story,ⅩⅠ:制覇
「次のステージは、雪ですか……」
ショーン・ギルフォードは、寒さで軽く震えながら言った。
「しかも何だか、吹雪いてきてるよ」
フィリップ・ジェラルディンも、体を少し震わせる。
──が。
この中の誰よりも、更に震えていたのはフェリオ・ジェラルディンと、レオノール・クインだった。
何せ彼女らは薄着だ。
フェリオは袖なしに、半ズボン。
レオノールは一応、生地がレザーではあるが、肌の露出が多い。
ガチガチ歯を鳴らし、最早言葉を発することも、出来ていない。
それでも、ようやく声を発したと思ったら……。
「ここここっ、凍る……っっ!!」
レオノールの口唇は、寒さで紫に変色している。
「ととととっ、とっととバトルを終わらせようっっ!!」
フェリオは言うなり、兄フィリップのマントの中に包まる。
「ああっ! リオ、お前ズルいぞ!!」
そんなフェリオへ、レオノールが抗議する。
すると、ショーンが荷物の中から何かを引っ張り出して、言った。
「ノールはひとまず、先程収獲したこのマンティコラの毛皮に、包まるといいですよ」
これにレオノールは、彼からそれを奪い取ると、肩から被る。
するとホールの中で、吹雪が渦巻いたかと思うと、青い毛むくじゃらに赫眼を光らせたモンスターが出現した。
「あれって、もしかして……」
レオノールが、白い息を吐く。
これに、ショーンが首肯した。
「はい。ウィンディゴです」
まるで一見、ゴリラを思わせるような、3mくらいの背丈に野太い指をした両手足をしている。
「こんなの! さっさと倒してやる!!」
フェリオは兄のマントから飛び出すと、声を大にして言った。
「燃え尽きろ! フレイオン!!」
紅蓮の炎が、いきなりウィンディゴを包み込む。
「きっとあいつ、こんなステージ用意するくらいだから、炎が弱点の筈だ! 俺も行くぜリオ!」
レオノールが、一歩前へ進み出た。
「マネッ子ルンタッタ発動! “燃え尽きろ! フレイオン”!!」
すると、レオノールの呪文に合わせて再度、紅蓮の炎が更にウィンディゴを包み込む。
ウィンディゴを包み込む炎の側で、何気ないふりをしてこっそり、暖を取ろうとするフェリオとレオノール。
だが、炎に包まれているにも関わらず、ウィンディゴはもがき苦しむ事すらなく、その場で微動だにしない。
やがて炎が消えると、一切のダメージを受けていない様子の、ウィンディゴが立っていた。
「え……? 魔法が効かない!?」
フェリオが、衝撃を受ける。
すると、次は自分の番だとばかり、ウィンディゴが側に立っているフェリオとレオノールへと咆哮を上げた。
「グオオオオォォォォォォーッ!!」
その呼気を浴びてしまう、フェリオとレオノール。
「うわ、息くさ……っ!!」
「チッ! 一旦下がるぞリオ!!」
二人は急いで、ウィンディゴから離れる。
だが、フェリオがフィリップの元へ戻るや、その場に立ち崩れた。
「? どうしたのリオ?」
フィリップが、キョトンとする。
「……今までにないくらい……物凄く……お腹、空いて……力が……」
「え!? あれだけ朝食、いつも通り食べたじゃない!」
「ボクも……こんなの初めてで……よく、分かんない……」
そう兄へ答えている時も、とんでもない音でフェリオのお腹が鳴る。
「バトル中に飯食ってる余裕は、ねぇぞ……っ!!」
フェリオへ声をかけてきたレオノールの様子も、何だかおかしい。
若干、足元がふらついている・
「ノール……この雪の中にも関わらず、顔が赤いですよ?」
ショーンが心配そうに、声をかける。
「ああ……何だか、熱っぽくてな。でも、大丈夫だ……」
彼女の力ない言葉に、ショーンは駆け寄るとその額と首筋に、手を当てる。
「……こんなにも、熱があるではありませんか!」
「ちょっくら風邪でも、引いちまったかも知れねぇな……でも、俺はまだ、やれる。大丈夫だ……」
「しかし……」
ショーンは、レオノールの体を支える。
これに疑問を覚えたフィリップが、ショーンへと声をかける。
「ねぇ、ショーン! このウィンディゴのこと、詳しく知ってる!?」
「いいえ。あいにく詳細までは存じません」
「了解。じゃあ、調べてみるよ」
フィリップは言うと、短く呪文を口にした。
「かの者の情報を与えよ──予知調査!」
すると、ウィンディゴの頭上に魔法文字が出現する。
それを、素早く読み解いていくフィリップ。
「解かったよショーン! こいつは病と飢えをもたらすモンスターで、魔法攻撃は一切が皆無だ!」
フィリップの言葉に、ショーンはゆっくりと首肯した。
「そうですか……では、今回は私にお任せを」
「こいつの咆哮に気を付けて! リオとレオノールの二の舞だから!!」
「分かりました!」
言うなりショーンは、足元の積雪を蹴ると共に、背負っていた大剣を抜いた。
「はぁっ!!」
大剣を、ウィンディゴへと振り下ろす。
しかし、ウィンディゴは体を斜にして、斬撃を避ける。
「ひとまずリオ。これでもかじってな」
フィリップは、干し肉をフェリオへと手渡す。
ショーンはそのまま次に、横へと大剣を振るった。
ウィンディゴは、これをバックジャンプで避ける。
しかし、ショーンはそれを見抜いていたかのように、同時に大きく足を一歩踏み出すと、下袈裟懸けに大剣を振り上げた。
ウィンディゴは、これを横ステップ二回踏んで避けると、ショーンの間合いに入って裏拳でショーンの頬を殴り飛ばした。
「くぁ……っ!!」
4m程吹っ飛んだ彼は、二度三度と雪の上をバウンドする。
その頃、力アップ効果のバサラの種を噛み潰して嚥下すると、自分自身へとフィリップは呪文を呟く。
「どうか力を……──輝ける希望!!」
彼の攻撃力が、更にアップする。
フェリオが雪の上にしゃがみこみ、必死に干し肉を齧っているのを確認してから、フィリップは手に持っていた杖に力をこめて、ウィンディゴへ突進して行くや杖を振り被った。
「プラネットクラッシュ!!」
杖の上部が棍棒になっている部分で、ウィンディゴの脳天に渾身の一撃を放つ。
これにウィンディゴは、一瞬ふらついた。
ショーンは体を起こして、この光景を目にすると、急いで立ち上がる。
しかし、彼から10時の方向で、レオノールが完全体の薬を飲んでいるのに気付いた。
「全く。あの子は無茶な真似をしますね……」
完全体の薬──力・防・賢・速・体が一気に跳ね上がるレアアイテムではあるが、決して病を治癒するものではない。
しかも効果は、一度の戦闘中の間のみだ。
だがそれでも、レオノールの目の色が変わる。
そしてショーンが、ウィンディゴへ接近するよりも速く、レオノールが一気に肉薄したかと思うと、怒涛の如く肉弾戦を開始した。
「連続パンチ! 二段蹴り! 踵落とし!!」
見事に技が決まっていったが、ウィンディゴはレオノールの足を掴むと振り下ろし、投げ放つ。
しかし彼女は、空中で声を大にする。
「気合いっっ!!」
そして体勢を整えるや、全身を反って力をこめる。
投げ放たれた筈の彼女は、空中で急ブレーキをかけたように停止し、半透明な黄金のオーラが全身から放出される。
一方でフィリップは、二打目の攻撃を放つ。
「ハードヒット!!」
ウィンディゴは、杖で横っ面を殴打される。
同時に、ショーンが到着すると彼も、ウィンディゴへの攻撃を開始した。
「ツバメ剣!!」
それは、右袈裟懸けから横払いへと繋がる、剣技だった。
3対1で、さすがに肉弾戦を得意とするウィンディゴも、追い込まれていく。
だが、ここでウィンディゴが咆哮した。
「グオオオオォォォォォォーッ!!」
「!?」
「マズい!!」
ショーン・ギルフォードとフィリップ・ジェラルディンは、この咆哮の呼気を浴びる前に、ウィンディゴから素早く離れる。
すると、その誰もいなくなったタイミングで、レオノール・クインが5m先から格闘技を放った。
「かまいたちっ!!」
クロスにした両手が振り下ろされると、その形になった真空刃が目にも留まらぬ速さで向かっていき、ウィンディゴを切り刻んだ。
「グォアアアアァアアァァアアァーッ!!」
ウィンディゴが、絶叫を上げる。
紫色の流血が、ウィンディゴの青い毛むくじゃらを染める。
「まぁぁだだぁぁーっ!!」
レオノールも叫喚すると、体を構えた。
「電光石火!!」
発動と共に彼女は、瞬く間にウィンディゴへ肉薄するや、その勢いのままウィンディゴの顎に膝蹴りを炸裂させた。
砕けたウィンディゴの歯が、口から宙に飛び散る。
レオノールは着地すると、今度は鳩尾に拳を放った。
「粉砕撃!!」
「──っ!!」
ウィンディゴは体をくの字に曲げ、紫色の吐血をする。
更に、その背後からショーンの声がした。
「ぶった斬り」
ウィンディゴの動きが停止したかと思うと、粘着質な音を立てながら脳天から縦に切り裂かれた、ウィンディゴの肉体が左右に分かれて、倒れた。
「よし! 倒した!!」
フィリップが、喜びを露わにする。
「リオ! ウィンディゴを倒したよ!!」
フィリップは、数m先で干し肉を齧っていた妹へ、振り返った。
「お疲れー! ボクも、もう空腹感は消えたみたい!!」
「そりゃ、あんだけ干し肉を食い進めておきゃあな……」
みんなへ手を振って見せるフェリオ・ジェラルディンに、レオノールは苦笑すると突如、息を切らし始めた。
「やはり、無理をするからですよ」
ショーンが、雪の上に倒れるレオノールの手首を掴むと、自分の胸の中へと抱き寄せた。
ホール内の雪が、段々溶け始める。
その時、フィリップが何かに気付いた。
それは、ウィンディゴが指にはめている、指輪だった。
彼はウィンディゴの野太い指から、その指輪を抜き取る。
指輪には、エメラルドの1cmの石が付いていた。
指輪の内側には、何か文字が刻まれている。
「マジカルリング……? ショーン、調べられる?」
「分かりました。少々お待ちください」
ショーンは言って、レオノールを支えながらゆっくりとしゃがみこむと、彼女に膝枕をしてからアイテム図鑑をポケットから取り出した。
手の平サイズなので、ズボンのポケットにも入るのだ。
3分程して、ショーンが首肯する。
「分かりましたよ。マジカルリング──それはあらゆる魔法攻撃を無効化することが出来る指輪、だそうです」
「だから、ウィンディゴにリオの魔法が一切、効かなかったのか」
フィリップは納得する。
気が付くと、ウィンディゴの二つに切り分けられた肉体は、空間へと姿を消していた。
「ひとまず、もう後は塔を出るだけだし、レオノールの風邪が完治するまでは、ここで休もう」
フィリップの言葉に続くように、いつの間にか三人の元へやって来ていたフェリオが言った。
「そのマジカルリングは、ショーンが身につけたらいいよ」
「私が、ですか?」
「うん。ボクら魔法使いは魔力が高い分、魔法防御も高い。でもショーンは、魔力がないでしょ?」
「ああ……俺からも、賛成だ……」
フェリオの言葉に続いて、レオノールの声が答える。
「ノール」
「その指輪は……ショーンの物だ……」
レオノールはそう言い残して、目を閉じた。
どうやら、眠ったようだ。
「しかしこのリングのサイズでは、私の指には大きいですよ」
ショーンは言いながら、右手の人差し指に指輪を通してみると、リングが縮小して彼の指のサイズにピッタリと合わさった。
「おや。さすがはマジカルリングですね」
「これにて、ハイビスカス塔は制覇だね!」
フェリオの言葉に、ショーンの膝枕で横になっているレオノールが、微かに微笑んだ。
翌朝──。
「ぅわあああぁぁぁぁぁーっ!!」
朝一番の鶏宜しく、響き渡ったフィリップの絶叫にて皆、目を覚ました。
いつもならみんなより早起きであるショーンは、夜遅くまでレオノールの看病をしていた為、まだ起き出せずにいたのだ。
「んー、どうしたのフィルお兄ちゃん……?」
フェリオが目を擦りながら、片肘突いて斜に上半身を起こす。
同じく、寝袋から体を起こしたショーンが、フェリオを見てサッと顔の向きを変えた。
「リオ。成人用の衣装に着替えてください」
「え?」
ショーンの言葉に、フェリオは自分の体を確認すると、子供用の衣装から危うく双丘の突起がギリギリ隠れている肉体に、気付かされる。
「え!? ヤダ! キャア!!」
珍しく女の子らしい悲鳴を上げるやフェリオは、胸元を隠しつつ荷物をたぐり寄せ衣装を取り出すと、寝袋の中でゴソゴソ着替え始めた。
「何だ……もうすぐ満月か……」
レオノールが寝袋から、気だるそうに口を開く。
「ノール。調子はいかがですか?」
「ああ……まだ本調子とは、いかねぇかな……」
ショーンに声をかけられ、レオノールが小声で答える。
「確かに、まだ顔が赤いですね」
言うとショーンは、荷物から“雪乙女の溜息”なる氷系魔法札を冷えピタよろしく、彼女の額に貼り直した。
この札は、モンスターに使用すれば小規模の氷系ダメージを与えるのだが、熱があるレオノールにとってはそれだけの効果の方が、丁度良い心地だった。
「ひとまず、朝食を用意しますね。フィリップ?」
ショーンは確認するように、こちらへ背を向けて胡坐を掻いている彼へ、声を掛けてみた。
「とっととしろ。モタモタするな」
フィリップの返事に、これで彼が裏人格になっている事が皆、確認出来た。
こうして、体力回復効果の栄養があるメニューの朝食が完成し、皆、朝食にありつく。
レオノールには、消化の良い栄養価の高いものを用意する。
フェリオは、子供体型だろうが成人体型だろうが食欲の凄まじさには一切、変化はない。
ゆっくりと食事を取る兄、フィリップの隣でフェリオはガツガツと、次から次に食事にがっつく。
そして彼が満腹になった頃には、フェリオは軽く10人前は平らげていた。
一時間後──フィリップは後頭部に両手を当て、黙って寝転がっていたが。
「──退屈だ!!」
ついに、そう叫んで跳ね起きた。
「一体、いつまでここにいるつもりだ!?」
声を荒げて、フィリップがショーンに尋ねる。
「そうですね。レオノールの体調が完治するまで、ですから本日のところはまだここで……」
すると。
「冗談じゃない! 俺は待てん! 先にホウセンカ村まで帰るぞ!!」
ショーンの言葉を遮り、フィリップは立ち上がって階段へと歩き始める。
「えっ!? あ? ちょっ、ゴメン! ショーン、レオノール! 待ってよフィルお兄ちゃあ~ん!!」
フェリオは、二人へと両手を合わせて見せると、フィリップの後を追いかけて行った。
「すまねぇ、ショーン……」
「気にしないでください。私は貴女の側にいます」
寝袋で横になっているレオノールへ答えると、彼女の瞼にそっと口づけを落とした。




