story,Ⅸ:与えられし試練
フィリップ・ジェラルディンの詠唱後、突如周囲は濃い霧に包まれる。
1mどころか、50cm先すらも見えなくなる。
「また霧ですか。一体どういうつもりです? フィリップ」
だがしかし、彼からの返事はない。
「……? リオ、ノール。そこにいますか? いたら返事をしてください!」
ショーン・ギルフォードは、少し大きめな声で二人の女性の名を呼ぶ。
しかし、返ってくるのは沈黙だけだった。
今、彼は別空間に移動しているのだ。
フィリップが、展開した事によって。
気を高めて、周囲を窺うショーン。
すぐに抜刀出来るよう、背負っている大剣の柄を掴む。
2、3歩と、慎重な足取りで進んでみたが、今しがたまで何一つ見えなかったのが、ユラリと楼閣らしき建物が見えてきた。
「……?」
ショーンは眉宇を寄せる。
妙だ。
ここは確かに船の上。
どうしてこのような建物が見えるのか。
考えあぐねた結果。
船が接岸したのだとの結論が、ショーンの脳裏に浮かんだ。
「ノール! リオ! フィリップ! みんな、そちらにいるのですか!?」
しかし、やはり返事がない。
緑色の壁に、朱色の柱や窓枠。
一歩、また一歩と近付くにつれ、楼閣内から賑やかな声が聞こえてきた。
ショーンは楼閣の前に立つと、ゆっくりと戸を押し開けた。
朱色の戸が、静かに開く。
すると中には、数人の男女がご馳走を前に賑わっていた。
そして、ショーンに気付いた一人のふくよかな中年の女が、短い歩幅ながら足早に彼の元へとやって来た。
「ま~あ、まぁ! お客人! お一人で一体何をなさっておいでです? さぁさ、中へお入りくださいませ!!」
女に招かれるまま、ショーンは無言のままおそるおそる中へと足を、踏み入れる。
女から誘われるまま、土間から二段高くなっている座敷へ靴を脱いで上がり、座卓になっているテーブルを前にしてショーンは直に、座席へ座る。
座卓の上には、温かいお茶が置かれていた。
少々喉が渇いていた彼は、一口だけそれを口に含み飲み込んだ。
そのタイミングで、ふいに彼はまた頭痛に襲われた。
こめかみに手を当てて、顔を顰めるショーン。
すると隣にいた男が、ふとショーンの左手を覗き込んだ。
「おやおや。これはまた、立派な大剣ですな!」
ショーンが座る時に、大剣を背負ったままだと邪魔になるので、左手側に置いたのだ。
「旦那ぁ~! 旦那は一体、何の職業なのです?」
その男が更に、尋ねてきた。
「……私は……私はただの、剣士です」
半ば苦悶の表情ながら、他人に見せまいと少し顔を伏せてから応える。
「ほぅ!? 剣士! 剣士様でありますか! 随分また、謙虚な!」
「いえいえ……そんなことは」
「まぁ、何にせよ、ここで寛がれると良い!」
男は言うと、パンパンと手を二回、拍子を鳴らした。
すると奥から、四人の小童が姿を現した。
「その大剣をこちらへ」
「お運びします」
「丁重に扱いますゆえ」
「お預り致します」
そうして、英雄の大剣へと四人の小童達が、手を伸ばしてきたが。
「──結構」
ショーンはその一言を述べ、大剣を自らへと引き寄せた。
「これは、命の次に大事な物なので」
「しかしながらお客人。酒の飲み交わす席で、こうした危険物を側に置かれちゃあ、困る。お帰りの際には、必ずお返し致すゆえ」
男の言葉の後、改めて小童達が大剣へと、手を伸ばしてきた。
「……」
ショーンはついには黙って、その様子を見守った。
四人の小童達は戸惑う事無く、真っ直ぐ英雄の大剣に手を伸ばし、そして触れた。
直後──バチン!!
大きな音と共に、小童達の手が大剣から、弾かれた。
「ギャッ!!」
四人は短い悲鳴と共に、手を素早く引っ込める。
「……ふ~ん……」
これにショーンは、頭痛を一旦意識の中へと押さえ込んでから、胡坐を掻いたまままじまじと、その小童達を眺め回した。
小童の、白目のない黒々とした目。
「……この大剣は……触れる者を選ぶ。どうやらあなた方は……人間ではありませんね?」
すると、一瞬周囲がざわついた後、突如その場にいた皆がショーンへと、飛び掛ってきた。
ショーンは大剣を掴んで、勢い良く立ち上がって一番近くにいた男の方から横一線に、斬り払った。
しかし、手応えがない。
「……!?」
胴を払われ、切り離されたはずの傷口から靄が立ち昇り、上下からにと絡まると何事もなかったように、くっつく。
ショーンは確認の為、再度、次は大剣を振り回して男女小童とを斬り裂いていった。
だがやはり、みんなの傷口は同様に塞がり、くっついていくではないか。
「大剣が効果ないとなると……仕方ありませんねぇ」
ショーンはウエストポーチをまさぐると、一枚の魔法札を取り出した。
「“シルフのそよ風”」
ショーンは魔法札を、頭上に放った。
すると風が巻き起こり、その靄で形取っていた男女小童は虚しくも、散り散りに掻き消えてしまった。
そしてふと前方を見ると、奥の方から見覚えのある人影が近付いて来た。
数にして、三人。
目を凝らして見ると、どうやらフィリップ、フェリオ・ジェラルディン、レオノール・クインだった。
一瞬、先程の偽者を疑ったが、何か違和感を覚える。
それは、楼閣の壁の向こうの景色だったからだ。
しばらくすると、壁が歪んでまた普通の壁に戻り、三人の姿が見えなくなった。
ショーンは、楼閣の外へ出ようと自分が入ってきた戸へ、引き戻ったが。
どこまでも続く、長い壁。
戸らしき物は、どこにも見当たらない。
緑の壁に、朱色の柱。
この異国情緒漂う建物の中に、ショーンは閉じ込められてしまっていた。
隈なく壁を調べても、何かの仕掛けがあるわけではない。
ショーンは頭痛を抱えたまま、嘆息を吐く。
だがここで、またずうっと奥の壁が歪んだかと思うと、まるでスクリーンのようにどこかしらの景色が浮かび上がる。
それは、胡坐を掻いてこちらを窺っているフィリップと、デッキから海原を眺めて何かを語らっているフェリオとレオノールの姿だった。
きっとこの、壁に生じた歪みに飛び込めば、外へ出られるのかも知れないと思ったショーンは、脱兎の如く駆け出した。
そしていざ、その歪みへと飛び込む瞬間、歪みは消え緑色の壁に戻ってしまった。
強か壁にぶつかるショーン。
ドッと床に落下する。
しばらく、そのまま倒れていたがショーンはゆっくり立ち上がると背負っていた大剣の柄を、ギュッと握った。
そして、八つ当たりよろしく大剣で緑色の壁を渾身の力で、右袈裟懸けに斬り付けた。
すると、視界が開けて空間が変貌する。
──気付くと、船のデッキに、彼はいた。
いつの間にか、頭痛も治まっている。
「あ。ショーンだ」
「戻ったかショーン!!」
これにフェリオとレオノールが声をかける。
「私は一体……?」
キョトンとするショーン。
すると背後から、フィリップに声をかけられた。
「これは俺からお前への、腕試しだ。これを以って、お前を勇者と認める」
振り返ったショーンの目の前には、4m程のハマグリが殻を開いた状態でパックリ二つに切断されて、転がっていた。




