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story,Ⅰ:教育の成果



 こうして皆が揃った所で、早速ボートがある砂浜へと向かい、途中途中で遭遇する雑魚モンスターを容易く倒しながら、ようやく到着したのは夕刻だった。

 もう空は、僅かながら帳が下りようとしている。


「今日はもうここで、野営をして早朝に出発の方がよろしいですね」


 ショーン・ギルフォードの発言に、フェリオ・ジェラルディンが兄へと振り返る。


「だそうだけど、フィルお兄ちゃんの意見は?」


「ああ。問題ない」


 フィリップ・ジェラルディンは、素っ気なく答える。

 これを確認するや、早々とレオノール・クインは運んでいた焚き木を降ろして、火起こしに取り掛かり始める。

 フェリオも、バリアを張り始めていく中、フィリップはどっかりとその場に腰を下ろす。

 ショーンも荷物を降ろすと、夕飯の支度を始めていった。

 そうして四人は、砂浜を前にした草原で、一晩過ごした。


 


 翌日。

 四人は木製の七人乗り用ボートに乗り込んだ。


「それで、どこに行くの?」


 フェリオが、誰ともなく尋ねる。


「ひとまず、今まで集めた素材をさっさと売り飛ばして、荷物を軽くしたい所ですね」


 ショーンの発言に皆、同意を示す。


「次は、北を目指す」


 突如、そう言ったフィリップへ、レオノールが尋ねる。


「何で」


「……まだ行った事がないからだ」


 フィリップが、憮然として答える。


「しかし、このボートで北は、過酷過ぎませんか」


 ショーンが口を開く。

 ちなみに、ハイビスカス塔のある、このオリーブ大陸は南に位置している。


「ひとまず、行きながら考える。さっさとボートを出せ」


「相変わらず偉そうだなぁ~、お前」


 レオノールは、軽い口調で述べると、このボートの右オール側に腰を下ろす。

 それを見て、自然とショーンは左オール側へと座った。

 この二人と向かい合うように、フィリップとフェリオは腰を下ろした。

 こうしてボートは、海面を滑るように進行を始め、オリーブ大陸を後にするのだった。


 30分程進んだ頃、ボートと並ぶようにして彩り鮮やかなマーメイドが、姿を現した。


「わぁ……! 見て見て! マーメイドだよ!!」


 フェリオが純粋に、嬉しそうに声を上げる。

 しかし、オールを漕いでいるショーンとレオノールはこれに警戒し、フィリップは無関心に本を片手に視線を落としている。


「あれ? どうしたの? みんな反応薄いね」


 キョトンとするフェリオ。


「気を付けてください、リオ。マーメイドはサメやシャチ同様、凶暴です」


「えっ!? そうなの!?」


 ショーンの説明に、フェリオは驚愕を露わにする。

 そうしている内に、一匹のピンク色のマーメイドがボートの縁に手をかけ、微笑んできた。


「こんなに優しそうに笑ってるのに?」


「罠ですよ。気を付けてください」


 フェリオへ、ショーンが再度、警告する。

 すると今度は、イエローのマーメイドがレオノールのオールに手をかけた。


「邪魔をするな!!」


 レオノールが、怒りを露わにするが、マーメイドは悠然と微笑んでいる。

 次はブルーのマーメイドが、ショーンのオールにじゃれつき始めた。

 否応なしに、ボートの動きは停止させられた。


『遊ぼ、遊ぼ』


『みんな一緒に、水の中──』


『遊びましょう。遊びましょう』


 言いながらブルーのマーメイドが、フェリオへと手を伸ばしてくる。


「あ、えっと……」


 戸惑いを隠せないフェリオ。

 ショーンがこれを防ごうと身を乗り出しかけて、突如鋭い痛みが頭に走った。


「痛……っ!」


 ショーンは、頭に片手を当てる。

 だが、誰も彼の微かな動きに気付く者は、いなかった。

 その間、ブルーのマーメイドの指が、フェリオの手に触れそうになった直前。

 突如フィリップが、一言声を荒げた。


「喰ってやろうか!!」


 これに途端、マーメイド達はキャッと短い悲鳴を上げると、慌てて海中へと姿を消した。

 マーメイドの肉は不老不死の効果がある噂され、人間から狩られる対象となっている。

 それを知っているので、マーメイドも本来ならば滅多に人前には姿を現さない、珍しい存在なのだ。

 フィリップの、鶴の一声でボートを囲んでいたマーメイドは全て、姿を消した。


「サンクス。フィリップ」


 レオノールが、軽く礼を述べる。

 

「助かりましたよ」


 ショーンも、頭痛が一瞬だったので、すぐに普段通りに戻った。

 改めて、再度二人はオールを漕ぎ始める。

 フィリップは、他人事のように本から顔を上げる事はなかった。

 だが、それから15分経った頃。

 突然、三又の(もり)がボートに向かって、飛来してきた。

 これに片手のみにバリアを張ったフィリップが、素早い動きで叩き落す。

 銛が海中に、沈んでいく。

 みんな、レオノールとショーンもオールを漕ぐのをやめて、これに身構える。

 そのタイミングに合わせるようにして、海面から三匹の人型モンスターが垂直に飛び出して来た。

 魚のヒレのような耳、同じく背ビレに、そして魚のような面構えをしている。

 ヌメッとした青い肌をした、モンスターだ。


「人魚の次は、半魚人ですか」


 ショーンが口にする。


「ボートでの水上戦は、やりにくいなぁ」


 フェリオが肩にかかる、ピンク色の長髪を背後に片手で振り払う。

 しかし有無を言わせぬように、一匹の半魚人がまた垂直に海面から、高々とジャンプすると、誰にともなく銛を投げ放ってきた。

 これをショーンが、ボートに座った姿勢のまま足元に置いていた英雄の大剣で、素早く弾き落とした。

 今度は別の半魚人が、水泡を口から吐き放つ。


「ボートだから、安易に立つことも避けることも出来ねぇのが、不便なこったな!!」


 レオノールは、荷物から取り出していた約束の札を、ボートの足元に貼り付ける。

 これにバリアが発生して、ボート丸ごと、包み込んだ。

 おかげで、水泡がバリアに当たると、消滅した。

 気付くと、他の半魚人ががむしゃらに、バリアを壊そうと銛で何度も突いていたが、甲高い拒絶音が鳴るばかりだ。


「お前ら雑魚モンスターが、軽々しく破壊できるほど脆弱なバリアじゃないよーだ!!」


 フェリオは、口元で両手を広げ、舌を出して見せる。

 するとついに、半魚人達は三匹揃って、ボートを力一杯揺らし始めた。


「ヤベェ! こいつら、ボートを沈没させる気だ!!」


 レオノールが、ボートの縁を両手で掴んで、しがみつく。

 彼女は、水恐怖症なのだ。

 攻撃しようにも、バリアが逆に邪魔となっていた。

 バリアは、外からの攻撃には強いが、内側からだと手の平でタッチしただけでも、解除され消滅してしまう。

 しかし、その時だった。


「燃え上がれ、フレイムア」


 冷ややかな声が、呪文を口にしたかと思うとバリアの外で、中規模の炎がボートをグルリと取り巻くように、燃え広がった。

 水面から上半身を出していた半魚人達が、突然の事に忽ち燃え上がるや、海中へと沈んでいった。


「フン。読書の邪魔だ」


 ボートの揺れが収まると、フィリップは何事もなかったかのように再度、魔法書へと視線を落とす。


「あ、ありがと。フィルお兄ちゃん……」


 唖然としながらも、フェリオは兄へと礼を述べた。


「読書中、大変申し訳ないのですがフィリップ。私とノールはこのボートを漕ぐので、あなたとリオの兄妹でモンスター退治をして頂けませんか?」


 ショーン・ギルフォードが、至極当然のお願いをフィリップ・ジェラルディンに頼む。


「……」


 これに、只今絶賛裏人格であるフィリップが、本から視線のみを上げショーンをその赫眼でギロリと睥睨する。


「……お願いします」


 これにショーンが、苦笑を浮かべる。


「フン。まぁ、いいだろう。どうにも見ていると、お前らはバトルが下手なようだしな」


 思わずショーンは反応して、体をピクリと小さく弾ませたが、誰もこれに気付かない。


「バトル中、俺らに任せっきりで自分は余裕かまして何もしない、てめぇにゃあ言われたかねぇぜ!」

 

 まるで、彼の心情が伝心したかのように、レオノール・クインがフィリップへと言い返す。


「……小物相手に苦戦している貴様らを、傍から見ているのが可笑しくてな」


 口角を引き上げて、フィリップは吐き捨てる。


「何をーっ!?」


「まぁまぁ! 落ち着いてレオノール。裏人格のフィルお兄ちゃんにいちいち気を尖らせてちゃ、限がないから無視無視!」


 歯をむき出す彼女へ、両手を突き出してフェリオ・ジェラルディンが宥める。


「……それもそうだな」


 彼女のおかげで、レオノールは冷静さを取り戻した。

 しばらくすると、海面がチャプチャプと三角波を発生させ始めた。


「……何か来るよ。フィルお兄ちゃん」


「気付いている」


 ボートから、海面を覗き込みながら言ったフェリオの言葉に、落ち着き払った口調でフィリップは返事をする。

 鮮やかなブルーだった海の色が、段々と濃くなり黒とも深藍ともつかぬ色へと変化していく。

 だがしかし、空の太陽は燦々と照っていた。

 そのおかげとも言うべきか、四人が乗っているボートを丸ごと影が差し込んだ為に皆、そちらへと顔を向ける。

 するとそこには、真っ黒な壁があった。

 ボートの進行方向から、向かって右手の方だ。

 四人は、その漆黒の壁の存在に疑問を抱きながら、上へと顔の角度を上げていった。

 すると6m程上に、金色の瞳に白目部分が赤い、双眸らしきものが見下ろしていた。


「これは……」


 レオノールが眉間を寄せる。


「人……型?」


 フェリオがキョトンとする。


「海坊主、ですね」


 ショーンが答える。


「ショーンとレオノールは構わず、ボートを漕いでいろ」


 フィリップが冷静に言ってのける。


「おや。さすがはフィリップ。余裕ですね」


 彼の言葉に、ショーンはらしくもなく、チクリと皮肉を口にする。

 だが当人は、気にもせずに口角を引き上げて返答した。


「──当然だ」


 海坊主は、船を狙うモンスターで、その船の大きさに自身の身長も比例する。

 質感も、一見壁と思われるが実際は、影になっている。


「フッ。なめられたものだ。リオ、行くぞ」


「うん!」


 しかし、海坊主は突然動き出したかと思うと、海面を素早い動きで滑走し始めた。

 だが、正面はボートに向けられたままだ。

 そして、両腕を平行に持ち上げたかと思うと、ゆっくりとした動きで上下に揺らし始めた。

 すると、その両腕が蛇のように伸び、ボートへと襲い掛かった。

 激しくボートが揺らされる。


「このままでは、沈没します!!」


 ショーンが声を大にすると、オールから手を離して、ボートの縁にしがみつく。

 レオノールも然りだった。


「俺が奴を捕まえるから、お前は光属性の攻撃魔法を叩き込め」


「分かった!」


 ボートは大きく左右に揺れ、水飛沫が上がる中フィリップは、呪文を唱えた。


「かの者は動き縛られ、囚われし者──闇黒の監獄(ダークネスプリズン)!」

 

 そうして左右に作った拳同士を、中央でぶつけ合わせた。

 すると、そこから黒い球体が発生し、ボートから10m先の海面にいる海坊主へと飛行していき、六角形に形を変えて拡がったかと思うと、その中へ海坊主を取り込んだ。

 即座に次は、フェリオが呪文を唱える。


「今すぐに生贄を捧がん──神聖なる儀式(ホリネスリチュオル)!!」

 

 フェリオは、手に持っていた杖を上から下へと、振り下ろす。

 すると海坊主の頭上に、目が眩みそうな程に真白い空間が出現して、足下へと飲み込むように通過した。

 だが、直後その真白き空間はガラス細工のように、粉々に砕け散った。

 そして、本来ならば消滅すべき海坊主の姿は、まだそこにあった。

 ビキ……ビキビキ──と、海坊主を捉えている漆黒の六角形が、石にひびが入るような音を立て始める。

 フィリップの攻撃系黒魔法は、同じ闇属性などには大きな効果はない。

 海坊主の、囚われになっている六角形の闇から、蛇のように伸びている両手のみが、少しずつ動き始めている。

 だが勿論、この間にショーンとレオノールはせっせとボートを漕いで、前進させていた。


「ホリネスが効かない、か……。ならばリオ。次はプリズムキャノンだ!」


「了解!!」


 兄からの指示に、フェリオは杖を横向きにし、左右の手で平行に持つと呪文を唱える。


「過ぎ行くままに、貫き通し消滅せよ! ──光質砲撃(プリズムキャノン)!!」


 すると、フェリオの目の前に出現した直径2~3m程の黄金色の光の球体が、砲弾の如き物凄い勢いで海坊主をダークネスプリズンごと、貫通した。

 海坊主の異形の体のど真ん中に、大きな穴が開く。

 パリン──と、フィリップのかけた補助系黒魔法である、ダークネスプリズンも刹那、砕け散る。

 海坊主は暫し、前後に大きく揺れていたが、後方でピタリと動きを止めるや突如、前方へと上半身を起こしてボートに向けて両手を伸ばし、先程よりも激しく動かし始めた。


「ヤベェッ!! ボート沈む!!」


 水飛沫を浴びながら、レオノールが必死にオールを漕ぐ。

 ショーンもそれに併せる。


「体の一部に穴が開いた程度では、動きを封じられんのか……」


「完全に消滅させなきゃいけないってことかな!?」


 兄妹は言葉を交わし合う。


「そのようだが、もうこれ以上、お前のレベルに見合った──」


 フィリップの言葉を最後まで聞かずに、フェリオは声を上げた。


「もうこうなりゃ自棄だ! 生ける者へ死の裁きを! ──怨獄惨死(インフェルノ)!!」


 フェリオは大きく揺れるボートに、必死にしがみつきながら杖の先端を、海坊主へと真っ直ぐに向けた。

 直後──パン。……と、海坊主は散り散りになって消滅してしまった。

 暫しの沈黙。

 四人を乗せたボートだけが、余韻を残してゆっくりと左右に揺れていた。


「あ、あれ? ボクがハイビスカス塔で入手した即死魔法が……効いた?」


「お前の兄貴が、スパルタ教育で食料調達とかさせたおかげで、リオのレベルが更に上がったってこったろうぜ」


 レオノールは言いながら、ずぶ濡れではあったが腕で額を拭う。


「成る程。そうか。俺は我が妹を、見くびっていたようだ。よくやった。リオ」


 裏人格は言うや、珍しく微笑をフェリオへと向けた。


「うん……うん! 嬉しいよぅ! フィルお兄ちゃあ~ん!!」


 フェリオは喜び勇んで、兄へと抱きつこうと飛びついたが。


「調子に乗るな」


 フィリップは、フェリオの頭部を片手で抑え込むのだった。


「お兄ちゃんのいじわる」


「ああ。褒め言葉だ」



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