story,Ⅱ:食料調達
「でもさぁ~。ベヌウはパーティの中で、フィルお兄ちゃんが一番最強だとか言ってたけど、本来の──主人格の方のお兄ちゃんに戻ったら、パーティの中で一番最弱になるんだよね……」
ジェラルディン兄妹は、ホウセンカ村へと歩きながら、妹がサラリと述べた。
「その時は、ショーンにでも預ける。あいつは俺様の次に強いからな」
フィリップは、自分の首にかけてあるネックレスの、シルバーブルーに輝く石を指で摘むと軽く転がし、刹那見つめてから、ピンと親指で弾いた。
「ひとまずレベル上げに、遭遇した雑魚モンスターを片っ端から倒して行くぞ」
「え? でもハイビスカス塔で、もうボク達、結構レベル上がったはずだよ?」
「それで満足するな。己の力を習得する為に、雑魚モンスターには犠牲になってもらう」
「……ホント、フィルお兄ちゃんは力にがっつくなぁ」
兄の発言に、フェリオが苦笑しながらそう言ったことへ、彼はサラリと言い返した。
「塵も積もれば山となる、だ」
翌日のハイビスカス塔──。
ショーン・ギルフォードが寝袋にて目を覚ますと、隣で寝ていた筈のレオノール・クインがいないことに気付いた。
「ノール!?」
ショーンは、少し慌てて上半身を起こすと、周囲を見回す。
すると、彼女は彼の背後で筋力運動をしていた。
「よ! 起きたかショーン」
「ええ……もうその様子からすると、病は完治したようですね」
ショーンは安心したように言うと、寝袋から出てくる。
「ああ。看病、ありがとうな。ショーン」
「いいえ。気になさらないでください。愛する貴女の為ならば、いくらでも看病致しますよ」
ショーンは寝袋を片付けながら、さり気なく口にする。
「あ、愛する……って……」
レオノールは、ピタリと運動を止めると、忽ち顔を赤らめた。
「そうやって赤面する辺り、普段は男勝りでありながらも、結構思いの他うぶなのですね。ノールは。そこがまた余計に、とても可愛らしいですよ」
「そ、そんなこと……」
ショーンの言葉に、反抗しようとしながらも更に紅潮し、結局は何も言い返せないレオノールだった。
「さぁ。朝食を終えたら、ジェラルディン兄妹を追いかけましょう」
ショーンは言うと、レオオールの頭をくしゃりと優しく撫でてから、朝食の準備を始めた。
一方、前日の昼下がり。
ホウセンカ村を目の前にしながら、フェリオは兄からスパルタ教育を受けている真っ只中だった。
数体の雑魚モンスター相手に、フェリオたった一人が、相手をしていたのだ。
フィリップは、少し離れた位置で胡坐を掻いて妹のバトルを、見物していた。
今のフェリオは成人体型なので、使えるのは白魔法と白召喚術のみ。
白魔法には、攻撃魔法が特化していないので、物理攻撃である鞭でモンスターとバトルしていた。
ここまで来る間に、遭遇した雑魚モンスターは、この調子で全てフェリオが一人で相手にさせられていた。
やがて三体のワーウルフを倒したフェリオは、その場に大の字で倒れた。
「さ、さすがにもう、いい加減ボク疲れちゃったよ~!」
そんな妹を介護する事無く、フィリップは妹が倒したワーウルフからのドロップアイテムを、拾い集める。
「ふむ。プロテインか。どうやら、そこそこ強いモンスターだったのだな。ワーウルフは」
プロテインは、体力と魔力を全回復する消費アイテムだ。
「今回はこれで良かろう。よく頑張った、リオ。ではホウセンカ村に戻るぞ」
フィリップは妹へ声をかけると、村の方へと歩き出す。
「疲労困憊の妹を介抱もせず、置き去りにするなんて……これも修行の一環ってわけ!?」
フェリオは重い体を起こすと、ヨロヨロと兄の後を追った。
村に戻り、ひとまずプロテインを与えられたフェリオではあったが、最大の問題が一つ。
「あれだけ雑魚モンスターとのバトル漬けだったんだから、めちゃくちゃお腹空いたよぉっ!!」
「そうだろうな。しかし今、我らの荷袋の中にある食材だけでは、お前の腹を満たせないだろう。──狩って来い」
「え?」
フィリップの冷ややかな口調で発せられた言葉に、耳を疑わずにはいられなかったフェリオ。
「己の飯くらい、己で入手しろ。食えそうなモンスターを探して、狩って来るんだな」
「えええーっ! そんなご無体な!!」
「俺は主人格のように、お前を甘やかすつもりはない」
フィリップは言いながら、空き家である室内にあるカセットコンロで、湯を沸かし始める。
「フィルお兄ちゃんは、何を食べるの?」
「カップ麺だ」
「……ボクにはそれだけじゃ、足りないよ」
「だから、肉を狩って来いと言っている」
フィリップは、フェリオに背を向けたまま錆びれたキッチンに立って、カップ麺の用意を始めていた。
「はぁ……ショーンを、ハイビスカス塔に置いて来るんじゃなかった……」
フェリオはぼやきながら、渋々とソファーから立ち上がると一人、トボトボと外へ向かった。
空はもう、夕暮れに染まっていた。
しばらく歩いていると、大トカゲと遭遇した。
「あ。肉」
咄嗟に、フェリオの口から出た言葉が、それだった。
3mもある大トカゲは、フェリオへ威嚇してきた。
「ここでボクに会ったのが運の尽き! ボクの食料になってもらうよ!」
フェリオは、ベルトのフックにかけていた鞭を取ると、スパァンと大トカゲの首元へと鞭を振り下ろした。
「シャアアァァーッ!!」
大トカゲの首元に大きな裂傷が出来たが、大トカゲは流血しながらもフェリオへと、猛進して来た。
「ぅわっ!! ヤバイ! このトカゲめっちゃ足速い!!」
大トカゲから間合いを詰められ、鞭で対処出来なくなったフェリオは、咄嗟に大トカゲから逃走した。
そして近くの木にしがみつくと、必死によじ登る。
すると大トカゲも、鋭い爪でよじ登って来たではないか。
「ウッソ! ヤバイってば!!」
フェリオは、ウエストポーチの中を必死で弄ると、魔法札を取り出した。
「喰らえ!! 青き稲妻!!」
フェリオは、大トカゲに向かって魔法札を放った。
魔法札は、大トカゲの額に貼り付いたかと思うと、中規模の雷が一筋、大トカゲの全身を貫いた。
それは、フェリオと大トカゲが登っている木へも、被害を及ぼす程の威力だった。
大トカゲは白目になり、口から煙を出して木から落下したが、もれなく木も一緒にメキメキと音を立てて、倒壊し始めた。
「わっ! わわっ! わああっ!!」
フェリオは枝から飛び降りると、大慌てで木から離れる。
そんな彼女を追いかけるかのようにして、背後で完全に倒木してしまった。
「ふぅ……危なかった……」
フェリオは立ち止まると振り返り、倒木を目の前に額の汗を腕で拭った。
「でも……ひとまず肉を入手だーっ!!」
フェリオは、飛び上って喜びを露わにする。
そうして、3mの大トカゲの尻尾を掴むと、肩に担いで引き摺りながらホウセンカ村へと戻るのだった。
ゼイゼイ言いながら、戻ってきた妹の姿を目視するとフィリップ・ジェラルディンは、悠然とソファーに身を任せたまま短く声をかける。
「戻ったか」
「おかげ様で」
フェリオ・ジェラルディンも短く答えると、引き摺ってきた大トカゲから手を離して、その場にへたり込む。
「大トカゲか。良い素材にもなるな」
フィリップは、とっくにカップ麺を完食しており、ソファーから立ち上がると大トカゲへと歩み寄った。
「素材を取るついでだ。肉を捌いてやろう」
「うん。もう、お腹ペコペコで力が出ない……」
フェリオは四つん這いでソファーへ向かうと、その上に転がり込んだ。
「俺は、ショーンのように洒落た料理は作れんが、焼くだけなら可能だ」
「もうそれでもいい。食べれるのなら」
フェリオは力なく、兄へと答える。
こうして、大トカゲから皮と爪と牙を素材として入手すると、鮮やかな手つきでフィリップは、大トカゲの肉を捌いた。
主人格では、とても不可能な芸当だ。
フィリップは、それをミートチョップに切り分けると、塩コショウを振って焼き始める。
すると、何やらサイレンのような音が響き渡ったので、フィリップは怪訝な表情で顔を上げると、フェリオが露出している腹に両手を当てていた。
「ごめん。今のボクのお腹の音」
これには、さすがに普段は冷静沈着である裏人格のフィリップではあるが、思わずクツクツと喉を鳴らして苦笑するのだった。
一時間後──。
そこには最早、大トカゲの骨の残骸しか残っていなかった。
「あー! 生き返った!!」
3mもの大トカゲ丸ごと、一人で平らげたフェリオにも関わらず、少ししか膨らんでいない腹を擦って、満足げに口にした。
フィリップは、ランタンの灯りの下、ソファーに横になった姿勢で魔法書を読んでいた。
今現在、裏人格であるフィリップは、攻撃に特化した黒魔法使いである。
「ファ……お腹一杯になったら、眠くなってきちゃったよ……今日は一日中、一人でモンスターとバトルして疲れたしね」
「ならば寝ろ。俺は眠くなるまでこうしておく」
フィリップは冷ややかに吐き捨てる。
「ん……そうする。おやすみフィルお兄ちゃん」
「ああ」
こうして、足元をふらつかせながらフェリオは、ベッドがある空き部屋へと姿を消した。
やがて、フィリップも睡魔を覚えて空き部屋へと足を運ぶと、フェリオとは違う別のベッドで横になり、眠りに就いた。
そして朝──。
「……覚悟はしていたが、やはりか」
目を覚ましたフィリップは、自分にすがりついて眠っている妹の存在に、一人ぼやいた。
「まぁ、ガキよりかはマシだが、な!!」
フィリップは語気を強めると、そんなフェリオを足でベッドから蹴り落とした。
「──っ痛ァ!!」
床に転げ落ちてフェリオは、否応なしに目を覚ます。
しかし、フェリオが顔を上げた時には、フィリップはもう部屋にいなかった。
フェリオがリビングに行くと、フィリップはソファーに身を任せて荷物から、朝食を取り出していた。
「わぁい! ボクも食べるー!!」
喜び勇んで飛びついた妹の頭を、片手で押さえるフィリップ。
「お前のは、ない」
「ええっ!?」
「食いたくば、また外で狩って来い」
「そ、そんな~!!」
フェリオは、ドライソーセージ、チーズ、パンを荷物から取り出す兄の姿を、指を咥えて見つめる。
「……泣き言は、俺には通じんぞ」
「……分かったよ! お兄ちゃんの意地悪!!」
「フッ……俺にとっては褒め言葉だ」
「ベーッだ!!」
フェリオは兄へ、舌を出して見せると腰まで長いピンクの髪を靡かせて、その空き家を後にする。
外に出たフェリオではあったが、そう簡単に食材になるモンスターが都合良く、出現するわけもなく。
──呪いの人形が現れた。
「もーぅっ!! お前なんか食えるかーっ!!」
フェリオは怒鳴りながら、鞭を人形へ向けて2~3度振り下ろす。
呪いの人形は、背丈が60cmくらいで和風なデザインの人形だが、フェリオの鞭攻撃を受けて三ヶ所、その陶器の体に裂傷を作る。
すると、呪いの人形は両腕を持ち上げたかと思うと、突如その黒髪が一気に伸びフェリオへ襲いかかってきた。
「わわっ! わあぁー!!」
フェリオは、その髪から必死に逃げ回りながら、ウエストポーチから一枚の魔法札を取り出した。
「喰らえ! “火トカゲのいたずら”!!」
すると、札はその黒髪に貼り付き、一気に燃え上がり髪を伝って呪いの人形本体まで、火の手を伸ばす。
その炎に包まれて、呪いの人形は燃え上がりやがて、前方に倒れた。
火が収まった時、そこには真っ黒焦げの人形の成れの果てが、転がっていた。
「よしっ! 倒した!!」
呪いの人形は雑魚ではあったが、それをたった一人で相手にするのは一苦労だ。
フェリオが一息吐いていると、今度はその焦げた呪いの人形から、青白い火の玉が浮かび上がってきた。
遺念火だ。
「あーっ、もう!! しつこい!!」
フェリオはもう一枚、魔法札を取り出すと、投げ放つ。
「“水神の滝行”!!」
すると、遺念火の真上からバケツ一杯分の、水が降ってきた。
遺念火は、呆気なく消滅した。
「マズイなぁ……もう魔法札が少なくなってきちゃったよ……レオノールとショーンへ多めに持たせてるし」
その後も、三体の雑魚モンスターを倒した。
「つ……疲れた……しかもお腹空いた……」
フェリオは、すっかり地面にへたり込んでいた。
ひもじそうに顔を俯き、お腹に手を当てていたフェリオだったが、新たな気配を感じると鬱屈そうにゆっくり、そちらへ顔を上げた。
するとそこには、通りがかりのホグフィッシュがいるではないか。
ホグフィッシュとは、猪の姿に背びれがあり尾が魚の水陸両性のモンスターで、普段は陸上で生活しているが敵から逃走する時、水中に飛び込んで身を守る。
見たところ、体重が200kgはあり、フェリオにとっては立派な──……。
「飯ーっっ!!」
途端に残った気力を奮い立たせるや、張り切って鞭を振り回した。
それはまるで、狂喜乱舞するかのように、軽やかなステップでホグフィッシュからの突進を避けながら見事、鞭のみで倒しきった。
フェリオは、自分に力アップの魔法をかけてから、200kgものホグフィッシュの四肢を鞭で縛り、ホウセンカ村まで引き摺って行った。
──「ほぅ。ホグフィッシュを、お前一人で倒しきったか。見事だ」
裏人格フィリップに出迎えられ、村の広場で兄と一緒にホグフィッシュを捌くと、そのままそこで火を焚き、ようやくフェリオは朝食にありついた。
しかし何せ、200kgもの肉なので、さすがのフェリオも朝から全てを食い尽くせず、今後の食材としてフィリップが荷物の中へと保存した。
それでも、自分の体重の倍は食べきった、フェリオであった。
勿論しっかり、素材も入手しておいた。
やがて、正午になった頃、ようやくホウセンカ村にレオノール・クインとショーン・ギルフォードが、元気な姿で戻ってきた。
「レオノール! もう風邪、治ったんだね!」
「ああ。すっかりな! ……ところでリオ。お前どこか逞しくなったんじゃないのか? 成人体型だからか?」
「そりゃ……フィルお兄ちゃんから、スパルタ教育受けていたからね……一人で食材狩り」
ピンクの長髪を背後に片手で振り払い、自信満々に言いながら胸元で腕を組むフェリオの、豊満な胸が弾む。
「そのようですね。この素材を見る限り」
ショーンも苦笑しながら、周囲を見回し口にするのだった。




