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story,Ⅰ:職業アップ




「これは……?」


 尋ねながら、ショーン・ギルフォードは目を瞬かせる。


「こいつは、俺が召喚した消費タイプ召喚霊であり、モンスターでもある“(しん)”だ」

 

「し、ん?」


 フィリップ・ジェラルディンの簡単な紹介に、ショーンは更なる明確な答えを求める。


「巨大な二枚貝の、モンスターだ……」


 蜃──それは貝のモンスターで、種類や形も様々だ。

 蜃は吞み込んだ物を、幻視させる。

 それは動物や虫だけでなく、人間、そして仕舞いには町をも吞み込むとされている。


「このままお前が出てこなければ、お前は蜃に消化されて人生を終えるところだった」


「何故、こんな事を……?」


 一歩間違えれば、死んでいたのだ。

 フィリップの言葉にショーンは、半ば怒りに近い感情で質問しか返せずにいた。

 これに彼は、他人事よろしくあっさりとした答えを返した。


「俺は、お前がクランベリーの町を出る時に言った筈だ。勇者かどうかは、いずれ見極める、と。それがこれだ」


「どうしてこのタイミングで?」


「……質問ばかりだな。この前は、レオノールの“レアアイテムハント”の目的を達成させて今、ここにいる。その間、十分なレベル上げも出来ただろう。俺は今までお前のバトルを見てきて、少し詰めが甘いと思っていた。ボートの上でバトルが下手だと俺が言った時、お前はムッとしただろう? だから一人でバトルをやらせてみて、腕前を確認してみた。結果、俺はお前を勇者に値すると納得したのだ」


「それは……複雑な気持ちですね……」


「俺の皮肉が嫌なら、黙らせてみろって事だ」


「では、もう皮肉はやめてくれますか」


「アホ抜かせ。俺から皮肉を取ったら、ただの“フィリップ(オリジナル)”だろうが」


 ニヒルな笑みを浮かべるフィリップに、フェリオ・ジェラルディンがケロッとして言った。


「あ。一応自覚してたんだ? フィルお兄ちゃん」


「……お前のその無意識での嫌味とは、違う」


「いや、大差ねぇよ?」


 兄妹のやり取りに、賺さずレオノール・クインが口を挟んだ。


「やはり、根本的にある兄妹の血は、争えないのでしょうね」


 ショーンも言うと、苦笑した。


「しかし改めて、こんな私を勇者と認めてくださって光栄です。今後も立派な勇者として、精進致します」


「ああ。任せるぞ」

 

 ショーンの言葉に、フィリップは悠然と答えた。


「ねぇねぇ。蜃の中って、どんなだった?」


 相変わらずフェリオが、ケロリとした口調で尋ねる。


「そうですね。まずは、霧の中に楼閣がありました」


「楼閣?」


 フェリオは、ショーンの言葉に小首を傾げる。


「建物の一つだよ」


 レオノールが、胆略的に答える。


「中に入ると、私は楼閣に閉じ込められて出られなくなりました」


「普通の奴は、そのまま脱出出来ぬまま蜃に消化され、幻影の一部と化す。蜃は吞み込み消化したものを幻影出来るのだったが、そうなってしまうにもある条件がある」


「条件?」


 フェリオが更に、兄の発言に疑問を抱く。


「ああ。蜃の中にある楼閣に“靴を脱いで上がる事”と、中で出される“飲食物を口に入れる事”だ」


「あ……」


 これを聞いてショーンは、口元を引き攣らせる。


「本来ならば、その二点をしてしまうと、もう一生蜃の中から出られない。しかし、ショーン。お前は出られた。お前は内側から蜃を“倒した”から、外に出られたんだ。油断したとは言え、結果的に俺がお前を勇者に格上げした理由だ」


「そっかぁ。良かったねぇ、ショーン」


 フェリオが後ろに手を組み、上半身を屈めて彼の顔を覗き込むと、満面の笑顔で言った。


「はい。ありがとうございます。では、少々私は、この船の厨房に行ってみます」


「ご馳走作るの!?」


 目ざとく反応するフェリオ。


「ええ。それもですが、お酒があるのかを確認してみようかと。アルコールは腐りませんからね」


 すると今度は、レオノールが目ざとく反応した。


「酒か!? 酒があるのか!?」


「おそらくは、ですが」


 ショーンの言葉を聞いて、レオノールは飛び上がって喜んだ。


「よっしゃあーっ!! 今夜はショーンの勇者昇格を祝って、宴会だぁう~!!」


「イエ~イィッ!!」


 レオノールの掛け声に、返答するフェリオ。


「ったく。本当にうちの女どもは、色気より食い気だな……」


 フィリップの言葉に、ショーンも苦笑しながら首肯するのだった。

 それでも、レオノールが自分なんかに惹かれてくれた事を、嬉しく思いながら。

 

 船内のキッチンを見つけると、ショーンが室内を確認していく中、みんなは荷物の中にある食料を持ち寄った。

 キッチンにもしっかり、藻や苔で侵食されていたので火で炙り、削り落として綺麗にした。

 デッキでごろ寝しているフィリップを他所に、女どもは出来る限り簡単に船内の侵食を、綺麗にしていった。


「しかし、思いがけずに船が手に入ったな」


「そうだねぇ~♪ これで航海は不便じゃなくなるね☆」


 レオノールとフェリオは、言葉を交わしながら掃除の手を進める。

 しかもこの船は、オートマチックで船長室にある操作台の上に、行き先を決定させたタブレットをセットしておけば勝手にその場所へと、進行してくれる。


「凄いよね。一体、どこの技術だろう?」


「まぁ、お前が想像するよりも世界は広いとだけ、言っておこう」


 感心しているフェリオに、レオノールはあっさりとそう答えた。



 

 やがて食事が完成し、みんなはダイニングルームに集まった。

 約20畳程の広さだ。

 ずらりと、食卓に並ぶご馳走の数々。


 まずは彩り鮮やかな野菜のミックスピクルス。

 すじ肉の煮込み。

 鳥と卵と根菜のビネガーソイソース煮。

 モンスター肉の香草マリネ。

 青魚のビネガー絞め。

 芋のキッシュ。

 大型魚と彩り野菜のグリル。

 米と麦が合体したような穀物である、炊き込みライクスと赤果実のシチュー。

 生白身魚のサラダ。

 甲殻類のから揚げ等々。


「では、ショーンの勇者昇格を祝して! かんぱ~いぃっ!!」


 レオノールの元気の良い掛け声と共に、皆それぞれ好みの酒が入ったタンブラーを上へと掲げた。

 一気にそれへ口をつけ呷ったレオノールと正反対に、一気に物凄い勢いでご馳走を口へと運ぶフェリオとの、女二人。


「──っカアァァァーッ!! 久し振りの酒は、やっぱ堪んねぇなぁ! おい!?」


「五臓六腑に染み渡りましたか」


 レオノールの飲みっぷりに、ショーンは愉快げにクスクス笑う。

 フィリップは、誰からも左右される事なく、静かに食事を取っている。


「……やはり、お前を勇者にしたのは勿体無かったな」


 突然、そう言い始めたフィリップの言葉に、ピタリとレオノールの動きが止まる。


「……──兼、料理人も、称号に付け加えておこう」


 言うとフォークで、生白身魚のサラダを掬い取って、口へと運んだ。


「ビックリした……昇格却下するのかと思ったぜ……」


 レオノールは、フィリップの言葉に胸を撫で下ろした。

 



 やがて、当然のことながら最初に酔い潰れたのは、レオノールだったのでショーンが部屋へと彼女を運んだ。

 静かにベッドへ横たえて、退室しようとした時、ショーンはグイと裾を引っ張られた。

 それは眠っている、レオノールだった。


「行か……ないで……」


 これにショーンは、小さく笑った。


「このまま貴女を抱いても良いのですが、あいにく酔った女性を簡単に手を付ける程、私は外道ではないつもりですよ……」


 囁きかけるとショーンは、そっと彼女の口唇に口づけをした……。




 翌朝──。


「ん……ムニャムニャ……フィルお兄ちゃん大好き……結婚したい」


 フィリップ・ジェラルディンの傍らにて、彼の上半身に片腕を回して眠るフェリオ・ジェラルディンが、最早お約束の光景として寝言を述べる。


「──お断りだ」


 そんな妹に、フィリップは不愉快げに足蹴して、ベッドから転がり落とした。


「痛あぁぁぁ~っ!! せっかくこっちは寝てるのに、何するんだよ!!」


「そんなに寝たけりゃ、てめぇの部屋で寝やがれ。ガキの体型に戻ってまで、俺に絡むな。クソガキ」


「え? あ……子供体型に戻ってる……」


 小さく縮んでいる自分の体を、隈なく見回すフェリオ。


「チッ……、てめぇがガキに戻ると、騒々しいまでに主人格の方が出張ってくる……。俺もまた、しばらくは引きこもりだ。じゃあな」


 その言葉を最後に、裏人格のフィリップは意識を失った。


「……──リオ。戻ったんだね」


 真っ青な髪色に戻った主人格のフィリップが、弱々しい口調で声をかけてきた。


「それは、フィルお兄ちゃんこそ」


 フェリオは言うと、ベッドの上にいる兄の元へ戻って縋りつくや、顔を上げて彼の口唇に口づけをした。


「……リオ、一体何を……!」


「いいじゃない。これくらい。別に子供が出来るわけじゃあるまいし」


 フェリオは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 子供体型に戻ったフェリオは、成人体型で着ていた衣服がブカブカで、半裸状態だった。

 ふとフィリップの視界に、そんなフェリオの胸部が飛び込んでくる。

 女体は、9~10歳辺りから、成長を始める。

 子供体型であるフェリオの体型年齢は、10歳だ。

 よって、フェリオの胸部は小さくはあるが、ぷっくりと僅かな膨らみが確認出来た。

 これに、フィリップは赤面を覚える。


「とっ、とにかくリオ、着替えておいで!!」


 慌てて彼は、視線を逸らす。


「クス。うん、そだね。着替えてくる」


 子供ながらもフェリオは、嫣然と微笑んでからベッドを降りると、成人体型の衣装を引き摺りながら部屋を後にした。

 それを確認してから、フィリップは胸を撫で下ろすのだった。

 肉体がまだ子供であれ、精神年齢は19歳である事を、この時は忘れてしまっていた。


 


 お互い、着替え終わったジェラルディン兄妹がダイニングルームに行くと、もう既に料理を作り終えたショーン・ギルフォードが、それらをテーブルに並べているところだった。


「おや。もう満月から三日が経過してましたか。すっかり普段通りの自分に戻りましたね。フィルにリオ」


「うん。ショーンこそ、今日も美味しそうな朝食を作ったね! 勇者兼シェフ!」


「レオノールは、まだ来ていないの?」


 フェリオの言葉に、笑みを浮かべるショーンへと、フィリップが尋ねる。


「ええ。全ての食事を並べてから、起こしに行こうかと」


「昨夜はレオノール、すっごくお酒を吞んでたもんね」


 苦笑するフィリップ。

 しかし、このタイミングでレオノール・クインが、姿を現した。

 ドア枠に凭れかかり、片手を頭に当てている。


「おや。おはようございますノール。やはり、二日酔いですか?」


 ショーンの言葉に、レオノールは青褪めた顔で、投げやりに答える。


「ああ……あったま痛えぇぇぇ……っ」


「そんな事だと思い、二日酔いに効果があるドリンクを作っておきましたよ」


 ショーンは言って、テーブルに置いていたタンブラーをテーブルを挟む形で、彼女へと差し出した。


「サンクス」


 レオノールはそれを受け取ると、チビチビと口にする。


「……ぅめぇ。すっげぇスッキリする」


 言うやレオノールは、その中身を一気に飲み干した。


「さぁ、では、揃ったところで、朝食にしましょう」


 ショーンは彼女の反応に満足した様子で、爽快に微笑んだ。


 メニューは。

 ・発酵豆と青菜の和え物。

 ・白根菜と貝のサラダ。

 ・芋と魚卵の和え物。

 ・白身魚の海草巻き。

 ・肉の缶詰と玉根のドレッシング和え。

 ・魚肉揚げと青菜の串焼き。

 ・海草の炒めナムル。

 ・揚げ物の青菜チーズ焼き。

 ・葉物と燻し肉の炒め物。等々。


「いただきます」


 挨拶もそこそこに、猛然と朝食に在り付くフェリオ。


「最近は、どれだけ食べればリオが満足するのかの分量が、計れるようになりましたよ……」


「さすがシェフだね。ショーンは……」


 ショーンとフィリップは、口元を引き攣らせながら言葉を交わしあうのだった。





 日を増すごとに、この幽霊船もフェリオ達の手によって、どんどん綺麗になっていった。

 裏人格は、デッキで寝てばかりだったが、主人格は率先して船内の掃除に取り組んだ。

 掃除は半ば、フィリップの趣味でもあったからだ。

 ショーンは、釣りに勤しんでいた。

 大食らいのフェリオの為に、少しでも多くの食料を入手しておきたかった。


「昨日の嵐が嘘のように、晴れ渡ってるなぁ」


 ある程度、掃除を終わらせたフィリップが、デッキへと出て来た。


「海の天候は変わりやすいですからね」


 これに、ショーンは釣竿を手に答える。


「ショーン。君に渡したい物があるんだ」


 フィリップは言いながら、デッキの縁に胡坐を組んでいる彼へと、歩み寄った。


「渡したい物、ですか?」


「うん。これなんだけど」


 言うとフィリップは、懐から何やら取り出してみせる。

 それは、エメラルドグリーンの親指大くらいをした涙型の、石だった。


「裏人格がね。自分が渡すのは恥ずかしかったみたいで、だから僕から」


「これは……英雄の大剣用の、パワーストーン……?」


「うん。風の魔法が宿ってる」


 フィリップは微笑んでみせると、ショーンの手の中にポトンと落とした。


「ありがとうございます、フィル……! とっても嬉しいですよ。では、早速大剣に……」


 ショーンは、船の縁から降り立つと同時に突如、竿が引いた。


「おっと! これは大物ですよ! リオの為にも、決して取り逃がさないでくださいねフィル!」


「えっ! えっ!? 僕が釣り上げるの!? そんな無茶なぁ~!!」


 ショーンから、竿を託されたフィリップは、必死に魚と格闘するのだった。




「これって……」


「マジかよ……」


 その頃、フェリオとレオノールは船底まで降りて来ていた。

 そんな二人の目の前に広がっている光景に、同様、目を疑った。

 そこには、船全体の広さ分の、だだっ広い“海”があったからだ。

 船の振動に合わせて、波が発生している。

 白い砂浜に、ヤドカリが横断していた。


「スゲー! スゲー! スゲー!!」


「信じらんない! 信じらんない! 信じらんない!!」 

  

 興奮し、大はしゃぎするレオノールとフェリオは顔を見合わせると、ニンマリとほくそ笑んだ。

 

「泳いじゃお!」


「おう! 泳いじまおう!!」


 言うや否や、衣類を脱ぎ捨て素っ裸の姿で、海水へと二人は飛び込んでいた……。



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