表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/172

story,Ⅰ:母の形見




「待って! 待ってってば! フィルお兄ちゃん!!」


 フェリオ・ジェラルディンは、どんどん先へ行くフィリップ・ジェラルディンの後を、必死で追いかける。

 8階から、5階の階段まで下りて来た所で、ようやくフィリップの歩みの速度が落ちる。

 ここでやっと追いついたフェリオは、フィリップのマントを片手で掴むと、もう片手を片膝に突いてゼィハァと息を切らす。

 これにフィリップは、一旦足を止める。

 呼吸を整えるとフェリオは、直立姿勢になって今度は片手を腰に当てると、頬を膨らませて抗議した。


「酷いよフィルお兄ちゃん! ウィンディゴ戦のせいで、まだ病んでるレオノールを置き去りにするなんて!!」


「だからだ」


 フィリップが短く答える。


「え?」


「ここをまだ、完全に制覇してはいない」


 裏人格であるフィリップは、落ち着き払った口調で述べる。

 そして再度、歩き始めるフィリップ。


「それって、どういう意味?」


「ここにはまだ、隠されている場所がある」


「ええっ!?」


 淡々とした兄の言葉に、フェリオが驚愕を露わにする。

 階段は、3階へと差しかかっていた。


「まだ強力なモンスターがいるってこと!?」


「……それをどう決めるかは、おそらくお前次第だ。リオ」


「え? ボク次第??」


 するとここで、フィリップの足がピタリと止まった。

 そこは、剣山の罠がある塔の手前になる、宝箱が置かれていた白亜の塔の入り口側の、横幅70cm程の壁の前だった。


「……? 別に何もないただの壁だよ?」


「言っただろう。隠されている(・・・・・・)、と」


 フィリップは妹へ答えると、片手をその壁に当てた。


「ふむ……これは選ばれた者にしか、通過出来ない封印が施されている」


「封印……?」


「つまり、我々召喚士のみが、この封印を解く事が出来ると言う事だ。少し下がってろ」


 フィリップに言われて、フェリオは5~6歩後ろへ下がる。

 それを確認してからフィリップは、改めてその壁に片手を当てると、ゆっくりと口を開いた。


「目に視えぬ力にて隠されし印よ。我、召喚士の末裔なり。故、封を解く事を認めよ」


 すると、片手より一回りくらいの大きさをした、青く輝く魔法陣が壁に浮かび上がってきた。


「わっ、ホントだ。お兄ちゃん、凄い!」


 フェリオが、彼の背後で驚愕する。

 フィリップは親指の腹を、ガリッと噛み切ると溢れ出た鮮血で魔法陣の真ん中に、逆十字を描いた。

 すると、魔法陣を中心に、まるで水滴が落ちたかのように、波紋が広がる。


「行くぞ」


「う、うん」


 フィリップが、その壁の中をズブズブと入って行く。

 これに慌ててフェリオは、兄のマントを掴むと同様に、彼の後へ続いた。

 ジェラルディン兄妹が壁の中へ姿を消すと、魔法陣は消え、壁も元通りになるのだった。

 

 中には、細くて長い階段が続いており、3階から1階くらいの距離を、兄妹は下りて行く。

 そして、下に到着するとそこは、行き止まりになっていた。


「これも、魔法陣が隠されているの?」


 フェリオは、フィリップを見上げる。


「……言うまでもないと思っていたが、どうやらお前は気付いていないようだから、教えておく」


 フィリップは言うと、背後の妹へと振り返る。


「ここに、お前の第二の召喚霊が、潜んでいる」


「え!?」


「だから俺は、あの二人を置いて来た。召喚士の秘策を、他人に知られる訳にはいかないからな。それに、もう一つ」


 フィリップは、妹の首にぶら下がっているネックレスを、手で掬い取る。


「この指輪の存在の意味は?」


 ネックレスの鎖には、透明の石が嵌まった指輪が、施されている。

 リングはプラチナ製だ。


「え? これは……あの日、村が消滅した後、フィルお兄ちゃんがお母さんの形見になるからって、渡してくれた指輪じゃないか」


 フェリオが、怪訝な表情を浮かべる。


「ああ。そうだ。この指輪は我々ジェラルディンの家系である女が、代々受け継いできた由緒正しき指輪で、この石はファントムクオーツで仕上げられている」


「ファントムクオーツ……?」


 兄からの言葉に、フェリオは小首を傾げる。


「このファントムクオーツというパワーストーンは、霊性向上の力があり、あらゆる霊的存在と結びつける力がある。つまり、この指輪のおかげでお前は、召喚霊の元へ行く事が出来るのだ」


 これにフェリオは、驚愕の表情を浮かべる。


「だから、ミント村の超巨大ご神木の中へ、ボクは入れたの!?」


「そういうことだ」


 フィリップは静かに答えると、体をフェリオから横へ向ける。


「この先に進めるのは、お前だけだ。くれぐれも、失態のないようにな」


 フィリップの緋色の双眸が、鋭利な光を宿す。


「お、お兄ちゃんはどうするの!?」


「俺はここで、お前の帰りを待機するのみ」


 言うやフィリップは、壁に背を預けた形で足元へ体を滑らせると、その場に胡坐を掻き両腕を組んで座り、目を閉じた。


「そっか……分かった。じゃあ、行ってきます……」


 フェリオは、いささか心細さを覚えつつ、その正面にある壁へ手を当てるや、まるで引き寄せられるように通過した。


「わっ!!」


 咄嗟にフェリオは、声を上げる。

 壁の中は、真っ暗だった。

 だが、肌でそこの空間がだだっ広いことを、理解するフェリオ。

 周囲を見回してみると、空間の中心と思われる場所にポツンと、紫色の灯火が浮かんでいた。

 フェリオは固唾を呑むと、ゆっくりとした足取りで、そちらまで歩み寄った。

 灯火ではあったが、全く熱を感じない。

 すると、どこからともなく小さな忍び笑いが、耳に届いた。

 はと、フェリオは息を呑む。


『召喚士の子が、まだ生き残っておったか』


 リンとした声が、周囲に響く。

 声からして、女であると理解する。

 フェリオは息を吸うと、言葉を発した。


「はい! ボクは召喚士の末裔である、フェリオ・ジェラルディンと申します!」


 すると、声は答えた。


『ほう? ジェラルディンの……──ローザの娘か』


 ローザ──それは、フェリオとフィリップの母親の名前だった。


「はい! これはそのお母さんの……ローザの指輪であり、ボクの大切な形見です!!」


 フェリオは、ネックレスにぶら下げている指輪を手に取ると、紫色の灯火の前に翳して見せた。

 すると、フイと首筋を何者かが触れる、感覚がした。


『ファントムクオーツにプラチナリング……うむ。確かに、ローザの物に間違いない』


 直後、周囲がパッと紫色に明るくなり、闇が消える。

 すると、フェリオの目の前には、逆さまの女の顔があった。


「わあっ!!」


 フェリオは、飛び上がって驚くと、そのまま床に尻餅を突いてしまった。

 これに、面白がってケラケラと笑う女。

 その女の外見は、黒いチューブトップで豊満な胸を覆い、腰まで長い黒い髪を波打たせ、背には黒い蝙蝠の羽根の指骨に紫色の皮膜の翼。

 下半身に至っては、紫色の鱗をした蛇の体躯。

 両目は黄金色といった、いでたちだった。

 気付くとフェリオは、その女の蛇の下半身で円を形とった中心にいた。

 そして女は、ゆっくりと口を開いた。


『我が名は、夜の魔女──リリス』


 夜の魔女、リリス──この言葉に、フェリオ・ジェラルディンは固唾を呑む。

 そして、咄嗟に出た言葉が。


「あなたは、黒ですか? 白ですか?」


 これにリリスがクッと口角を引き上げる。


『我らの中に、黒や白などの概念はない。それを決めるのは、主ら人間だ』


 言うとリリスは、片手の拳を差し出した。

 そしてゆっくりと開いた手の平から、紫の炎が燃え上がったかと思うと、何やら果実が出現した。

 毒々しいまでに紅い、手の平に乗るくらいの大きさをした果実だ。

 更にリリスは、続ける。


『そしてまた、逆も然り……主を決定するのも我らであり、主ら人間次第だ』


 フェリオは、リリスの手の平の上の果実を見つめた。


「……これを、受け取れって言う意味……?」


『クク……さぁな』


 フェリオの様子を、リリスは愉快そうに眺める。

 その証拠に、蛇の下半身が波打ち、躍動している。

 フェリオはそっとゆっくり、静かに片手を持ち上げる。

 微かに指先を震わせ、果実へと手を伸ばしつつ、時折リリスの表情を窺う。

 これにリリスは、黄金色の瞳の瞳孔を細めるだけで、相変わらず口角を引き上げている。

 互いの間に、沈黙が支配する。

 フェリオは再度、固唾を呑み、ゆっくりとした動きながらも果実へと、手を伸ばし続ける。

 そして、果実に触れる1cm手前で、フェリオはピタリと動きを止めた。


『……どうした?』


 リリスが囁くように、声をかける。


「……──要らない!!」


 フェリオは声を大にすると、その手を素早く引っ込めた。


『ほぅ……? これ程、甘美な味わいである、果実だと言うのに? 後悔するやも知れぬぞ?』


 リリスは、果実を持つ手を軽く、上下に揺らす。

 この食欲旺盛なフェリオが、食べ物を前にして断るとは、驚愕に値するだろう。


『何故に要らぬ……? 理由を聞こうか』


 リリスは、ねっとりとした口調で尋ねてきた。


「理由……? 理由になるかは分からないけど、食べちゃいけないような気がしたから」


『……成る程』


 リリスは呟くと、その果実を片手で握り潰した。

 握り潰された果実は、紫色の炎となって拡散する。


『正解だ』


「え?」


 リリスの短い言葉に、キョトンとするフェリオ。


『汝はイヴとは、違うようだ』


 そう口にした、リリスの蛇の下半身は動きを止めた。

 あれほど高慢な笑みも、彼女の口元からすっかり消えている。


「イヴって……?」


『フン。楽園に住まう女の名だ』


「そっか……」


 そう口にしたフェリオの表情は、それでも少し納得していない様子だったが、リリスはふと柔和な笑みを浮かべた。


『やはり、汝はローザの娘だな。よくぞ正解を導き出した。たった今から、我は汝の為に働こう──フェリオ』


「は……っ! はい! ありがとうございます!!」


 フェリオは思い出したかのように、背筋を真っ直ぐ伸ばし、敬語で礼を述べて頭を下げる。

 そして頭を上げた時には、あの紫色の空間ではなくなっていて、場所も変わりリリスの姿も消えていた。


「あ、あれ……?」


「契約は終わったか」


 突然の兄の声に、フェリオは思わず飛び上がって驚く。

 傍らの壁に身を委ね、腕組みをしてフィリップ・ジェラルディンは座っていた。


「わぁっ!! フィ、フィルお兄ちゃん!?」


「……何をそんなに驚く必要がある」


 フィリップは、ぶっきら棒に言いやると、眉宇を寄せる。


「だ、だって、さっきまでボク、リリスの空間にいたから……!!」


 慌てふためくフェリオ。


「まぁ、礼を述べながら戻ってきた辺り、契約は成功したと思ってもいいんだな」


「うん! ──あ、でも、リリスの能力って何なのかを聞くの、忘れてた」


 立ち上がって、大きく上へと両手を突き出しながら、伸びをする兄へ向かってフェリオは口走る。

 これに、相変わらずフィリップは、投げやりに答える。


「いずれ解かる」


 それだけを言い残し、階段を上り始めるフィリップ。


「いずれって……どのタイミングで召喚すればいいのか、ボク分かんないよぉ~!」


 フェリオは、そう兄へ訴えながら、彼の後を追った。


「ねぇねぇ、フィルお兄ちゃん。もうボクら召喚士としての役割りも済んだことだし、レオノールとショーンを迎えに行った方が良くない?」


 帰りのハイビスカス塔は、罠も作動する事なく、スムーズに脱出する事が出来た。

 塔の外へ出たフィリップに、フェリオは横に並んで尋ねる。

 しかし彼の返事はやはり、素っ気なかった。


「ガキじゃあるまいし、いちいち迎えに行く面倒を見る必要はない。それに、俺はどこへ行くのか告げたのだから、奴らも直、追いかけて来るだろう」


「そうかも知れないけど……」


 フェリオは戸惑いながら、小声で答える。

 そして塔に向かう為にある、丘の階段の前で突如、フィリップは足を止めた。

 フェリオも同じく、足を止めた。

 なぜならば、目の前に一羽の大型の鳥が正面を向いて階段の前で、立ち塞がっていたからだ。

 その1m程の大きさをした鳥には、後頭部から二枚の長い羽毛が後ろへ伸びている。

 また、空のような青色と、灰色がかった白い翼を持つ、とても美しい鳥だった。

 鳥は細長い口ばしを開いたかと思うと、何と言葉を発したのだ。


「我が名はベヌウ。太陽神の化身である、不死鳥である」


「……お前は……」


 これにフィリップが、目を見開く。


「存じておるならば、今は皆まで言うな」


 ベヌウの言葉に、フィリップは口を噤む。


「え? 何? フィルお兄ちゃん、この鳥を知ってるの?」


 何も分かっていないフェリオのみが、その場でオタオタしている。

 そんな彼女を無視して、ベヌウは再度、口を開く。


「よくぞこの塔を制覇したな。我はこの塔の管理もする立場である」


 これにフェリオが告げる。


「でも、まだ最上階では、ボク達の仲間が残っていて……!!」


 するとベヌウは、ゆっくりと首肯する。


「案ずる事なかれ。彼らも無事、この塔から脱出できよう」


 その言葉に、フェリオは安堵の息を洩らす。


「見事、この塔を制覇した者に、賞品が与えられる」


「……賞品……?」


 今度はフィリップが、短く言葉を洩らす。


「然様。では、受け取るが良い」


 そうしてその細長い首を地表へと下げると、ベヌウの首から何かが滑り落ちた。

 チャリンと小さな音が、軽やかに響く。

 そこには、金色の鎖のような物が落ちていた。

 これにフェリオが、おそるおそる近付いて、拾い上げる。

 それは、シルバーブルーに輝く石の付いた、ネックレスだった。


「それは、瀕死時に攻撃、魔法攻撃、あらゆる攻撃を無効化出来る品物だ。これを、男。お前が身に付けよ」


「俺が、だと……?」


「然様。主はグループの中で一番、強い。強者に万が一があると、パーティーは総崩れとなろう。故に、お前が身に付けるのが妥当だ」


 ベヌウの言葉を聞いて、フェリオが満面の笑みを浮かべて兄へと駆け寄り、そのネックレスを手渡した。


「良かったね! フィルお兄ちゃん」


「あ、ああ……」


「それでは、今の所、我の役目は完了した。さらばだ」


 ベヌウはその言葉だけを残して、空へと飛び去って行ってしまった。

 そんなベヌウを、兄妹は空を見上げて見送る事しか、出来ずにいたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ