story,Ⅲ:弱点なき者
「しかし、おかしいですね。廃墟したホウセンカ村では、ゴースト相手でも平気そうでしたのに」
フェリオ・ジェラルディンの反応に、ショーン・ギルフォードが疑問を口にする。
「いや。それでも最初は、お化け屋敷みたいだとビビッてたぜ。リオは」
レオノール・クインが、これに答える。
「確信だ」
「え?」
フィリップ・ジェラルディンの一言に、レオノールとショーンが彼を見る。
「リオは、場所と存在と雰囲気で確信した条件が揃った時、それが恐怖となる」
「成る程。確かにあの時は、まだ昼間で天気も良く明るかったしな」
「こんなあからさまに、大掛かりなお化け屋敷という感じでも、ありませんでしたしね」
三人が語り合う中で、フェリオはまるで威嚇する猫のように、フーフー言っている。
「とにかく、こうしていても仕方ねぇ。雨も止みそうにねぇから、ひとまず船内に──」
「ここで遭遇したのが運のつき。この船を、乗っ取るぞ」
レオノールの言葉を遮って、そう言ったのはフィリップだった。
「──えっ!?」
ギョッとする、レオノールとショーン。
「この船を頂戴すると言ったのだ。どうせ持ち主はいやしない」
驚愕した様子の二人へ、フィリップは一瞥してからニッと不敵に笑って見せた。
まぁ、どっちにしても、もうボートは乗り捨ててしまった。
嫌でも、この船で海を渡るしかないのだ。
レオノールとショーンは、お互い目を合わせると嘆息を吐くのだった。
甲板にて、改めて足を踏み出すと、先ほど以上に板が大きくギィと叫んだ。
小降りになって、雨音が静かになってきたからというのも、あるだろう。
これにフェリオが、ビクンと飛び上がり、呻り声を洩らす。
「ゥウウウウゥゥー……ッ!!」
「ん……?」
フィリップが、濃い霧の中で再度、何者かの影と気配に気付くと、足を止めるや口走った。
「風の気まぐれ」
すると、円を描くように風が船上を、吹き抜けた。
辺りを包んでいた、真っ白な霧が巻き上げられ、掻き消える。
その時、そこで蠢いていたのは。
『あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛』
腐敗した死人──ゾンビだった。
しかも、一人ではない。
ザッと見積もっただけでも、軽く10人以上はいる。
吹き抜けた風が、腐臭を運んでくる。
その臭いを嗅いだだけでも、喉の底から胃袋の中身がせり上がってくる感覚を覚え、咄嗟に鼻と口を片手で押さえずにはいられない。
よくよく見ると、蛆虫がゾンビの腐肉に蠢き、動く度にその振動で湧き出る蛆虫が、ボトボトと落下する。
大きさは、小指の先から第一関節ほどくらいだ。
一番手前にいた、ボロ服を身にまとい片足を引き摺っているゾンビが、ゆっくりと手を伸ばしてきたのだが。
「ぬうぅぅぅぅああぁぁぁぁーっ!!」
何者かの絶叫が轟き渡ったかと思うと、メキャッという鈍い音と共にゾンビの頭が吹き飛んだ。
フェリオが、持っていた──主人格のフィリップの持ち物──杖でゾンビの頭部を渾身の力で、殴りつけていたのだ。
明らかに、鮮血とは言い難いどす黒いドロリとした血が、頭部を失った首から悪臭を放ち溢れ出す。
その一体目のゾンビは、恐怖に駆られたフェリオから倒された。
しかし、そのあまりのグロさから更に、フェリオは絶叫する。
「ギョエエエェェェーッ!!」
「お前……明らかに理性を失ってるな……」
再度、フェリオが自分の腕にしがみついてきたので、レオノールが瞠目しながら口にした。
だがまだまだ、ゾンビは甲板を軽く10体以上はうろついている。
またしがみついてきたフェリオに、気を取られていたレオノールの背後へと、ゾンビが接近してきた。
「ノール! 危ない!!」
ショーンは叫んで、咄嗟に自分の背負っていた大剣の柄を掴んだ。
しかし、次の瞬間。
フェリオに片腕しがみつかれたまま、レオノールはゾンビの頭部めがけてハイキックを繰り出していた。
彼女の赤いロングブーツのハイヒールが、ゾンビの頭部に突き刺さり、そのまま倒れて動かなくなった。
「気持ち悪ぃから、拳は封印な」
レオノールが、サラリと述べる。
「勇ましい限りです──ね!!」
ショーンは、彼女へと答えながら側へとやって来たゾンビを、抜刀した勢いそのままに大剣でゾンビを頭部から縦一直線に、斬り裂いた。
「フン。魔法を使うまでもない」
フィリップは弓矢を構えると、一番遠くにいるゾンビを狙って矢を放ち、見事にその頭部を貫いた。
「この調子で片付けていくぜ!!」
レオノールの掛け声と共に、皆一斉にゾンビへと攻撃を開始した。
「来るなああぁぁぁぁああぁぁぁーっ!!」
フェリオは、相変わらず恐怖心をばねにして、杖でゾンビを滅多打ちにしていく。
「動きの鈍いゾンビは、敵ではありませんね」
ショーンは軽々と、ゾンビを斬り捨てていく。
レオノールも、ハイヒールで同様にゾンビを倒していき、フィリップも次々と矢を放っていった。
こうして、すっかり甲板上のゾンビは全て、片付けられた。
ようやく、船内へと侵入する一行。
フェリオは、またレオノールにしがみついたまま、ビクビクしている。
ドアの先は、五段程の階段になっていてその先は、真っ直ぐに廊下が伸びている。
幅は2m程。
その両脇には、左右それぞれ五つ、合わせれば十のドアが並んでいた。
ひとまず、一番最初の身近にあるドアを、フィリップが警戒もせずにあっさりと開けた。
すると中には、一体のスケルトンがいた。
スケルトンは、手に持っていた片手剣を振り上げて来たので、フィリップはドアから離れる。
弓矢を構えようにも、距離が短すぎた為だったが。
「ヒィィエエェェェェーッ!!」
フェリオが、悲鳴を上げながらスケルトンへと、剣道よろしく杖を叩き込む。
これにより、スケルトンはあっさりとバラバラになって床へと、散らばってしまった。
「……恐怖に支配されているリオは、格段に物理攻撃が上がっていますね……」
ショーンが、半ば感嘆する。
だが、カラカラと音がした為、皆そちらを見るとフェリオがバラバラにしたスケルトンが再度、骨が集まり元通りになっていくではないか。
「ここは私が」
ショーンが早口で言うと、英雄の大剣を構えた。
「──見切り」
そう一言唱えると、素早い動きであらゆる角度から、大剣を振り回す。
フェリオの場合、骨の関節部分からバラけていったのだが、ショーンは一本の骨に数箇所も大剣を叩き込んで完全に砕いていった。
そのせいか、もう二度目の復活は、そのスケルトンには不可能になったようだった。
「これは……船上のモンスター退治は手間がかかりそうですね……」
ショーンが、フゥと一息吐く。
「では、省略しよう。リオ。白魔法の出番だ」
フィリップが、フェリオへと声をかける。
しかし。
「あううぅぅうぅ……」
フェリオは脅え、震えていて兄の言葉が全然耳に、入っていない様子だった。
これに、フィリップはツカツカと足早に近付くと、彼女の上腕を掴み自分へ向かせる。
フェリオの顔は青褪め、その美しい黄金の瞳も恐怖で揺らいでいた。
だが、フィリップは気にも留めずに、妹の頬をそこそこの強さでパァンとひっぱたいたのだった。
「いい加減、気をしっかり持て」
「……!?」
フェリオ・ジェラルディンは、叩かれた側の頬に手をあて、状況の理解に苦しんでいるようだった。
「我に返ったか」
「ボクは、一体……?」
フィリップ・ジェラルディンの確認に、フェリオは戸惑った様子だった。
「お前の白魔法が必要だ。全広大範囲で蘇生効果魔法を使え」
「え、あ、うん。えっと……今のボクの魔法レベルで使えるかな……」
暫し、フェリオは混乱しつつも、兄から言われるまま呪文を唱えた。
「我、哀憐す。失われし生よ。然らば求めん。──慈悲深き魂」
フェリオが掲げた杖の先が、白く発光した。
すると、まるで鼓動するかのように、真っ白な光が2~3度瞬いたかと思うと、この船全体を丸ごとその光は包み込んだ。
そのあまりの眩さに、皆両腕でブロックし目を閉じて顔を伏せる。
ソプラノを思わせる音を、光は発している。
まるで、聖なる歌声のようだ。
生きている者には、癒しを与えるような声音である。
やがて、船全体を包んでいた光は、四方八方に拡散して、消滅した。
「どう……なった?」
レオノール・クインが、おそるおそる目を開く。
「……開けていない部屋のドアを開けて、確かめてみましょう……」
言うとショーン・ギルフォードは、左手にある一番近くの部屋のドアを、そっと開けた。
すると中では、おそらく二体いたであろうスケルトンが、バラバラになって崩れ落ちていた。
「今の白魔法は、彷徨える呪われた死せしモンスターを、浄化する魔法だ。勿論、戦闘不能となって死にかけている者にも効果があり、生命力を回復する効果がある。今やもう、お前のレベルなら使用出来るだろうと思ったから頼んだんだ。リオ。これで少しは、バトルが楽になる」
フィリップは言うと、フンと得意気に鼻を鳴らした。
「じゃあ、もう死人とか幽霊系は、いない……?」
フェリオがビクビクしながら、杖を抱き寄せ周囲を見回す。
「お前が魔法をかけたんだろう。お前が信用していなくてどうする」
レオノールは、脅える彼女の肩を優しく抱き寄せる。
ちなみに、レオノールの方がフェリオより2cm程、背が低い。
「では、各部屋をチェックしていきながら、この船を探索していきましょう。おそらくは、ホウセンカ村同様、金銭やお宝が入手出来ますよ」
「お金!?」
ショーンの発言に、突如反応するフェリオ。
「フィルお兄ちゃん!! お金だって!!」
「……お前……それは、主人格の方に効果があるのであって、今の俺には興味はない」
裏人格フィリップは、冷ややかに吐き捨てると、そっぽ向いた。
「何さ! 気取っちゃって!! いいよっだ! ボク一人だけで楽しむから!! 後で参加しても、もう手遅れなんだからねっだ!!」
フェリオは言うと、ベッと兄へ舌を出して見せた。
こうして各部屋のチェックをしていきながら、しっかりお金やお宝を入手して進む。
船体丸ごと、磯場で見かける海藻に侵食され、且つ、所々小さな貝類やイソギンチャク類が張り付き、まるで今しがたまで海中に沈んでいたのではと思わせる、風貌だった。
食堂、シャワールーム、通路等々を通過する中で、サソリやヘビ、トカゲ、カエル、ナメクジ、ネズミ、コウモリといった存在に気付く。
これに、喜びを露わにするショーン。
「この船の至る所に、こいつらがいるんだな」
「確認するに、全てが海生息種の生き物ばかりなので、当然でしょう。ご覧なさい。このトカゲ、とても愛らしいとは思いませんか」
不思議そうな顔をしているレオノールに、アニマル大好きなショーンが手に乗せたイグトカゲを見せる。
手の平サイズの、イグアナとカナヘビが合体したような生き物だ。
「まるで、この船を住処にしているみたいだね」
「そうだとしても、おかしい……」
フェリオの言葉に、フィリップが険しい表情を浮かべる。
「どうかした? フィルお兄ちゃん」
「この“害虫”の数は……あまりにも多すぎる。全員、気を引き締めろ」
フィリップは、三人へと警告する。
「そんな。大袈裟ですよフィリップ。それにこの子達は、害虫ではありません」
「さぁな。その害虫ではない──で、済むのかどうだか……」
フィリップは、船長室に繋がるデッキへ出るドアに手をかけると、三人へと目配せしてから、勢いよく開け放った。
すると、そこにいたのは。
巨大な生き物だった。
こちらへ背を向けていたが、気配に気付いてそれはゆっくりと、体を向けた。
一見硬そうな茶色の皮膚は、所々亀裂が走っていてまるでマグマを思わせる紅色の線が熱を持って、光を放っている。
野太い尻尾は、先端に行くにつれ鱗をまとっていて全体的にその姿は、まるでトカゲとも竜とも見える5m程の巨体。
何よりも大きな特徴は、三つの頭だった。
左から青色、真ん中が金色、右が緑色に輝く双眸。
上顎から大きな牙が、それぞれの眼と同じ色をして、突き出ている。
「ぅわぁ……邪悪感、パネェ……」
「初めて遭遇する、モンスターですね……」
レオノールとショーンが、唖然とする。
その時、フィリップが何かを口走っているのに気付いたフェリオは、そちらへと顔を向ける。
「かの者の情報を与えよ──予知調査」
モンスターからは、レオノールとショーンの影になっていてフィリップが見えにくかったが、彼の手の平に魔法文字が浮かび上がる。
“アジ・ダハーカ。無数の魔術を操り、体内全ては害虫がいっぱい詰まっている”
気が付くと、フィリップの隣でフェリオも、覗き込んでいた。
「フィルお兄ちゃん……こいつ、弱点が……」
「ああ。ないな」
兄妹で言葉を交わし合う。
「コオオオオォォォォ……ッ!!」
それぞれの頭が、威嚇の呻り声を放つ。
「とりあえず──キック! 連続パンチで様子見だ!!」
レオノールが、アジ・ダハーカの胸部めがけて攻撃を繰り出す。
しかし、四つん這いのアジ・ダハーカは前足で、打撃を受けた箇所をポリポリと、掻いた。
「チッ! クソ! こいつ、馬鹿にしやがって!!」
「次は私が行きます! ──ぶった斬り!!」
「ちょっと待ってショーン!!」
大剣を上段に振りかぶったショーンへと、慌ててフェリオが声をかけたがその時にはもう、彼は大剣を振り下ろした後だった。
「──え?」
ザシュッと、肉を切り裂く音がする。
暫しの沈黙。
──の、後。
ワッと傷口から、ゴキブリ、クモ、ムカデ、毛虫、サソリ、ヘビ、ナメクジ等々、あらゆる害虫が湧き出てきた。
ゾワゾワゾワゾワッ!! ──と、鳥肌が立つ一同。
「想像以上に気持ち悪いっっ!!」
フェリオが絶叫と共に、フィリップの背後へ隠れる。
「ヒイイイィィィィーッ!!」
「ぬぉあっ!!」
前衛にいたレオノールとショーンも、大きく後ろへ飛び退く。
「こ、これは……メンタルにもダメージ大ですね……」
「体内にこんなのが詰まってるから、体術が効果ねぇんだ!!」
ショーンとレオノールが、意見を口にする。
「行けフィリップ! ここは魔法攻撃だ!!」
レオノールの掛け声に、フィリップはフンと鼻を鳴らす。
「こいつに魔攻は効かん」
「何だと!? とりあえず何でもいいから、やってみろ!!」
フィリップの返答に、レオノールは更に声を荒げた。
「フン……ならば」
フィリップは立てた人差し指を、アジ・ダハーカへと振るった。
「燃え尽きろ──大爆炎」
すると直後、左側の青眼の頭が反応した。
フィリップが繰り出した、大規模火系魔法が出現したと同時に、同等の水系魔法が口から放射されその炎を打ち消した。
「チッ!まだまだぁ!!」
「フン」
レオノールの引き続きの掛け声に、フィリップは次に砂系の大規模魔法を繰り出した。
「皮膚を削り、肉を裂け──砂嵐」
すると今度は、右側の緑眼の頭が反応して、反撃の風系魔法を放ってきた。
「これはもしかすると、頭脳戦になるかも知れませんね……」
ショーンが、これらの様子を見届けてから、そう静かに呟いた……。




