story,Ⅳ:夜の魔女
「凍れ、氷結拷問」
ショーン・ギルフォードの言葉を無視して、フィリップ・ジェラルディンは引き続き氷系大規模攻撃魔法を、アジ・ダハーカへと仕掛ける。
空気中の水分が凍え、集結するとアジ・ダハーカを包み込んだ。
「ヤッタ! 凍らせた!!」
フェリオ・ジェラルディンが、喜びを露わにする。
だがしかし、喜びも束の間突如、アジ・ダハーカの全身が赤く輝き始める。
「ム……? これは」
フィリップが、眉宇を寄せる。
アジ・ダハーカの亀裂の入っている皮膚の紅いラインが、激しく輝き始めたかと思うと、そのまま炎を噴出させアジ・ダハーカの全身が灼熱のマグマに包まれた。
見る見るうちに、アジ・ダハーカに凍り付いていた分厚い氷が、内側から解け始める。
その間、フェリオがブツブツと呟いていた。
「過ぎ行くままに貫き通し消滅せよ──光質砲撃」
集結したカラフルな光が光線となって、フェリオの手の平からアジ・ダハーカへ撃ち放たれた。
するとこれに、真ん中の金眼頭が反応した。
カッ!! ──と黄金の光が口から放射され、フェリオの光線とぶつかり合ったかと思うと、彼女のプリズムキャノンを押し戻していく。
アジ・ダハーカの全身を覆っていた氷は、すっかり解凍されている。
「ヤバイ! ヤバイヤバイヤバイ、フィルお兄ちゃん!!」
「このままでは、自滅だな……」
フィリップは、背後からフェリオの手を握ると、魔力を注入する。
しかし、それでもアジ・ダハーカの光線は押して来る。
「ノール。それぞれあの真ん中の、眼を狙いますよ」
「了解」
そうして二手に分かれると、床を蹴って二人同時に大きく跳躍し、ショーンは左眼を大剣で突き刺し、レオノール・クインは穿いている赤いロングブーツのハイヒールを、蹴りと共に右眼へ突き刺した。
「ヌグアアァァァァーッ!!」
アジ・ダハーカの真ん中の頭が、大きく空を仰ぐ。
その拍子で光線が、フェリオのプリズムキャノンを暴発させた。
「わぁう!!」
「──クッ!!」
フェリオとフィリップが、大きく吹き飛ばされる。
そして、船内の通路の床の上へと兄妹は強か、叩き付けられた。
しばらく動けない二人。
「う……っ、ぅぅう」
呻き声を洩らすフェリオへと、レオノールが駆け寄る。
「大丈夫かリオ!?」
「ん……、何、とか……」
フェリオは言いながら、頭を持ち上げると匍匐前進で1m先の、フィリップの元へ向かう。
「お兄ちゃん……フィル、お兄ちゃん……大丈夫……?」
だがしかし、フィリップは気絶してしまっていた。
「魔攻だと、対抗魔法で反撃される……レオノールの打撃は、アジ・ダハーカの体内中の害虫で衝撃が吸収される……斬撃はその害虫を放出される……何か、何か他に、ないでしょうか……」
ショーンが、顎に手を当てながら通路内を、行き来しつつ思案している。
「フィリップ……打ち所が悪かったのかも知れないな……」
レオノールは言うと、その場に置いていた荷物の中を、探る。
そして聖水を取り出すと、スポイト一回分を吸い上げてから、フィリップの口内にゆっくり注ぎ入れていった。
一方、ショーンがいつの間にか、アジ・ダハーカと奮闘を開始していた。
試しに、アジ・ダハーカの首を狙い真ん中の頭へと、斬りつける。
しかし、やはりそこからも害虫がゾロリと、湧き出てきた。
どこかに必ず、害虫がいない箇所があるはずだと、ショーンは手当たり次第斬りつけていく。
辺り一面、害虫だらけになった足元を、ショーンは開き直ってグシャグシャと踏み付けていく。
すると、アジ・ダハーカは左右の頭を廻らせると彼の左腕を左頭が、右腕を右頭が背後から噛み付いた。
それぞれの牙は、眼と同色だ。
左右の頭が、正面へと戻した為にショーンは、足がぶら下がった十字張りになっていた。
「!? ショーン!!」
レオノールとフェリオが、同時に声を重ねる。
すると、左側の青眼頭の青色の牙が、ショーンの左腕をジワジワと凍らせ始めた。
そして、右側の緑眼頭の緑色の牙はかまいたちを放って彼の体を浅めにジワジワと刻んでいく。
それでも、どちらとも痛みを伴う。
「くぅあああぁぁぁあああっ!!」
ショーンの悶絶に、レオノールがアジ・ダハーカへと駆け出す。
「俺の男にぃっ! 手を出すなああぁぁぁぁぁーっ!!」
そして大きく跳躍すると、宙で体を上下反転させ両足を揃えた。
「喰らえ! ファイナルショット!!」
レオノールは真っ直ぐに、左頭の下顎へと蹴りを炸裂させた──それどころか、深々と左頭の下顎をめり込み、しまいには頭部からレオノールが飛び出してきて、左頭の脳内を貫通させてしまった。
我が身、銃弾の如しの攻撃に、さすがのアジ・ダハーカでもこれには堪えて、ダラリと頭を垂れた。
これに驚愕したアジ・ダハーカが、ショーンから口を離した為、彼は体勢を整えて床板に着地する。
左腕は凍りつき、体中は傷だらけだったが。
「……どうやら、頭部には害虫が存在していないようですね……叩くなら、アジ・ダハーカの頭ですよ」
一方、フェリオは聖水のおかげで意識を取り戻したフィリップに、膝枕をしていた。
「お兄ちゃん、大丈夫……?」
「ああ……最悪だ。全身が鉛のように重い……」
フィリップは、気だるそうに小声で答える。
聖水は、戦闘不能回復と少量のみ体力を回復するのだが、どうやらフィリップには足りなかったようだ。
「そう思って、用意しておいた。はい。プロテイン」
プロテインは体力と魔力を全回復させる、バー型のクッキーだ。
「ああ……」
フィリップは、妹からそれを受け取ると袋を開けチビチビと、齧り始めた。
その頃、アジ・ダハーカは右側も、レオノールによって潰されていた。
残ったのは、真ん中の頭部だけだ。
ところが、真ん中の頭がこの間にすっかり両眼を再生させていて黄金の両眼を、眩いまでに光らせた。
すると、足元に散らばっていた害虫達が左右の頭へと、集結していくではないか。
「ま、まさか……」
ショーンが息を呑む。
彼の予想通り蟲達は、レオノールが全身を使ってまで穴を開けた傷口を、どんどん埋めていくではないか。
先に復活したのは、左頭だった。
「何だよこいつ!! まさか死なねぇのか!?」
レオノールが驚愕する。
ショーンは自分自身ので血塗れに、レオノールはアジ・ダハーカので血塗れになっていた。
ショーンに至っては、左腕が凍っているのだ。
フィリップは、もう上半身を起こせるくらいに回復していた。
よってフェリオは、立ち上がり参戦する為にデッキへ戻ると、二人の様を見て仰天した。
「レオノール! ショーン!! ……よくも、よくも二人をこれ程まで!!」
フェリオは我を忘れるくらいに怒りを覚えると、グッと拳を握って完全復活したアジ・ダハーカを睥睨した。
そしてボソボソと、何かを呟き始めた。
「汝、気高き者。そして試練与えて選別しす者。今こそ現れ出でて、迷わせよ。夜の魔女──リリス!!」
兄、フィリップに言われる事なく自らの意思で、それでいて無意識にフェリオは召喚霊を呼び出す詠唱を口ずさんでいた……。
フェリオ・ジェラルディンの黄金の双眸が、カッと光ると共に、紫色の灯火が螺旋を描くようにポツポツポツと出現した。
そして、ウフフと言う微かな笑い声の直後、その灯火が掻き消えた。
代わるように姿を現したのは、長い黒髪に紫色の蛇体の下半身、蝙蝠の羽に黄金の眼をした姿の女だった。
「リリス、お願い」
『承ろう。代償に、平常心を頂く──』
リンとした声でリリスは、フェリオと言葉を交わすと、頭を大きく後ろへと振るった。
直後、漆黒だったリリスの髪が、金色に輝き始めるとリリスは蛇体の下半身を大きくうねらせて、アジ・ダハーカの全身を締め上げた。
そして、アジ・ダハーカの真正面へとリリスは顔を接近させると、甲高いけれども心地良い歌声のような響きを、発した。
『アー……!!』
暫しの沈黙、シュルシュルとした動きでリリスは、アジ・ダハーカから蛇体を解いていくと、再び紫の炎となって姿を消した。
気が付くと、アジ・ダハーカの三つの頭は互いに噛み付いたりして、自分自身へと攻撃を始めていた。
「これは一体……どうしたこった?」
レオノール・クインが、全身に付着したアジ・ダハーカの血をタオルで拭い取りながら、顔を顰める。
「おそらく、混乱魔法をかけられている。ショーン、こいつの皮膚を切り裂いて中身の害虫を、外に出してみろ」
すっかり回復したフィリップ・ジェラルディンが、彼へ命令する。
ショーン・ギルフォードは、全身に受けた傷の痛みを堪えつつ、大剣を真横一文字にアジ・ダハーカの胸部を切り払ってから、急いで後退する。
彼が切り開いた傷口から、有象無象と害虫が溢れ出る。
「うげげげ……相変わらず気持ち悪い!!」
フェリオは顔を顰めながら、内心、“こんな時こその肝心な殺虫剤を持ち歩いていないなんて”と9年前の川原でのことを思い出していた。
しかし、どうも様子がおかしい。
アジ・ダハーカが、苦しみもがいているのだ。
よくよく見ていると、外へ溢れ出た害虫達が、母体である筈のアジ・ダハーカ本体へ群がって、その肉を喰らっているではないか。
おそらくは、内側からもアジ・ダハーカは害虫から喰われているようだ。
「リリスによる混乱にて、害虫らにもしっかり影響を受けていると見える」
フィリップが、落ち着き払った口調で述べる。
「放っておいても、勝手に自滅する」
兄の言葉を確認するや、フェリオは通路に引っ込んでいるショーンの元へと歩み寄る。
「少し熱いかも知れないけど、この左腕の氷を溶かす為だしプラマイゼロで大丈夫だと思うから、安心してね」
そう言うとフェリオは、ショーンの左腕に小規模効果の炎系魔法札、“火トカゲの悪戯”を貼り付けた。
今のフェリオは成人体型の為、黒魔法は使えないのだ。
すると、拳くらいの炎が出現し、ショーンの左腕の氷の上を這っていく。
ジュワジュワと、炎が通過した後は氷が水となり、水の膜のおかげで彼は火傷する事もなく氷は消滅した。
次に“ウォーターライト”なる魔法で、ショーンがアジ・ダハーカの右頭が放ったかまいたちによる全身の傷を、治癒していく。
「ショーン! プロテインだ。受け取れ!」
レオノールが少し離れた所から、体力・魔力共に全回復するクッキーバーを投げてよこす。
それを受け取るとショーンは、ニッコリ笑顔を見せた。
「ありがとうございます。ノール」
これに刹那、頬を赤らめるレオノール。
フィリップは、通路のドアの向こうのデッキにいるアジ・ダハーカの様子を見に行くと、その肉体は害虫によって食い尽くされ、すっかり骨だけになっていた。
いや、よく見ると眼球とカラフルな牙が転がっている。
とても高価な素材になりそうだ。
だがしかし、標的を失った害虫らは、今度は通路にいるフェリオ達の元へ向かってきたではないか。
これにフィリップは、悠然と落ち着き払って言った。
「漆黒に燃えろ──闇の業火」
そうしてパチンと、指を鳴らした。
すると床を這うようにして、黒い炎が次々と害虫を呑み込んでいくと、すっかりこれらは消えていなくなった。
今度は、この船内で最後に残されている場所は、船長室だ。
「次も、何かいると思う……?」
「まぁ……油断しねぇ事に越したことはねぇな……」
フェリオから、腕にしがみつかれながらレオノールも、慎重に目前のドアへと近付く。
ショーンは、周辺のデッキを見回っている。
アジ・ダハーカの眼球と牙は、しっかりレオノールが荷物の中へと回収済みだ。
そんな中、背後から女二人を追い抜いたフィリップが、平然とドアを開け放った。
これにギョッとする、フェリオとレオノールだったが。
「……宝物庫化しているのか。ここは」
言うとフィリップは、何かをまたいだり踏み越えたりして、室内の奥へと進む。
その度に、ジャラジャラと音がする。
これにレオノールが、目を見張った。
そこには、金銀銅のコインや食器類、アクセサリー等々が、積み上がっていた。
「これ……ボクは全部、レオノールにあげるよ」
唐突に、フェリオが彼女へと声をかけてきた。
「え? 何でだ??」
キョトンとして彼女へと顔を向ける、レオノール。
「だってホラ……この“輝夜の嘆き”の50000ラメー……」
「ああ……これだけありゃあ、軽く50000ラメーなんぞ余裕で超える。もうこれでチャラだ。気にすんな。これはみんなの物だ」
「え……?」
申し訳なさそうな表情が、戸惑いに変わるフェリオ。
「俺はお前ら兄妹のことが気に入ったってこった。今後とも、仲良くしようぜ!」
満面の笑みで、レオノールはフェリオへと顔を向けた。
「レオノール……!! うん!! うん!! ありがとう!! わぁ~い!! レオノール大好き~!!」
フェリオは、涙目で喜びを露わにすると、レオノールの逞しい筋肉質の体に抱きついた。
そうして女同士、はしゃいでいると、ガシャガシャと音が響いてフィリップが室内の奥から戻ってきた。
「次の行き先は、モクレンだ」
そう言ってきた兄の手元を見るフェリオ。
「ん? 何これ??」
「さぁ。知らんが便利な物は確かだ」
フィリップは素っ気なく答えて、フェリオへそれを渡す。
それは、航海ナビゲーションを記した、タブレットだった。
画面は、全世界地図を映し出している。
今のこの船は、クローバー大陸とベジタブル大陸の間の海路を、進んでいる事を青色の点で表示されている。
今フィリップが述べたモクレンは、クローバー大陸の最北にある入り江の先にある、町の名前らしかった。
「モクレン……レオノール、行った事ある?」
「あ、ああ。まぁな」
そう答えたレオノールはしどろもどろで、ふと思い出したように彼女はデッキのショーンを呼んだ。
「おぉーい! ショーン! 次の目的地はモクレンだとよー!!」
しばらくすると、ショーンが姿を現して、船長室へとやって来た。
「モクレンですか! 私はラズベリー様の護衛で、行った事がありますよ!」
「じゃあ、お前の方がこの中では詳しいな。案内、よろしく頼む」
フィリップに言われて、ショーンは笑顔で首肯した。
「了解しました」
「ところでショーン。俺はそろそろ、お前を試そうかと考えているのだが」
「何をです?」
無表情のフィリップの発言に、キョトンとするショーン。
「今から俺が召喚するモンスターを、倒してみろ」
「え!?」
「何だと!?」
フェリオとレオノールは、驚きを露わにする。
だがフィリップは彼女らを無視して、彼の返事も聞かずに詠唱を始めた。
「その大きさたりや巨大なもの。蛟龍の仲間にして龍の眷族。我の声に答え給え。幻視の世界を授けし者よ現れ出でよ!──」




