にする。
そして、少しの沈黙の後。
「ルルガ」
フェリオの一言に、三人は声を揃える。
「──るるが!?」
「そ! ルルガ! どう!?」
満面の笑顔を浮かべるフェリオの頬に、猫は頭を擦り付ける。
「グルニャン♪」
「おや。そのニャンコも、まんざらではないようですよ?」
ショーンが猫の反応に、そう笑顔で口にする。
「やたらとお前に懐くな。その猫」
レオノールが不思議がる。
「ルルガか。お互いがいいなら、それでいいと思うよ」
フィリップが笑顔で述べる。
「よし! じゃあお前は今から名前、ルルガだよ☆」
「ウニャ~ン♡」
フェリオの言葉に、猫──改めて“ルルガ”は更にフェリオの頬へ嬉しそうに、鼻先を擦り付けるのだった。
ひとまず、このサンドカーテンを通過しないことには、簡単にデッキへ出られず。
その間、船内で一行は過ごしていた。
時間があると、ジェラルディン兄妹はこの船にある図書館へ好んで通い、レオノールは筋トレを、ショーンは家事を行っていた。
すっかり彼等の新たな仲間となったルルガは、動物好きのショーンの“遊び相手”になってあげたり、フェリオが読書中は傍らで眠っていたりと、自由に過ごしていた。
ルルガはそうして接する限り、本当に至って普通の猫だった。
なので、一体どのような経緯でルルガがこの船に乗り込んだのかが、レオノールは不思議で仕方なかった。
腕立て伏せをする彼女の背中で、ルルガは悠然と前後の足を折りたたんだ姿勢で、目を閉じている。
「なぁ、ルルガ……お前本当に、猫……だよなぁ?」
100回まで進んだタイミングで、レオノールは背中のルルガに尋ねるが、かと言って彼女が猫語を解かるわけではなかった。
ルルガは他人事のように、沈黙を返すだけだった。
「お前が愛嬌がいいのは、リオとショーンの前だけだな」
これにも、やはりルルガは沈黙のままだった。
「気ままなもんだよ。猫ってぇのは」
言い残してレオノールは、腕立て伏せをそのまま続けた。
船の最下層にある海へ、ショーンは一人で訪ねた。
「おやこれは……まさか本当に海があるとは」
ショーンは一人ごちて、目を瞬かせる。
2~3歩進むと、足元の白い砂を片手で掬い取り、サラサラと零した。
すると、ジジ、ジ……と、まるで漏電のような音が聞こえたので、彼はそちらへ顔を向ける。
視線の先を活目すると、鉄板の壁の一部がまるでモザイクのように、歪んでいた。
「一体、何でしょう」
不思議そうな表情をしてからショーンは、そちらへ歩み寄るとまじまじとそれを見つめた。
そして、そっと片手で慎重に触れてみた瞬間。
ショーンの全身に電流が走り、脳内の多々ある情報や映像が一気に浮流し始めた。
その膨大な情報量に耐え切れず、ショーンは両手で頭を抱える。
「ふぐぁ……っ! ぅぅ、うあああぁぁぁぁっ!!」
崩れるように両膝を突くと、悶絶しながら倒れ込む。
ショーンの全身からは、脂汗がどっぷりと噴き出していた。
「あ、がぁ……っ!!」
途方もなく長い時間に感じたが。
やがて、ようやく落ち着いたらしいショーンが、おとなしくなる。
しばらく、全身で息をしていたが呼吸を整えると、ゆっくり上半身を起こす。
彼の蒼い双眸には、怜悧な光が宿っていた。
そして不敵な笑みを静かに浮かべると、何事もなかったように無言で上階へ戻って行った。
そうこうしてサンドカーテンエリアから抜けると、一番近い陸地に船を寄せた。
「ねぇ、ここには砂漠以外、何があるの?」
「オアシスの街、プルメリアです」
デッキから外を眺めるフェリオの質問に、ショーンが答える。
「今まで入手した全ての素材を運べよ! みんな!!」
レオノールの大声に、フィリップはせっせと素材を運び始めていた。




